第七十八話 円卓に座らせたのが間違いだった
鉱山都市ロムス――通称最貧鉱山の地下で竜型決戦級天聖機械を倒したその日の内に、俺たちは王都への帰路についた。
ロムス山の緩やかな斜面を馬車で降り、ウィズランド島の中原と東部をつなぐ『冒険者の街道』に出ると今度は西へと向かう。およそ丸一日の行程だ。
季節は秋の半ば。窓の外には鮮やかに色づいた落葉樹の森が見える。
二月ほど前に夏季休暇を過ごした我が故郷オークネルを囲むあの森も、今頃はこんな風に紅葉を迎えていることだろう。
俺が乗る国王用の四頭立て大型箱馬車の前後には、同じように王都へ帰ろうとしている大勢の後援者たちがいる。今回も一月ほど前から彼らに協力を依頼して住民の避難誘導や情報操作などをやってもらったのだが、決戦級天聖機械が出現した当日は俺たちが撃ち漏らした場合のことを考えてロムスの地上付近を固めてもらっていた。
結局、今回は地下だけで片付けられたので彼らにも犠牲者はいない。何よりなことである。
今、俺と一緒に馬車に乗っているのは円卓の騎士のみんなと、竜型決戦級天聖機械を倒した後に爆発痕に倒れていた水色の髪の謎の少女の計八人だ。
出現したときは全裸であった彼女だが、現在はヂャギーの私物である5Lサイズのシャツをまとっている。最初は一番体格が近いシエナの私服を着せようとしたのだが、異常なほどに嫌がったのでそれしか着せられなかったのだ。
当然ぶかぶかのため、まるでローブを着ているように見える。
彼女は現在、俺の膝の上に座って最貧鉱山土産である温泉饅頭をバクバクと恐ろしい勢いで食べていた。
「……えーと。キミ、もう一度、自分の名前を言ってみてくれるか」
「だからイスカはイスカだ! イスカンダール!」
饅頭を食べながら、子供らしい満面の笑みで返事をされる。
しかしやはりあの地下空間で聞いたのは俺の聞き間違えではなかったらしい。
正面の席に座るナガレが身を乗り出して少女の前髪を持ち上げ、その額に生えた小さな角を露出させた。
「これさぁ……どう考えても、さっき倒した竜型天聖機械と関係あるよな。あいつもこんな感じの角生えてたしよ」
「関係って?」
「わっかんねーけど。オレのいた世界じゃ、人間がでっけえ怪獣に変身するアニメとかあったんだよ。こいつの場合、やられたから逆に小さく変身したとかじゃねーの? あいつが消えた途端に現れたし、ありえると思うんだけどよ」
「まっさかー」
俺は思わず苦笑いを浮かべたが、関係があるだろうという部分は同意見だったし、どうやら他のみんなも同様のようだった。
代表してリクサが尋ねる。
「もしかして貴女は、先ほどの竜ですか?」
「りゅう? イスカはりゅうじゃないぞ!」
即座に否定する青髪の少女。
みんなで顔を見合わせる。
俺の左隣に座るヤルーが小馬鹿にしたような顔で肩をすくめた。
「なんだ、ちげーんじゃねーか。ま、そりゃそうだよな。こんなガキんちょが天聖機械なわけねーよな」
「イスカは“おーとまた”だぞ!」
少女は突然憤慨した様子を見せて、ヤルーの片目をふさぐ眼帯を掴んで引っ張った。ゴムが伸びて、今にもちぎれそうになる。
「や、やめろ! 離せ! 離してくれ! ……いってぇ! いきなり離すな!」
ゴムの反動で思い切り眼帯がぶつかった目を押さえ、ヤルーが体を丸める。
「やべえ、やべえよコイツ。野生児だよ。ブーちゃん、席変わってくれ」
「は、はぁ」
ヤルーと交代で、今度はブータが俺の左隣に座る。
イスカにその宝石のような青い目をじっと見つめられ、彼は彼で居心地が悪そうだった。
そこでラヴィが慎重に確認する。
「えーと、イスカちゃんはやっぱり天聖機械……なの? さっき戦った?」
「そうだぞー。けっせんきゅうだぞー。おまえらよく勝てたなー」
再び全員で顔を見合わせる。
俺は右隣に座るヂャギーの方を向いた。
「なぁ。ホントにこの子が未選定だった二人のうちの片方なのか?」
「うん! さっき突然ビビっときたんだ! オイラ、スカウトするの初めてだけど絶対そうだって分かったよ!」
彼はそのバケツヘルムを被った頭を何度も上下させた。
