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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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40、 新しい家族


名古屋での新生活は、 比較的穏やかにスタートした。


港に近い街にある邸宅は、 ブリティッシュスタイルの4LDKで、 レンガ積みの壁に黒い屋根が映える洒落たデザインになっていた。



「急にお義父(とう)さんと呼ぶのが難しかったら、『おじさん』でも『十蔵(じゅうぞう)さん』でも好きなように呼んでくれて構わないよ」


その言葉に甘えて、 俺は和倉の義父(ちち)のことを『十蔵さん』と呼ぶことにした。


彼は俺の黒い瞳を見ると、「仲良くやっていこう」とニッコリ微笑んだ。




俺は名古屋に来てから、 再び黒いコンタクトレンズを装着していた。


特に強制された訳では無いけれど、 俺の目を見るたびに十蔵さんがギクッと怯えたような表情をするのに気付いて、 自分からそうしようと決めた。


それに、 日本人の家族の元に青い目の息子がいたら、 どう見ても不自然だ。

近所の反応を考えたら、 そうした方がいいだろうと思った。



アジアンの血の方が色濃く出てきたのか、 生え変わる度に徐々にダークな色合いに近付いていた髪色も、 その頃には完全な黒髪になっていた。


これでもう、 アメリカ人とか外人だとか言われることはない。 ちょっと彫りの深い、『外人っぽい日本人』でいられる。


あんなに自分の瞳や髪色を誇りに思っていた俺が、 その頃にはそれを完全に隠せたことに心から安堵(あんど)するようになっていた。



とにかく『普通』になりたかった。

特別な事は何も求めていない。 とにかく平穏で落ち着いた『普通』の日々を、 俺は求めていただけなんだ。




十蔵さんの1人娘である朝美は、 彼女の希望で最初から呼び捨てにしていた。


俺より4歳年上の朝美は、 当時近くの学校に自転車通学している17歳の女子高生だった。


明るい髪色をした華やかな顔立ちの彼女は学校でも人気者らしく、 しょっちゅう家に友人を連れてきては、 その中心で女王様然として微笑んでいた。



朝美は何かと俺を側に置きたがって、 友人が家に来る度に俺を呼んで、 わざわざ自分の隣に座らせる。

そして友人たちがキャッキャと騒ぎ立てると、「拓巳は私のナイトだからあなた達にはあげないわよ」と俺の腕にしがみついてきた。


買い物にもしょっちゅうお供させられて、 頼んでもいないのに俺の服を見立てて大量に買い込んで行く。



正直言えば、 俺はこういう『女を前面に出してくる女』があまり好きでは無かったし、 過剰に構われるのもちょっと鬱陶しかったけれど、 適当に笑顔で相手をしているだけで人間関係が上手くいくのなら、 これくらいはペットになったつもりで耐えられるな…… って思ってた。


旅館でお客相手にしてたことを、 家でも続ければいいだけのことだ。




母さんは結婚後、 十蔵さんに作ってもらったブラックカードを片手に買い物に行ったりエステに通ったりと好き勝手に過ごしていた。


アウトレットショップ を経営している十蔵さんは海外に買い付けに行くことも多くて、 そこに母さんも一緒について行くこともあれば、 家に残って日がなテラスの椅子でぼんやりしている時もあった。



俺たちが来る前から雇っていた家事代行サービスをそのまま継続してたから、 毎週月曜日と水曜日にはハウスキーパーさんが来て料理を大量に作り置きしていってくれるし、 週に1回はハウスクリーニングも入る。


週末になると大抵外食に行くから、自分たちで作りたいと思わなければ、 料理もする必要が無かった。


まさしくプロポーズで十蔵さんが言った通りの、

『家事も何もしないで好きなようにしてていい』生活を、 母さんは手に入れたんだ。



そんな自由気ままな母さんと女王様みたいな朝美が1つ屋根の下で上手くいくはず無いと思っていたのに、 2人はそんな俺の予想に反して、 お互いあまり干渉せずに、 程良い距離感で付き合えているようだった。



今思えば、 朝美は俺を手放さないために我慢していただけなんだろうけど、 その頃の俺はそんな事を考えもしなかったから、 思いのほかスムーズにいっている新しい家族関係に安堵して、 とにかくこのまま平和であってくれと願っていた。




だけどその平和は、 俺の予想をかなり上回る速さで、 本当にあっけなく崩れ去った。




ある日母さんが家からいなくなった。


俺を置いて何処(どこ)かに消えたんだ。


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