二十一匹目 オオカミくんとリトルサーカス
「愛唯の奴、一体なにをするつもりだ?」
「さあ?」
見当もつかないでいる俺たちは顔を見合わせ、さっきの見詰めていた疑惑を思い出してバッと同時に目を逸らした。
すると――
「どぅるるるるるるるるるるるるるる……」
なにやら店内からドラムロールっぽい声が聞こえてきたぞ。と思ったら、吹奏楽の指揮者が使うような指揮棒を持った愛唯がリードをつけた三匹の仔犬を連れて出てきた。
「ばばーん!」
両腕を大きく広げてドラムロールのフィニッシュを表現した愛唯は、お日様のような笑顔を咲かせて大きく息を吸い込み――
「ようこそ! 赤ヶ崎愛唯のリトルサーカスへ!」
なんか始まった。
「はーい! 今日はこのわんちゃんたちが芸を披露してくれますよ! まずはお客さんにご挨拶してください!」
横一列に並んだ三匹の仔犬――右からパピヨン・チワワ・トイプードルが、愛唯の言葉に従ってペコリと俺たちに向かって頭を下げて来たぞ。
「はい、よくできました♪ では次は~」
愛唯は仔犬たちのリードを外すと、店の扉の裏に置いていたらしい風船を取り出した。自由になった仔犬たちは駆け回ったりすることもなく、尻尾をふりふりしながらお行儀よくおすわりして愛唯を見上げているよ。
「この風船を使ってキャッチボールを行いまーす! わんちゃんたち、風船を落とさないようにぽんぽんしてください」
愛唯がふわっと風船を投げる。すると最初にトイプードルが頭で風船を受け、横のチワワに向かってポンと弾いた。チワワも器用に頭で風船をキャッチし、パピヨンに投げ渡す。やはりパピヨンも同じようにしてトイプードルへと風船を戻した。
楽しそうにキャンキャン吠えながら仔犬たちは風船のキャッチボールを繰り返していく。指揮棒を振ってその様子を見守る愛唯もなんというか、表情が生き生きしているな。
「十五……二十……あー、落としちゃいましたねー。でも新記録ですよ!」
愛唯は風船を回収し、仔犬たちの頭を一匹一匹撫でて誉めてあげた。仔犬たちは嬉しそうに尻尾をぶん回していて、心の通じ合い方が尋常じゃないことが伝わってくる。
これが、猛獣使い・赤ヶ崎愛唯のアニマルショー。
気づいた時には、多くの通行人たちまで立ち止まって愛唯のショーを見入っていた。
「どんどん行きましょう! ここに用意したスケボーを――そ~れっ!」
愛唯が取り出したスケボーをすっと転がすと、パピヨンが勢いよくそれに飛び乗った。
スケボーが止まりそうになると後足で蹴って進み、一体どうやったのか綺麗にクルリとUターンして戻ってくる。
「さらにこの子はキックボードが得意で、こっちの子はホッピングができるのです!」
前足をハンドルに乗せたチワワがキックボードを華麗に操り、トイプードルがホッピングで危なげなくぴょんぴょん飛び回る。
す、すげえ……。
すごすぎてそんな感想しか出てこないな。見ていて心躍る芸の数々は本当に犬がやっているとは思えないものばかりで、見物人たちの拍手がさっきから鳴り止まない。
「最後は……これです!」
少し溜めを入れて愛唯が取り出したものは――フラフープ。愛唯はそれを縦向きにし、地面から浮かせるようにして構えると――
「さあ、わんちゃんたち! 順番にくぐってください!」
愛唯の指示に従った仔犬たちがぴょーん! ぴょーん! 次第に高さを増していくフラフープの輪を何度も何度も飛び越えていく。
ただの輪くぐりだな。まあそれも充分すごいが、今までのが常識外れすぎてラストを締めるには物足りない気がする。
と思ったのは俺だけじゃないようで、見物人たちの拍手も疎らになってくる。
だが――
「からの~……ほいっと!」
愛唯が、フラフープを投げた。
仔犬たちは落ちてくるフラフープの輪に収まるような位置へと集合し、後足で立ち上がると――なっ!?
