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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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11、 たった1人の味方


アイツからの虐待が日常的になってきてからは、 学校と小夏の家だけが、 俺の息抜きの場になっていた。



そうは言っても、 学校に着いた途端、 下校時間のことが脳裏をよぎるし、 お前の家にいても自分ちの気配に神経を尖らせてたから、 本当の意味での安息の地なんて、 何処(どこ)にも無かったんだけどな。




児童相談所の件があってから、 アイツの手口は巧妙かつ悪化していった。


カッとなっての暴力もたまにあったけど、 それよりも身体に傷が残らない、 精神的な嫌がらせの方が増えてきた。



良くやられたのが、 夜中や寒い冬にアパートの部屋から追い出されて、 ドアの外に立たされる行為。


トイレを借りにコンビニまで行かなくてはいけないのが面倒だったけど、 それはまだ、 そんなに辛くは無かった。



それより、 同じ立たされるのでも、 浴室に長時間閉じ込められる事の方がキツかった。


その場所にいること自体は別に構わないんだけど、 トイレにも行かせてもらえないから、 お風呂場で用を足さなくてはいけなかったから。



最初は小便をするのにも抵抗があった。


アレってさ、 脳が『ここで用を足していいんだよ』って信号を出してくれないと、 なかなか出ないもんなのな。


膀胱(ぼうこう)が今にもはち切れそうなくらいパンパンで、 とっくに限界なはずなのに、 いざそこで排水口に向かっても、 1滴も出てこないんだ。


しばらくどうしようもなくて立ち尽くしていたら、 (ようや)くチョロッと出て、 その次の瞬間には勢いよく飛び出して…… お風呂場のタイルの床でピチピチ跳ねる自分の小便を見ながら、 無性に泣けてきたのを覚えてる。



それより更に大変だったのが大便の方で、 これは浴室ではどうしようもないから、 外に逃げ出してするしかなかった。


息を殺して部屋の気配を(うかが)って、アイツが外に出て行くか寝てる間、 又は油断してる瞬間を見計らって、 外に飛び出すんだ。



靴を履いて出れる時はコンビニまで行くんだけど、 裸足で飛び出した時は、 通報されそうで、 行き先に困った。


そんな時は、 公園で茂みに隠れて、誰かに見られないかとヒヤヒヤしながらトイレを済ませた事もある。



小夏んちが家のトイレを貸してくれるようになって、 (ようや)くその悩みは解決したけれど、 それはそれで、 俺の心はズタボロに痛めつけられていたんだ。



だってさ、 好きな子の家のドアをノックする理由が、『大便をしたいからトイレを貸してくれ』なんだぜ。

屈辱以外の何ものでもないだろ?


惨めで情けなくて悔しくて…… 便座に座り込んで羞恥心に身を震わせながら、 (あふ)れてくる涙を必死で(こら)えるんだ。



そして夜になって、 (あきら)めて部屋に戻って行った俺を、 アイツは嬉しそうにニタニタしながら眺めてきて……


そしてまたこう言うんだ。


『風呂場に入ってろよ』



俺はランドセルを持って浴室に行くと、 湿気まみれの蒸し暑いその場所で、 教科書を開いて宿題を済ませていた。






アイツが殴るのは大抵お腹で、 それも限界までいかない程度でみぞおちにパンチを入れてくるのが常だった。


たまに感情のコントロールが効かなくなると顔面に平手打ちされる事もあって、 そんな時は腫れが引くまで学校を休まされた。



学校に行けない時は本当にキツかった。

あの頃の学校は、 俺にとって安心して睡眠を取れる貴重な場所だったから。



小夏はそれが分かっていたようで、 休み時間に俺が眠りこけるたびに、 側で見守ってくれていた。


チャイムが鳴るとアイツが肩を揺すって起こしてくれるから、 俺は安心して熟睡出来たんだ。



もうその頃には、 俺に話しかけてくるのは小夏だけになっていたけど、 親切ぶって家の事を聞かれるよりは、 放っておいて貰える方が気楽で良かった。


あの、 誰にも邪魔されず、 小夏と2人だけで透明なカプセルに入っているような真空状態の時間が、 俺は結構好きだった。





ある日、 アイツが怒鳴りながら俺を殴りつけていた時に、 隣の部屋から『ドンッ!』と壁を叩く音がした。


最初はドキッとしたけれど、 すぐにそれが、 小夏の仕業だと気付いた。



こっちでお皿の割れる音やアイツの怒鳴り声がすると、壁が『ドンドンッ!』と叩かれる。


最初のうちはアイツもビビってそれで大人しくなっていたけれど、 何日かしたら慣れてきて、 壁を叩かれたら俺の口を手で塞いでみぞおちを殴るか、 髪を引っ張って風呂場に連れて行かれて、頭からシャワーをかけられるようになった。



そのうちにアイツは壁を叩かれても動じなくなって、 逆に壁を叩き返したり、 怒鳴り返したりもするようになった。




やめておけ、 関わるなと言っているのに、 小夏は(あきら)めなかった。


壁を叩いても効果がないと分かると、 今度は玄関のチャイムを鳴らしたり、 ドアをドンドン叩いたりするようになった。



そんな時は大抵、 母親が玄関で小夏に説教しているその奥の部屋で、 俺はアイツに胸ぐらを掴まれているんだけど、


『小夏、 やめておけよ、 俺のためにそんな事をしなくていいんだ……』


そう思いながらも、 俺のために闘ってくれているお前の存在が嬉しくて、 愛しくて…… 。



息も絶え絶えになりながら、 目の前のコイツを殺そうか、 それとも自分が今ここで死んでやろうか…… って考えている時に、 お前が壁やドアを全力で叩く音が、 俺をこの世界に引き()めてくれたんだ。


お前が俺の、 生きる支えになっていたんだ。




そうだよ小夏、 あの時のお前は、 世界で唯一、 俺のために闘ってくれていた、 たった1人の味方だったんだ……。



世界でたった1人の、 愛しくて大事な俺の女神だったんだ……。


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