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十二匹目 オオカミくんと校舎裏の相談

 午前中の授業が終わり、昼休み。

 俺はチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出すと、混雑する前の購買でカツサンドと焼きそばパンを買って校舎裏へと向かった。

 昨日愛唯にもふもふされた空き教室の真下だ。飼育小屋が獣臭いせいか、昼休みにここで飯を食おうとする物好きは俺くらいだからな。他人より鼻の利く俺だが、そこさえ我慢すればここは誰も来ない安息の地なんだよ。

 実際、今も俺以外誰もいないからな。落ち着いて飯が食える。

「今日もひたすら疲れた……このまま俺が登校拒否になったらどうしてくれるんだ」

 やはりと言うか、休み時間の度に來野が襲撃してきたからな。今回は愛唯が傍にいなくても今朝のことで相当お怒りの様子だった。記憶を消そうと頭ばかり狙ってくるし。

 だからこそ昼休みは見つかる前にここへ避難したんだ。

 俺はカツサンドに齧りつきつつ、なんとなく飼育小屋へと目を向けた。意外と小綺麗に整えられた飼育小屋の中では、白や黒のウサギたちが中央に山積みされたノゲシやガガイモなんかをもしゃもしゃと食んでいるな。

「……お前らはいいよなぁ。気楽そうで」

 安全な小屋の中で食っちゃ寝してるだけでいいんだもんな。エサにも困らないし、掃除も勝手にやってくれる。なんだそれ最高か。俺、生まれ変わるならウサギがいいです。

「――って、家事やらなくていいってだけなら俺んちも大差なかったわ」

 だいたい分家の家政婦がやってくれるもんな。せいぜい時々妹にパシらされるくらいだ。いやそれ兄としてどうなのよ?

 とまあ、そんなくだらないこと考えられるくらい余裕ができてきた。やっぱりこの場所は俺的プライスレス。邪魔者が来たとしても飼育委員くらいで……そういや、うちのクラスの飼育委員って誰だ? 愛唯じゃないよな? ないよね?

「あっ、ここにいたのですねオオカミさん!」

「――ッ!?」

 心の中とはいえ噂をすればなんとやら、ひょこっと校舎の角から顔を出した愛唯に俺は危うく悲鳴を上げそうだった。

「お前、なんでここに……やっぱり飼育委員なのか!?」

 昼休みに飼育委員が作業していたことは一度もなかったはずだ。いや待て、俺も別に毎回ここに来ていたわけじゃない。俺が知らないだけで、当番によってはなにかしら作業をしていた可能性はあり得るな。

 ととっと小走りで駆け寄ってきた愛唯は、警戒する俺にハテナと小首を傾げた。

「? わたしは飼育委員じゃありませんよ? オオカミさんを探していただけです」

「そ、そうなのか?」

 なら安心……いやなにを安心したんだ俺? 愛唯が飼育委員じゃないってだけで俺を探してここに辿り着いてしまった事実は変わらんぞ。

「お前が飼育委員じゃないってのはそれはそれで意外だが?」

「わたしだって飼育委員やりたかったですよ! でも委員会を決める日、風邪を引いて休んじゃったんですよぅ!」

 一生の不覚とばかりに愛唯はちゅくんと唇を尖らせた。地団駄まで踏み出したぞ。

「あの日ほどウイルスさんを恨んだ日はありません! 飼育委員になれれば小屋の鍵を借りられますからウサギさんたちのお世話をしてもふもふしてお世話をしてもふもふしてもふもふしてもふもふえへへぇ♪ お願いしたら飼育委員変わってくれませんかねぇ!?」

