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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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30、 友情


俺たちの横須賀での生活は、 想像していたよりも穏やかに、 そして平和に過ぎていた。



最初こそ遺産相続の件でゴタゴタしたものの、 母屋(おもや)と冷戦状態になって交流を持たなくなった事が、 逆に幸いした。

向こうの顔色を伺ったり気を遣う必要がなくなって、 ストレスを感じずに済んだのだ。


嬉しい誤算…… というやつだ。



その後、 警察からも児童相談所からも接触が無かったので、 母さんも安心したらしい。


俺と母さんの部屋になった6畳の和室には、 お祖母ちゃんが買ってくれた真新しいタンスやハンガーラックが置かれ、 (ようや)くスーツケースとリュックの中身を移し替える事が出来た。



部屋の隅には俺専用の水色の三段ボックスを置いた。

俺はその3段目に『雪の女王』の絵本、 てっぺんには小夏と写った写真を飾って、 ちょっと下がったところからじっくり眺め、 満足げに頷く。



ーー 小夏、 俺は母さんが生まれ育った場所で4年生になるよ。 小夏は鶴ヶ丘で頑張ってる?



季節は春になり、 俺はこの街で小学4年生になった。



***



「拓巳、 やったぞ! 同じクラスだ! 」


幸夫が指差した掲示板を見上げると、 確かに同じ3組のところに、 俺たち2人の名前が書かれていた。


「ホントだ、 やったな! 」


2人でハイタッチして笑い合う。



母親同士は犬猿の仲だけど、 俺たちはとても気が合って、 親のいないところで交流を深めていた。


それまで小夏以外とは表面上の付き合いしかしてこなかった俺にとって、 幸夫は腹を割って話せる初めての男友達だった。


最初の出会いが親のバトルからだったし、 幸夫の前では家庭の事情も目の色も隠す必要が無いというのが良かったんだと思う。



それに幸夫は、 両親の言葉を聞いていたはずなのに、 それでも俺の青い目をカッコイイと褒めてくれる。

幸夫といると、 自分のことが好きで、 誇らしく思えていた幼い頃に戻れたような気がして、 なんだか心が和らいだ。





4年生になってすぐの授業参観は国語の授業で、 教室の後ろに続々と保護者が入って来るのを見たら、 ちょっとだけ緊張した。

幸夫や他のクラスメイトも後ろを振り返ってはソワソワしている。



ーー あっ、 来た!


後ろの2/3くらいが保護者で埋まってきた頃、 ブラウンのシャツ型ワンピにベージュのスプリングコートを羽織った母さんが入って来た。


母さんがコートを脱いで腕にかけてから、 俺の方に小さく手を振ってきたので、 俺は笑顔で頷いてから黒板の方に顔を向けた。



「ねえ、 拓巳くんのお母さん、 美人だね」


隣の席の坂口さんにそう言われて、 俺は「ありがとう」と短く返しただけだったけれど、 実際、 母さんはその日来ていたどの母親よりも綺麗で目立っていた。



俺はなんだかとても誇らしくて、 母さんにいいところを見せたくて、 その日の授業では張り切って手を挙げた。


黒板に『さんずい』のつく漢字を思いつくだけ全部書き出したら先生が褒めてくれて、 教室のみんなに拍手してもらえた。





「お母さん聞いてちょうだい、 拓巳は凄いのよ。 4年生で習う漢字も書いちゃったものだから先生がビックリしちゃって、『大変よくできました!』って褒めて下さってね。 私の近くに立ってた2人組が、『あの子ハンサムね〜』なんて噂してて」