三匹が、人間みたいに腹を使って一つのフラフープを回し始めやがったんだ。
嘘だろ?
人間だって一人でやるより難易度高いぞ、それ。
拍手の大きさも見物人の熱気も最高潮。アンコールの声まで飛び交い始めたが、愛唯は仔犬たちからフラフープを回収すると丁寧に腰から曲げて頭を下げた。
「以上を持ちまして赤ヶ崎愛唯のリトルサーカスを閉幕します! ご観覧ありがとうございました! あっ、お金はいりません!」
何人かの見物人が財布を取り出していたみたいだな。そのくらい愛唯のショーは見世物として高水準だったってことだ。
実際、俺も柄にもなく見入ってしまっていたよ。
「すごいじゃないか愛唯! 感動した!」
「えへへ♪ ありがとうございます、セラスちゃん」
見物人たちが大満足な様子で立ち去ると、來野が感極まったように愛唯の手を取って絶賛した。來野は最初から拍手しっぱなしだったからな。手とか痛くなってないのか?
仔犬たちが自分から店のケージに戻っていく。てか商品だったのかよ。なに勝手に芸を仕込んでんの?
「オオカミさんはどうでした? 楽しかったですか?」
俺が最後の最後で微妙な気持ちになっていると、愛唯がにっこりと笑顔を向けてきた。「あ、ああ、素直に感心した」
一瞬言葉に詰まったが、ここは正直に答えることにした。
「やってみたいと思いませんか?」
「ああ? やってみたい?」
猛獣使いを?
なわけがない。サーカスの芸をやってみたいかと愛唯は聞いているんだ。
「まさか、俺たちに見せたいものって……」
「はい! わたしが今できる精一杯のサーカスです!」
やっぱりか。なるほど、サーカスがいかに楽しいかを見せつけて相棒の件を了承させようっていう作戦だったようだな。確かに観客としては胸が弾んだが、動物の芸をやりたいかと言われると首を縦には振りたくない。動物の芸の域、超えてたけどね。
「俺に関係あることじゃなかったのかよ」
「? 関係あるじゃないですか。これでオオカミさんが少しでもサーカスに興味を持ってくれれば万々歳です」
愛唯の中では関係ありまくりだったようだ。悔しいが、無関心だった今までと比べたら遥かに興味が湧いてしまったのは事実。観客側としての興味だけどな。
愛唯がいつか本当にサーカス団を立ち上げた時、客として見に行くのは悪くなさそうだ。
「なあ、サーカスに拘る必要ってあるのか? 動物のショーがしたいだけなら動物園とかでもいいんじゃ?」
「はあ、わかってないですね、オオカミさん」
溜息をつかれた。
「わたしは人のショーも大好きなのです! だって人って飛べるんですよ! 比喩ではありません! 生で見た時の迫力はそれはもうふぉおおおおおっ! って叫びたくなるくらいすごいのです! それに動物園でもショーはやっていますが、おサルさんなど限られた動物さんとしかできません! 様々な動物さんたちと一緒になってショーをできるのがサーカスなのです! サーカスでしかできないパフォーマンスだってあります! わたしはそれがやりたいのです!」
「わかった! わかったからちょっと落ち着こう! な?」
「愛唯は本当にサーカスが好きなのだな」
鼻息を荒げて捲し立てる愛唯は、興奮冷めてなるものかと言わんばかりに――
「お祖母様のサーカスは動物さんも人も高レベルで――あっ、そうです! お祖母様のサーカスを録画したDVDがありますので、今からわたしの部屋で見ましょう!」
「……えっ?」
とんでもない提案をしやがった。
もしかして、俺、藪をつついて大蛇を召喚しちまった感じ?




