クローズクローゼット
わたしはわたしの半径1メートルくらいの世界で生きている。こんな話、前にも書いたかも。ともあれ、わたしはそれゆえにずぼらで、自分の住むアパートの部屋の中だって、隅々まで気をくばることは難しい。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。一人暮らしで社会人をやっていたら、大なり小なりみんな部屋は荒れるものだよ。なんて言ってくれるやさしい方々のお話はわたしは信じないようにしていて、いや、真実には違いないのだろうけれども、それってあくまで常識の範囲内の話なんだ。
前述のとおり、わたしは自分の半径1メートルが快適でありさえすればよいので、部屋のすみっこの代表格、クローゼットの扉を開いたあと、ちゃんと閉じるのだって面倒なのだ。
東京のアパートのクローゼットはせせこましい。そんな狭い空間にぎっしり詰め込まれた洋服や、面目躍如の時期が終わって、行き場をなくした扇風機なんかが、わたしがおざなりに閉めようとするドアを阻むものだから、わたしは結局、クローゼットのドアを全開のままほうっておいてしまう。
うん、ポールラックとかを部屋に置くのと一緒で、洋服の横っちょが見えているくらいは問題ないんじゃないかな。
キッチンだって、開放的なのが流行りだったりするし? クローゼットがオープンになっているくらい、致命的な問題にはならないさ。
そうやって自分に言い訳をしてみるものの、クローゼットの中は薄暗く、装飾もなく、雑多なハンガーに雑多な色の服がかかっていて、いかにも混沌といった感じ。よろしくないなと自分でもうすうす感づいている。
このブラックホールみたいな混沌はわたしのベッドの近くにあって、普段意識してなくたって、起き上がったときにうっかり中が見えてしまって。
ひらかれたままの扉が目に入ると、わたしの気力や注意なんかも、だんだんと吸い込まれていって、なんだかやる気がなくなってしまう気がする。
ブラックホールクローゼットはこのところ、部屋の暖気まで吸い取ってしまう。部屋面積の6分の1くらいしかないクローゼットだから、閉じ込められた冷気の体積だってそんなに変わらないはずなんだけど、油断してドアを開けたままにすると、まるで冷蔵機能があるみたいに、冷たい空気を部屋に送り込んでくる。
そういえばあたたかい空気の方が膨張してるって、昔理科で習った気がするなあ、だからといって、瓶詰めみたいに空気が密封されているわけじゃないだろうに。
まあ、理由はともかくも、侵入した冷気は容赦なくわたしのパーソナルスペースに踏み込んで、こっちの身体を冷やしてくるので、わたしはようやく洋服の袖や扇風機の羽を押し込んで、扉を閉めておくことを覚えた。
けれど根本的な原因、クローゼットの中のものの多さというところが解決していないので、用事があって扉を開けると、乗車率110パーセントで詰め込まれた洋服がぼわわ、と広がり、冷気を今まで以上に押し出してくる。
まあ、扉の外側ばかり繕っても無意味ということで、いつかはあの中身をいちど全部引っ張り出して整理してあげなければならない。たまに意を決して扉を開けるのだけども、またしても雑多な混沌が、私の決意をみるみるしぼませるのでした。
結局のところ、わたしの精神の安寧とひきかえに、今もクローゼットの扉はまるで封印の間のように、固く閉ざされたままである。