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第八十五話 空を飛んだのが間違いだった

 秋も深まり、朝晩には肌寒さも感じるようになった頃。


 しっかりと厚着をした八人の円卓の騎士と俺はロムスの街の中央広場に集結していた。

 周囲には魔術師ギルドのメンバーを中心とした数十名の後援者(パトロン)たちが緊張した面持ちで立っている。


 今日はこの街の上空にイスカの付属パーツである“精神(スピル)”が出現する予定日だ。すでに俺の手元では時を告げる卵が禍々しい深紅の光を放っている。


「こ、こんな真昼に現れるのは初めてですね。ずっと雲が出てるからここだとあまり関係ないですけど……」


 手を組んで、女神アールディアへ必勝祈願の祈りを捧げていたシエナが、瞼を開けて誰にともなく呟いた。


 イスカに聞いたところ、“精神(スピル)”は[精霊使い(シャーマン)]のように光に頼らずに物体を視認できるという。出現時刻が夜でないことはこちらとしては好都合ではあった。


「ミレウス陛下ー。住民の方々の避難誘導、完了いたしましたー」


「これでもう地上に残っているのはここにいる人たちだけですよー」


 坑道の入り口から手を振りながら小走りで出てきたのは勇者信仰会(ヨシュアパーティ)のエルとアールだ。俺の前までやってくると仔細を報告してくる。

 これから始まる戦いに巻き込まないため、そしてその戦い自体を隠蔽するため、この街の住民たちには先日イスカと一緒に寝たあの地下空間に避難してもらったのだ。

 名目は南港湾都市(サイドビーチ)の時と同じく、大型の危険種(モンスター)が付近に出現するからということにしておいたが、特にそれを疑う者はいなかったし不平を漏らす者もいなかった。今日の分の賃金は保証されると聞いて、むしろみんな喜んでいたくらいである。


「はい、それではみなさん! 準備はよろしくて!?」


 広場の中心に躍り出て周りを見渡し、威勢よくそう呼びかけたのは導師用ローブを着た俺と同じくらいの歳の少女だ。魔術師ギルドの後援者(パトロン)の代表者にして、ブータの姉弟子でもあるネフである。


 魔術師ギルドから選りすぐられた使い手たちが彼女の呼びかけに応じ、割り当てられた円卓の騎士の前に立つ。


「では手はず通り《防寒呪文コールドプロテクション》から始めて各種強化魔術(バフ)につなぎ、最後は限界まで効果拡大(エンハンス)した《飛行魔術(フライト)》を!」


 俺を担当してくれたのは、その指示を出したネフ自身だった。

 魔術師ギルド本部学長の直弟子であり、十年に一度の天才と自称もしているこの少女はそれに(たが)わぬ卓越した魔術の腕を持っており、この場でもいくつもの高難度魔術を(よど)みなく唱えて完成させていった。


「ありがとう、ネフ。後のことは頼んだよ」


「はい。お任せください、陛下」


 彼女は自信に満ちた笑みを浮かべて優雅に頭を下げると、次いで弟弟子(おとうとでし)へと目を向けた。


「頑張るんですよ、ブータさん」


「はい! ボクはやりますよぉ、ネフ姉さん!」


 元気に返事をした彼を見て、ネフは(いつく)しむように目を細めた。

 それから俺の方に向き直って、最敬礼の姿勢を取る。


「それではミレウス陛下。円卓の騎士の皆様。ご武運を!」


 周りの後援者(パトロン)たちも彼女に(なら)って最敬礼を行う。みんな南港湾都市(サイドビーチ)の戦いの際にも出動していた面子(めんつ)だ。共犯者(・・・)として板についてきた感もあり、揃って使命感を帯びたいい表情をしていた。


