12、 俺を信じてくれる? (2)
「悔しかったんだろ? 今日の集合写真の時」
そう言われて、 たっくんに自分の気持ちを見抜かれていたことに驚いて、 そして恥ずかしくなった。
あの時のみんなの、 『やっぱりね』という視線と、 大人たちの憐れむような目つきが嫌だった。
そして何より、 自分の娘がそんな目を向けられて、 母が恥ずかしい思いをしているんじゃないかと思うと、 申し訳なくて、 なんだかいたたまれなかった。
そんな自分が悔しかった。
だから、 たっくんに、『来いよ…… 』そう手を差し伸べられたとき、 心のわだかまりを掬い上げてもらえたような気がした。
その手を取れば、 何かが変わるんじゃないかと思ったのだ。
「ほら小夏、 掴まれ」
私はたっくんが途中まで下りてきて差し出した手を左手で握り、 右手で目の前のパイプをギュッと掴むと、 右足をジャングルジムの1段目に乗せた。
そのまま勢いをつけて左足も乗せると、 予想に反してそれほど怖さを感じなかったので、 若干拍子抜けした。
コレは上まで行けるかもと胸を躍らせ2段目に足を掛けたけど、 油断したのがいけなかったのだろう。
パイプを掴む手の位置が低かったようで、 バランスを崩して後ろに体が傾いた。
「「 あっ! 」」
そのまま手が離れて後ろ向きに落ちた。
幸いにも、 まだ2段目に足を掛けたところだったから、 軽く尻餅をついただけだったけど、 それがトドメになった。
あっという間に恐怖心が蘇ってきて、 ジャングルジムどころか、 しばらく立つことも出来ず、 そのまま地面に座り込む。
「小夏、 ごめん…… 」
たっくんが目の前にしゃがみ込んで、 顔の前で両手を合わせている。
「…… ううん、 私がドンくさいから…… 手伝ってくれたのに、 ごめんね」
「お前は悪くない。 俺が…… 」
そこまで言ってから、 たっくんは言葉を切って、 しばらく何ごとか考え込んだ。
「小夏、 こっちだ」
たっくんは私の手を引いて立ち上がらせると、 そのままジャングルジムの向こう側へと歩き出す。
そちら側にあるのは昔ながらのステンレス製の滑り台で、 階段部分が赤色、 踊り場が青色に塗られているのだが、 あちこちペンキがハゲて錆び付いている年代物だ。
たっくんはしばらくの間、 ジッと滑り台を見上げていたけれど、 黙ってウンと頷くと、 私の目の前に背中を向けてしゃがみ込んだ。
「小夏、 俺の背中に乗れ」
「えっ? 」
「俺が背負って上まで連れてってやる」
「えっ?! 」
「お前は下が見えるとダメって言っただろ? だから階段じゃなくて、 こっち側から登るんだよ」
そう言われて改めて滑り台を見ると、 ステンレスの滑り面がギラギラ光っていて、 なんだかとても不気味に思えた。
「嫌だ、 怖い! 絶対にイヤ! 」
「小夏、 お前、 悔しかったんだろ? 仲間はずれはイヤだろ? 俺だってそんなのイヤなんだよ」
「でも、 こんなの登れないよ! 落ちちゃうよ! 」
たっくんはしゃがんだ姿勢のまま顔だけこちらに向けて、 真っ直ぐ私の目を見つめた。
「小夏、 俺は絶対にお前を落とさない」
「…………。 」
「死んでも絶対に登りきる。 約束する。 だから…… 俺を信じてくれる? 」
それでも怖いものは怖いし、 信じようが信じまいが、 イヤなものはイヤだ。
だけど…… 今ここでこれ以上イヤだと言ったら、 たっくんが傷つくだろうと思った。
怖いのも落ちるのもイヤだけど、 それ以上に、 たっくんの悲しむ顔を見たくないという気持ちの方が強かった。
だから私は、 信じてないまま、 コクリと頷いた。
「よし、 小夏、 乗れ! 」
「はい」
たっくんは私を背負って滑り台の前に立つと、
「しっかり掴まってろよ」
そう言って、 滑り面の両サイドに手を掛けて、 ゆっくり足を踏み出した。
ズルッと靴底が滑って体が傾く。
「ちょっと待って」
たっくんは私を一旦下ろすと、 スニーカーと靴下を脱いで裸足になってから、 もう一度私を背負いなおした。
今度はさっきよりも安定した足取りで、 一歩、 二歩と前に進んで行く。
三歩目までは順調に進んだけれど、 そこから先に、 なかなか足が出ない。
私が閉じていた目を開けて見ると、 たっくんは必死に先へと手を伸ばして、 腕の力で体を引っ張りあげようとしていた。
だけど、 私という重い荷物を抱えた体は、 簡単には上がっていかない。
「くっそ…… 」
ゼイゼイという喘ぎ声の合間に、 たっくんの呟きが聞こえてきた。
たっくんの腕がプルプルと震えている。
きっと足も疲れて震えているんだろう。
たっくんの首にしがみついている私の腕も痺れてきた。
腰に回している足も、 徐々に落ちてくる。
ーー もういいよ、 やめようよ。
その言葉が喉元まで出かかったけど、 実際に口には出せなかった。
何故か、 言ってはいけない気がしたから。
だから私はもう一度ギュッと固く目をつぶって、 必死でたっくんの背にしがみつく。
この時間が永遠に続くような気がして、 たっくんに申し訳なくて、 私は唇を噛み締めながら、 黙って泣いた。
たっくんの汗と私の涙が、 たっくんの首筋を濡らしていった。