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第九十七話 コロポークルの試練を受けたのが間違いだった

 レイドとばったり出くわした後、リクサにコーンウォールの街を案内してもらったあの日から数日ほど後。俺と彼女は再び亜人の森を訪れていた。

 今日受けるのはこの森に住むコロポークルの集落にロイスが委託していた試練である。


 今回の案内人は我が円卓騎士団のブータ。彼はこの森にあるコロポークル専用孤児院の出身であり、その試練を委託された集落の長とも顔見知りだという。


「と言ってもボクが頼まれたのは現地までの案内だけですよ? ……現地っていうのは、つまりここなんですけどぉ」


 彼が申し訳なさそうに指さしたのは、森の空き地にぽっかりと空いた大穴だった。

 覗き込むと、雑な造りの石階段がしばらく続いているのが見える。


「ふむ。ここの一番奥にこの間のエルフの試練と同じように宝箱が置いてあるから、二人で行って中身を取ってこいと。それが第二の試練だと」


「らしいですよぉ。長老が言うには、ですけどぉ」


 コロポークルはエルフと同様に第一文明期に肉体改造された人々の末裔だが、その種族的特徴は大きく異なる。

 やや尖った耳に、小さな潰れた丸い鼻。身長は成人しても普通の人間の子供くらいしかなく、青くキラキラ輝く宝石のような双眸(そうぼう)を持っている。


「ブータのいた孤児院はここから近いんだよな。案内できるってことはここには以前にも来たことあるんだよな?」


「ええ、まぁ何度か。この洞窟は悪ガキたちの遊び場って感じでして、孤児院の年長組に度胸試しにって拉致られて、ここの奥に連れていかれて放置されたことがあります」


「そ、壮絶だな」


「コロポークルの孤児院はホントに地獄で世紀末で無法地帯ですよぉ。力なき者は虐げられる地の底(アビス)のような場所ですよぉ」


 嘆きながらローブの袖で涙をぬぐうような素振りを見せるブータ。もちろん泣き真似だが。

 コロポークルはその愛らしい外見に反して七割が犯罪者で、そのうち三割が賞金首だという実に恐ろしい種族だ。この少年のように善良な者は少数派なのだ。

 ブータは泣き真似をやめると、ぽんと手を叩いた。


「あ、正確には地獄でした、です。過去形です。ボクが領主になってからはちゃんとした監査と指導を定期的に行うようにしたんで、だいぶマシになったはずです」


「ああ、そうなんだ。この森はブータの領地なのか」


「コロポークル居住区がボクの領地で、エルフ居住区がデスパー兄さんの領地ですね。……どちらも税収は雀の涙みたいなものなんですけどぉ。あ、でも」


 ブータは大穴を指さして自慢げに笑う。


「この奥にはいわゆる氷室(ひむろ)と言うやつがありまして。冬にできた氷を保存してあるので、領主特権で夏でも美味しいかき氷がタダで食べられるんですよぉ」


「へぇ、そりゃいいね。夏の氷は高いしね。……でも」


 横で黙って話を聞いていた女性へと目を向ける。


「リクサはかき氷なんていくらでも食ってそうだな」


「はい。うちには魔術師ギルドが製氷魔術で使ったものを(おろ)しに来ていますから」


 当然だとばかりに頷くリクサ。本業の経営が傾いているとはいえ、さすがはバートリ家。ブルジョワである。

 ブータは軽くショックを受けたような顔をしていた。


「そ、そうですか、さすがリクサ(ねえ)さん。あ、そうだ。お二人とも気を付けた方がいいですよ。ボクに話するときの長老、物凄く悪い顔してましたから」


「……悪い顔?」


「たぶん洞窟の中に色々仕掛けているんじゃないかと」


 なるほど。まぁ普通の洞窟じゃ試練にならないしな。


「その長老の目は赤かったか?」


「赤かったですねぇ」


 コロポークルの種族特性の一つとして、自らが悪事と認識していることを行うとその目が赤く濁るというものがある。

 要するにその村長は悪人であり、ブータの言うとおり油断をするな、ということだ。


「お、そうだ。中に入ったことあるなら、内部構造もいくらか知ってるだろ。地図書いてくれよ、ブータ」


「え!? で、でもそういう手助けしたら試練にならないんじゃあ?」


「魔術は禁止と言われたが、それ以外は禁止されてない。な! 頼むよ、ブータぁ!」


 俺はブータに抱き着くと、そのやわらかい頬を手でタプタプする。


 この子も俺と同じで頼りにされると弱いタイプだ。

 案の定すぐに折れて、曖昧な記憶に基づいたものではあるが洞窟内部の地図を描いてくれた。


「ミレウス陛下ぁ。リクサ(ねえ)さぁん。御武運をぉ」


 気が抜けるような声を出して手を振るブータに見送られ、俺たちは氷室(ひむろ)兼悪ガキたちの遊び場兼コロポークルの試練場へ足を踏み入れたのであった。






    ☆






 大穴から数十段の石階段を降りた先は、頭上につらら状の石がびっしりと並ぶ長い通路だった。高さはそれなりにあるが幅は二人で並んで戦闘ができない程度。

 つらら石――いわゆる鍾乳石(しょうにゅうせき)からは染み出した地下水が(したた)り落ち、ぽとりとぽとりと音を立てている。


「洞窟というより鍾乳洞ですね。はぁ……見事なものです」


 俺の持つ手持ち灯(ランタン)の明かりに照らされた内部を見て、リクサが感嘆の声を漏らす。

 氷室(ひむろ)が奥にあるというだけあって地上よりいくらか気温は低かったが、水着姿で湖を泳いだこの間の試練と比べればどうということはなかった。


 コロポークルたちがどんなことを仕掛けてくるか、あまり想像はつかない。そもそも通路はしばらく一直線だし罠が仕掛けられていそうな死角もない。


「落とし穴も、まぁないよな」


 今回の試練も魔術が禁止されているので明かりが心もとないが、足元が見えないほどではない。俺がラヴィから【罠探知(トラップサーチ)】を借りて先行すれば落とし穴に引っかかることはまずないだろう。


