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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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44、あの子に会いたい


ーーなんだよコレ、どうなってんだよ?!


アルコールの残っている頭はガンガンしていて、イマイチ状況が把握できていない。


ソファーにつかまって周囲を見回したら、そこにはもう朝美の友人達はいなくなっていた。

壁の時計を見上げると、針は12時ちょっと過ぎを指している。

お昼じゃない。たぶん今は夜中の0時過ぎなんだ。



ーー十蔵さんは?!


いない。

あの人は仕事が忙しくて帰りが夜中過ぎなんてザラだ。

だけどそのうち帰って来るだろう。



その時に俺が考えたのは、まずは『十蔵さんに見られなくて良かった』で、次に『なんで朝美がキスしてきたんだ?酔っておかしくなってるのか?』という事だった。



バッと朝美の方を振り返ると、彼女は予想に反して全く素面(しらふ)の表情で、顔が赤くもなければ目もトロンとしていない。


ーー酔ってない?!



「朝美……フザけるのはやめてくれよ。急にあんなんされたらビビる」


手の甲で口を拭いながらそう言ったら、朝美は口角をクイッと上げて薄く微笑みながら首を傾げてみせた。



「拓巳はキスするの初めて?」


「初めてじゃないけど、舌とかは入れたこと無いし……第一、一応は義姉弟(ぎきょうだい)ってことになってるんだから、冗談でもそういうのはマズいって」


「冗談じゃ無いならいいでしょ?」

「えっ?」


そう言っている間に、朝美は再びズイッと目の前に近寄って来る。



「私は本気よ。拓巳のことが好きなの。大好き。初めて見たときから綺麗な子だなって思ってた」


「何言って……」


「ねえ、いいでしょ?私たちは血の繋がりもないし戸籍上の問題もない。恋人同士が同棲してるようなものよ。お願い拓巳、私のものになって」


そう言いながら目を細め、唇を寄せてくるのを見た瞬間、背筋がゾワッとなって鳥肌が立った。



「ヤメロって!」


もう一度朝美の肩を勢いよく突き飛ばして、足をふらつかせながら立ち上がると、俺は呆然(ぼうぜん)とした顔で見上げてくる彼女を放ってリビングを出た。


足を(もつ)れさせながら、何かに追われるように急いで階段を上がり、部屋に入るなりガチャリと鍵をかける。

ドアにもたれてズズッと座り込んだ途端、全身に震えが来た。



ーーなんなんだよ、コレ……意味が分かんねえよ……。


だけどあの目つきには覚えがある。


過去にもいろんな女から、あんな風に舐めるような視線を向けられた事がある。

アレは完全に女の目だ。



確かに朝美とは血の繋がりは無い。ただの同居人と言われればその通りだろう。


だけど……。

仮にも義姉弟として何ヶ月も同じ屋根の下で暮らしてきた相手が、初対面の時から今日までずっと俺のことをそういう対象に見ていたのかと思うと、今更ながら恐怖心と不快感が襲って来た。



ーーヤバい、この家にいちゃダメだ。


朝美の気持ちには絶対に応えられないし、十蔵さんにこんなことがバレてもいけない。


どうしよう……。



その時、ふと見上げた視線が、その先にある見慣れた写真立てを捉えた。


俺は四つ這いになって膝をつきながらそこまで行き、ナイトテーブルの上の写真に手を伸ばした。



「小夏……」


写真立てを胸に抱きしめたら、自然と瞼が震え、涙が(あふ)れ出す。



これは(ばつ)なのかもしれない。


旅館に来る客に軽々しくキスをして金をせびり取った罰。

小夏との思い出のキスを自ら汚した罰。



「小夏……会いたいよ……」



ーーそうだ、会いに行けばいいんだ。


電光のように突如(ひらめ)いたその考えは、何ものにも変えがたいほど魅力的だった。

次の瞬間には、もうそれ以外は無い、そうするしか無いと思い始めていて、頭の中はその考えで一杯になっていた。



ーー 小夏に会いに行こう。 あの場所に帰ろう。 きっと今もアイツはあそこで待っている。



今思えば、 早苗さんはこうなることを予想していたんだ。


いつか俺が、 どうにもならなくなる日が来るってことを。



男にだらしない母さんが、 簡単に変われるはずが無い。


あの事件でいっときは落ち着いたとしても、 またすぐに悪いクセが出て、 俺がそれに耐えられなくなる日が来るってことを分かっていたから……。



俺は今度は部屋の隅にある本棚の方に歩いて行き、そこにある『雪の女王』の絵本を手に取った。


表紙にかかった青いカバーを留めているテープをピリリと剥がし、カバーをめくると、そこに縦長のシンプルな白い紙封筒が現れた。


アパートを出る時に早苗さんから渡されて、横須賀の離れでこっそりここに隠して以来、何年もずっと触れることは無かったけれど……。



早苗さん、 凄いよ。

早苗さんの読みは大当たりだ。


アイツは他人に俺を預けてどこかに消えたよ。

俺は他人の家に1人取り残されたよ。



早苗さんはこうなるって分かっていたから……だから母さんには内緒で、5万円もの大金をこっそりリュックに忍ばせてくれたんだよな?



俺、 こんなのもう嫌だよ…… 。

これ以上、小夏との思い出を汚したくないよ。


だから、 早苗さん、 俺はもう逃げたっていいだろ?

今が『どうしても耐えられないとき』だろう?



俺は…… 早苗さんと小夏の待つ、 あの街に帰りたいよ。


今すぐ小夏に会いたいよ。



だから…… 俺はこれからあなた達に会いに行きます。


ウサギみたいな可愛いあの子に……小夏、お前に会いに行くよ。


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