第七十二話 残りの面子について聞いたのが間違いだった
「ああ……それは第四席のレイドですね。間違いなく」
夕飯の後、我が宿屋『ブランズ・イン』の食堂で、そう断言したのはリクサだった。
周りには他の六人の円卓の騎士と、今夜はうちに泊まることにしたアザレアさんがいる。
用事があるとか言って義母さんが先に自室へ戻ったのでその隙に、昼にヤノン山脈の方へアザレアさんと出かけたときの出来事を話したというわけだ。
かつてこの地に魔神崇拝者の隠れ里があったという点にみんな驚いてはいたが、本題はそこではない。
「第四席は放浪癖があるって聞いてたけど、まさかこんなタイミングで出くわすことになるとは思わなかったよ……」
先に名前や特徴を聞いておけば気づけたことだろう。
よりにもよって円卓の騎士を帯同してないときに出会ったのも運が悪い。
ヂャギーがバケツヘルムの隙間からコーヒーを啜り、尋ねてくる。
「聖剣の力で召喚できないの?」
「血液がないから無理だよ」
それに騎士の召喚には友人としての好感度――親密度も必要とする。
レイドとは出会ったばかりなので当然、親密度はゼロ。
なので血液があっても使えないが、それについては黙っておく。
ちなみに短い邂逅の間に人として好感は抱いてもらえたのか、恋愛度は少しだけ上がっていた。
誰にというわけでもなく、漠然と問う。
「レイドはあれ……なんなんだ? ザリガニ……? 亜人……? なんなんだ?」
「種族は、ふつーの人間だよ。化け物みてーに強いけどな」
答えてくれたのはナガレだった。
義母さんにボッコボコにされた後のショウオギ盤に視線を落としたまま、説明してくれる。
「あいつがあんな姿になっちまったのは昔、魔王を討伐したときに呪いをかけられたからなんだとよ」
「はぁ!? 魔王!?」
「魔王化現象を発症したてのやつで、それほど強くはなかったらしいけどな」
いや、それにしたって物凄いことだろう。
驚きのあまり俺は絶句していた。
アザレアさんも同様のようで、目を丸くしている。
魔王化現象は真なる魔王が残した二つの災厄のうちの片方だ。
一説には始祖勇者に討伐された際にこの世界にかけた最後の呪い――世界規模魔術であると言われている。
あらゆる生物の中から無秩序に選ばれた個体が、真なる魔王と同質の力を持った存在『魔王』に変質するという現象なのだが、恐ろしいのはその攻撃性まで引き継ぐことがある点だ。
可能性はおよそ五分五分。
攻撃性を引き継いだ魔王は悪性と呼ばれ、引き継がなかった魔王は良性と呼ばれる。
悪性の魔王は世界中で猛威を振るっており、真なる魔王の討伐から始まった第四文明期における一番の戦乱の種となっている。
良性の魔王も後から悪性に変わるケースがあるそうなので放置はできず、国によっては討伐対象、少なくとも監視対象とされる。
幸いウィズランド王国には建国以来、魔王化現象を発症した者は出てきていないそうだけど。
ショウオギの駒を動かして、こうしとけばよかったのかな、ああしておけばよかったかな、と悩んでいる様子のナガレに聞いてみる。
「レイドが魔王を討伐したってのは当然、島の外での出来事だよな、しかしそんな重大事なら、この島まで伝わってそうなものだけど」
「地の底での話らしいぜ。あいつ自身、地の底生まれだって言ってた」
俺はなんとなく、自分の足元へと目を向けた。
もちろんそれで見えるのは、よく掃除された食堂の床だけなのだが。
この大地の下には、第一文明期に作られたという地下世界が葉脈のように広がっている。
地の底、あるいは魔界と呼ばれるその場所は人体に有害な瘴気に満ちており、文字通り地獄のような環境なのだという。
そのため魔族や危険種の巣窟となっており、いわゆる普通の人間はあまり住んでいないそうだ。
地上との行き来は大地に空いたいくつかの大穴を用いる他なく、よって情報の伝達もほとんど行われていない。
レイドの魔王討伐の話がこの島に伝わっていないのも当然ではある。
そこからはリクサがナガレから説明を引き継いだ。
「緑色の外套をつけていたでしょう。あれはミレウス様がお持ちの匿名希望と似たような効果があり、自身の姿を普通の人間のように偽装できるのです」
「ん? でも俺とアザレアさんにはザリガニ姿に見えてたよ?」
「同じ円卓の騎士や魔力が強い者には効果がないので」