 そう考え、一歩一歩足元に注意を払いながら進んでいると、通路が僅かに上り坂になっていることに気が付いた。

 最初はそれほどの傾斜ではなかった。しかしそのうちはっきり分かるくらいの坂になってくる。


「リクサ、足元に気を付けて。地下水で濡れてるから滑るかも」


「はい、ありがとうございます、陛下」


 はにかみ笑顔を見せるリクサ。しかしその表情がふいに険しくなる。


「……地震?」


 その言葉で俺も気づいたが、足元が僅かに振動していた。それによって頭上の鍾乳石(しょうにゅうせき)から地下水が降ってくるのも加速する。

 地震は最初気づくか気づかないかという程度だったが、すぐにかなりの規模になった。


「まずいな。こりゃ試練どころじゃないかも。一度地上まで戻った方が――」


 いいかも、と言いかけたところで。


 それが地震でないことに俺とリクサは同時に気づいた。

 通路の奥の方から地鳴りのような音が聞こえてくるようになったからだ。

 巨大な質量がこの坂の向こうから迫り来ている。




 いや、転がり(・・・・)来ている。




 振動と音の発生源は通路の幅いっぱいの大きさの球形の巨岩だった。

 冒険小説なんかではよく見るベタなトラップ。しかしまさかそれが我が身に振りかかろうとは。

 こんなの【罠探知(トラップサーチ)】を使っていてもまったくの無意味だ。


「に、逃げ……いや!」


 どう考えても間に合わない。

 聖剣の力を使えばどうにかできる気がするが、誰から、どんなスキルを借りればいいか咄嗟(とっさ)に思い浮かばない。

 所詮、俺は魔力付与の品(マジックアイテム)反則(チート)しているだけの身だ。こういう細かなところでスキル所持者との差が出てしまう。


 だが聖剣(エンドッド)がダメでも俺には聖剣の鞘(レクレスローン)がある。

 後が怖いが、体を張ってリクサを守ろうと足を踏み出し――そしてその彼女に後ろへ突き飛ばされた。


「お下がりを! ミレウス様!」


 明らかに言葉より実際に突き飛ばす方が早かった。

 坂道をぐるんぐるんと転がり落ちていく俺に見えたのは、天剣ローレンティアを抜き放ち、転がりくる巨岩を目にもとまらぬ早さで斬りつけたリクサの姿。

 剣の素材である聖銀の放つ光が白い軌跡となる。


 その数、実に五……七…………いや、何回だ?


 数えきれなかったが、とにかくリクサの天剣は巨岩をバターのように易々(やすやす)と切り裂き、その球体をバラバラにした。

 一抱え程度の大きさになった破片たちはごろごろと坂道を転がってきて俺に襲い掛かるが、さすがに即死級の威力はない。頭部だけかばって、どうにか耐え(しの)いだ。


「い、いたたた……」


「ご無事ですか、ミレウス様!」


 坂を駆け下りてくるリクサ。

 俺は上半身だけ起こし、手を挙げた。


「あ、ああ。なんとか。……リクサは破片、当たらなかったのか?」


「かなりの数当たりましたが、無傷です」


「うっそだろ!?」


 見れば確かに当たったような形跡はあったが、怪我らしき怪我はない。

 俺より近距離で直撃したのに、いくらなんでもこの差は酷くないか。


勇者特権(ブレイブオーダー)で一時的に防御力を引き上げたので、この程度で済みました」


「ゆ、勇者の血ってやっぱ凄いな……」


 勇者特権(ブレイブオーダー)――始祖勇者が生まれつき備えていたという数々の特殊能力はその子孫たちにも受け継がれている。


 リクサの手を借りて立ち上がると、先ほど突き飛ばされたときに取り落とした手持ち灯(ランタン)を拾い上げた。幸い壊れてはいないようだ。

 通路の奥の方を照らしてみるが、その先に待ち受けているものは見えない。


「しっかし、しょっぱなからこんな危険な仕掛けとは、やりすぎなんじゃないかコロポークルの連中」


「存在自体が悪ふざけのような種族ですからね、連中は。ブータはあくまで例外です」


 なにか嫌なことでも過去にあったのか、リクサの顔つきは(けわ)しく、完全に臨戦態勢に入っているようだった。


「この先に岩を転がしてきたコロポークルたちがいるだろうけど、出くわしても殺さないでね?」


「もちろんです! 殺しはしません」


「必要以上に痛めつけるのもなしだからね?」


「……もちろんです」


 一瞬遅れた返事に、俺は一抹(いちまつ)の不安を覚えざるを得なかった。

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