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その後の二人①

ギートがもだもだする話。

 その日、ギートは午後から休みだった。

 前日まで昼夜交代しつつの王宮警備を七日間連続でこなしたところである。

 出世もなかなか良いことばかりではない。単純に仕事量が増えたのと、内容も体を使うものばかりでなく、事務処理などの細かい作業が加わり、兎にも角にも忙しい。

 とはいえ、ひとまずは明日も丸一日の休みである。仕事を忘れ、満喫しない手はなかった。

 向かう先は決まりきっている。

 思い返して数えてみれば、ゆうにひと月は影すら見ていない、恋人のもと以外にあろうか。

 先に魔道具店のほうを覗くと、戸が閉まっていた。ギートはすっかり忘れていたが、定休日であったらしい。

 これは幸先が良い。店が休みならば、その店長も休みのはずである。

 明日の都合が良ければデートにと思って来たが、これから誘うこともできるかもしれない。

 そこで意気揚々と隣の薬屋を訪ねれば、強面店主がいつもの通りカウンターで出迎えてくれた。

「エメならいないぞ」

 現実は、なかなかどうして彼に冷たい。いきなりギートは肩透かしを食らう羽目になった。

「休みじゃないんすか? 隣閉まってますけど」

「あぁ店は休みなんだが、本人は昨日から王宮に行ったっきり、帰って来ないんだ」

「また泊まり込んでのかよ・・・」

 時々あることだ。彼女には職場が二つあり、片方が休みでも片方が休みでないことがある。

 ギートがカウンターに突っ伏せば、苦笑が降った。

「さすがに今日中には帰って来るだろう。夕方にでもまた来い」

 諭され、仕方なしに店を出る。ジゼルに稽古を願って待とうにも、営業中では頼めない。モモなどの遊んでやれる子供らも学校に行っているのか、この時間帯は姿が見えなかった。

(なんだかなあ・・・)

 どうにも思い通りにいかない。

 ギート自身もあまり人のことを言えないが、エメは極端に休みが少ない。ガレシュから戻ってしばらくは、仕事が溜まっていたのか特に顕著だ。

 怠惰であるよりは、勤勉であるほうが好ましい。しかし、それも過ぎれば問題だ。何が問題かと言えば、付き合い始めておよそ三カ月、恋人らしいことを何一つできていないことが大問題だ。

(このまま自然消滅とか冗談じゃねえぞ)

 ギートにとっては、ここまで長い長い道のりだった。

 初めて出会った時から、というのはさすがにないが、はっきり意識し始めたのはエールアリーの疫病事件があった頃。ただ偉そうだと思っていた奴が、必死に知恵を振り絞って足掻いてる本当に偉い奴だと思えた。そこから数えても、足かけ五年では済まない。

 かわされ続け、翻弄されて、ようやく捕まえた。ここでまた逃げられてはあまりに悔し過ぎる。

(大体、攻めるほうが得意とか言ってた口はどこ行ったんだ)

 攻められるどころか完全放置である。その上、会おうとしても会ってくれないのだから攻めにも出られない。ひどい話だった。

(部屋に忍び込むくらいしねえとだめか?)

 大股に道を歩きながら、半ば本気でその方法を考える。

 が、やがて虚しくなった。恋人に会うのに、なぜ犯罪まがいのことをしなければいけないのか。

(いっそ結婚でもできればな・・・)

 さすがにそれが性急であるとはわかるため、独り言でも口にしない。

 別に四六時中べったりしたいと思うわけではない。それは彼自身も忌避する関係だ。だが、一日に一度くらい顔を合わせ、たまの休みにいちゃつきたいと願うくらいは、許してほしいと思っている。

 無論、その健気な願いの裏には、あまり人には言えない欲望が潜んでいるが、それがすべての原動力でもあるため目を瞑ってもらう他ない。

「・・・何すっかなあ」

 下手をすれば、というよりも確実に、明日まで暇となる。

 彼の恋人は常に彼の期待を裏切る。わかりきっていることだが、どうにも今日はおもしろくなかった。



 夕方まで街をぶらつき、結局何をするでもないまま、王宮まで戻って来てしまう。

 もう薬屋にも行かず、兵舎に帰って不貞寝してやろうかと思うと、城門で珍しい顔にばったり出くわした。

(げ)