 ただ一人、沈んだ顔をしているのは、後方に控えていたアザレアさんである。

 彼女は俺の元へためらいがちにやってくると、両手で俺の右手の手首のあたりを掴んだ。


「気を付けてね、ミレウスくん。……イスカちゃんも、みなさんも。どうかご無事で」


 悔しさからかアザレアさんは唇を強く噛んでいた。

 魔術の腕が急速に上がってきているとはいえ、さすがに今回は彼女にやれることは少ない。


 俺はことさら普段通りの調子に見えるように(つと)めて、彼女の肩をぽんと叩いた。


「ま、地下のことは頼むよ。俺たちの戦いが終わるまでしっかり見張っておいてね」


「うん。任せて」


 アザレアさんは気丈に微笑んで頷くと、他の後援者(パトロン)たちと共に坑道の入り口から地下へと降りていった。


 残るは“精神(スピル)”との直接戦闘に当たる、俺と円卓の騎士たちの九名のみ。

 他の後援者(パトロン)たちに頼んで、このロムス山をぐるりと囲むように立ち入り規制を敷いてもらっているので、偶然ここを訪れる者もない。つまり、もはや人の目を気にする必要はないということだ。


 俺はヂャギーにじゃれついていた水色の髪の少女に声を掛けた。


「イスカ、いけるか?」


「うん。まかせろー」


 天聖機械(オートマタ)の少女はチュニックワンピースの(すそ)に手を掛けると、それを一気に脱ぎ捨てて全裸になった。

 その小さな体は細かな粒子となって霧散していき――そしてそれが再び集まったかと思うと巨大な竜の形を取る。


 頭部には一角獣のような立派な角、背には一対の見事な翼。

 一月前にこの街の地下で戦ったときの姿そのものである。


 ナガレが引きつった笑みを浮かべながら、その巨体を見上げた。


「うっへー、マジで変身しやがった。やっぱデカいな、オイ」


「変身というか、正確には体内で修復してた付属パーツの“肉体(カルネ)”を外に出しただけらしいけどな。……イスカ自身はこん中にいるらしいけど」


 言いながら俺も手をかざして見上げてみた。すでに一度目にしたことがあるとはいえ、やはりこの姿には圧倒される。


 と、イスカは突如のそり(・・・)と動いたかと思うと、翼を(たた)んでその身を地面に伏せた。

 頭の中にいつもの呑気な彼女の声が響く。


『よーし、みんなのれー』


「……んじゃ、お言葉に甘えて」


 俺は恐る恐るイスカの背中によじ登った。他のみんなもそれに続く。

 上空まで“精神(スピル)”を迎撃に行くつもりなのだが、《飛行魔術(フライト)》で飛んでいくよりイスカに乗せていってもらった方が速い、と彼女自身が言うので事前にこうするように決めていたのだ。


「へっへっへ。これで俺っちも竜騎士だぜ!」


 (うろこ)のような構造で覆われた背中の上で、あぐらを掻いて得意げに笑ったのはヤルーだった。

 その発言にイスカは気分を害したらしく、首をもたげて咆哮(ほうこう)を上げ、大気をビリビリと震わせた。


『イスカはりゅうじゃないっていってるだろー!!!』


「お、おお、そうだった! わるかった! わるかったよ!」


 腰を抜かしてヤルーが平謝りする。

 俺も気を抜くと竜だと言ってしまいそうなので注意しないといけない。


『それじゃーいくぞー』


 座ったときと同じようにイスカはのそり(・・・)と立ち上がると、堂々たる翼を左右に広げた。それを二度、三度と羽ばたかせると、俺たちを乗せたその巨体が見る見るうちに宙に浮いていく。


 そこからはあっという間だった。

 イスカは風を切りながら、ほぼ真上へと飛んでいく。俺達は振り落とされないように必死に彼女の体にしがみついた。その加速は留まるところを知らず、この間みんなで苦労して登ったあのロムス山の山頂もすぐに越えてしまう。


