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二十五匹目 オオカミくんと萬石サーカス

 気持ちよく晴れ渡った放課後の空の下、佐張市西区の市街地にあるショッピングモールに設けられた特設会場にド派手で巨大なテントが聳え立っていた。

 入口のアーチには子供受けしそうなピエロや動物のイラストが描かれ、スタイリッシュなフォントで書かれた『MANGOKU CIRCUS』のロゴが金ピカに輝いている。

 中央にある赤と白の縞模様の巨大テントがメイン会場だ。その周囲にも大小いくつかのテントが建っているが、愛唯が言うにはそれらは関係者用らしい。団員たちの休憩用や寝泊まり用、動物用、小道具や大道具を収納している物置になっているんだと。

 仮設トイレもちゃんとあるし、組み立てが完了して営業開始を待つだけとなった露店も並んでいる。なんだかちょっとした祭かテーマパークに来ている気分だ。

 さて、ここで問題です。

 今頃は家に帰って漫画でも読みながら寛いでいる予定だったはずの俺が、どうしてサーカス会場に来ているのでしょうか?

「しかし、驚いたな。狩神狼太にこのような妹君がいたとは……」

「あたしも兄貴にこんな美人な友達がいたなんてビックリしたよ」

「び、美人!?」

「弥生ちゃんはサーカスが好きなのですか?」

「うん、好き。というか、面白そうなことならなんでも好きかな」

「候補ですね」

「え? なんの?」

 正解は、俺の前をワイワイお喋りしながら歩く三人に引きずられて来たからでした。

 知ってたって? いや、俺だって授業が終わり次第ダッシュで帰ろうとしたよ? でも正門で待ち伏せしてやがった弥生に捕まり、遅れてきた愛唯と來野に囲まれ……まあ、そんな感じだ。うちの高校より中学の方が十分ほど終わるの早いんだよ。

「どうです? 弥生ちゃんもわたしのサーカスに入りませんか?」

「おいコラうちの妹を勝手に勧誘すんな!」

「あうっ!?」

 怪しいセールスマンのように弥生を誑かしそうだった愛唯には軽くチョップしておいた。まったく油断も隙もないな。

 頭を押さえた愛唯が涙目で俺を見上げてくる。

「なにをするんですかオオカミさん!」

「丁度いい高さに頭があったからな」

 俺が無理なら弥生をってわけじゃないのがまた始末に負えない。俺も弥生も來野も全員自分のサーカス団に入れる気でいやがる。なんなの? 強欲の罪でも背負ってんの?

「やっぱり兄貴と愛唯さんって仲いいよね」

「どこがだ!」

 どう見たら俺と愛唯が仲良しに映るんだ。俺がこんなにも嫌がってることがなぜ伝わらない。そして愛唯、てれてれと笑うなまた誤解を招くだろ!

「あ、そういえばついポテチとかいろいろ持って来ちゃったんだけど、サーカスってなにか食べたり飲んだりしながら見ていいの?」

 弥生が歩きながら中学の鞄を開いた。中にはポテチを始め、胸焼けしそうなほど大量のスナック菓子を詰め込んでいるよ。勉強道具どうしたし? 置き勉してんの?

 すると、愛唯が困ったように眉をハの字にした。

「基本的に飲食物の持ち込みはNGですよ。会場内で買った物だけですね」

「ふむ、映画館のようなものか」

「うぇ~、じゃあ持ってきた意味ないじゃん。しょーがないから兄貴預かってて」

 ぐいっと鞄ごと俺に押しつける弥生。思わず受け取っちまったけど、自分で持てよこのくらい。俺はコインロッカーじゃねえぞ。

「あ、でも今日はリハーサルなので大丈夫かもしれません。あとで聞いてみますね」

 こういう場所での飲食物持参NGの理由は、大抵は会場内での飲食物販売の売上を顧慮してチケット代金を設定しているからだ。もし今日が本番だったら規約違反で摘まみ出されていただろうな。

「売店があるならそっちで買いたいなぁ。映画館だったらポップコーンとコーラがジャスティスだけど、サーカスはどんなのが売ってたりするの?」

「いろいろありますよ。ホットドッグにフライドポテトにナゲット、チュロスやアイス、日本だとゴマ団子なんかも。もちろんポップコーンも定番ですね」

「ネットに載っていた売店の写真を見る限りだと、飲み物も豊富そうだぞ」

「ホント? どれどれ見せて見せて♪」

 弥生は來野が弄っていたスマホを横から覗き込んだ。弥生のやつ、愛唯はともかく來野は今日会ったばかりだってのにもう打ち解けているよ。あいつはコミュ力の化け物か。兄として情けなく思うよ。俺自身を。

「なるほどなるほど、となるとここはやっぱり定番を攻めるべきでしょ!」

「だが、リハーサルだから売店はやっていないのではないか?」

「あ、そっか……残念」

「食べ物だけなら萬石さんに言えばなんとかしてくれるかもしれませんが」

「愛唯さんってこのサーカスの団長さんと知り合いなんだよね? すごくない?」

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもんだな。会話が途切れることを知らない。姦しすぎて俺の入る余地がないレベル。いや混ざりたいわけじゃないけど、なんで俺連れて来られたの? 荷物持ち?

