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二十八匹目 オオカミくんとイタリアンのディナー

 楽しい時間とはあっという間に過ぎてしまう。

 俺が楽しんでいるのかって話だが、サーカスのショー自体はぶっちゃけ満喫したよ。こればっかりはもう素直になろう。愛唯の前では絶対言わないけどな!

 サーカスの人たちは俺たち四人のためだけに今回関係ないショーをやってくれたんだ。申し訳なさすぎて頭が下がる。まあ、俺たちというより愛唯のためなんだろうけどね。あと足枷ピエロは結局出なかったな。

 気づけば、西日はすっかり稜線の彼方へと沈んでしまっていた。

「萬石さん、今日はありがとうございました」

 サーカスの入口に建てられた巨大なアーチの下で、愛唯が俺たちを代表して謝辞を述べた。來野と弥生も満足そうな笑顔で礼を言ってるよ。途中で変な男に絡まれはしたが、なんやかんやで退屈はしなかった俺も一同に倣って低頭した。

「いやいや、こちらも楽しんでもらえたようでなによりだ」

 萬石もニコニコと人のいい笑顔で返す。それからおもむろにスーツの懐へと手を突っ込んだ。

「そうだ。これを渡しておこう」

 取り出したのは四枚のカラフルなチケットだった。空中ブランコをするピエロや火の輪をくぐるライオンのイラストが描かれている。

 まさか、本番のチケットか……?

「よ、よろしいのですか?」

 來野が恐縮した様子で受け取ると、萬石は開豁な態度で大きく頷いた。

「無論だとも。残念ながらアリーナ席は確保できなかったのだが、明日十時開演のS席はなんとか人数分用意できたのだよ。よければ本番も見に来てくれたまえ」

「はいはーい! あたし絶対行く行く! 超行く!」

「ありがとうございます!」

 弥生は飛び跳ねて喜び、愛唯がもう一度頭を下げる。S席となるとお値段は五千円ちょい。萬石団長マジ太っ腹!

小さな赤ずきん(リトルメイジー)、先程も言ったが、返事はいつでも構わないよ。君がデビューすればミセス・アンジェラの再臨だ。しっかり考えて決めてほしい」

「……はい」

 愛唯はまだ複雑そうな顔をしているな。受けたとしても最終的には独立しないと愛唯の夢は叶わないわけだが、萬石がこれほど欲しがっている才能を簡単に手放すとは思えない。ノウハウは得られるが、逆に遠回りになっちまう可能性もあるだろうね。

 まあ、決めるのは愛唯自身だ。俺はなにも言わないさ。



 そうして挨拶もそこそこで切り上げて俺たちは帰路についた。

 サーカスが入っているショッピングモールは日が落ちても賑やかさと煌びやかさを失っていない。ついでに晩御飯も食べて帰ろうという話が女子たちの間で勝手に成立してしまい、俺たちは手近なイタリアンの店へと入った。帰りたかった俺の意見? もちろんガン無視ですがなにか?

 食事時だが、レトロな雰囲気の店内は割と空いていた。四人掛けテーブルの奥側に弥生、その隣が俺、向かいの奥が愛唯、俺の正面が來野という席順で座る。

「あー、楽しかった♪ サーカスのリハを見学するなんてなかなかできない経験でしょ!」

 さっそくメニューを引っ手繰って開いた弥生は、まだ興奮冷めやらぬ様子だった。空中ブランコを体験とかしてたもんな。何気に一番楽しんでいたのは弥生かもしれん。

「動物さんたちをいっぱいもふれました。えへへ、幸せです♪」

 愛唯もプラマイプラスでご満悦なようだ。

「うむ。今日は有意義な一日だった。狩神狼太、貴様も存外に楽しんでいたようだな」

「さてな。悪くはなかったな」

 あの足枷野郎の言葉は引っかかるけど、もうサーカスは出たわけだから関係ない。そんなことは忘れるとして……弥生さんや、早くメニューを回してくれませんかね? パスタとピザのページを交互にガン見して「兄貴に奢らせるならどっちがいいかな」とか言ってないで――え? 俺が奢ることになってんの?