一番遠くの席に座っていたシエナがそれに賛同するようにおずおずと手を上げる。
「た、たぶんホントだと思います。わたしも、その、レイドさんをスカウトしたとき同じような感じでしたし。あれはちょっと天啓にも似てます」
続いて声を発したのは、離れた位置に移動してイスカを胡乱げに観察しているヤルーだ。
「人型の天聖機械なんて聞いたこともねーぞ。というか戦ってる間は間違いなく竜だったよな。……もしかして、竜の中にいたのか?」
「だからりゅうじゃないっていってるだろ!」
イスカは俺の膝から立ち上がり、ヤルーに向けて飛び掛かろうとする。
俺はそれを抱きしめるようにしてどうにか止めて、よしよしとなだめた。
「えーと、つまりキミは天聖機械だけど竜ではないってことでいいのか?」
「そうだぞ、みれうす!」
イスカは嬉しそうに目を細める。
その体はどこも柔らかく、あの遺失合金製の天聖機械とは似ても似つかない。
「……キミが、さっきの天聖機械だって証明する方法は何かあるか?」
「じゃあブレスはくぞー」
言うや否や、イスカは口を大きく開けて息を吸い込んだ。
その口腔内から純エネルギーの白光が溢れだす。
「ま、まま待て! 分かった! 分かったからやめてくれ!」
「んー? はかなくていいのかー?」
イスカが首を傾げて口の開きを小さくすると、その白光もおさまっていく。
馬車の中を見わたすと、俺以外の全員が焦った顔で立ち上がって中腰になっていた。
ラヴィが胸を撫でおろしながら席に座りなおす。
「あー、びっくりした。でも、この子がさっきアタシたちが倒したりゅ……竜っぽい感じの天聖機械なのは間違いなさそうだねー。どこからどう見ても人間にしか見えないけど」
ブータが頷いてそれに同調し、恐れつつも興味深げな視線をイスカに投げた。
「そうですねぇ。どちらかというと魔術生命体の亜種のように見えます。天聖機械というのも核からのエネルギー供給で動く機械という定義しかないので、こういう人型のタイプがいてもおかしくはないと思うんですけど」
そこでイスカが再び大きく口を開けた。
また俺以外の全員が揃って腰を浮かして身構えたが、彼女はただ欠伸をしただけだった。
「寝る」
「は?」
「ご飯食べて眠くなったから寝る。……ぐう」
こちらが何か言う前に、イスカは俺の膝の上で寝息を立て始めた。
軽く揺すってみるも起きる気配はまるでない。
その後ヤルーがぽつりとつぶやいた一言が、俺たち全員の心情を的確に表していた。
「……自由すぎるだろ、こいつ」
☆
結局、王都につくまでの丸一日、イスカは眠り続けた。
目覚めたのは王城で最も高い塔の最上階についた時。つまり円卓の間の前に来た瞬間だ。
ヂャギーに背負われていた彼女は突然目を見開くと床に飛び降り、重い金属製の両開きの扉を軽々と押し開いて、跳びはねながら中に走っていった。
「なっつかしー!」
イスカは部屋の中心に鎮座する巨大な真円形の卓を右に回ると、その周囲に設けられている十三の席のうち、入り口から見て三つ目に飛び乗るように腰かけた。
「ここ! イスカの席!」
彼女の目の前の卓上に光の粒が現れる。
それは筆のようにするすると動き、そこに文字を刻んだ。
『イスカンダール』
第八席にあたるその位置に記されたのは、彼女が何度も言っていたとおりの名前だった。
他の席とは異なり、姓はない。
「……マジでこいつが未選定の二人の内の一人だったのかよ」
イスカの向かいの席――第九席につきながら、ヤルーがぼやく。
ヂャギーが嘘をつくことはないだろうと俺は固く信じてはいたが、しかし驚きは隠せなかった。
俺が入り口から一番遠くの第一席につくと、隣の第二席に座ったリクサが耳打ちしてくる。
「こうなると、この子が話していたことも真実味を帯びてきますね」
「そう……だね」
少女の言葉がすべて真実だと仮定すると、この子は天聖機械であり、最貧鉱山で戦った滅亡級危険種そのものである。
ただし竜ではない。竜だと自覚していないだけなのかもしれないが。
「なぁリクサ。俺は新しい騎士が決まるのを見るのは初めてなんだけど、どこに座るべきか分かるもんなのか?」
