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第八十六話 四翼竜に挑んだのが間違いだった

 正面からはリクサが天剣ローレンティアを振りかざして空を滑るように突撃し、背面からはヂャギーが斧槍(ハルバード)を両手で構えて突っ込んでいく。少し離れた場所からはナガレが出し惜しみすることなく拳銃を連射して、ラヴィが両手から短剣を次から次へと投擲する。


 怒涛の波状攻撃だ。

 “精神(スピル)”はその巨体を丸めて耐えしのぐ。


 《飛行魔術(フライト)》はただ飛ぶだけならば頭の中でイメージするだけでいい、便利な術だ。だが高速移動できるようになるにはいくらかの習熟期間がいる。

 “精神(スピル)”の出現場所が分かってからのここ十日間、空中戦の予行練習を幾度も繰り返したが、そのかいあってか、みんな地上で戦うのと遜色がない程度には動けていた。


 しかし相手は時を告げる卵も反応する滅亡級危険種(モンスター)

 やはりというべきか、一筋縄ではいくはずがない。


 こちらの攻勢の僅かな切れ間。“精神(スピル)”はそれを見逃さず、両手の爪で薙ぎ払いを放って近接の二人を牽制すると共に、しなる鞭のような尾で中距離の二人を狙ってきた。

 みんなは寸でのところで回避して、一度大きく距離を取る。“精神(スピル)”の攻撃はどちらもシンプルなものだったが、直撃すれば即死しかねない威力に見えた。


 そこで弧を描くように飛んで加速をつけてきたイスカが“精神(スピル)”に体当たりをかました。


『おとなしくしろー! いうこときけー!』


 一対の翼の竜と二対の翼の竜。

 二体は空中で揉みあいになって、鋭利な牙と爪で格闘戦を始めた。その熾烈さたるや、神話に出てくる幻獣たちの戦いのようで、俺たちが割って入る余地など微塵もない。


 体のサイズは“精神(スピル)”の方がやや上に見える。

 しかし中にイスカが入っているからか、あるいは別の要因か、出力は“肉体(カルネ)”の方が僅かに勝るようだった。少しずつ形勢が傾いていく。


『こんにゃろー!』


 子供の喧嘩のように罵声を飛ばして肩口に噛みつくイスカ。

 “精神(スピル)”は苦悶の声を上げながら強引にイスカを引きはがすと、格闘戦の間合いから離脱し、上空へと舞い上がった。


 このまま押し切るべきだ――そう指示しようとして気が付いた。

 僅かに開いた“精神(スピル)”の口。その牙の間から、(まばゆ)い純白の光が溢れだしている。


『ブレスうってくるぞー』


 イスカの警告。その前に俺は動き出していた。ヂャギーから【咆哮(ウォークライ)】のスキルを借りて発動させ、“精神(スピル)”の敵対心(ヘイト)を取る。

 血走った目が、ぎろりとこちらに向いた。


「こっちだ、こっちに来い!」


 大声で呼びかけ、“精神(スピル)”を連れて、みんなが巻き添えを喰らわない位置まで飛んでいく。聖剣の鞘(レクレスローン)の加護のおかげで最悪の場合でも俺は死にはしないから囮役にはうってつけというわけだ。

 毎度のことながら、国王の役割としては如何なものかと思うけども。


「建てよ! 立派な! 不壊(ふえ)障壁ィ!」


「女神アールディアよ! 我らに慈悲深き、その御手(みて)を!」


「自己責任で――我が呼び声に応えよ、風精霊(シルフ)!」


 俺の周囲にブータが魔術で高硬度障壁を張り、シエナがそれを覆うようにして《聖結界(フォースフィールド)》を展開、さらにヤルーが風精霊(シルフ)を使役してその上に暴風の壁を構築する。頭上から“精神(スピル)”の放った熱衝撃波のブレスが襲ってきたのはその直後だった。


 圧倒的な光と熱のうねり。それに飲み込まれる寸前に、俺は両腕を顔の前で交差して防護していた。たが、はっきり言って気休めにもならない。瞼を閉じているにも関わらず視界が真っ白に埋まる。どうやら仲間たちの三つの妨害はやすやすと突破されてしまったようだ。


 もちろんそれでも俺にダメージはない。熱も光も、聖剣の鞘(レクレスローン)によって痛みを感じないギリギリのレベルまで抑えられている。抑えた分は戦闘後に戻ってくるが、それを考えるのは後回しだ。


