三十三匹目 オオカミくんと隠し部屋
今が好機と俺たちはダッシュでテントの中へと突入する。
「弥生ちゃん、大丈夫でしょうか?」
「そう簡単に捕まる奴じゃないさ」
「だが、時間の問題だろう? 早く証拠を押さえて弥生殿を助けなければ」
テント内には今回のショーには出ない動物たちが檻に入れられた状態で放置されていた。昨日は解放されていたが、アレは愛唯のご機嫌を取るためであってこれがデフォルトなんだろうね。
「皆さん、騒がないでください」
鳴き出しそうになった動物たちを愛唯が先手を打って黙らせる。そのたった一言でテント内にいる全ての動物が大人しくなっちまったよ。ホント、動物相手だと最強だな。
「手分けして探すぞ」
俺たちは頷き合うと、三方に散って虐待の証拠となる動物を探した。
だが――
「おかしい。ここには虐待を受けてない動物ばかりだ」
唸った來野の言う通り、それらしい動物は一匹たりとも見つからない。
「昨日のオオカミさんはどこに行ったのでしょう?」
「ライオンと戦わされていたからな。死んで処分された可能性はある」
虐待されていたのがあのハイイロオオカミだけだとすれば……いや、動物同士を戦わせるショーをやってるくらいだからな。そっち用の生傷だらけの動物が必ずいるはずだ。
このテントは表のサーカス用で、裏用はまた別のテントだったりするのか?
「ちょっと訊いてみます」
「は? 誰に?」
俺の疑問に答えるよりも先に、愛唯が一つの檻の前でしゃがみ込んだ。その檻に入れられていたチンパンジーと目線の高さを同じにし、問いかける。
「チンパンジーさん、教えてください。夜に戦わされている動物さんたちはどこですか?」
そうか、猛獣使いの力で動物に答えさせるわけだな。萬石は人間の意識には尋問を強制できない的なことを言っていたが、完全に動物ならそれも可能ってことか。喋れないけど。
キキッ! チンパンジーは短く鳴いた。それから愛唯の言葉に従ってゆっくりと手を持ち上げ――テントの奥を指差した。
「……なにもねえぞ?」
そこはただの行き止まり。横幕があるだけだ。それともテントの外を示しているのか? 特設会場の敷地外になっちまうぞ。
「いや……」
待てよ……なんか、違和感がある。
そうだ。この動物用テント、こんなに狭かったか?
外から見た感じだと、もう少し奥行きがあってもいいはずだ。
「見ろ、幕の裏に扉があるぞ」
横幕に触ってみるとビンゴだった。簡単に捲れて奥から頑丈そうな鉄の扉が現れたよ。扉周囲の壁も鋼鉄でできていて天井近くまで伸びている。壁というよりは巨大な『檻』だな。動物用テントの三分の一がこの檻を設置する隠しスペースになっているようだ。
「こんなものを隠しているとは……」
「あのオオカミさんたちはこの中に閉じ込められているのでしょうか?」
「チンパンジーはこいつを指したんだ。他に考えられないだろ」
鉄扉のノブに触れてみる。特に罠はなさそうだが、押しても引いてもビクともしない。
「流石に鍵がないと開かないな。薙刀で破壊は無理だし、飛び越えられるもんでもねえ」
鍵は事務所的なところにあるのか、それとも萬石が肌身離さず所持しているのか。前者も厄介だが、後者だとすれば侵入はほぼ不可能だぞ。
「どいていろ、狩神狼太」
「あ?」
振り返ると……なんだ? 來野のやつ、後ろ歩きで扉から離れていくぞ。
「セラスちゃん、なにを?」
「私が体当たりでぶち破る」
なんとも力技な作戦だった。そりゃ密室を破る時にそうしているのをミステリーとかでよく見るけど、そこにあるのは分厚い鉄の扉だぞ。ナパーム弾くらいなら跳ね返しそうなんだけど。
「できるのか?」
「やってみなければわからん!」
「お、おう……」
決闘を申し込まれた辺りから薄々感じちゃいたけど、こいつの考え方ってちょっとどころじゃない脳筋成分が含まれてるよな。
そんな脳筋さんは俺が鉄扉から離れたのを認めると、背負っていた薙刀袋を近くの檻に立てかけ――ダン! と床を蹴った。
自身が一本の矢になったかのごとく疾駆する來野は、鉄扉の数メートル手前で跳び、左肩を突き出すように身を捻って豪快に突撃した。
が――
「ぐっ」
鈍い音が響いただけで、鉄の扉はビクともしていない。弾かれた來野は呆気なく転がり、打ちつけた左肩を押さえて呻いた。
「セラスちゃん! 大丈夫ですか!」
「ほらみろやっぱ無理じゃねえか!」
駆け寄る俺たちによろめきながら立ち上がった來野は、まだ諦めてない顔をしてやがる。
「狩神狼太、私を怒らせろ」
「は?」
いきなりなに言ってんだ? 肩だけじゃなく頭もどっかぶつけちまったのか?