なるほどね。
アザレアさんは内蔵魔力量は人並みらしいが、姿欺きを看破する能力は非常に高いらしく、俺の匿名希望も通用しない。
あれと同種の効果であれば見破れて当然だろう。
「でも、そうだよな。あの姿じゃ普通に生活できるわけないもんな。そういう魔力付与の品も必要になるよな」
「お気づきになられたかと思いますが、剣と盾も魔力付与の品です。特に剣の方は初代円卓の騎士の一人が製作したものであり、その名を取って魔剣レティシアという銘がつけられています。なんでも人格を持っていて時折彼に話しかけてくるとか」
「……剣が喋るの?」
「はい。その声は持ち主である彼にしか聞こえないらしいのですが、彼自身あまり多くを語る方ではないので詳細は不明です」
前に俺の聖剣エンドッドに残っていた先代王の残留思念と話したことがあるが、あんな感じなのだろうか。
まぁ自己紹介で名前を二つ出した理由がこれで分かった。
それにしても――と、あの赤い甲殻に覆われた彼の姿を思い浮かべる。
「美味そうだったな……」
「ああ、剣技は私と同等程度には上手いですよ。魔術の腕も導師級ですし」
そういうことを言ったのではないのだけど。
「彼も[赤騎士]なんだよね」
「はい。確かレベルは七百を超えていたはずです」
「……はぁ!?」
一瞬、自分の耳を疑った。
次に、リクサが冗談を言ったのかと疑った。
しかし堅物の彼女がそんなことを言うはずがないし、冗談にしても意味が分からない。
ヤルーがそんな俺の反応を面白がるように目を細め、補足してくる。
「レイドの実戦経験は円卓の騎士の中でも群を抜いてるかんな。世界中を旅していろんなところで名を残してる。混沌都市の闘技場で最後まで勝ち抜いた経験者だし、氷極島じゃ革命の英雄だ。冒険者の国での最深迷宮ソロ探索の記録保持者でもある」
「……波乱万丈の人生送り過ぎだろ」
それにしても七百と言うのは異常だ。
冒険者であれば、十で駆け出しを卒業、三十で中堅、五十で手練れと呼ばれるのが目安である。
ここにいる円卓の騎士たちも尋常ではない高レベルだったはずだが、それと比較しても高すぎる。
「えーと、リクサ。確か、みんなが二百過ぎくらいだったよね」
「それはミレウス様がご即位する前に計測した数値ですね。現在はアスカラとグウネズを倒したときに得た経験値で三百は超えてます。私は勇者系なので上がりにくいですが、二百は超えました」
逆に上がりやすい盗賊系であるラヴィが手を挙げる。
「あたしは四百超えたよー」
「……ああ、そう」
滅亡級危険種の経験値はすごいからな。
それはアザレアさんのレベルの上がり方で理解している。
シエナが、おずおずと尋ねてくる。
「あの、主さまはグウネズの経験値でレベルは上がらなかったのですか?」
「……上がったら言うから。なにも言わないっていうことはそういうことだから察してくれ」
しん、と食堂が静まり返る。
なんだかめちゃくちゃ気まずい雰囲気になってしまった。
そんな中、アザレアさんが隣のラヴィにこっそりと耳打ちする。
「ミレウスくんってレベルいくつなんですか?」
「『2』だよー」
「『2』……」
二人揃って憐れむような眼で俺を見てくる。
聞こえてるからな、お前ら。覚えとけよ。
溜息をつく。
いや、俺のレベルの話はいいのだ。
脱線していた話を元に戻す。
「それにしてもレイドは俺が国王だって気づかなかったのかな。名乗れなかったけど、聖剣は持ってたし、気づいてもよさそうなものだけど」
ラヴィとブータが顔を見合わせ苦笑する。
「気づいてたとしても無視するかもねー。あの人」
「束縛されるのを嫌いますからねぇ」
ああ、そういうタイプか。
うん、なんとなくそうかなとは思っていたけど。
「……過ぎたことを言ってもしょうがない。今後、同じようなことが起きないように、残りのメンバーの特徴なんかを聞いておこう」
本来、もっと早くこうしておくべきだったかもしれないが。
ナガレがテーブルに置かれているホルダーから紙ナプキンを一枚取り出し、ツインテールの少女の顔を鉛筆で描いた。
薄く全体に色を塗ったところを見ると、浅黒い肌をしているらしい。
「第十席のスゥは人間で、普通の女の子だよ。職は[格闘家]の上位の[達人]だったかな。年齢は……あれ、あいつって何歳だっけ」
ナガレに聞かれたヂャギーは首を捻る。
