十五匹目 オオカミくんと不良たち
「自分たちがなにをやっているのかわかっているのですか!?」
河川敷から上がり、住宅街の路地に入って少し行ったところで愛唯の怒鳴り声が聞こえてきた。空気中に微かに残留していたイチゴミントの香りを辿ってきたから迷いはしなかったが、意外と早く追いつけたようだ。
「あっれぇ? その赤い髪、お前もしかしてこの前コンビニにいたやつ?」
「狩神の知り合いだっけ? そういや狩神の野郎、女ができたって噂だぞ」
「まさかこいつが? くっそウラヤマあの腐れ狼呪い殺してぇ!?」
「ギャハハハ! お前も狩神もロリコンかよ!」
不良どもの耳障りな声も近い。そこの角を曲がった突き当りだ。なんか不名誉なこと言ってやがる。死にたいらしいな。
「誰がロリコンだ噛み殺すぞてめえら!?」
俺は角を曲がると同時に叫んだ。
「なっ!? 狩神!?」
「もう嗅ぎつけてきたってのか!?」
「てめえ狩神こんな激マブな彼女作りやがってぶっ殺してやるオラァ!?」
「ギャハハハ! なんでびしょ濡れなんだ?」
ぎょっとした顔をする不良たち。やっぱりこの前のコンビニにいた不良ABCDだったな。俺の姿を見て怯んだかと思いきや、その内の一人が意味不明なことを叫びながら殴りかかってきたぞ。
「げぶっ!?」
とりあえず、へなちょこな拳はかわして鳩尾に膝蹴りを叩き込んでおいた。
愛唯は奴らの後ろ。行き止まりを背にして例のネコを抱えているな。ネコは怯えているらしく震えながらにゃーにゃー鳴いている。
「オオカミさんが来てくれました。もう大丈夫ですよ。落ち着いてください」
愛唯はそんなネコを安心させるように頭を撫でた。愛唯の言葉を聞いたネコは……震えが収まったな。あれも猛獣使いの力か?
「狩神てめえ! よくもやりやがったな!」
仲間を倒された不良Aが額に青筋を浮かべて喚く。他の二人も身構えたぞ。
「へえ、今日は逃げねえんだな? よかったな。運がいいぞてめえら。ここ数日溜まりに溜まった俺のストレスを受け止めるサンドバックになれるんだからよ!」
俺は蹲って呻く不良Cを見下しながら自然と口の端を吊り上げていた。愛唯に付き纏われても、來野に襲撃されても、俺は手出しできなかったからな。その点こいつらならなんの遠慮もいらないだろ。
「ふざけんな! ダチをやられて黙ってられっかよ!」
「バックにヤクザがいようが知ったことか!」
「ギャハハ! これでもくらえや!」
不良たちがエアガンをパシュパシュ撃ってくる。だが所詮は市販のエアガン。当たれば痛いが、それだけだ。本物じゃねえならビビる必要もない。
俺は射出されるBB弾をかわして不良たちの懐に飛び込んだ。來野の薙刀に比べたら欠伸が出そうだぞ。
「ぐはっ!? やっぱ強ぇ!?」
「こ、こいつ、なんて動きしやがるんだ!?」
不良Aには腹に拳を抉り込み、不良Bには足払いをかけて背中から転がす。残りは不良Dだけだが――
「ギャハハハ! おいこっち見ろ狩神! ちょっとでも動いたらこの可愛い顔に傷がついちまうぜ?」
やられた。
愛唯を人質に取られちまった。取り出したシースナイフで愛唯の頬をペシペシ叩いてやがる。不良Dに人を切りつける度胸があるかは知らんが、迂闊に動けなくなったぞ。
「オオカミさん! わたしは気にせず不良さんたちをやっつけてください!」
「黙ってろ! ギャハハハ!」
ナイフを突きつけられている愛唯はぎゅっと目を閉じてネコを抱き寄せた。自分よりネコを護ろうとしているとは、愛唯らしいっちゃらしいな。
「喧嘩に光物を抜いて人質まで取るとか、カッコワリィ」
「うるせえ!?」
しかし困った。人質なんて取られたのは初めてだ。今まで一匹狼でやってきたから、こういう時どうすればいいのか見当もつかん。
大人しく殴られてやればいいのか? それとも、愛唯が傷つけられる前に殴り飛ばせばいいのか? 後者はできなくもないが、失敗した時のリスクがでかいな。
「わかった。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「オオカミさん!?」
諸手を天に翳して降伏宣言する俺に愛唯が悲痛な声を上げる。不良Dが勝ったと言わんばかりの汚い笑みを浮かべた。
後頭部に衝撃。俺を殴ったのは最初に転がした不良Cだった。
「ぐっ」
不良Aと不良Bも起き上がって倒れた俺に蹴りを入れてくる。何度も何度も何度も、蹴られ転がされ殴られる。
痛ぇな。なに? お前らそんなに俺に恨みがあったの?