「はい。近づけばそこが自分の席だと感じますので。ただ、今の彼女のように部屋に入る前から確信を持てるようなものではありません」
リクサも俺と同じような想像をしているのだと思う。
恐らく、他のみんなもだ。
俺から見てイスカの一つ手前の席に座るヂャギーが、小さな子供にそうするように優しく尋ねた。
「いーちゃん。キミはどうしてそこがキミの席だって分かったの?」
「ここがイスカの席だからだぞ! みんなでそう決めたんだぞ!」
「みんなって?」
「あーさーとかまーりあとかろいすとか……みんなだぞ! みんなでこれを作ったときに決めたんだぞ!」
イスカは誇らしげに円卓をバンバンと両手で叩いた。
息を呑む音がいくつも聞こえる。
みんな絶句していた。
彼女の名前を聞いたときからまさかと思っていたことだが、今の一言でそうとしか思えなくなってきた。
気づけば俺は席を立って、彼女に聞いていた。
「イスカ! キミは聖イスカンダールなのか!? 初代円卓の騎士の第八席の!?」
「そうだぞー。イスカはそれだぞ、せいイスカンダール。みんなはイスカって呼んでたけどなー」
簡単に肯定される。
彼女が天聖機械であると言った時以上の衝撃を俺たちは受けていた。
聖イスカンダールは『純然たる聖人』と呼ばれる初代円卓の騎士のメンバーであり、剣豪ガウィスと並んで極端に情報が少ない人物だ。
後世の創作物ではどこかの神に仕える[司祭]として描かれることが多いが、それも聖人というワードから想像されているに過ぎず、その本当の姿は謎に包まれている。
しかしまさかこんな小さな少女で――それも天聖機械だとは。
「イスカ、キミはどうして――」
あんなところにいたのか、と聞こうとして俺はぎょっとした。
彼女がその黄色の双眸からボロボロと大粒の涙をこぼしていたからだ。
「ど、な、な、どうした!? 何があった!?」
俺は思わず少女に駆け寄った。みんなもだ。
わんわんと声を上げて泣き始めたイスカ。
それを全員であの手この手を使って落ち着かせようとする。
しかし一向に泣き止む気配はない。
「みんな……みんなとはもう会えないって言われた! 寝る前に! あーさーもまーりあもろいすも、みんなもういないんだろー!?」
しゃくりあげながら、彼女は俺にしがみついてくる。
「このつくえ作ってすぐくらいから、イスカ寝てたんだ。イスカ、どれくらい寝てたんだ?」
「……それならたぶん二百年くらいだ。俺は六代目の国王で、みんなは六代目の円卓の騎士だ」
「じゃあやっぱりあーさーたちはもういないんだな?」
俺は頷くほかなかった。
正確にはマーリアは存命だが、このウィズランド島のどこにいるか分からないし、探したところで見つかる保証はない。
会わせてあげられるか分からないのに、無責任に希望を持たせるわけにはいかない。
そのうちイスカは現実を受け止められたのか、涙をぬぐって泣き止んだ。
赤くなったその目を見ていると胸が痛くなってくる。
しかしこの子の話の中に出てきた、あるワードについて聞かないわけにはいかない。
「……寝てた? キミはマーリアに未来に飛ばされたわけじゃないのか?」
「違う。イスカはほかのやつらみたいにわるいことしてたわけじゃないから、飛ばされるわけない。イスカはただすりーぷもーどで寝てただけだ」
ほかのやつら、というのはマーリアによって未来に飛ばされたアスカラなどの決戦級天聖機械のことだろう。
“すりーぷもーど”というのはなんだろうかと思っていると、横からリクサが解説を入れてくれた。
「恐らく仮死状態のことではないでしょうか。勇者も勇者特権が尽きると同じ状態になります」
ああ、どこかで聞いた単語な気がしたけど、思い出した。南港湾都市の一件のときに、リクサの親戚のエドワード老から聞いたんだ。確か、生命活動を最小限まで抑えて回復に努める状態のことだったはず。
「イスカはな。からだをぶんかいして見えないくらいにちっちゃくすると、すりーぷもーどになるんだ」
「……あー、そういうことか。分かってきたぞ」
あの竜型天聖機械は霞が集まって形を取るようにして出現したが、つまりはあの霞のような形態――あるいはそれ以前の不可視の微粒子形態が彼女の仮死状態ということだろう。