 待つこと、二呼吸か三呼吸か。光と熱が収まったかと思うと、後方で凄まじい爆発音がした。

 恐る恐る目を開ける。


「おいおいおい! やべえぞ!」


 離れたところで焦りの声を上げたのはナガレだった。彼女が顔を引きつらせて見つめる先は俺の背後。

 見下ろすと、そちらで大地に大穴が開いていた。ロムス山の山頂付近で見た、あの名もなき湖のような(いびつ)な形の大穴が。


「ブレスの威力だけなら“肉体(カルネ)”以上だな……」


 苦々しく一人ごちて、認める。

 不幸中の幸いというやつだがブレスが襲ったのは人里離れた辺鄙な場所だ。立ち入り規制も敷いているので犠牲者は出ていないはず。

 だが、これが何度も続くようだとまずいことになる。いつ人のいるところに飛んでいくか分からない。


「ミレウス! 短期決戦じゃねえとやべーぞ!」


「分かってる!」


 怒鳴ってくるナガレに、負けないくらいの声量で返事をしてから、俺はここからの作戦(プラン)を練りなおすため必死に頭を働かせた。本当はもう少し相手の出方を見てから動くつもりだったが、どうやらそんなのんびりとはやっていられないようだ。


 “精神(スピル)”は上空、『ロムスの百年雲』のすぐ下あたりを旋回しながら首をこちらへ向け、再度の襲撃の機会をうかがっている。先ほどのこちらの波状攻撃で与えることができたダメージはごく僅か。飛行機能にも損傷は見られない。


 奴を倒すには背中にある(コア)を、それを防護している強固な魔術障壁ごと破壊するしかない。俺達はそれが可能な大規模火力攻撃をいくつか持ち合わせているが、いずれにしても相応の仕込み時間がいるし、なにより何度も使えるわけではないので(かわ)されるわけにもいかない。

 どう仕掛けるにせよ、まずは相手の機動力を奪わねばならなかった。


「問題は、翼を破壊しても意味ないかもしれないってとこなんだよなー……」


 再び一人ごちる。

 先のブータの推論が正しければ、奴の体の中には飛行を補助する内燃機関があるわけだが、そちらの方が揚力を生み出す主体である可能性もある。そうなると四枚の翼をすべて破壊したとしても――まさに今、《飛行魔術(フライト)》で飛んでいる俺達のように――飛び続けることが可能なのかもしれない。


 だが、あれだけ立派な翼に何の意味もないということがありえるだろうか。


 前後に一対ずつ、計四枚の翼を持つ“精神(スピル)”の姿を観察しているうちに、一つの手が俺の頭に浮かんだ。

 その閃きに身を任せて、みんなに向けて指示を出す。


「前と後ろの翼を一本ずつ、対角になるように破壊しよう! バランスが崩れて動きが鈍るかもしれない!」


 無論、これも賭けではあるのだが、そう分が悪いわけではないのではと俺には思えてきた。四本の翼が担っているのは舵取りの役割なのではないかと思えたからだ。


 方針は決まった。立体的に展開するみんなの位置を把握しながら、俺も聖剣を構えて横に滑るように動きだす。


「契約に従い――自己責任で――我が呼び声に応えよ、闇精霊(シャドウ)!」


 魔導書『優良契約(アンペイド)』を片手にヤルーが召喚したのは、黒い影のような無数の下級精霊たち。それらはぬるぬると不気味に(うごめ)いたかと思うとヤルー自身にそっくりな姿に変化して、二度目の急降下を敢行してきた“精神(スピル)”を取り囲んだ。


