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十九匹目 オオカミくんと約束

 稀生高校一年一組の教室はざわついていた。

 話題の中心は言うまでもないが、俺と愛唯だ。

「二人して遅刻するなんて」「一体ナニをしていたんだ」「朝から赤ずきんちゃんがオオカミの毒牙に」「待て、まさか昨日の夜からでは?」「きゃー♪」「あの二人もうそんなところまで!」「俺、今から空手でも習おうかな」「猟銃って値段どれくらいするんだろう?」

 愛唯と俺が遅刻するだけじゃなく、二人一緒に登校してきたもんだからまたあらぬ噂が校内に広まってやがるんだ。昨日は來野に追われてバラバラだったからな。てか、さり気なく俺を撃ち殺そうとしてる奴いなかったか?

「ふんふ~ん♪ オオカミさんのおうち、すごくよかったです。また行きたいですね。寧ろ住みたいくらいです」

「やめろ。シャレになってない」

 オオカミの巣に突撃して屍の山を築き上げた当の赤ずきんは、大量にもふれたおかげで超絶ご機嫌な様子だった。鼻歌まで歌ってるし、心なしかお肌がツヤツヤしているように見える。俺と共に先生から注意されたけどミジンコほども反省してないな。まったく、どっちが不良だ。

「め、愛唯、狩神狼太の家に行ったというのは……その、本当なのか?」

 これっぽっちも反省の色が見えない愛唯の迂闊な発言に、三組の教室から遊びに来ていた來野が微妙に震えた声で真偽を問うた。

「はい、行きましたよ。オオカミさんがいっぱいで最高でした♪ 妹さんも可愛かったです♪」

「もうご家族にも会っているだと……」

 なんか來野はショックを受けている様子でわなわな震えている。まさか、また噂だけ真に受けて勘違いしてないよね?

「來野、わかっていると思うが――」

「皆まで言うな、狩神狼太。どうせアレだろう。お前の一族を愛唯がもふもふしに行ったとかそんなところだろう?」

「え? ああ、そんなとこだ」

 なんだ、心配しなくてもちゃんとわかっているじゃないか。

「め、愛唯をこ、こここ恋人として貴様の家族に紹介していたわけではななななないのだろう!? そうなのだろう!? なんとか言え狩神狼太!?」

「どうした來野!? そんなわけねえだろ!?」

 胸倉を掴まれてぐわんぐわん揺さぶられた。なぜ來野はこんな情緒不安定になってるんだ? 襲撃しないこいつって普段はこんな感じなのか? いやこれが控え目になった襲撃だったりするのか? よくわからん。

「狩神の奴、來野とも親しげになってないか?」「昨日まで追い回されていたよな?」「まさか赤ずきんちゃんだけじゃなく來野まで!?」「二股!?」「二股よ!?」「学年美少女トップスリーに入る二人を両手に花だと?」「まさかヤクザが動いて脅されてるとか?」「きっとそれだ!」「お? オークションで猟銃二十万か」「割り勘で落とそうぜ」

 クラスのヒソヒソ話がもはやヒソヒソレベルじゃなくなっている。普通に叫んでいる奴までいるんですけど! それからそこの猟銃買おうとしてる奴ら! 買う前に講習とか資格とか必要だからな覚えとけ!

「ていうかいい加減放してくれ、來野」

「ふわっ!? す、すまない。取り乱してしまった」

 バッと俺から飛び退く來野。茹蛸みたいに顔が真っ赤に染まっているな。しかし危なかった。顔が近かったからレモンの香りがオオカミ化的にきつかったんだよ。二股クソ野郎疑惑にも拍車をかけるから今後はもうやめてほしい。

 だいたい、なんで俺の周りに集まって会話に花咲かせてんだ?

「むう、セラスちゃんばっかりずるいです! わたしもオオカミさんをもふもふします!」

「ぎゃあ!? くっつくな愛唯!? お前朝あんだけもふっといてまだ足りねえのかよ!?」

 愛唯が後ろから抱き着いたりするもんだから、クラス中からわかりやすい舌打ちの嵐。それとイチゴミントがダイレクトアタックで俺の理性がそろそろやばい!

「オオカミさん、髪の毛ちょっと硬いですね。オオカミさんになった時もそうでしたけど、ちゃんとお手入れしていますか?」

「余計なお世話だ! いいから離れろ!」

 俺の頭をわしゃわしゃしていた愛唯は、どこからか犬用のブラッシングブラシを取り出して梳き始めたぞ。ちょっと離れてくれたから抵抗は諦めたけど、そのブラシ、使用済みじゃないよね?

