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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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38、 5千円のキス


そこからの小学校時代は、 母さんの勤め先や男に合わせて住む所も変わったから、 思い入れも思い出も殆どない。



転校先の学校では、 相変わらず黒目のコンタクトレンズを着けたままにしていた。

青い目のことを詮索(せんさく)されるのも説明するのも面倒くさかったから。


俺はもう誰かと仲良くする気も深く関わる気も無かったから、 学校以外では誰とも付き合いをしなかった。

『優しくてカッコイイ王子様みたいな拓巳くん』の笑顔を貼り付けて学校で過ごすと、 家ではひたすら本を読むか勉強して過ごしていた。


母さんは相変わらずスナックで働いていて夜は家にいなかったし、 家にいても殆ど会話は無かったから、 学校以外では声を出さない日も珍しくなかった。



たまに、 突然の孤独感に襲われて無性に叫び出したくなる時があって、 そんな時は『雪の女王』の絵本を音読する事にしていた。


小夏と並んで交互に読んでいた時を思い出しながら、大きく口を開けて文字を追い、 ページをめくっていると、 不思議と笑顔が浮かび、 心が落ち着いてくる。


そして本を閉じた後は写真立てを手に取って眺めて、 束の間の幸福感に包まれて布団に入るんだ……。





転機が訪れたのは、 俺が小学校を卒業してすぐの春休み。


その頃、 バーを経営していた浮気男と別れて2階の部屋から追い出された母さんは、 俺を連れて温泉街の旅館に逗留(とうりゅう)していた。


行くあてもなくて、 これからどうしようかと悩んでいたんだろう。

その旅館で住み込みの仲居を募集していると聞くと、 母さんは一も二もなくその話に飛びついて、 あっという間にそこで働くことを決めてしまった。



旅館の仕事は想像以上にキツかったようで、 毎晩帰ってきては愚痴ばかりを言っていたけれど、 アパートを借りる手間が省けて食事の(まかな)いも出るのはありがたかったし、 何より他に行き場も無かったから、 文句を言いながらもどうにか仕事を続けていた。



俺の初めてのアルバイトは、 旅館のお客様の案内係。


最初はちょっとした手伝いのつもりで玄関の掃き掃除を手伝ったりスリッパを並べたりしていたんだけど、 俺を見かけた女性客の視線に気付いた女将(おかみ)さんが、 客室への案内をさせるようになった。



コンタクトレンズも外すように言われて、 青い目で接客していたら、 女将さんの読みが見事に当たって、 お客さんから近所の観光案内まで頼まれるようになった。


土曜日や日曜日に女性客を連れて近所のお城や商店街を一緒にまわるだけで、 日給5千円。お客さんが食事を奢ってくれたりチップをくれたりするから、 かなり割のいいバイトだ。


俺が高校生だと言っても誰も疑わなくて、 中には遠距離でもいいから付き合って欲しいとメアドを書いたメモを渡してくる人もいたけれど、 そういうのはニコニコ笑って受け取って、 さっさとゴミ箱に捨てた。



その頃になると、 自分の顔がお金儲けに使えるということを俺も自覚し始めていて、 神社の石段を上がる時は手を取ってエスコートしたり、 一緒に写真を撮って欲しいと言われたら、 「そういうのは女将さんから禁止されてるんだけど、 特別に内緒で」なんて勿体ぶって、 相手をその気にさせて余分にお金を出させる(すべ)も身につけていた。



キスで金を取ることを覚えたのもこの頃だ。

旅館に友達と泊まりにきていた女子大生が付き合って欲しいとしつこくて、 それは無理だと突っぱねたら、 最後にキスだけでもとねだられた。


冗談で、「タダじゃそんなのやらないよ」って言ってやったら、「細かいお金はこれだけしかない」って言いながら千円札を2枚財布から取り出した。


「細かいのが無いなら大きいのを出せよ」って言ったら、 ちょっと躊躇しながら5千円札を出してきた。


4歳の時のキスが千円で、 13歳のキスが5千円。

大出世だ。



全てをニッコリ笑って受け流して、 調子のいいことを言っては小遣い稼ぎ。


今考えたら、 まるでホストだよな。


女に寄生して金を出させる…… あんなに憎んだあの男、 皆川涼司と変わらないようなことを、 俺は自分から進んでやってたんだ。



母さんも旅館の客と遊びに行ってはお金をもらってたみたいだから、 母子で似たような事をしてたんだよな。


多分血筋なんだろうな。




そしてその夏、 会社の慰安旅行で旅館に泊まりに来た客が、 母さんを見初めてプロポーズしてきた。


和倉十蔵わくらじゅうぞう、 朝美の父親だ。


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