「俺が知るか落ち着けよ!?」

 寧ろ愛唯が飼育委員にならなくてよかったんじゃないかコレ? 下手したら授業とか放棄して飼育小屋で暮らしそうな勢いだった。

「ブーブー、オオカミさん冷たいです。あっ、ウサギさんて『ブーブー』と鳴くんですよ知ってましたか? ブーブー」

「どうでもいい」

 悔しがっていたかと思えば楽しそうにウサギの鳴き真似なんか始めた。そんで俺に相手されないとわかったら、今度は隣に腰を下ろして自分の弁当箱の包みを広げ始めたぞ。

 愛唯もここで飯を食うつもりだったのか。なるほどなるほど。

「まあ、そんなにウサギが好きならずっと眺めてりゃいいさ」

 その間に俺は別の安息の地を探すことにするよ。この場所の定員は一人だからな。

「どこに行くんですかオオカミさん? 一緒にお昼を食べましょうよ?」

 しかし逃げられなかった。小さな手でぎゅっと制服を掴まれちまったよ。

「却下だ。なんで俺がお前と仲良く並んで食べる必要がある?」

「まあまあ、わたしの卵焼き分けてあげますから」

「いらねえ」

「唐揚げの方がよかったですか? あ、ダメです! このヒヨコさんウインナーだけはオオカミさんといえどあげられません!」

「そういう問題じゃねえ!? てか器用に作ってんなそれ!?」

 桃色の小さな弁当箱に一羽だけ本当にヒヨコの形をしたウインナーが入っていた。半分に切ったウインナーが胴体で、両目の黒い点はゴマだな。嘴として挟んでいる三角形は人参。残り半分のウインナーを縦に切り、端をジグザグにして左右に取りつけることで羽まで表現している徹底ぶり。普通に可愛いぞ。

 もしかして、愛唯の手作り?

「ふふん、わたしのお母様は料理上手なのです。他にもクマさんやパンダさんやゾウさんや恐竜さんなんかも作れますよ」

 だよな。こいつが料理できるイメージが微塵も湧かないもんな。てか母ちゃん器用すぎじゃね? 恐竜なんてどう作るんだよ?

「エサで釣ろうとしても俺は相棒になんかならないぞ?」

「まったく往生際の悪いオオカミさんですね。まあ、それも時間の問題ですけど」

 やれやれと愛唯は肩を竦めて溜息をついた。なにその聞き分けのない子供を見るような感じ。俺の考えはテコでもショベルカーでも引っ繰り返らないからな?

 まあ頑固度で言えば、俺の制服を掴んで離さない愛唯もヌーの大群が押し寄せようと動きそうにないけどな。これはもう気が済むまで付き合った方が面倒は少ないかもだ。

 俺が諦めて地べたに座ると、愛唯はなにが嬉しいのか「えへへ♪」とにこやかに微笑んだ。その笑顔が眩しすぎて思わず視線を逸らす俺。

「オオカミさんは、いつも一人で食べているのですか?」

「ああ、そうだよ」

 くそう、やっぱりあの夢がどうも引っかかって愛唯を直視できない。

「お友達はいないのですか? オオカミさんは普通群れを作って暮らしているはずですが」

「太古の昔にはいたな。でも今は一匹狼でいいんだ」

「オオカミさん、一匹だと狩りに失敗しやすいので早死にするらしいですよ?」

「ほっとけ。狩りとかしねえし」

 危うく狩られそうになったことはあるけどな。……またあの胸糞悪い記憶を思い出しちまった。早く忘れねえと。

「お前こそ俺以外に一緒に飯食う奴いねえのかよ? 來野と食べてろよ親友なんだろ?」

「セラスちゃんはさっき部活の顧問の先生に呼び出されていましたよ」

 あー、どうりで今は少し平和だと思った。校内で薙刀を振り回していたことを怒られてんならざまあみろだ。

「あいつとお前って実際どういう関係なんだ?」

「小学校からのお友達で今もよく一緒に遊んでいます。セラスちゃんもご先祖様に外国の人がいるみたいで、似た者同士なんでしょうかね」

 似た者同士……話を聞かないところかな?

「セラスちゃんと仲良くなったのは小学四年生の時です。それまでクラスが違っていて知らなかったのですが、セラスちゃん、なんか名前でからかわれていたみたいでした。可愛い名前だと思うのですけど」

 なるほど、愛唯だけがあのキラキラネームを馬鹿にしなかったってわけか。そりゃ親友認定されるわな。

「素直で真面目で優しい子なんですが、わたしが男の子と一緒にいるといつも追い払ってしまうのが玉に瑕です。どうしてって訊いても教えてくれないんですよぅ」

「そういや『赤ずきんちゃんの白騎士』なんて恥ずかしい二つ名で呼ばれていたな」

 來野も愛唯が『男はみんなオオカミ』の言葉を信じ続けたことに一役買ってそうだ。とにかくあいつをなんとかしなければ平穏無事な学校生活を送れないことは確実だが、さてどうするかな。

「なあ、愛唯。俺をサーカスに勧誘するの、どうやったら諦めてくれるんだ?」

「どうやっても諦めませんよ?」

 愛唯が諦めさえしてくれれば話は簡単なのだが、この通りそうは問屋が卸さない。原因を取り除くのが無理となると、あっちをどうにかするしかないな。

「なら來野を説得しろ。お前がこうやって俺に接触してくる度に襲撃されちゃ堪ったもんじゃない」

「そう、ですね。わたしも今回は少しやり過ぎだと思ってますが……セラスちゃん、ちょっと頑固なところがありますから」

 頑固さなら愛唯だって相当だぞ。

「もし來野をなんとかできればお前の家に行く件、了承してやってもいい」

「わかりました! 任せてください!」

「返事早いな!?」

 俺の話は耳にすら入らない來野でも、親友の愛唯の話ならまだワンチャンあるはずだ。襲撃さえなくなれば、一回くらい女子の家に行く程度の拷問なら堪えられる。サーカスの相棒には絶対にならないけどな。


「ほう、私がなんだって?」


「――ッ!?」

 も、もう来やがった。噂って召喚魔法かなんかなの?