「……俺もう帰っちゃダメかな? ダメか」

 完全にアウェーな俺は三人の後ろをとぼとぼついていくしかなかった。

 そうしてテントの入口に到着すると、受付のお姉さんが百点満点の営業スマイルで迎えてくれた。流石は世界を巡るサーカス団。ハリウッド女優みたくグラマラスでキラキラした金髪の外国人美女だった。胸元を大きく開いた服なんか着ていて、目の毒だからやめてくれませんかね。

「お待ちしておりました。団長から話は聞いております。こちらへどうぞ」

 受付のお姉さんに流暢な日本語で案内され、俺たちはテントの中へと入っていく。

 なるべく本番の環境に合わせているのか、薄暗く設定されたテント内は中央ステージだけライトがあてられていた。観覧席はステージを囲むような半円形で、段々構造になっているため最後列はけっこうな高さから見下ろせるようだ。

「もうすぐ始まりますので、お好きな席からご覧になってください」

 受付のお姉さんはそれだけ告げて戻って行った。千人単位で座れる席のどこから見てもいいとなると迷うな。これが映画なら中段か上段が俺的に見やすいけど。

「愛唯さん愛唯さん、どこから見るのがベストなの?」

 弥生も俺と同じ迷いを抱いたようで、サーカスマイスターの愛唯に相談しているよ。訊かれた愛唯はそれはもう嬉しそうに前方の座席を指差した。

「オススメは最前列のアリーナ席です。なんと言っても迫力が違います。それにアリーナ席だとピエロさんや動物さんたちがパフォーマンスで触れ合ったりしてくれるんですよ! 最高です!」

「チケットを買うとしたら一番高い席だな」

「おお! 小さい頃一度だけサーカス見たことあるんだけど、その時は予約してなかったから後ろの端っこでしかも立ち見だったなぁ。お父さんに抱っこしてもらわないと見えなかった気がする」

 言われてみると俺もずっと背伸びして見てたような記憶がある。しかし俺より小さかったくせに弥生の奴よく覚えてるな。

「でもでも、今日はタダだし、遠慮なく一番前で見るべきでしょ!」

「はい。是非そうしてください。感動しますよ」

 最前列か……確かに目の前で曲芸を見せられたらド迫力だろうな。でも俺としてはやっぱりもうちょい全体を見られる位置がいい。

「俺は後ろの方でいいや」

 愛唯たちは前で見るようだし、リハーサルの間だけでも俺は孤独を楽しむとしよう。

「オオカミさん、後ろからならオペラグラスなんかがあるといいですよ」

「持ってないな」

 サーカスマイスター・愛唯様から有り難いアドバイスをいただいたが、俺がそんなの用意しているわけないだろ。来るつもりすらなかったんだし。

「仕方ありませんね。わたしは前で見ますので、貸してあげます」

「あ、ああ、サンキュー」

 当たり前のように鞄から出てきた小さめのオペラグラスを俺は戸惑いながら受け取った。今日は他の客なんていないってわかってたのに用意周到すぎるでしょ。なんなら他にもサーカス観覧グッズがいろいろ詰め込まれていそうだな、その鞄。

 と、入口の方からコツコツと誰かの靴音が響いた。

 受付のお姉さんかと思ったが、このきついシナモンの香りは嗅ぎ覚えがあるぞ。

「やあ、よく来たね、小さな赤ずきん(リトルメイジー)たち」

 両腕を大きく広げて歓迎のポーズを取ったのは、このサーカスの猛獣使いにして最高責任者の萬石調だった。

「萬石さん、本日はお招きいただきありがとうございます」

「ああ、今日は君たちの貸切だ。存分に楽しんでくれたまえ」

 愛唯はやっぱりまだ萬石のことが苦手なのか、少々他人行儀に頭を下げた。俺たちも愛唯に倣って軽くだが会釈をする。

「あの、本当に我々までお邪魔してよかったのでしょうか?」

 顔を上げた來野がどこか不安そうに確認した。愛唯はともかく俺たちは完全に部外者だからな。やっぱり見せられないってなったら大人しく帰るしかないわけだ。俺はそれでも全然いいよ。寧ろウェルカム。

「問題ないさ。多少は観客の目があった方がより本番に近い状況でリハーサルできるというものだよ」

 萬石も自分から誘っておいて今さらダメとは言えないだろうな。それなら最初から誘うなって話だし。まあ、この人は胡散臭いけどケチではないと思う。

「あの、わたしたちお菓子持って来ちゃったのですが、見ながら食べても大丈夫ですか?」

「ふむ。問題はないけれど、できればご遠慮してもらえるかな。こちらでポップコーンとドリンクを用意しているのだよ」

「本当!? やったぁ! 団長さんめっちゃいい人でしょ!」

 飛び跳ねて喜ぶ弥生。ポップコーン程度ではしゃぎすぎだろ。我が妹ながらどんだけ食い意地張ってるんだよ。

「なんか、いろいろすんません」

「ハハハ、構わないよ。これも小さな赤ずきん(リトルメイジー)にいい返事を貰うためさ」

 妹の遠慮のなさに申し訳なくなった俺だったが、萬石は全く気にしていないようで温かな微笑みを浮かべていた。


「それでは、私はこれで失礼するよ。次にお目にかかる時は、ステージの上だ」


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