「愛唯、狩神狼太の家はその……極道だと聞いているのだが、大丈夫だったのか?」

 気のせいか、俺をブラッシングする愛唯に來野がどことなく不愉快そうな顔でそう訊いてきた。なに? 羨ましいの? 代わるよ?

「オオカミさんはヤクザさんじゃないって言ってましたよ?」

「本当か?」

 來野が訝しそうに俺を見てくる。ちゃんと確認を取ってくれる辺り成長したなぁ。ていうか、俺んちをヤクザだと聞いていたくせに武力で追い払おうとしてたのかよ。勇敢すぎると言うか無謀すぎると言うか。猪突猛進な來野らしいな。

「俺も実際なにをやってんのか詳しくは知らねえが、普通に合法的な商売をしているよ。家の雰囲気は確かに物騒だが、理由はお前ならわかるだろ」

「あー」

 動物の血が混じっている來野は俺の言いたいことを悟ってくれたようで、神妙な顔で腕を組んだ。二つの膨らみがむぎゅっと持ち上げられて大変目の毒です。

「みんなもふらせてくれるとってもいいオオカミさんでしたね」

 感慨深げに、愛唯。それはお前が俺の恋人設定だからだ。普通は叩き出されるぞ。

「はい、髪の毛いい感じになりましたよ、オオカミさん♪」

 弾んだ声の愛唯に差し出された手鏡を見ると……サラサラに梳かれた髪をオオカミのヘアピンで留めた目つきの悪い男子が映っていた。いや誰だよコレ。

「ぷっ……か、可愛いぞ、狩神狼太」

「うるせえ!? 笑うな!?」

 來野は口元に手をあててプルプルと震えてやがる。俺は即座にヘアピンを外して頭を掻き毟った。

「むぅ、せっかくセットできましたのにぃ」

 愛唯が不満そうに頬を膨らませた。頬袋パンパンに詰め込んだハムスターみたいだった。

「あんな髪型で外歩けるかッ!?」

「なるほど、気に入らなかったのですね? でも大丈夫です! わんちゃんのコーディネイトは得意なのです! ふふふ、もっと可愛くセットしてみせますよ!」

「そうじゃない――ってだから髪を弄るなぁあッ!?」

 愛唯は再び俺にくっついてブラシやらなにやらで髪を弄り倒し始めた。下手に暴れると余計なとこ触ってオオカミ化してしまいそうな距離。大人しくするしかない。

「ふんふんふーん♪ ふんふんふーん♪」

 俺の髪をブラシで梳く愛唯は……楽しそうだな。クラスの奴らもそんな赤ずきんを見て困惑している様子だ。

 もういいよ。好きにしろよ。

「あっ、そうですオオカミさん。今日こそわたしの家に来てもらいますよ!」

 と、愛唯は俺の髪を弄りながら思い出したようにその話を持ち出してきやがった。

「はあ? それはお前が來野を説得できたらって話だったろ?」

「なんだそれは! 私は聞いていないぞ!」

 ハブられたのが気に入らないのか來野がむっとした。そりゃあ当のご本人には言えないわな。

「説得できたじゃないですか?」

「どこが!? 結果的には確かにそうなったけども、お前の説得の成果は一ミリもないからな!? そんなことよりそろそろ離れろ!?」

「オオカミさんがわたしの家に来ると言えば、離れてあげます」

「脅迫!?」

 愛唯の奴、俺が性的興奮でオオカミ化するって知らないはずなのにさらにぎゅむっと体を押しつけて来やがった。

 や、やばいぞ。背中に小さな膨らみが無乳――もといむにゅうってあてられてオオカミ化のカウントダウンが始まっちまってるぅううううううッ!?

「わかったわかった!? 今回だけだぞ!?」

「えへへ、やりました♪」

 ぴょんと後ろに飛んで離れる愛唯。敵将でも打ち取ったような笑顔だった。これで行くことになっちまったが、あのまま教室でオオカミ化するよりはマシだと思いたい。

 俺はたぶん大変なことになっているだろう髪型をテキトーに直しつつ、深く溜息を吐くのだった。

「愛唯、狩神狼太を家に呼んでなにを……?」

「あ、セラスちゃんもよければ来てください。お二人にお見せたいものがあるのです」

「えっと、私が見てもよいものなのか?」

「はい! 是非!」

 なんだと? 見せたいものってのは、俺だけに関わるものじゃないのか? ますますわけがわからなくなってきたな。

「だからその見せたいものってなんなんだよ?」

「ふふ、それはわたしの家についてからのお楽しみです♪」

 愛唯は『ヒ・ミ・ツ』とでも言うように自分の唇に人差し指をあてた。やたらと引っ張るな。どうせ碌なもんじゃないと思うが……まあいいさ。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 見せてもらおうじゃないか。そのお楽しみってやつをな。


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