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第七十七話 竜だと思ったのが間違いだった

 ロムスは王都の北東、馬車で丸一日ほどの距離に位置する都市の名だ。

 第一文明語で『祈りの地』という意味だという。


 ヤノン山脈の一部であるロムス山の中腹にあり、統一戦争以前には良質な真銀(ミスリル)を産出していたことから、それを財源に大きな軍事力を持つ都市国家として栄えていた。

 だがウィズランド王国建国後すぐに真銀(ミスリル)が枯渇して急速に衰退を始め、すぐに地方の一都市に過ぎない存在となった。


 更に統一戦争から百年後――つまり今から百年ほど前、ロムスの空は年中晴れない白い雲で(おお)われた。

 原因は不明。解決策もない。

 ともかくそれでさらに人口が減った。日照時間ゼロの貧しい街に、誰も住んでいたくはないからだ。


 石炭と鉄鉱石を採鉱するための僅かな鉱員がいるだけで、かつての栄華は見る影もないその都市は、現在では最貧鉱山(アイアンマイン)という不名誉なあだ名で呼ばれている。






    ☆






 その最貧鉱山(アイアンマイン)の遥か地下、第一文明期に掘削(くっさく)されたという広大な球形の地下空間で、俺と円卓の騎士の面々は第三の滅亡級危険種(モンスター)と戦っていた。


 今度の相手は決戦級天聖機械(オートマタ)