「シロサイ化すればいけそうなのだ。だから、私を怒らせてくれ」
「ああ、そういう……とか言われても」
これは難しい課題だぞ。街の不良と喧嘩する時みたいに挑発すればいいのか? だが怒らせろって頼んでくる張本人に効果あるとは思えん。
挑発するにしても、確実に來野の逆鱗に触れるようなワードがなければ無理だろ。そんな都合のいいものがあるわけ……………………あったな。
「せ、セラス! セラスセラスセラス! 天使と書いてセ・ラ・ス! キラッキラな名前だなぁ! お前の見た目にピッタリじゃないか! やーいやーいギャハハハ!」
こ、こんな感じでいいのか? 演技は苦手なんだよ。やべー、恥ずかしくなってきた。気持ちなんて微塵も籠ってない小学生みたいな棒読みで腹が立つわけ――
「狩神狼太にな、ななな名前を……あ、わ、あわわわっ」
かぁあああああっ。
めっちゃ顔真っ赤になっとる。キラキラネームがバレた時に一瞬角が出るくらいブチ切れてたからいけるとは思ったが、そんなに俺に名前呼ばれるのムカつくのかよ。今後は気をつけないと死ねるな。
「セラスちゃん、角、生えましたよ!」
「あ、そ、そうだな。では、行くぞ!」
來野、我を忘れかけていたな。愛唯が正気づけてくれなかったら俺の命が散っていた。だってほらあいつ、無意識に薙刀を袋から抜いてやがるし。
ドゴォオオオオオオン!!
過ぎ去った命の危機に俺がちょっと放心していた間に、來野は鉄扉に体当たりのリベンジを決めたようだ。さっきとは比べ物にならない轟音が響き、巨大な質量が金属音を奏でて倒れ込む。
「開きました!」
「すげえ、鉄の扉がくの字になってら……」
大型トラックでも突っ込んだかのようにへしゃげた鉄の扉。絶句するしかねえな。しかもこれをやらかした來野はシロサイ化の鎧のおかげでほとんど無傷ときたもんだ。
「急ぐぞ! 今の音で誰かが来るやもしれん!」
それがわかってるならもうちょっと筋肉じゃなくて頭を使った方法を考えてもよかった気がする。まあ、後の祭りだけどよ。
鉄扉の向こう側にも同じように動物たちの檻が所狭しと並んでいた。普通のライオンやトラなんかもいるようだが、中には見たこともない珍しい動物も閉じ込められている。
縞模様をした小型のカンガルー。ダチョウを三倍くらいでかくしたような鳥。前方に突き出すような二本の長い角を持った牛。体の半分がシマウマの模様になっているロバ。ニホンオオカミの俺が言うのもなんだが、天然記念物なんてレベルじゃねえぞ。
しかも、どいつもこいつも痛々しい傷を負っているな。間違いなく虐待を受けたり夜のショーに出演させられている動物たちだ。
その中央付近の檻に――
「いたぞ! 昨日のハイイロオオカミだ!」
一番生々しい傷をつけられた灰色のオオカミの姿があった。そいつは俺たちがこの場に現れたことに驚いた様子で金色の目を大きく見開いているな。
「え? あのオオカミさん、もしかして……」
愛唯がなにか言いかけた、その時。
「馬鹿野郎! なぜ来た! 早く引き返せ!」
血相を変えたハイイロオオカミの口から、人間の言葉で怒声が飛び出した。
そのあまりの迫力に俺たちが一瞬怯んだ次の瞬間、耳を劈く警報音がけたたましく鳴り響き始めた。
「やばい!? なんかのセンサーに引っかかった!?」
まだ写真を撮ってないが仕方ない。ここは一旦退くしか――頭上から、動物たちが捕らわれている檻と同じものが降って来やがった。
「ひゃっ!?」
「罠か!?」
しまった、閉じ込められた!
最悪なことにただ閉じ込められただけじゃない。檻の四隅からなにかが噴出してやがる。少し甘い臭い。なんだこれ? 頭がくらって……?
「これは……催眠ガスか。まずい、眠気が……」
「ふわ……ダメ、です。もう……立って、られふぁぇん……」
來野が、愛唯が、意識を失って倒れていく。即効性の麻酔ガス。こんなもんを仕掛けていたってことは、萬石は、俺たちの侵入を予想してたってのか?
「……ち、くしょう」
俺も、もう限界だった。




