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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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35、 母さんの子


「だから穂華、 敏夫と洋子さんにちゃんと頭を下げて謝って…… 」


「どうして私が頭を下げなきゃならないのよ! 」



ーー ああ、 まただ……。


母さんと臼井先生のことが発覚して以来、 母屋の伯父さん達だけじゃなく、 離れの方でも険悪(けんあく)な空気が流れていた。


どうやら伯父さん達から母さんを離れから追い出すよう再三催促(さいそく)されているらしく、 間に挟まれたお祖母ちゃんが困りきっているのだ。



実際月島家のみんなに迷惑をかけているんだ。

床に頭をこすりつけて謝罪しても足りないくらいなのに、 一言謝ることも出来ない人間…… それが俺の母親だった。


それが無理なら家を出てアパートを借りるなりすれば良さそうなものを、 それさえもしない。


老人が1人でのんびり住んでいた離れに親子で転がり込んでおいて、 食費も光熱費も払おうとせず、 それどころか買い物のお金も全部お祖母ちゃんに払わせて、 食事の準備もお祖母ちゃん任せ。


娘時代に戻ったように甘えていられる今の暮らしを捨てるのも嫌、 謝るのも嫌。

自分勝手にも程がある。



そう、 あの人はいつだってそうなんだ。

夢見る乙女、永遠の少女。

足元の定まらない、 フワフワした、 大人になりきれない大人。



それまでにも母さんに(あき)れたことは何度もあった。

たくさん恨んだし情けなくも思ったけど、心のどこかでは愛情を感じてたし、 こういう人なんだから仕方がない…… って受け入れてしまってもいた。



だけどこの時…… 俺は生まれて初めて、 心からあの人を軽蔑した。


ーー コイツ、 最低だな。





3月になり、 俺は学校を休んだままで終業式の日を迎えた。


母さんはみんなにバレたことで開き直ったのか、 堂々と臼井先生と連絡を取るようになっていたけれど、 どうやら最近になって雲行きが怪しくなってきたらしい。


あからさまに不機嫌な日が増えて、 爪をガジガジ噛みながら、 常にスマホを睨みつけているようになった。




その日も母さんはスマホをジッと見つめて物思いに(ふけ)っていたけれど、 急に顔を上げて俺に言った。



「ねえ拓巳、 臼井先生のとこに行こっか」

「…… は? 」


「臼井先生ね、 ここから電車で2時間くらいの村に異動になったの。 今は1人で住んでるから、 母さんと拓巳が行ったら喜んでくれると思うの」



ーー 何言ってんだよ?!


開いた口が塞がらないとはこういう事を言うんだろう。


俺は文字通り口をポカンと開けて、 母さんの顔を黙って見つめた。



「ほら、 敏夫伯父さんもお祖母ちゃんも出てけってうるさいし、 拓巳も学校に行ってないでしょ? だったら…… 」


「いい加減にしろよ! 」


俺が急に叫び出したものだから、 母さんは目を見開いて言葉を途切れさせた。


「誰のせいで学校に行けなくなったと思ってんだよ! もうこんなの嫌だよ! 俺はもう引っ越したくないよ! 伯父さん達に…… 幸夫と光夫に謝れよ! お祖母ちゃんにももう迷惑かけるなよ! 」



ーー 最低だ……。


心の中に溜め込んでいたものが一気に溢れ出した。



男から逃げ、 住んでいた街から逃げて辿り着いた先で、 今度は身内の小言から逃げ、 そしてまた男を追い掛けるって言うのか……。


俺は涙をダラダラ流しながら、 思っていた事を必死で訴えた。



「駄目だよ母さん…… 臼井先生には奥さんが…… 加奈ちゃんがいるんだよ。 子供だっているんだよ。 そんなところに行ったって…… 」


「拓巳…… あんた、 私の息子でいるのを辞める? 」

「えっ…… 」


「私の言うことを聞けないのなら、 あなただけここに残ればいいわ。 私の息子を辞めて、 お祖母ちゃんに面倒を見て貰えばいい。 だけどね、 こんな所にいたって母屋の連中に邪魔者扱いされるだけよ。 あの学校にだって、 今更戻れるの? 」


「でもっ! 」



「拓巳、 あなたは母さんの子よね? お祖母ちゃんだって、 あなただけ1人で残られても困るに決まってるわ。 そうでしょ? 」


「………。」



母さんは黙り込んだ俺の肩に手を置いて、 ニッコリ微笑みかけた。


「拓巳、 一緒に行くわよね? 臼井先生の奥さんは子供を連れて実家に帰ったの。 もうすぐ離婚するのよ。 大丈夫、 私たちは幸せになれるわ」



ーー 駄目だよ母さん、 加奈ちゃんと子供を不幸にしちゃうよ! 俺たちは幸せになんてなれないよ!


母さんはあの日の教室で、 困ったように俺から逸らした先生の目を知らないんだ。


母さん、 先生はきっと、 俺たちを待ってなんかいないよ……。



だけど俺には選択肢も決定権も無くて……。

ただ黙って頷くしかなかった。


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