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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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43、奪われた唇


十蔵さんは母さんが置いて行った離婚届を無かった事にして、表向きは今まで通りの生活を続けることに決めた。



俺は横須賀のお祖母ちゃん家に行くことも考えたけれど、今更あそこに戻っても白い目で見られるだけだし、お祖母ちゃんが洋子さん達との板挟みになって苦労するのを見たくは無い。


何より、母さんが俺を置いて失踪したなんて知ったら、きっと心臓が止まってしまうだろう。

とてもじゃないけど真実を告げる気にはなれなかった。



母さんが俺に残してくれた通帳には、驚くことに2150万3832円という金額が記されていた。


俺が生まれた年からしばらくは千円とか3千円とか1万円とかのバラバラな金額が不定期で振り込まれていて、横須賀に行った年に一気に1500万円、その後は毎年110万円ずつが振り込まれている。



「これは非課税の生前贈与だな。最初の1500万円は『教育資金一括贈与』で、あとは年間110万円ずつ。僕も朝美に同じ様にしてるけど、これが課税されないギリギリの額なんだ」


十蔵さんに説明されて理解した。

母さんは俺用の通帳に、祖父の遺産から俺に非課税で与えられる額を可能な限り振り込んでくれたんだ。


そしてそのお金を、最後に俺に残して行った。



「ははっ、要は『手切金(てぎれきん)』って事か」



自分で『手切金』と口に出したら胸が苦しくなったけれど、実際これはそういう意味のお金なんだろう。



「拓巳くん、これは君の将来のための大切なお金だ。通帳には手を付けず、大切に取っておきなさい。君が大学を出るまでは僕が責任を持って支援するから、何も心配することはない」


いくら惚れた相手とは言え、自分を裏切った女のためにここまでするなんてお人好しにも程があると思ったけれど、俺も選択肢が無かったから、とりあえず素直に頷いた。


こうして俺は、和倉家に寄生する虫みたいにそのまま居座って、帰るはずもない母さんを待ち続ける哀れな男に養われて生活することになった。





異変はクリスマスイブの夜に起こった。


その日は朝美が高校の友人を集めてパーティーをしていて、俺も例に漏れず彼女の横に(はべ)らされていた。



普通なら高3なんて大学受験を控えてそれどころでは無さそうなのに、彼女達は附属高校からそのまま大学に内部進学するため、入試対策もセンター試験も関係ないんだそうだ。


おまけにその中の1人がクリスマスだからとシャンパンを持参して来たもんだから、朝美が十蔵さんのキャビネットから高そうなシャンパングラスを出してきて、序盤からいきなり酒盛りが始まった。



「拓巳も飲みなさいよ」

「いや、俺は……」


「何言ってんの、今どき小学生でも飲めるわよ。男でしょ、ほら!」



意外かも知れないけど、あんなに酒に囲まれた生活を送っていたのに、俺はそれまでお酒を飲んだことが無かった。

未成年だと言う以前に、みっともない酔っ払いを身近で見てきたから無意識に避けてたのかも知れない。


アルコールのせいで泣いたり愚痴ったり怒鳴ったり、あんな風に自分をコントロール出来なくなるのはまっぴら御免だ。



だから気乗りはしなかったけど、朝美は俺が飲むまで引き下がらないだろうなとも思った。


シャンパン が半分ほど入ったグラスを差し出されて、俺は仕方なくそれを手に取った。

横から朝美がジッと見ている。



ーー仕方ないな。


グイッと一気に飲み干したら、途端に首から上がカッと熱くなった。


「あら、飲めるじゃない。もう一杯行っちゃいなさいよ」



今ならよく分かるけど、アルコール度数の低いビールさえ飲んだことの無かった俺が、いきなりシャンパンの一気飲みなんてするのが無茶だったんだ。


案の定俺はすぐに気分が悪くなってトイレで吐いて、そのままソファーの前でぐったり寝込んでしまった。





どれくらい寝てたのかは分からない。

顔の近くに人の気配を感じて薄っすら目を開けたら、ボンヤリとした視界の中に朝美の顔があった。


ーーああ、朝美か……心配かけてごめん。俺は酔ってそのまま寝ちゃったんだな……。



フワフワした頭をゆっくり動かそうとしたその時、俺を覗き込んでいた朝美の顔がさらに近付いて、柔らかいものが俺の唇に触れた。



ーーえっ?!



慌てて上半身を起こそうとしたら、上から肩を押さえ付けられて、もう一度顔が覆い被さって来る。


今度はさっきよりも濃厚で……アルコール臭い吐息と共に唇が重なると、ピチャッという粘着質な音が聞こえてきた。


気付くとヌルッという感覚と共に、唇の隙間から舌が入り込んで来ている。


それを認識した途端、頭がカッとしてパニック状態になった。



「うわっ!やっ、ヤメロよっ!」


思わず朝美を突き飛ばすと、彼女は後ろに両手をついて目を見開き、俺をジッと見つめていた。


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