「あっ、見てください! 期間限定でサーカスセットというのがあります!」

 愛唯が自分の見ていたメニューをテーブル中央に広げて指差した。目聡く見つけたらしいそのメニューは二人用のコースになっていて、好きなパスタとピザ、それとシーザーサラダにジェラートまで入っている。それだけだとなにがサーカスなのか謎だったが、おまけで五種類のストラップがランダムで一人一つずつ貰えるみたいだな。

 ストラップはピエロが二種類と、ライオン・トラ・ゾウの三種類。愛唯の目当ては動物のストラップだろうな。

「みんなでこれを頼みませんか?」

「私は構わないぞ」

「あたしもオッケー。これだとパスタもピザもあるし丁度いいでしょ♪」

「オオカミさんは?」

「俺は元からなんでもいい」

 そういうわけで注文はサーカスセット二つで決着がついた。もちろん割り勘だからな? 全員分払える金が俺の財布に入っていると思うなよ!

 注文を伝えてしばらくすると、まずは前菜のシーザーサラダ四人分が一つの大皿で運ばれてきた。レタスとトマトをメインに厚切りベーコンとクルトンを合わせたスタンダードなものだ。そこにドレッシングとパルメザンチーズがかかり、温玉が乗っている。これを崩して混ぜればいいのかな?

「愛唯さんってあのサーカスにスカウトされてるんだよね? すごくない?」

「当然だな。他のサーカス団も愛唯の存在を知れば引く手あまたになるはずだ」

「そ、そうですかね? セラスちゃん誉めすぎです」

「もしサーカスデビューしたら絶対に見に行くからね!」

「はい! その時はお迎えに上ります!」

「んん? お迎えに……?」

「弥生殿の空中ブランコもなかなか様になっていたな」

 女子たちはお喋りに夢中で誰もサラダに手をつけない。俺がやるしかないの? 温玉崩すよ? あとで文句言っても受け付けないからな。

 会話に入れない俺は隅っこまで大皿を引き寄せてせっせとサラダを掻き混ぜる。ほら見て見て、卵の黄身がシャキシャキのレタスにとろりと蕩けて絡んで実に美味そう。我ながらいい感じの混ざり具合に惚れ惚れしちゃう。写真撮ってSNSで飯テロしよっかな! SNSやってないけど!

「そういえば、このチケットって明日の十時からのだっけ? 兄貴、ちゃんと朝起きてよ?」

「はぇ?」

 シーザーサラダの混ぜ職人と化していた俺は、弥生がいきなり話しかけてきたせいで変な声を出してしまった。咄嗟に咳払いして誤魔化す。うん、たぶん誤魔化せた。

「いや、お前、それこそ誰か友達でも誘えよ? 俺のチケットやるから」

「えー、あたしは兄貴と行きたいの。だって友達とだったら自分でポップコ……じゃなくてフライドけほんけほん! 兄貴と、行きたいの♪」

「たかる気満々!?」

 あざとく腕に抱きついて上目遣いをしてくるが、妹よ。実兄にそんなことをしても効果はポップコーンMサイズまでだぞ。……なんだかんだ甘いよなぁ、俺。

「なんならまたこの四人で見に行くというのはどうだろう?」

「それ採用!」

「だから俺はリハーサルだけで充分――」

「あっ! ピザが来ましたよ!」

「俺の話聞いて!?」

 結局この四人で行く流れを変えられないまま、メインディッシュのパスタから食後のデザートまでフィニッシュしてしまった。サーカスに行くだけならまだしも、俺の財布が死ぬ予感しかない。チケット貰ってなかったら確実に轟沈してたね。

「食べ終わりましたし、ストラップを開けてみましょう!」

 ジェラートと一緒に運ばれてきたストラップはサーカスのイラスト付きの袋に入っていた。開けてみるまで中身がなんなのか知ることはできない作りだ。なにが当たるかわからないワクワク感はあるが、選べないのはコレクションしたい場合に面倒だな。