ヤルーが気にしていた出現方法がいつもと違った理由はこれで分かった。
しかしマーリアに危険と見なされて飛ばされてやってきたのでないならば、また一つ謎が生まれる。
「なんで起きたときに襲ってきたんだ? それもりゅ……竜みたいな恰好で」
「イスカは、イスカとカルネとスピルの三つで一つなんだ。みれうすたちがさっき倒したのはカルネだ。カルネもスピルも、イスカが寝ているうちにせいぎょできなくなっちゃったんだ」
まーたよく分からないことを言う。
と思っていたら、今度はブータが得意げに手を上げて自慢の知識を披露してくれた。
「第一文明語ですねぇ。カルネは“肉体”で、スピルは“精神”って意味です。たぶんイスカさんがコアユニットで、その二つは付属パーツのようなものかと。つまりあの竜みたいなのが“肉体”とやらで、それが寝てるうちに暴走してしまったので我々を襲ってしまったということかと」
「おお、なるほど。さすがだなブータ」
俺に褒められて顔をくしゃくしゃにして照れるブータ。
いや、待て。
「今の話だと“精神”とかいうのも暴走してるってことだから、そいつも倒さないといけないんじゃないか?」
「そうだぞー。イスカが起きたから、スピルもそのうち起きると思うぞー」
当然とばかりに頷くイスカ。
俺は嫌な予感を覚えて、時を告げる卵を懐から取り出した。
これはこのウィズランド島で次に大きな危険が迫る土地を映し出す遺物だ。だから二百年前にマーリアが未来へ飛ばした滅亡級危険種以外であっても、それが大きな危険であれば映し出される。
あの地下空間で“肉体”とやらが出現した時点で、卵が発する光の色は“警戒の必要なし”を表す青に戻っていた。
しかし今は“要警戒”を示す黄色になっていた。
「げぇ! もう次の奴くるのぉ!?」
「勘弁してくれぇ!」
ラヴィとヤルーが同時に悲鳴を上げる。
「ど、どこが映ってるんですか、主さま!」
「いや、それが……」
駆け寄ってくるシエナに、俺は困惑顔で卵を見せた。
そこには何も映っていない。ただ黄色の光を放っているだけである。
もちろんこんなことは初めてだ。
「こ、壊れてしまったんでしょうか?」
「分からない。ただ、これは不味いぞ……」
円卓の騎士の責務はこの卵に映る危険を、国民に被害が出ないように秘密裏に処理することだ。
出現場所が分からなければ、もちろんそんなことは叶わない。
「イスカ! “精神”が目覚める場所は分からないのか!?」
「うーん、スピルがイスカから離れるとき聞いた気がするけど……おもいだせないー」
頭を抱えるイスカ。
そこにヤルーが追い打ちをかける。
「そもそもお前、なんであんなところで仮死状態で寝てたんだ?」
「それもおもいだせないー」
「天聖機械ってことは第一文明期に作られたんだよな? なんで人型なんだ? お前、第一文明期のこともいろいろ知ってるんだよな? 終末戦争ってどうして起きたんだ? そもそも天聖機械がどうして統一王の仲間になったんだ?」
「それも全部おもいだせないー! そんないっぺんにいくつも聞くなー! うがー!!!」
席の上で立ち上がり、両手を上げて威嚇のポーズを取るイスカ。
ヤルーは情けない悲鳴を上げながら、部屋の隅へと逃げ出した。
イスカは自分の席に座りなおすと、頭を抱えて円卓に突っ伏す。
「うう、なんか……よくわからないんだ。おぼえてるのに思い出せないことがたくさんあって……大事な何かをわすれてるような気がするんだ……」
そして馬車のときと同様に、突然宣言した。
「寝る。……ぐう」
静かな寝息はすぐに始まった。
こうなってしまうと、しばらくは目覚めないだろう。
「これ、あれじゃねー? もしかして記憶喪失ってやつじゃねえの?」
部屋の隅でヤルーが言ったその言葉を否定する者は一人もいなかった。
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【第八席 イスカンダール】[new!]
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