 見上げるほどに巨大な竜の姿をしており、一角獣(ユニコーン)のような立派な角を一本、頭部に備えている。

 一対の翼で地下空間を自在に飛び回り、さらに口からはすべてを破壊する純エネルギーのブレスを吐く。

 おかげで非常に苦戦を強いられたが、どうやら終わりが見えてきたようだ。


 ナガレが拳銃でとっておきの弾を放ち片翼を貫くと、竜は揚力を失って地上に落下した。

 轟音が地下空間を震わせ、土煙がもうもうと上がる。


「ミレウス! 今だ!」


「任せろ!」


 ナガレの声に呼応し、俺は竜の背中に飛び乗った。

 そして足元にある紫色の巨大鉱石――天聖機械(オートマタ)(コア)を聖剣エンドッドで何度も斬り付ける。

 そのすべてが魔術障壁で阻まれてしまう。だが、これは【超大物殺しの必殺剣(レイドボスキラー)】を発動するための仕込みだ。なんの問題もない。


 十七回斬り付けたところで竜が大きく体を震わせたため、俺は背中から振り落とされた。

 普通なら重傷を負うような距離を落下し、背中から地面に叩きつけられる。

 しかしそのダメージは聖剣の鞘(レクレスローン)が未来へ先延ばしにしてくれた。


 そこであらかじめ設定していた時間がきた。

 まだ戦っているみんなに警告を発する。


「鎧をつけろ!」


 仲間たちはそれに答えて、純白の全身鎧(フルプレート)を【瞬間転移装着インスタント・エクイップ】した。

 同じ円卓の騎士からの攻撃を完全に無効化する魔力が付与された特別製の鎧である。


 次の瞬間、竜の背中から膨大な光が溢れだした。

 先ほど未来へ飛ばしておいた俺の十七回の斬撃が同一時点の同一箇所に重なって出現し、空間矛盾を起こし大爆発(エクスプロージョン)を発生させたのだ。


 熱と音が膨張し、全てを覆い尽くす。

 俺はそれを近距離でもろに喰らったが、このダメージもまた聖剣の鞘(レクレスローン)が先送りにしてくれた。


 五感が一切働かない真っ白な世界にしばし(たたず)む。

 地下空間が崩れて生き埋めになったりしないよな、なんて心配もしたがどうやら杞憂(きゆう)に終わったらしい。


 気が付けば光と音はおさまり、俺は巨大な爆発痕(クレーター)の端で横たわっていた。

 全身鎧(フルプレート)の【瞬間転移装着インスタント・エクイップ】を解除した仲間たちが駆け寄ってくる。


「ミレウス様!」


 真っ先に駆け付けてくれたのはやはりリクサだった。

 彼女にヘーキヘーキと手を振って見せて、立ち上がる。

 実際、ダメージはまったくなかった。これから順次、戻ってくるのだけど。


 爆発痕(クレーター)の中心付近はまだ白煙が滞留しており、様子はうかがえない。

 だが、恐らく仕留めきれただろう。あの竜の影のようなものは見えない。


 そちらを眺めながら、精霊詐欺師のヤルーが俺のそばに寄ってきた。


「なぁ、ミレちゃん。なんか変じゃなかったか?」


「何が」


「さっきの竜だよ。アスカラやらグウネズやら、今までの奴らはこう、空間が湾曲してそこから出現する感じだっただろ? でもさっきの奴は(かすみ)が集まって形を取るような感じだったじゃんよ」


「あー。確かになんか違うような気はしたけど。……でもそれ以外はいつも通りだろ?」


 時の告げる卵にはいつもと同じように一月ほど前から出現場所――この地下空間が映し出されていたし、強さもこれまでの二体とそう変わらなかった。


 強いて言えば、史料を漁ってもこの地で統一王が討伐したという滅亡級危険種(モンスター)――実際には未来に飛ばした滅亡級危険種(モンスター)――の記録が見つからず、結局ぶっつけ本番になってしまったことがこれまでとは違うと言えば違うが。


 そんなことを考えていると、爆発痕(クレーター)の中心付近の白煙が徐々に薄くなってきた。


 目を細めて、そちらを見やる。

 煙の向こう、地面の上に人間サイズくらいの何かが落ちている。さっきの竜型天聖機械(オートマタ)の残骸だろうか。

 いや、第一文明期の終末戦争(メギド)に投入されたというあの兵器は貴重な遺失合金(オーパーツ)がふんだんに使用されている。そのため相手陣営にそれを渡さないように、活動停止と同時に完全消滅する機構が仕込まれているはずだ。

 少なくとも前に倒した天聖機械(オートマタ)のアスカラはそうだった。


 と、すると敵はまだ動ける状態なのか?

