31、 夏祭り
その年の夏休みは、 思いがけず充実した毎日を過ごすことが出来た。
幸夫と光夫と学校のプールに通ったり、 クラスメイトの家に集まって、 一緒に夏休みの自由研究をしたり。
お祖母ちゃんに水族館に連れて行ってもらった時は、 生まれて初めて魚のショーやカワウソを見てはしゃぎ回った。
お土産に買ってもらった本物のペンギンの羽根がついたキーホルダーは、 お気に入りのリュックにぶら下げた。
人生で2度目の夏祭りも、 この時だった。
幸夫と光夫と一緒にお祖母ちゃんに連れられて、 同じく人生2度目の金魚すくいをした。
今回は出目金は掬えなかったけれど、 和金を3匹取ることが出来た。
「この3匹も庭の睡蓮鉢に入れてあげましょうね」
お祖母ちゃんに言われて「うん」と頷いた。
もしも俺が普通の日本人の顔をしていて、 母さんが家を出ることが無かったら…… 。
小さい頃からこうして毎年、 従兄弟と連れ立って夏祭りに行って、 青い睡蓮鉢で金魚を飼う……。
そんな穏やかな日々を過ごす人生が、 もしかしたら俺にもあったのかな…… なんてぼんやり想像した。
ーー だけど、 それだと小夏に会えなかった。
毎日が平和な方がいいに決まっているけれど、 小夏に出会えないのは絶対に嫌だ。
この街で普通にクラスメイトとして小夏に出会っていたら楽しかっただろうな……。
一緒に大きくなって、 一緒に大人になって、 2人で手を繋いで夏祭りに行くんだ……。
「おっ、 楽しんでるか? 」
小夏の浴衣姿を思い描いてニヤニヤしていたら、 不意に誰かにポンと肩を叩かれた。
「「 先生! 」」
俺と幸夫が同時に叫ぶと、 白いポロシャツにベージュのチノパン姿の臼井先生が、 ニコニコしながら立っていた。
担任の臼井新太先生は、 教師4年目の26歳で、 先生というよりはお兄ちゃんみたいな雰囲気の、 ちょっと垂れ目の優しい先生だ。
『俺のクラスでは絶対にイジメはさせない! 』
が口癖で、 休み時間になると生徒を誘ってドッジボールやサッカーを始めるような体育会系の熱血教師だったので、 俺たち3組だけじゃなく、 他のクラスの生徒からも慕われている。
そのせいか、 クラスの雰囲気も明るくて和気あいあいとしていて、 俺が久々に『普通の楽しい学校生活』というのを堪能出来ているのは、 この先生のお陰でもあると思う。
「先生も夏祭りに来たの? 」
俺がそう尋ねると、 先生は肩につけた『安全パトロール』の腕章を指差しながら、 ニカッと白い歯を見せた。
「残念ながら遊びじゃないんだよな〜。 お前らが悪さしないように見廻ってるんだよ。 俺が楽できなくなるから、 絶対に変なことするなよ〜! 」
「そんな事しないよ! ほら見て、 金魚すくいしたんだ」
「おっ、 3匹か。 拓巳はまだまだシロウトだな。 俺がお前くらいの頃は、 余裕で10匹は掬ってたぞ」
「「 え〜っ、 嘘っぽい! 」」
幸夫と2人で声を合わせて言ったら、先生が腕時計を見て、「さてと…… 」と呟いた。
「これで俺の担当時間は終了! やっと家に帰れるわ」
「あっ、 家で加奈ちゃんが待ってるんだ! 」
「おい、 人の奥さんを加奈ちゃんって呼ぶなよ」
「…… 加奈ちゃん? 」
俺がキョトンとしていると、 幸夫が分かりやすく説明してくれた。
「『加奈ちゃん』っていうのは、 去年までうちの学校で働いてた女の先生で、 新任で来た途端に臼井先生に手を出されてデキ婚して仕事を辞めたんだ」
「コラっ! 頼むから『デキ婚』じゃなくて『授かり婚』って言ってくれ」
「ハハッ、 先生、 デキ婚なんだ!」
「だから『授かり婚』だっつーの! 」
先生は俺たちの頭に手を置いてクシャクシャっと撫でると、
「それじゃ、 俺はもう帰るけど、 お前たち、 本当に悪させず、 気をつけて帰るんだぞ〜! 」
手をひらひらと振って去っていった。
「俺、 臼井先生、 好きだな」
「うん、 俺も。 面白いし優しいよな」
遠ざかる広い背中を見つめながら、 あんな人が父親だったら良かったのに…… と思った。
家に帰って金魚を睡蓮鉢に放したら、 スイッと気持ち良さそうに泳ぎ始めた。
母さんはどこかに出掛けていて、 家の中は真っ暗だった。