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第七十話 契約の洞窟へ行ったのが間違いだった

 オークネル水泳教室を閉講した翌日の昼。


 俺はオークの森に挟まれた険しい山道を登っていた。

 向かう先は村の北のヤノン山脈――その中で六番目の標高を持つベイドン山の中腹である。

 同行者は中等学校(ジュニアハイ)時代の同級生にして、現在は国王である俺のお付きの女中(メイド)のアザレアさん。


 登山着姿の彼女を振り返り、上がった息を隠しながら声を掛ける。


「大丈夫? そろそろ休憩入れようか?」


「よゆーよゆー」


 白い歯をこぼして、ぐっと親指を立ててみせるアザレアさん。

 長距離走でクラス一位を取ったりしてたので分かってはいたが、体力はけっこうあるようだ。

 というか俺よりある。確実にある。

 本当は俺が休みたいから声をかけたのだが、どうやらもうしばらくは我慢しないといけないようだ。


 アザレアさんとは今回一緒に休暇に入り、共に王都から旅してきたわけだが、彼女はオークネルの手前にある十字宿場(ビエナ)の出身であるため、そこに来た時点から別行動を取っていた。

 今日、こうして一緒に登山をしているのは、我が故郷オークネルとその近辺の観光案内をすると、かねてより約束してあったためである。


 全行程の中ほどまで来たところで登山道を少し外れて、谷の方へ行く。

 そちらにはガウィス川から分かれた小さな(さわ)があり、喉を(うるお)すのには最適なのだ。

 そんな名目で、自然な流れで休憩へと持っていく。


 アザレアさんは靴を脱いで(さわ)へと足を踏み入れると、両手で水をすくって豪快に飲んだ。


「ひやー、冷たい! 生き返るねー」


「ホントにね……」


 同じように水を飲んでから、手ごろな岩に腰を下ろす。

 この山道はこれまで何度も往復してきたが、こんなに疲れたのは記憶にない。

 蘇生魔法(リザレクション)で生き返った副作用で体力が落ちているためだろうが、それをアザレアさんに話すのはなんだか弱音を吐くようで躊躇(ためら)われる。


 なぜだろうか。

 円卓の騎士のみんなが相手なら違うと思うけど。


 そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、彼女は辺りを見渡して、大きく深呼吸をした。


「いやー、大秘境って感じでいいですなー。人類未踏の地って感じ」


「この辺の山林にも人は住んでるんだけどね……人狼(ウェアウルフ)だけど」


 俺も振り返り、登ってきた山道の方角を見下ろす。

 この辺の人狼(ウェアウルフ)は集落を作らず家族単位で木造家屋(コテージ)に住んでいるという。

 しかしそれらしき住居はここからでは見て取れない。


「お、あれがオークネルと十字宿場(ビエナ)だね。すっごい小さい」


 アザレアさんが南方を指さす。

 オークの森の中、それを切り裂くように続くガウィス川の白い流れを目で追っていくと、山間の僅かに開けた土地に作られた小さな村と、そこから更に下ったところにある十字型の宿場町が見てとれた。