 いや、煙がどんどん晴れていくが、やはりあの巨体はもう見えない。倒せたのは間違いないだろう。


 ではあれはなんなのだろうか。

 まだ爆発の熱が残る爆発痕(クレーター)の中を、俺はその落ちている物に向かって歩いていった。


「……ん?」


 やがてその正体が分かってきた。

 それと同時に俺は自分の目を疑った。


 そこに落ちていた物。

 いや、横たわっていたのは全裸の少女(・・・・・)だった。


 透明に近い水色の短髪(ショートヘア)。肌も透けるように白く、まるで高級人形のようだ。

 年齢はブータよりかは上で、シエナよりかは下くらいだろう。要するに十三歳くらいということだ。


 死んではいない。そのほぼ平坦な胸が呼吸で静かに上下している。


 なぜ少女が、というより人間がこんなところにいるのか。

 唖然としていると、少女は突然、(まぶた)を上げた。


 くりっとした黄金(こがね)色の目だ。好奇以外の感情を何も孕まぬ純粋無垢なその双眸(そうぼう)で俺を見つめてきた。

 そして口を開く。


「とー……ん?」


「は?」


「おとーさん?」


「……は? 誰が?」


 聞き返すと、少女はすっと右腕を上げた。

 その人差し指は俺の方を向いている。


「おとーさん!」


 少女はニカッと満面の笑みを浮かべてガバリと体を起こし、俺に抱き着いてきた。


「いや、待って待って! 違うし! 子どもなんていないし! そもそも何なのキミ!」


 俺の声を聞きつけて、円卓の騎士のみんながやってくる。

 最初に駆け寄ってきたのは先ほどと同じくリクサだった。


「ミ、ミレウス様。そ、その子はいったい?」


「分からない! まったく!」


 お手上げだというふうにジェスチャーをしたかったが、両腕ごと力いっぱい抱きしめられているのでそれもできない。


 次にやってきたのはラヴィだった。

 怒り心頭の顔で目尻に涙を浮かべ、俺の(えり)首を掴んで前後に揺さぶってくる。


「ミレくん、アタシというものがありながら他の女と子供なんて作ってたの!? この浮気者!!」


「そういう冗談はいいから助けてくれよ!」


「はいはい」


 ラヴィは一瞬で真顔に戻ると、羽交い絞めにするようにして水色髪の少女を俺から引きはがしてくれた。

 少女は十字架に張り付けにされたような体勢でだらーっとしている。


 その子の顔を覗き込んでラヴィは首を傾げた。


「え、この子、ここに倒れてたの? なんで? さっきまでいなかったよね? ……《瞬間転移(テレポート)》してきたとか?」


 彼女に横目で尋ねられ、ブータも同じように首を捻る。


「そういう魔力(マナ)の動きは感じられなかったですよぉ? たぶんその子、[魔術師(メイジ)]でもないですし」


 ではどうやって突然現れたのか。

 俺は後からとぼとぼとやってきたナガレに目を向けた。


「この子、訪問者(プレイヤー)……だったりしないよな?」


「いや、わっかんねー。別に訪問者(プレイヤー)同士はそうと分かるってわけじゃねーからな。少なくともオレがいた世界にゃ、こんな髪色の人種はいねーよ。……染めてるわけでもねえよなぁ」


 ナガレが髪を触って確かめたが、どうやら地毛らしい。

 少女はくすぐったそうな顔をしたが、彼女にされるがままだった。


「うーん、いったい何者なんだろな? ……って、いたたたたたぁあああ!!」


 背中に激痛が走り、俺はその場でのたうちまわった。先ほど竜の背中から振り落とされたときのダメージが戻ってきたのだ。

 と、なると次は【超大物殺しの必殺剣(レイドボスキラー)】の爆発で喰らったダメージが返ってくるはず。

 アスカラの時に味わったが、あれは地獄そのものである。


「シ、シエナ! 助けてくれ!」


「は、はい、(あるじ)さま!」


 人狼(ウェアウルフ)司祭(プリースト)、シエナが駆け寄ってきて、《治癒魔法(ヒーリング)》を俺にかけてくれる。

 ダメージの戻り(・・)は非常にゆっくりなため、回復をかけ続ければ死にはしない。ただ尋常でないレベルの痛みを味わうだけである。


 痛みに耐えながら、俺は水色髪の少女の方を向いた。

 そう、最初から本人に聞けばよかったのだ。


「えーと。キミ、どこから来たの?」


「ここ!」


 笑顔で即答される。

 ここってのはこの地下空間のことを言ってるのだろうか。ここに来る前、どこにいたかを聞きたかったのだが。


「……親は?」


「おまえ! みれうす!」


 これも少女は即答した。もちろん俺は親ではない。この子に限らず、子供はいない。


「……名前はなんていうのかな?」


「イスカはイスカだぞ! イスカンダール!」


「……んん!?」


 俺たちは全員揃って顔を見合わせた。聞き覚えがある名前だったからだ。

 もちろんこんな小さな少女とはまるで無関係の人物である。

 しかし俺たち円卓の騎士とは深い関わりのある人だ。


「ちょっと待て」


 ヤルーが更なる質問をしようとした俺を手で制して、少女の前に立った。

 そしてその水色の前髪を手で上げて、額を(あら)わにする。


 そこに隠れていたもの。

 それは親指くらいの小さな一本の角だった。


「あ、ああああああああああ!!!!」


 叫んだのはそれまで黙って様子を見ていたヂャギーである。

 久しぶりに幻覚の発作でも起こしたのだろうかと思わず身構えたが、どうやら違うらしい。


 ヂャギーはあたふた両手を動かしながら俺たちに向けて何かを説明しようとしているが、上手く言葉になっていない。

 そのいかつい外見とは裏腹にいつも冷静沈着なこの巨漢が、こんな風に慌てるのは珍しい。


「落ち着け、ヂャギー。どうしたんだ?」


「こ、こ、この子! 円卓の騎士だよ! オイラたちの仲間の!」


 はぁ? と他の全員の声が揃った。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★


【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★


【第四席 レイド】

忠誠度:

親密度:

恋愛度:★


【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★


【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★★


【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★

親密度:★★★★★★★

恋愛度:★★★★


【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★★

恋愛度:★★★★★★★


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★★★★★★

恋愛度:★★★★★★★

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