表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
113/237

18、 逃げる


なんだか凄く嫌な予感がした。


電話の相手が話していることが、 あまり歓迎すべき内容でないというのは、 母さんの口調からすぐに分かった。



もう何も悩むことはない、 これからはまた前のように小夏と楽しく過ごせるんだ……

そう思って帰ってきたのに、 得体の知れない何かに追いかけられているような気味悪さがあった。




「えっ、 どういう事ですか? 昨日でお話は済んだんじゃ…… 」


「はい、 拓巳はここにいますけど…… はい、 無事に退院して…… 」


「どうしても家に来なきゃいけないんですか? 明日? ええ…… はい…… 分かりました……」



電話を切った母さんは、 暗い表情で俺を見た。



「何? どこからの電話だったの? 」


母さんはそれには答えずに、 何かを考えてぼんやりしている。




間髪入れずにまた電話がかかって来て、 母さんも俺もビクッとした。


今度は母さんはスマホを見つめて、 ちょっとだけ電話に出るのを躊躇(ちゅうちょ)したけれど、 4度目の呼び出し音で、 思い切ったように画面をタップした。



「……はい。 はい、 そうです、 月島です。…… えっ、 弁護士さんが? このままだと、 涼ちゃん…… 皆川が出てくるんですか? そんなの困ります! 」


「被害届ですか? ……私は、 あの時…… 覚えてません」


「皆川も私も酔っていて…… 拓巳ですか? はい、 ここにいますけど…… はい…… 分かりました」



今度もまた母さんは、 電話を切ってから呆然(ぼうぜん)としていたけれど、 しばらくしてから急に思いついたようにハッとして、 俺の方を振り返った。



「拓巳、 荷物をまとめて! 今すぐよ! 」

「えっ?! 」


「ランドセルとリュックの2つに、 どうしても必要なものだけを詰め込むの! 早く! 」

「えっ、 ちょっ…… 」



わけが分からず布団から飛び出した俺を無視して、 母さんは廊下の納戸からスーツケースを出してきて、 寝室の俺の布団の横でパタンと開いた。



「母さん、 どうしたの? 」

「ここから出るの」


「えっ?! どういう事? 」

「早く逃げなきゃ…… このアパートから出るから準備してって言ってるの! 早く動いて! 」


顔を強張(こわば)らせながらそう言うと、 母さんはタンスの引き出しをゴソゴソ探って、 奥から大きめの巾着(きんちゃく)袋を取り出した。


中身を布団の上に出して、 通帳やら印鑑やらを確認して、 また袋の中にしまう。



次に押入れの奥に顔を突っ込んで黒いブリーフケースを取り出すと、 その中にある書類を開いて確認し、 またケースに戻した。


その巾着袋とブリーフケースを持って、 玄関へと向かう。



「母さん?! 」


何も言わずに出て行く母さんを追いかけて、 俺も慌てて外に出た。


どこに行くのかと思ったら、 母さんは隣の小夏の家のチャイムを鳴らして、 中に入って行った。



心臓がドクンドクンと大きく脈打って、 ゾクリと背中に悪寒が走った。


よく分からないけれど、 とにかくとんでもない事になっている。


さっきのお母さんの様子は尋常じゃなかった。

荷物をまとめろと言うのも、 アパートから出ると言うのも、 あの口調からすると本気に違いない。



ーー 本気?! ……俺たちは本当にここから離れるのか? 小夏のいる、 このアパートから?



「そんなのダメだ! 冗談じゃない!」


絶対に阻止する意気込みで、 俺は母さんを追って小夏の家に入って行った。






家の奥では母さんと早苗さんがダイニングテーブルの前に立って話をしていて、 テーブルの上にはさっき母さんが見ていた書類や通帳やらが並んでいた。



2人は俺を見てビックリしたけれど、 それどころじゃないとでも言うように、 すぐにまた話の続きを始めた。



「児童相談所の職員が明日来るのよ。 拓巳が家にいるか何度も確認されて…… きっと拓巳を連れて行くつもりなのよ! 昨日、 急に来られてあの部屋の様子を見られたから…… 」


「それはあり得るわね。 弁護士さんの電話でも、 穂華さんも虐待に加担してたって、 あの男が言ってるって…… 」



「警察が…… 弁護士が示談交渉をしてくると思うけど、 被害届はどうされますか? って。 このままだとアイツが留置所から出てくるって。 私からも拓巳からも事件の時の話をもう一度聞きたいって……絶対に私が疑われてる! 拓巳と離ればなれになる! すぐに逃げなきゃ!」



「落ち着きなさい! 」


早苗さんが、 パニクっている母さんの肩をグッと掴んで言い含めるようにゆっくり言った。



「分かったわ…… 私が協力するから、 ここからすぐに逃げなさい」



ーー 逃げる? 本当に?!



「早苗さん! そんなの嫌だよ! 」


自分でもビックリするほど大きな声が出た。


俺の悲鳴みたいな叫びを聞いて、 早苗さんがこちらを見る。



涙ぐんでいる俺を見て、 早苗さんも(まゆ)を下げて泣き出しそうな顔になったけれど、 大きく深呼吸をすると、「拓巳くんも聞きなさい」と言って、 話を続けた。


ブックマーク及びポイント評価をありがとうございます。

感想やレビューも励みになっています。


ここ数話は、 幼馴染編の最後と重複した内容を拓巳サイドから見た形になっていますが、 あと数話で空白の6年間に突入します。


この作品に辛抱強くお付き合い下さっている皆様に感謝です。

2人の光ある未来を期待して応援していただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