「こう見ると私たちの故郷って、ホント田舎だねー」


「王都で生活するようになって痛感した?」


「したした。いやー、世界は広い! 広かった!」


 そんな感じの小休止を挟み。


 オークネルの村を出て二刻ほど経っただろうか。

 切り立った崖の側面に、植物の(つる)で覆われた洞窟の入り口があるのが見えてきた。

 あそこが今回の目的地である。


 だがアザレアさんは先に、同じ崖の少し離れたところにある別の洞窟へと先に目を向けた。

 そちらは入ってすぐのところで鋼鉄製の扉で(ふさ)がれている。


「ミレウスくん、あれは?」


「あっちは無関係の迷宮(ダンジョン)。前に話したと思うけど、ガウィス川を聖水化してる施設が奥の方にある……らしいよ」


「へぇ。初代円卓の騎士の人が作ったっていうアレ? 入ってみたいな」


「がっちり施錠されてるから無理だよ。俺も入ったことがあるわけじゃない」


「じゃー、しょうがない」


 アザレアさんはあっさり切り替えると、本命の方の洞窟を恐れ知らずの様子で覗き込んだ。

 と言っても見えるのは陽の光が届く僅かな範囲までだけど。


「雰囲気があるねぇ」


「そうかな」


「いかにも暗黒の儀式してそう」


「そうかなぁ……」


 俺にはただの洞窟の入り口にしか見えないけど。


 オークネルの村ができる前、あの地にはそれはそれは敬虔(けいけん)な――魔神崇拝者の集落があった。

 ここはその集落の民が魔神(デーモン)と契約を結ぶための儀式を行っていたという伝説が残る洞窟なのである。






    ☆






 魔神(デーモン)天聖機械(オートマタ)と並ぶ、第一文明期に生み出された殺戮(さつりく)兵器だ。

 かの高々度文明を荒廃させた終末戦争(メギド)に投入されたと言われており、その多くは当時に破壊されたか、あるいは封印されたという。

 だが一部は生き残り、空に浮かぶ十二の月の一つ――魔神月(ジュデッカ)に移住し、次なる終末戦争(メギド)の時を待っているとかなんとか。


 この辺は初等学校(プライマリースクール)で、ちらっと習っただけなのでよく覚えていない。


 ともかく、オークネルの地にかつて存在した集落の民は、その魔神月(ジュデッカ)にいる魔神(デーモン)と契約を結んで力を得ていたというのだ。

 それも幼い子供を使った非人道的な生贄の儀式を用いていたというのだから、これはもう捨て置けない。


 ということで二百年前に統一王たちによって集落は解散させられたらしいが、この『解散』というのがどのような意味なのかについては諸説ある。

 単純に他の地へ追放されたのか、投獄されたのか、あるいは皆殺しにされたのか。

 その辺りはウィズランド島全土が大混乱に(おちい)っていた統一戦争期の記録の常として、曖昧なままである。


 確かなのは、初代円卓の騎士の一人、剣豪ガウィスがその集落の解散、およびオークネルの成立に深く関わったということ。

 そして眼の前にあるこの洞窟が、契約の儀式に用いられていたということだけである。


「うーん、聞けば聞くほど物騒な話だねぇ」


 アザレアさんは興味津々と言った様子で、ガイドである俺の解説に相槌を打った。


 この洞窟は、我がオークネルの数少ない観光資源である。

 たまーに村を訪れたマニアが行きたがるので、俺が案内をしてこんな感じの解説をするのだが、険しい山道を往復するので、もちろん相応のガイド料を取る。

 今回は同級生割引でタダだけど。


「でもさ、ミレウスくん。そもそもの疑問なんだけど、魔神(デーモン)って人への殺戮(さつりく)本能を持つから、交渉は不可能って話じゃなかったっけ」


 アザレアさんも、実際に魔神(デーモン)――南港湾都市(サイドビーチ)に現れた魔神将(アークデーモン)グウネズを目の当たりにしている。

 そこから湧いた疑問なのだろうし、俺も同じ思いではあるのだが。


「交渉はできないけど、契約はできるってことらしいよ。実際、契約したって例は歴史にも残ってるからホントにできるんだろうけど」


 一番有名なのは昔、大陸の東方の島で四体の魔神将(アークデーモン)と契約して暴れまわった男の話だろう。

 グウネズと戦う際に、ラヴィが魔神殺し(デーモンキラー)という魔力を帯びた短剣を使用していたが、あれは元々その男を討伐するために作られたものである。

 魔神との契約に成功したと考えられている例は、これ以外にもいくつもあった。


魔神(デーモン)との契約方法は分からない。でもそれに成功すると、同種の力を振るえるようになる……ってのは確からしい。恐ろしい副作用もあるらしいけど」


「ふーん? ま、とりあえず入ってみようか」


 アザレアさんは初見の飲食店に突入するかのようにあっけらかんと言うと、短い呪文を唱えた。


「――光よ」


 彼女の手のひらの上に発光する白い球体が現れる。

 村を出る際、明かりは持たなくていいと言っていたが、こういうことか。


「へっへー、使える魔術もけっこう増えたんだよ」


 アザレアさんはその年相応くらいの胸を張る。

 習い始めてから一月足らずで三つも魔術を習得したこの人だ。

 さらにいくつか増えているだろうとは思っていたけど。