 四人がそれぞれ一つずつ手に取り、同時に開封する。

「私はゾウだな」

「あたしはライオン」

「……ピエロさんでした」

 ずーん、と愛唯がテーブルに突っ伏したぞ。動物ではなく、玉乗りピエロのストラップを見事引き当てたせいで沈み様が半端なかった。口が裂けたように笑うピエロの顔が馬鹿にしているように見えて余計にハズレ感が酷い。

 物欲センサーってやっぱりあるんだな。それも世界の理の中に。

 テキトーにそう思いながら俺も開けてみると――

「あー、俺も玉乗りピエロだ」

 ぶっちゃけ、なにが当たろうとどうでもいいから喜べも落ち込みもできないな。

「えへへ、お揃いですね、オオカミさん」

「……」

 俺が同じハズレを引いたおかげか、愛唯の顔色が少しだけよくなった気がした。ここで動物を引いてたらどうなっていたのか。もう一週コースを頼むくらいはしたかもしれん。課金ガチャ怖い。

「お揃い……わ、私のでよければ交換するぞ、愛唯?」

「いいんで……ぐぬぬ、ダメです! それはセラスちゃんのです! 情けは無用です!」

 両手を突き出し目を固く瞑って拒絶する愛唯は、必死に我欲を制している感じだな。欲しいものは自分の力で手に入れるタイプだ。コンプリートするまでこの店に通いそう。

「愛唯さんってもしかしてけっこう頑固?」

「けっこうなんてレベルじゃないな」

 弥生も交換を提案しようとしてくれていたみたいだな。手に持ったライオンのストラップを所在無げに弄っている。

「ところでこれ俺いらないんだけど、弥生いる?」

「いらなーい。なんか顔がキモイし」

 愛唯に譲渡できないと悟った弥生は自分の携帯にストラップをつけ始めた。ていうか、顔がキモイってだいたいピエロはこんな感じだろ。その発言は全世界のピエロさんに謝るべき案件ではないかと俺思います。

「そうだ。愛唯さんとセラスさん、携帯の番号とアドレス交換しない?」

「ああ、そういえばまだ教えていなかったな」

「携帯と言えば、わたし、オオカミさんの番号知りません」

「教えてないからな」

 教える気もないけどな。そんな軽い男じゃないんだ、俺は。

「はい、これが兄貴の番号とアドレス」

「ナイスです弥生ちゃん!」

「うおい!?」

 軽い妹が横にいたせいで俺の個人情報が筒抜け! ちょっと前に全く身に覚えがないのに迷惑メールが大量に来るようになったことがあるんだけど君のせいじゃないよね?

「あれ?」

 と、鞄の中を漁っていた愛唯が怪訝そうに眉を顰めた。

「愛唯? どうかしたのか?」

「いえ、携帯が見つからなくて……」

「かけてみようか?」

「お願いします」

 來野が携帯を操作して愛唯に電話をかけるが……どこからもそれらしい音はしない。

「……鳴らないな」

「ん~、どうやらサーカスに忘れてきちゃったみたいです」

 動物の写真をめっちゃ撮ってたのを見てるから家や学校に忘れたわけじゃないし、それ以外考えられないな。

「取りに戻ります。みんなは先に帰っていてください」

「いや、それなら我々も一緒に戻ろう。愛唯一人だけでは危険だ」

「そんな、悪いですよ」

「全然大丈夫だよ。あたしたち門限とかないし。ね、兄貴?」

「……まあ、お前一人だとまた変な奴らに絡まれそうだしな」

 街の不良どもはともかくとして、あのサーカスにいた足枷野郎は愛唯をよく思っていない可能性がある。鉢合わせて面倒なことになっても困るしな。ボディーガードくらいは引き受けてやるよ。

「えへへ、皆さん、ありがとうございます!」

 愛唯は見惚れそうなほど可憐に笑うと、ストラップを鞄に取りつけてから席を立った。


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