「た、確かにこれは《飛行魔術(フライト)》よりも速いですね」


 リクサが豆粒ほどに小さくなった地上のロムスの街並みを見下ろしながら、感嘆の声を漏らした。


 当たり前だが、いくら大きいとはいえ二つの翼だけではこんな速度は出せない。というよりそもそも翼だけでは、この巨体が浮くだけの浮力を生み出せるはずがない。

 (コア)の魔力を用いて飛行を補助する内燃機関が体の内部にあるのだろう――とはブータが前に話していた推論だが、たぶんそのとおりなのだろう。


 事前の予想よりも遥かに早く、俺達は『ロムスの百年雲』の少し下までたどり着く。

 イスカはそこで体を水平にすると、ゆっくりと羽ばたいて高度を保った。


「寒いね、みーくん!」


 分厚い毛皮を身にまとい、熊のような姿になったヂャギーが俺の隣でぶるぶると身を震わす。


「いや、ホントにね……」


 俺も震えながら返事をした。真っ白な息を吐きだして、代わりに凍えるような空気を肺に取り込む。


 相当な高度まで上がってきたため気温が低く、酸素も薄い。

 戦闘の(さまた)げにならない範囲で、できる限りの防寒はしてきたが、これは想定を超えた厳しい環境だった。

 他のみんなも同じように震えている。もっとも勇者の血のおかげで冷気耐性のあるリクサだけは比較的平気そうな顔をしていたが。


「……しかしまさか、こんなところで眠っていたとはね」


 俺は自身の体を掻き抱きながら一人ごちて、頭上の百年雲を見上げた。


 ロムスの地下空間で見たあの長い夢。その中で“精神(スピル)”はイスカに対し、この雲の中へ行って眠ると告げていた。

 時を告げる卵に何も映っていなかったのは――正確には何も映っていないように見えたのは――この白い雲の中が出現場所だったからというわけである。


 それから俺たちは黙り込んだまま、その時が来るのをじっと待った。


 寒さのためか、あるいは何の変化もない殺風景な景色のためか。

 ずいぶん長い待ち時間に感じたが、俺達が凍え死ななかったということは、実際はそれほどでもなかったのだろう。

 やがて時を告げる卵が放つ禍々しい赤い光は最高潮に達し、爆発しそうなほどに閃光を発した。

 そしてそれがふいに収まる。


 『ロムスの百年雲』には相変わらず変化はない。だが、その分厚い白い雲の中では確かに何かが起きたらしい。

 【気配感知】のスキルを持つラヴィが投擲用の短剣を両手の指の間に三本ずつ挟み、雲を見上げて鋭く警告を発した。


「来るよ! みんな備えて!」


 聖剣を片手に、俺は立ち上がった。他のみんなも迎撃態勢を取る。


 次の瞬間、白い雲をかき分けるようにして巨大な怪物が降りてきた。

 その姿は今のイスカの姿に瓜二つ。つまりは竜のようなビジュアルだ。


 唯一違うのは翼が二対、つまり四枚であること。


 あらかじめイスカからその姿については聞いていた。


「こいつが“精神(スピル)”か!」


 俺が発したその叫び声は、頭上の竜型天聖機械(オートマタ)が発した咆哮(ほうこう)にかき消された。先ほどのイスカのものとはまるで異なる、明確な殺意を含んだ怒気の咆哮(ほうこう)である。

 心臓を鷲掴みにされたような感覚を俺は覚えた


 “精神(スピル)”の目は酷く血走っており、狂気にも近い感情をそこに宿していた。その両眼で俺達を捉えると、(あぎと)を大きく開いて口腔に並んだ鋭利な牙を見せ、一直線に急降下してくる。


『やっぱりスピルもおかしくなってる! おとなしくするにはやるしかないぞー!』


 頭に響くイスカの声。

 それに頷いて返し、皆に向けて指示を出す。


「散開しろ! 先制するぞ!」


 七人の仲間たちは一斉にイスカの背中を離れ、体を支えてくれる物が何一つない空へと身を(おどら)せた。

 俺も僅かに遅れてそれに続き、地上でネフにかけてもらった《飛行魔術(フライト)》で空を飛ぶ。


 糸を引くように、バラバラに。

 “精神(スピル)”を攪乱(かくらん)するように、仲間たちと息を合わせて飛行する。


 そして英雄譚(サガ)(うた)われるような、激しい空中戦が始まった。

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