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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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36、 サヨウナラ親友


それから1週間ほど経った週末に、 俺と母さんは月島家の離れから出て行くことになった。


思っていたより荷物が増えていて選別するのが大変だったけど、 お祖母ちゃんが部屋はそのまま残しておいてくれると言うから、 最低限必要な物だけを持ち出すことにした。


昔からずっと持ち歩いていたリュックは底に穴が開いてボロボロだったから、 お祖母ちゃんが新しく紺色の丈夫なやつを買ってくれた。

前に水族館で買ってもらったペンギンのキーホルダーを付け替えて古いリュックを捨てる時、 思い出も手放すようで胸がギュッとなった。



「拓巳くん、 ごめんね。 お祖母ちゃんが娘の育て方を間違えたの。 本当にごめんなさいね…… 」


お祖母ちゃんはその数日前からずっと泣きっ放しだ。



お祖母ちゃんは悪くない。

『そんなの追いかけて行っても幸せになれるはずがない。 こっちでアパートに住んで働きなさい』


何度そう言われても母さんが聞く耳を持たなかったんだから、 仕方がないんだ。



「お祖母ちゃん、 いろいろありがとう。 お世話になりました」

「拓巳くん…… またここに遊びにおいで。 待ってるからね」

「…… うん」


ここにまた来ることが出来るのだろうか……。


たった1年しかいられなかったけれど、 離れでの生活は平和で穏やかで、 疲れ切っていた俺の心を癒してくれた。


お祖母ちゃんやクラスメイト、 幸夫たちと過ごした楽しい時間が、 小夏と会えない寂しさを埋めてくれていた。



ーー これからは…… 小夏との思い出、 そしてここで新しく出来た思い出を支えにして、 俺は生きていくんだ。



「拓巳! 」


タクシーが到着して、 母さんがスーツケースを後ろに運んでいた時、 大きな声がした。



「幸夫…… 」


母屋から幸夫と光夫が飛び出して駆け寄って来て、 俺の目の前で立ち止まる。

慌てて出て来たようで、 肩でハアハアと息をしていた。 既に顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。



「拓巳…… ごめんな…… 俺…… 」


幸夫は顔を袖でゴシゴシ拭いながら、 しゃくりあげている。



「幸夫…… 俺のせいで、 悪かったな」

「違う! 拓巳は何も悪くないんだ! 」

「幸夫…… 」


「拓巳のせいじゃないのに……拓巳は悪くないって分かってたのに…… 俺が弱虫で…… 味方になってやれなくて…… 」


「…… いいんだよ。 お前は悪くないよ。 迷惑かけたのはこっちだし」

「迷惑なんて…… 俺の方が…… いっぱい助けてもらったのに…… 俺は…… 卑怯者だ! 」




「拓巳、 行くわよ! 」


母さんに呼ばれて、 そちらをチラッと見てから、 俺は最後にニカッと歯を見せて笑った。


「いいんだ。 俺、 幸夫と一緒に学校に行けて楽しかった。 ありがとうな」


本当は涙が目元ギリギリまで来ててヤバかったけど、 ここで俺が泣いたら幸夫はもっと自分を責めてしまうと思ったから、 グッと(こら)えた。



「拓巳、 これっ! 」


タクシーに半分乗り込んだ俺に、 幸夫が手に握っていた何かを押し付けて来た。

手に握らされた物を見たら、 それは虹色のスーパーボールだった。


「これって…… 」


直径6センチのスーパーボールは『一番よく跳ねるやつ』だと幸夫が大事にしていたお気に入りで、 羨ましがる俺に良く見せびらかしていたヤツだ。



「これってお前の宝物だろ? いいよ、 こんなの貰えないよ」

「いいんだ…… 友情の(あかし)


「だけど…… 」

「拓巳に持ってて欲しいんだ」


「…… そっか…… それじゃ貰ってく」



タクシーのドアがバタンと閉まって、 ゆっくりと走り出した。



ーー 幸夫、 ありがとうな……。


俺はお前のちょっとヘタレな所も人懐っこい所も大好きだったよ。

通学路でいろんなお喋りが出来て楽しかったよ。

お前に勉強を教えるの、 案外嫌じゃなかったよ。



一緒に5年生になれたら良かったのにな。

今年も一緒に夏祭りに行けたら良かったのにな。


…… 俺のために泣いてくれて、 ありがとうな。




後ろをチラッと見たら、 幸夫と光夫が手を振りながら追い掛けてきていた。

俺は急いで窓を開けて顔を出すと、 手をブンブンと振り返した。


だけど俺には『またな』なんて約束は出来ないから……。



「幸夫、 漢字テスト、 頑張って満点取れよ〜! 」

「分かった〜! 頑張るよ! 」


「幸夫、 光夫、 元気でな〜! 」


2人が何か叫び返していたけれど、 その声は遠ざかる2人の姿と共に、 風に紛れて聞こえなかった。



窓を閉めてシートに座ると、 俺は改めて手を開いて、 虹色のスーパーボールを見つめた。

それから両手でギュッと握りしめて、 その日初めて、 声を上げて泣いた。


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