 思わずギートは立ち止まる。

 だがその動作がかえってまずかったのか、見つかりたくなかった人の目に留まってしまった。

「ギート」

 静かな、しかしよく耳に残る声の王子殿下から朗らかに呼ばれ、他にどうしようもなく、ギートはその前へ跪きに行く。

「ああ、畏まらなくていい。今日は休みだったのだろう?」

 地に手と膝を付けようとすると、止められた。ギートの格好から察したのだろう。

 どえらい身分なのに偉そぶらず、気さくな上に気遣いまでしてくれる。

 生まれついての威厳と優しさが自然に混在している、人々の理想を煮詰めたようなこの王子が、ギートはひたすら苦手である。

 なぜかと言えば単純な話。この完璧な人物を振った不届き者と付き合っている気まずさが凄まじいのだ。

 出世して近衞隊に入るのが彼の夢だったが、最近は少し遠慮したいと思うようになってきている。

 だがどんどん王宮内部のほうの警備を担当するようになってきている昨今は、着実にその道を進みつつあった。

 喜ばしいやら恨めしいやら、ギートはなんとも心の持ちように悩んでいる。

「これからエメに会いに行くのか?」

 対して、アレクセイのほうは平然とその話題に触れてくる。

 すると気にし過ぎる己の器が小さいのかとやはり劣等感を刺激され、ギートは内心でこっそり落ち込むのだった。

「・・・まあ、そう思ったんすけど、あっちは仕事らしいんで。殿下はどちらかにお出かけに?」

 アレクセイは、いつも必ず傍に控えている同い年の近従を一人連れているだけだ。

 普通ならあり得ないほど手薄な警備だが、魔法使いである王子に敵う人間はまずいないため、本人はしょちゅう身軽に出歩く。

「ああ、少しな。君はエメに会いに行くといい。彼女も今日は休みだったはずだ」

「・・・は?」

「昨日、本人が言っていたよ」

 アレクセイはやや苦笑するようだった。

「根を詰め過ぎてしまうのは彼女の悪い癖だな。昨日、新しい魔道具のことで打ち合わせをした時、少し疲れているように見えた。後でお茶に誘ったら、うとうとしていたよ。君からもぜひ休むように言ってあげてくれ」

 ギートは二の句を継げなかった。

 実は休みだったということもそうだが、それをアレクセイから伝えられたという事実、あまつ彼女が他の男と二人で茶を飲んでいたという状況に軽くショックを受けていた。

(俺とは一か月も顔も合わせねえのに・・・)

 なんなら、仕事上でも付き合いのある王子とのほうが、彼女はよく会っているのではないかと思う。ついでに言えば、刑務塔にいる魔技師とはさらに頻繁に会っている。

 ギートがうなだれてしまうと、アレクセイはそれに気づいて慌ててフォローを入れた。

「――あ、いや、昨日はエメが少し疲れているように見えたから、休憩させたくてお茶に誘ったんだ。安心してくれ。他意はない」

 まったく曇りのない瞳で言うのだから、信じられないことはない。

 だが、そういういかにも紳士的な気遣いがさらりとできるところに、何かもう男として色々と負けている気がして落ち込める。

 仮に自分だったら、彼女の襟首を引っ掴み、寝ろと怒鳴りつけるところだ。

(・・・まあ、この人と比べたってしょうがねえんだけど)

 ギートは諦め、顔を上げる。

「わかりました、様子見に行ってみます。お知らせくださってありがとうございました」

「ああ。よろしく頼む」

 きれいな微笑みを残し、アレクセイは去った。


(――とりあえず、行ってみるか)

 魔技師の工房は久しぶりである。

 きちんと入り口から入ろうとすると、魔法研究所の正面玄関から中を進まねばならないが、様子を見るだけなら外から窓を叩いてもいい。

 そう思ってまっすぐ工房へ辿り着くと、不意に内から窓が開いた。

「あ」

 なぜか窓枠に足をかけて出ようとする男が、ギートを見つけて動きを止める。

 ギートはその男のことを知っていた。エメの職場の先輩だ。だが名前までは出て来ない。それは相手も同様である。

「ちょうどいいや。君んとこの回収してってくんない?」

「は・・・?」

 足を降ろして、コンラートはギートを手招きする。

 怪訝に思いつつ工房の中へ入り、奥の小部屋に通されると、小さなベッドでエメが寝ていた。

 白いローブに包まり、髪は結ったまま。仮眠を取っているのだろう。今日に限ってツナギではなくスカートで、ふくらはぎがわずかに覗く。

 まったく予期せぬ姿を見せつけられたギートは、入り口で硬直した。その背中へ、コンラートが至って何でもなく話しかける。

「休みの日くらい仕事すんなって言い聞かせといてくれ。こいつががんばるほど俺の仕事も増えて迷惑だからさー」

「わしの寝床もいい加減返してもらえんか」

 彼女の師である老人まで、苦情を言いに寄って来た。

 頭の片隅で、なぜ自分が文句を受けねばならないのかと思うが、言い返している時間も惜しい。

 そんなことよりも、不特定多数の人間が出入りするここから、一刻も早くこの無防備な娘を連れ出さねばならない。

「おい、おいエメ」

 軽く揺すってみるが、寝入っているのか反応がない。

「昨日は徹夜しとったからな。お前さん、そのままおぶって連れ帰っちまえ」

 悪戯っぽく笑う老人に促され、そうすることにした。

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