「いくつだっけ? みーくんと同じか一つ下? 一つ上? それくらいだと思うよ!」
「へぇ……強いの?」
「素手で上位魔神の腕をへし折るのを見たことあるよ!」
それは普通の女の子がすることだろうか。
突如、ヤルーが寒気を覚えたかのようなポーズを取る。
「俺っちはアイツ苦手だ。腹の中で何考えてるか分からねぇ。普通じゃねえぞ、絶対」
「……それはお前だろ、ヤルー」
「いや、俺っちとは違うレベルの話でよー。もっとこう、デカいことを隠してるような気がすんだよ」
「ふーん」
別にこの男のことを信用しているわけではない。
しかしこれまで会った円卓の騎士の中に普通のやつがいなかったのも事実である。
スゥとやらも一癖あってもおかしくはないし、もし会えたら油断せずに観察してみようと思う。
次にナガレが紙ナプキンに描いたのは、尖った耳を持つ美形の男だった。
前に兎のイラストを描いているのを見たことがあるが、相変わらず絵が上手いなこいつ。
「十一席のデスパーはエルフの男。筋肉と斧と戦闘が好きなこと以外は、まー普通なやつだよ。職は[最上鍛冶師]」
「筋肉と斧と戦闘が好きって、その時点で普通じゃなくない?」
聞いてみたが、誰も反応してくれない。
リクサが俺の方に頭を下げて、申し訳なさそうに言ったのは別のことだった。
「レイドと違って二人とも真面目な性格ですので、王都に帰還しなかったことも定期連絡を寄こさなかったことも、これまで一度もありませんでした。何かアクシデントがあったとしか思えません。方々に使いをやって探してはいるのですが……」
「別にリクサが責任を感じるようなことではないと思うよ」
彼女の肩をぽんぽんと軽く叩いて労をねぎらう。
一番真面目な性格なのは、たぶんこの人自身だと思う。
ここにいる七人の仲間に、俺を足して八人。
それにレイドとスゥとデスパーで十一人。
あとは空席の第五席と第八席で十三人か。
早いとこ人数が増えてくれれば滅亡級危険種との戦いも楽になるのだが。
「……そもそも、円卓の騎士ってどうやって選定されるんだ? いや、選定基準じゃなくて。選定されていく過程というか」
前にラヴィが『リクサに勝手に指名された』というようなことを話していた。
それが円卓によって選ばれるという話と矛盾しているようで、気になっていたのだ。
これもリクサが解説してくれる。
「最初の円卓の騎士は天啓を受けて決まります。今回の円卓では私でした。そこからは既に騎士になっている者が、新人をスカウトしていく形式になります。特定の騎士が円卓に選ばれた人材に出会うと、そうであると分かるのです」
「特定の騎士?」
これに答えてくれたのはナガレである。
「全員が全員を分かるわけじゃねーってこった。例えばオレは円卓の騎士になる前に、リクサとラヴィに同時に会ったけど、オレがそうだって気づいたのはラヴィだけだった」
「へぇー」
ナガレをスカウトしたのはラヴィなわけか。
ついでとばかりにヤルーが補足を入れてくる。
「すぐにそうと分からないこともあるんだぜ。シエちゃんは俺っちがスカウトしたけど、あ、こいつ円卓の騎士だ! って気づいたのは会ってから数日後だったしな」
「この男にスカウトされたのは人生最大の屈辱です……抹消したいです」
シエナが凄い目つきでヤルーを睨みながらボヤいた。
気持ちは分かる。
しかしなんで、こんな面倒なシステムになってるんだろう。
席次の意味とか、他にも質問したいことは山ほどある。
が、作った連中――初代円卓の騎士に会える機会などもうないだろうから、永遠に謎のままだろうけど。
「……レイドはなんで、あんなところにいたんだろうな」
別の疑問が口を突いて出る。
リクサも同様のことを考えていたのか、紙ナプキンに菱形の島を描きながら頷いてくる。
たぶんこのウィズランド島のつもりなのだろうけど、絵が下手なため食いかけのチョコレートの欠片にしか見えない。
「正直なところ彼についてはもうこの島にいないとさえ思っていました。今からでも使いを出して、検問を緊急配備するべきでしょうか」
「んー、いや、これまで捕まらなかったんだから無駄になるんじゃないかな……。あ、そうだ」
それで思いついた。
「ブータ、ちょっと来てくれ」
「はいぃ?」
首を傾げる彼を連れ、食堂を出る。
この辺りで誰にも見られない場所、となるとやはり俺の部屋しかないだろうか。