七匹目 オオカミくんと逃走劇
三時間目終了。
「オオカミさん、お話をしましょう!」
「狩神狼太! 今度こそ成敗する!」
「またお前か!?」
四時間目終了――昼休み。
「オオカミさん、一緒にお弁当を食べましょう!」
「愛唯と昼食など言語道断! 成敗してくれる!」
「昼くらい静かに食わせてくれ!?」
五時間目終了。
「どこに行くのですかオオカミさん!?」
「逃げるんだよ!? どうせ今回も――」
「愛唯に近づくな狩神狼太ぁああああッ!?」
「ほら来たぁあッ!?」
そして六時間目も終了し、放課後になった。
「やっと、やっと帰れる……」
休み時間になる度に絡んでくる愛唯と、襲撃してくる來野から逃げ続けた俺の精神的疲労はそろそろ限界だった。
「オオカミさん、一緒に帰りましょう!」
「それ!? だからそれ!? なんでお前は毎回毎回俺に付き纏うんだ!?」
來野が襲来する前にさっさと教室から抜け出すと、慌てたように小走りで駆け寄ってきた愛唯が俺の横に並んだ。
「わたし、気づいたのです」
「なにが?」
「まだお互いのことよく知らないのに、いきなり相棒なんて難しいですよね。だからまずはオオカミさんともっと仲良くなろうと決めました」
「そのせいで俺が來野って奴に殺されそうになってる件については?」
「セラスちゃんはいい子ですよ。話せばわかり合えます」
「あいつは聞く耳を持っちゃいない。話し合いにすらならないんだよ」
だいたい俺は來野とわかり合いたいわけじゃない。元の誰とも関わらない平穏無事な学校生活を取り戻したいだけだ。
「こうなりゃ來野の要求通り、俺とお前はもう別れたことにして二度と接触しないようにしよう。というわけで、俺は相棒になんて絶対ならないからさっさと諦めろ」
「それは……嫌です」
唐突に立ち止まった愛唯が、ムッと頬を膨らませて俺の制服の袖をちょんと摘まんだ。引っ張り倒すわけにもいかず歩くのをやめた俺の顔を、愛唯は上目遣いで見上げる。
「諦めません! わたしは絶対にオオカミさんを相棒にするんです!」
強い意志が宿った声で愛唯は言い返して来た。その大きくて綺麗な青色の瞳には、薄っすらと涙が滲んでやがる。ず、ずるいぞ。あどけない顔でそんな表情をされたら言葉に詰まってしまう。それが天然だとなおさら質が悪い。
「おい、狩神が赤ヶ崎を捨てるとか言ってたぞ」
「なにそれサイテーね」
――ハッ!
廊下にまだ残っていた生徒が俺たちを横目で見ながらヒソヒソ話をしている。これで俺が愛唯と別れたことになったら、最低最悪なクソ野郎って噂がマッハで広がること待ったなし。俺にどうしろと!
「狩神狼太、貴様、愛唯を泣かせたな?」
俺の首筋に薙刀の刃が添えられた。
犯人は言うまでもない。このレモンの香りと、底冷えするドス黒い殺気は來野セラスさんです。
「俺にどうしろと!?」
もう声にも出してしまった。泣きたいのはこっちだ。
「愛唯から離れろ、このケダモノめ!」
そうしたいのは山々だが、愛唯が勝手についてくるんだからどうしようもないだろ。それにどうやらこの恋人設定は継続しないと俺の評判的にマズいらしい。ただの不良から最低最悪クソクズゴミ虫にランクダウンだからな。流石に嫌だ。
だから――
「とりあえず、逃げる!」
「むっ?」
俺は一瞬で背後を振り返り、瞠目する來野から薙刀を蹴り上げて思いっ切り天井に叩きつけた。今の俺は人間だが、オオカミの血が混じっているせいか身体能力には自信があるんだ。特に蹴りに関しては自慢できる。オオカミは脚力が強いからな。
そんな俺と鬼ごっこができる來野も相当だが――
「くっ!?」
天井に叩きつけた振動で手が痺れたようだ。來野は薙刀をポロリと落としてしまったよ。狙い通りだ。この隙に逃げさせてもらうぜ。
「待て!? 卑怯だぞ狩神狼太!?」
「悪いが俺に騎士道精神はないんでね!」
來野が薙刀を拾って追いかけてくる前に角を曲がって姿を眩ませれば逃げ切れる!
「愛唯を放せぇええええええッ!?」
「なっ!?」
あいつ、薙刀を拾わず追いかけてきやがった。あとなんか愛唯が俺の首に腕を回して負ぶさってるんですけど! 軽すぎて今気づいたよ!
「離れろ愛唯!? ほら親友が呼んでるぞ!?」
「いいえ放しません! オオカミさんが逃げるならわたしも一緒に逃げます!」
ぐわっ、そんな近いところにいたらイチゴミントの香りが鼻に来る! てか胸! 小さいけど胸あたってる! 柔らかいなチクショーメ!
やばいやばいやばいオオカミになるぅうううううううううううううううううううう!?