「オオカミさん!? やめてください!? オオカミさんが死んじゃいます!?」
「ギャハハハ! 狩神があの程度で死ぬかよ!」
ナイフを愛唯に突きつけている不良Dだけは俺のリンチに参加しやがらない。あいつが動けばその隙に全員吹き飛ばしてやるのになぁ。
「オオカミさんを、助けないと。でも、どうやって……あっ!」
と、愛唯がなにかに気づいたようだ。その視線の先にはゴミ捨て場――そこに生ごみ目当てで集っている数羽のカラスがいた。
「カラスさんたちお願いします! オオカミさんを不良さんたちから助けてください!」
愛唯の言葉が、猛獣使いの力がカラスたちに届く。
刹那、ゴミ捨て場に溜まっていたカラスたちが一斉に奇声を上げて不良たちに襲いかかった。
「うわっ!?」
「なんだカラスが!?」
「くそ、うぜえんだよ!?」
「ギャハハハ!? 痛ってぇ!?」
不良たちは振り払おうとするが、素早く飛び回るカラスには掠りもしない。愛唯を人質に取っていた不良Dも、カラスに突かれて悲鳴を上げながら転がった。
「……愛唯、余計なことしやがって」
喧嘩で誰かに助けられるなんてな。一人だったらあり得ないことだ。まあ、一人じゃないからこんな状況になっちまったんだけど。
「てめえら、倍返しで済むと思うなよ?」
立ち上がった俺に、カラスに苦戦していた不良たちの肩がビクリと跳ねた。不良Aが愛唯にエアガンの銃口を向ける。
「う、動くんじゃねえ狩神!? 女がどうなっても」
「いいわけなかろう! この不埒者め!」
だが次の瞬間――塀の上を走ってきた銀色の人影が飛び降り様に不良Aを蹴り飛ばした。
「ぶべらッ!?」
顔面からスライディングした不良Aは、気絶したのかな。ピクリとも動かなくなったぞ。
「遅かったじゃねえか、來野」
「すまない。貴様のおかげで変化はすぐに解けたのだが、場所がわからなかったのだ」
俺はピンチに颯爽と現れたヒーロー様――稽古着から制服に着替えた來野を見る。髪が濡れて艶めいているな。あの後すぐ川に飛び込んで人間に戻って着替えたってところか。
「馬鹿な!? 狩神に仲間だと!?」
「ギャハッ、こいつは一匹狼だったはずだ!?」
「しかもこっちも超美人じゃねえかチクショー!?」
予想外の援軍に戦慄く不良たち。俺が一匹狼なのは間違っちゃいねえよ。ただ今日は別の勢力が一緒だったってだけの話だ。
「さぁて、まだやるってんなら付き合ってやるぜ?」
ポキポキと絡めた手を鳴らす俺を見るや、不良たちは短い悲鳴を上げ、顔を真っ青にして身を寄せ合い震え始めるのだった。