その日の夕食時、 母さんは上機嫌で、 話す内容はひたすら学校についてだった。



「まあ、 それは凄いわね。 拓巳くんは勉強が得意なのね」


「拓巳は昔から勉強が出来る子だったもの。 今日の懇親会でもね、 担任の臼井先生が、『拓巳くんはクラスでも人気者ですよ』って言って下さって…… 」



そんな風に俺たちが話題にしていたのと同様に、 母屋の幸夫と両親の間でも、 授業参観についての会話が交わされたのに違いない。


翌朝の登校中に、 幸夫が冴えない顔をして呟いた。



「俺さ…… 次の漢字テストで満点を取らないと、 塾に行かされる」

「えっ、 お前、 中学受験するの? 」


「そうじゃないけど…… お前と違って俺は勉強が出来ないから…… お母さんの機嫌が悪くってさ」



幸夫は昨日の夕食時、 授業参観で一度も挙手しなかった事を母親から散々叱られたという。


「多分さ…… お母さんは穂華さんに張り合ってるんだよ。 昨日来てた母親の中でも穂華さんが一番綺麗だって俺たちみんな騒いでただろ? それも気に食わないんだよ。 ババアの嫉妬だ、 嫉妬」


冗談めかして言っているけれど、 あの洋子さんのことだ、 キツイ口調で(なじ)ったに違いない。



ーー 俺たちが来たせいで、 コイツも……。


俺のせいでみんな不幸になっていく。

幸夫だって、 母親に逆らって俺と友達でいてくれる優しいヤツなのに、 叱られなくてもいいことで責められて、 行きたくもない塾に通わされようとしている……。



「…… なあ幸夫、 お前っていつも漢字テストは何点くらいなの? 」


「えっ? …… だいたい初回は70点とか80点あたりをウロウロしていて、 やり直しテストでようやく90点以上か、 調子が良ければ100点いくかな」


「そうか…… 幸夫、 お前頑張って、 どうにか初回で90点以上は取れ。 100点を取るのが一番いいけど、 それが無理なら、 せめて90点を目指してくれ」

「えっ、 どうして…… 」


「要はお前が俺に勝てば洋子さんは満足なんだろ? 俺はキッチリ90点を取るようにするから、 幸夫がそれを上回るんだ」

「でも、 そんなことしたら、 お前が…… 」



「俺の母さんは勉強のことにうるさくないから大丈夫。 ただ、 急に成績が落ちると怪しまれるから、 90点以下には下げたくないんだ。 だから幸夫、 頑張ってくれよ。 塾になんて行きたくないんだろ? 俺が漢字の覚え方のコツを教えてやるから」


「…… 分かった。 頑張ってみる。 ありがとなっ! 」



それから俺は学校の行き帰りの時間を使って、 今習っている単元の漢字を幸夫に叩き込んだ。


漢字の覚え方なんて簡単だ。 『へん』と『つくり』を覚えたら、 パズルのように組み立てればいいだけだし、 あとは適当に意味付けて、 脳みそに印象付けておけばいい。




努力の甲斐あって、 その回の漢字テストで幸夫は96点を取ることが出来た。


洋子さんが言っていた100点満点には及ばなかったけれど、


『だけどさ、 今回は難しかったから100点を取れた子は少ししかいなかったんだよ。 拓巳だって90点しか取れなかったんだ』


幸夫が学校の帰りに俺と打ち合わせした通りの言い訳をしたら、 洋子さんは「あら、 そうなの」とニッコリ笑って上機嫌になったそうだ。



「なあ、 拓巳…… 悪いんだけど、 次のテストも…… 」


「ああ、 分かってる。 適当に手を抜くよ」


「…… ごめんな。 でも、 そうしてくれたら助かる」



ーー 俺に点数下げさせるよりも、 自分が満点を取れるように頑張るって考えは無いのかよ!



喉元まで出かかった言葉をグッと(こら)えた。


幸夫が悪いんじゃない。 コイツにプレッシャーをかけてこんな言葉を吐かせてるのはあの母親で、 その原因は、 そもそも俺なんだから……。



目の前の小石をコツンと蹴っ飛ばしたら、 斜めにそれて、 草むらの中に消えていった。


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