「貴様、こんなひと気のないところに愛唯を連れ込んで一体なにをしている!」

「待て待て! その薙刀は仕舞え! 來野、愛唯がお前に話があるんだと!」

「なに? 愛唯が?」

 抜き身の薙刀を構え、背景を歪ませる殺気を幻視しそうになる來野だったが、愛唯の名前を出したおかげで踏み込もうとした足をピタリと止めた。

 愛唯が俺を庇うように前へと出る。

「いいですか、セラスちゃん」

 そう前置きして、愛唯は來野に優しく語りかける。

「セラスちゃんは誤解しているのです。オオカミさんはいい人ですよ。わたしを不良さんたちから助けてくれたのです」

 そうだ。いいぞ。そのまま俺が人畜無害だということを教えてやれ。

「オオカミさんはすごいんですよ! かつては日本の生態系のトップだったのです! クマさんじゃないんです!」

 そうだそうだ。俺は自然界の頂点だからなクマなんて雑魚よ雑魚――んん!?

「生態系のトップと言えば神様みたいな扱われることが多いですよね。エジプトはライオンさんですし、南米はコンドルさんです。日本もオオカミさんを祭っている地域があるのでいつか全部回ってみたいですね」

 ちょっと、愛唯さん? あなた一体なんの話をしてらっしゃるんですか?

「えっと、えーと……だからオオカミさんはすごくて、可愛くて、カッコよくて、そのあの……あっ、ニホンオオカミさんは夏と冬で毛の色が変わっていたらしいですね! 夏は濃い黄褐色で冬は白みが強くなるみたいです! 毛はちょっと硬めですがそれがまたいいというかそのえっとつまりオオカミさんのもふもふは最高なのですッ!」

「いやなに言ってんのお前!?」

 愛唯は目がぐるぐる回っていた。たぶんこいつ自分でもなにを言ってるのかわかってないぞ。しくったな。そもそも愛唯が説明上手だったら恋人設定になどなってなかったわ。

 ふわっと、來野が混乱する愛唯を抱き寄せた。

「安心するといい、愛唯。私はわかっている」

「わ、わかってくれましたかセラスちゃん!」

 なんだと? あの説明でニホンオオカミの生態以外のなにがわかったと言うんだ? これが親友とかいうイキモノ。きっと言外の気持ちまで以心伝心するんだろう。俺にはそんな相手いないから知らんけど。

「ああ、そこの下衆に脅されて妙な事を言わされているのだろう?」

「え?」

 ダメだこいつなんにもわかってない!

「よしよし、恐かっただろう? もう大丈夫だ。後は私に任せてくれ」

 來野が鋭い眼光で俺を睨みつける。薙刀を持つ手に力を込めたぞ。

 薙刀が大上段に振り上げられる。

 ギラリと煌めく銀色の刃が有無を言わさず俺に迫る。

 逃げるなら今か? ダメだ。間に合わない!


「狩神狼太、貴様に決闘を申し込む!」


 コロサレル! と身構えた俺に、來野は刃の切っ先を突きつけてそう宣言した。

「な……に……?」

 呆然と訊き返す俺に、來野は険のある表情のまま落ち着いた声音で告げる。

「単に追い払おうとしても貴様には効果がないようだからな。決闘で決着をつける。無論、逃げれば貴様の負け。万が一にも貴様が勝てば私も可能な限り要求を呑んでやる」

「決闘っていつの時代だよ……」

 騎士然としているかと思えば、本当に騎士っぽいこと言い出したぞ。しかし決闘か。女子と殴り合うなんてやりたくないが……それでしか決着がつかねえのなら、仕方ない。

「わかった。受けて立つ。俺が勝った時の言葉、忘れんなよ?」

「今日の放課後。場所は相宕川の橋下とする。必ず来い。いいな?」

 最後にそう念を押し、來野は状況についていけずオロオロしていた愛唯の手を引いて校舎裏から立ち去った。


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