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たっくんは疑問形  作者: 田沢みん(沙和子)
第3章、 過去編 / side 拓巳
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10、 諦める覚悟


小夏、 知ってるか?


世界の人口の約1%が、 共感能力も罪悪感も無い、 衝動的な人間 ……いわゆるサイコパスってヤツなんだぜ。



そいつは脳みその中で、『快感ホルモン』のドーパミンが普通の人間よりも簡単に放出されて、 普通の人よりも、 より多くのドーパミンを欲しがるんだってさ。


食欲や物欲や性欲と同じくらいに、 『嗜虐(しぎゃく)的欲求』が強い、 ドーパミン中毒(ジャンキー)ってヤツだ。



つまりさ、 アイツの頭の中は、 ドーパミンが欲しくて欲しくてたまらなくて、 俺たちをいたぶりたくて、 いつもウズウズしてたってことなんだよな。



アイツが『雪の女王』の絵本にタバコを押し付けた時には、 きっと脳みそがドーパミンでダバダバ(あふ)れかえってたんだろうな。


俺が傷つく(さま)を見ては、 気持ち良すぎてアソコをおっ()たせてたのかと思うと、 胸糞悪くて反吐(へど)が出るよ。



***




アレは確か、 小3の前期、 5月の終わり頃だった。


俺は大事な『雪の女王』の絵本にタバコを押し付けられた挙句、 ビールを頭からぶっかけられて、 公園に逃げ出した。



行くあてもなく、 でもあの場所に戻るのも嫌で途方にくれていたら、 早苗さんに見つかって保護された。


そんな事をしたら迷惑をかけるって分かっていたけれど、 あの時に俺が頼れるのは、 もうお前の家以外には無かったんだ。




でも、 それがいけなかったのかな。


早苗さんが児童相談所に通報して、 母親同士の関係が完全に決裂して、 早苗さんの車に傷をつけられて……。




その頃かな、 俺は完全に、『(あきら)める』って事を覚えたんだ。


いや、 違うな。 『諦める覚悟』を決めたんだ。



児童相談所に連れて行かれた数日後にさ、 俺は図書館に行って、『児童相談所』とか『児童虐待』、『DV』の本を、 読める限り読み(あさ)ったんだ。


難しい漢字が多くて大半は読み飛ばしたけれど、 子供向けの絵本や簡単に書かれたガイドブックみたいなのもあったから、 大方(おおかた)のことは理解できた。



凄いんだぜ、 ちょっと検索しただけで何百冊も出てきてさ、 こんなにいろんな人が虐待について詳しく書いてるのに、 なんで全然解決しないんだよって、 なんか可笑(おか)しくなってきてさ。


喉の奥から笑いが込み上げてきて、 1人でクックッて低い声を出してたら、 周りにいた人に凄く迷惑そうな目で見られたよ。



コイツら俺が何を調べてるのか、 家でどんな目に遭ってるのか知らないんだよな…… 俺だってお前たちが家でどんなだか知らないし…… なんて思ったのを覚えてるよ。




そこで結局分かった事は、 児童虐待がハッキリしたら俺は母さんから引き離されて施設に入れられる。

そこでは自由が無くて学校にも行けなくて、 そしたら俺は小夏にも会えなくなる…… って事だけだった。



そんな事を知っちゃったらさ、 もうどうしようもないだろ?



近所のババアは俺が外に立たされてたらドアの隙間から覗いてるだけだし、 小野先生は、 まるで時限爆弾を抱えたみたいにビクビクしながら俺を見てるしさ。



だから、 アイツが家からいなくなる事や、 誰かに助けてもらう事を諦めた。


暴力が無くなるなんて夢は持たないし、何かに期待もしない。

だけど屈服もしない。


絶対にアイツに媚びたりしないし、 母さんが虐められたら全力で歯向かう。

アイツの前で泣いてなんかやらない。 笑顔も見せない。



そのうちにアイツが事故にでも遭って死んでくれれば一番いいけど、 それを期待するのもやめた。



殺したいと思ったことは、 何百回、 何千回とあるし、 自分がアイツの背中を包丁で刺す姿とか、 駅のホームで突き落とす姿を想像した事はあるけれど、 それで警察に捕まって小夏と会えなくなるのは嫌だったから、 それも諦めた。



そうやって感情を押し殺して、 息を潜めて、 ただ時間が過ぎるのを待つんだ。


そう思っていたのに……。



たった1人だけ、 俺のために全力で運命に抗おうとする馬鹿な奴がいた。



小っちゃくて黒目が大きくてお下げ髪が似合うその子だけが、 世界中でただ1人、 諦めることを許さなかったんだ。




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