「オラオラ、どうした! そんなもんかよスピルちゃんよぉ!?」


「全力出してこいよ! 限界超えてこいよ!」


「まだまだやれるだろ! 諦めんなよ! もっと熱くなれよ!」


 闇精霊(シャドウ)自体には声を発する機能はない。恐らく声は風精霊(シルフ)を介して本人のものを伝えているのだろう。

 四方八方からの挑発を“精神(スピル)”がどのように受け取ったかは定かではないが、ヤルーの意図したとおり、注意を引くことはできたようだ。

 “精神(スピル)”は降下の途中で急停止すると、爪や牙、それに尾まで使ってヤルーの分身たちを破壊していく。


 百戦錬磨の円卓の騎士たちが、この機を逃すはずはない。


「女神アールディアよ! ()の者の復讐に、ただ一度(ひとたび)のお力添えを!」


(うな)れ! 凝縮! 魔術剣!」


 シエナとブータが同時に呪文を完成させた。どちらも短時間ではあるが、強力な魔力を武器に付与(エンチャント)する呪文だ。

 その対象は俺が手にする聖剣エンドッド。


 神聖なる白の光と、目を刺すような紅い光に包まれた剣を手に、俺は“精神(スピル)”へと最短距離で突っ込んだ。

 ヤルーの分身(コピー)たちと(たわむ)れている奴と交差する、その瞬間。肺から息を吐きだすと共にリクサの剣技を借り、翼の一つの根本に狙いを定めて斬りかかる。


 柄から伝わる、確かな手ごたえ。


 俺は突っ込んだ勢いそのままに“精神(スピル)”の近接攻撃の間合いから離脱しようとした。だがその前に、背後から突風が吹く。


 爪か、尾か。


 どうやら反撃を喰らったようだが、外れたのか、あるいは聖剣の鞘(レクレスローン)の加護で無効化されたのか、痛みはまったくない。

 俺は構うことなく、空を駆け抜けた。


 安全圏まで来てから振り返ると、そこには四枚の翼のうち左奥のものを半ばまで切断され、先ほど以上の怒りを持ってこちらを睨んでいる“精神(スピル)”の姿があった。

 それと、その背に貼りつく小さな一つの人影も。


 俺が攻撃した隙に、大胆にも飛び乗ったのだろう。

 もちろん、そんな芸当が可能なのは[怪盗(ハイドシーフ)]のラヴィしかいない。


「ミレくんばっかり見すぎだよ、スピルくん」


 “仕事”は既に終えていたらしい。彼女は不敵な笑みを浮かべると“精神(スピル)”の背中を蹴って空へと身を躍らせた。

 先ほど俺の聖剣を覆っていたのと同じ紅白の光が、“精神(スピル)”のちぎれかけの翼からまっすぐに横へと伸びている。シエナとブータが魔力付与(エンチャント)呪文をかけた極細の鋼線を、ラヴィが翼の根本に結び付けたのだ。


 ピンと張り詰めた鋼線が伸びる先は、ヂャギーが持つ斧槍(ハルバード)の柄。“精神(スピル)”の背に取りつく前にラヴィが結んでおいたのだろう。


「ぢゃあぎいいいい!!!」


 バケツヘルムの巨漢が絶叫すると、その全身に裂傷が生じて勢いよく血が吹きだした。[暗黒騎士(ブラックナイト)]の自己強化スキル、【自傷強化スーサイド・ストレンクス】の代償だ。全身の筋肉を一回り膨張させたヂャギーはその手の斧槍(ハルバード)を力の限り引く。


 普通であれば、鋼線が先に切れる。

 だがあれは異世界からの訪問者(プレイヤー)であるナガレが、そちらの世界から召喚した特注品で、さらには強力な魔力付与(エンチャント)呪文が二つもかかっている。遺失合金(オーパーツ)製の天聖機械(オートマタ)の体をも上回る強度を、この瞬間だけは得ているはずだった。


 キリキリと音を立てる鋼線。それはラヴィたちの狙い通りに“精神(スピル)”のちぎれかけた翼の根本に深く食い込み、傷口を広げ、そして遂には完全に裂断した。


 (あるじ)と分かれた翼は、重力に引かれ地上へと落下していく。


 雷鳴のような咆哮を上げて“精神(スピル)”が身を震わせる。怒りの矛先が俺から逸れた。

 “精神(スピル)”は口からブレスの兆候のような光を漏らしながらヂャギーへと首を向け――その眼前を高速で横切った小さな黒い影たちに注意を奪われた。


 一瞬、それは鳥の群れのように見えた。しかし、そうではない。

 平行回転する小さな風車が四方についた、奇妙な四角い箱たち。これもナガレが自分の世界から呼んだものだろう。その箱たちは先ほどのヤルーの闇精霊(シャドウ)のように“精神(スピル)”を取り囲むと、ピカピカと色とりどりの光を発してその動きを抑制した。


「さっさとやっちまえ! 小型無人航空機(ドローン)なんかすぐにぶち壊されんぞ!」


 ナガレの言葉通り、空飛ぶ四角い箱たちは即座に“精神(スピル)”の爪の餌食となった。もっとも、彼女が呼びかけた相手がスキルの発動準備を終えるには十分な時間があったが。


 頭上に天剣ローレンティアを掲げるリクサ。その刀身は地平から顔を出したばかりの朝日のような、眩い輝きを放っている。


「いきます! ――【剣閃(ソリューション)】!」


 凛とした掛け声と共にリクサが剣を振り下ろす。その刀身の輝きは純エネルギーに変わり、凄まじい奔流(ほんりゅう)となって敵を襲った。

 ただごとではないと感じ取ったのか、“精神(スピル)”も回避行動を取る。しかし到底間に合わない。リクサの放った光は“精神(スピル)”の右手前の翼に直撃し、その構造をズタズタに引き裂いた。


 これで残る翼は半分。竜型の天聖機械(オートマタ)の巨体はまだ揚力を失わない。


 しかしほんの僅かだが、宙を舞うその動きに変化が生じたように、俺の目には映った。


 健康問題などで更新間隔が少し空いてしまいました。大変申し訳ありません。

 これからまた、ゆっくりまったり進めていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。


  作者:ティエル

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