「危ないのは覚えてないだろうね?」


「リスクとか副作用とかあるのはないよ。違法なやつもね」


 彼女の師匠は円卓の騎士のブータである。

 コロポークルにしては善良な人格をしているあの少年であるが、遵法(じゅんぽう)意識が高いとは言えないので少し心配である。

 もっとも遵法(じゅんぽう)意識が高くないのは国王である俺も同じなので強くは言えないけど。


 アザレアさんの出した光源を頼りに、洞窟内に足を踏み入れる。


 ごつごつとした剥きだしの岩肌の通路は、曲がりくねりながら奥へと続いている。

 高さも幅もほぼ一定で、二人で並んで歩いても不自由しない程度には広い。

 恐らく天然の洞窟に少しだけ人の手を加えたものだろう。


 そこをゆっくりと進みながら、アザレアさんが冗談めかして言ってくる。


「奥の方に冬眠中の熊がいたりして」


「真夏なんだけど……」


「睡眠サイクルが狂った熊がいないとは限らない」


「そりゃ絶対にいないとは言わないけども」


「怖いなら手を握ってもいいよ?」


「俺は散々来てますし。よく見なれた場所ですし」


 反論はしてみたが、手はつないでおこうと思う。

 隙を見て、アザレアさんの光の球を出していない方の手を握る。


 さすがの彼女もこれは予想外だったのか、ぎょっとした顔で俺の方を見てきた。

 しかしすぐに照れ笑いを浮かべて手を握り返してくる。

 どうやら満更(まんざら)でもないらしい。


「ミレウスくん、王様になってから大胆になったよね」


「それは……そうかも」


 円卓の騎士の好感度を上げるために色々大それたことをやってきたせいで、ブレーキが効かなくなっている気はする。

 あるいはブレーキを踏むべきポイントが分からなくなってきたというべきか。


 しかし世の中、やらずに後悔するよりやって後悔したほうがいいし、思い切ってやってみれば悪い方向に転がることは案外少ないものだ。

 今の状態が悪いとは思っていない。


 そうこうしているうちに俺たちは王城にある円卓の間くらいの広さのホールに突き当たった。

 円形の空間の奥の方に人が寝そべれるくらいの石の台座があり、その先には丸いくぼみ。

 出入口は俺たちが入ってきたところだけで、他に特筆すべきものは何もない。


 アザレアさんは魔術の光を投げかけて、ホール全体を眺め――そして拍子抜けした顔で俺を見る。


「え? これだけ? 禍々しい壁画とか邪悪な祭壇とか怪しい魔法陣とか儀式で捧げられた生贄の血の痕とかは?」


「ないよ、そんなもん。ここにはなにもない」


「ええー……」


「あらかじめ言っておいたでしょ……ホントに見る価値ないって」


「予防線というか、ハードル下げのようなものかと」


「いや、マジだから。言っとくけど隠し通路とかもないよ」


 アザレアさんはそれでも諦めきれないのか、壁や床を叩いたり、台座を調べてみたりしている。

 しかしそんなことをしても何も見つからないのは先人たちが証明している。


「ここに来たがる人はだいたいみんな同じことするし、同じ顔するよ。そんで二回来たやつはいない」


 ただまぁ一応、最低限のガイドはしておこう。

 ホールの奥のくぼみを指でさす。


「ここに魔神月(ジュデッカ)への(ゲート)を開く魔力が付与された魔神像があったらしい。魔神崇拝者はそれを使って魔神(デーモン)を呼び出して儀式をしていたらしいけど、その集落の『解散』以降は行方知らずになってる。……ただそれは今もオークネルの村の近くのどこかに眠っているとかいないとか」


「ほえー、ちょっと興味ある」


 あるんだ……。


「でもあくまで都市伝説だよ。見た人いないし。どっかに埋められてたらそれこそ探しようがないしね。『冒険者ルドの埋蔵金』みたいなもんさ」


「見つからないかー」


「可能性があったら俺が探してるよ」


 アザレアさんはさして落胆した様子でもない。もう一度ホールを見渡して、何やら考え込んでいる。

 二百年前にここで行われたことを想像しているのだろうか。


「うーん、魔神と契約かぁ。力が欲しいって気持ちは分からなくもないけど、副作用とか生贄ってのは困るなぁ」


 しみじみ(つぶや)き、彼女は俺の方を向く。

 そしてここへ入ってきたときと同じようにあっけらかんと言った。


「ま、帰ろうか」


「そうだね」


 残ったところで見るものもないし。


 俺たちは再び手をつなぎ、歩いてきた通路を引き返した。

 洞窟は短い。来たときと同様に、あっという間に出口までたどり着く。


 外へ出ると(まぶ)しい夏の日差しが襲ってきた。

 それを(さえぎ)るように空へと手をかざし、アザレアさんが俺に微笑む。


「ありがとね、ミレウスくん。楽しかったよ」


「そう? 期待外れじゃなかった?」


「ふつーに登山したのに、ちょっとした肝試しがついてきたと思えばお得お得ー」


「ポジティブだね……」


 しかしまぁ俺も楽しくなかったと言えば嘘になる。

 何度も仕事でガイドをした場所だけど、こんな気持ちで帰路につくのは初めてのことだ。

 連れが変われば感じ方も変わるということだろう。






    ☆






 こうしてアザレアさんとのちょっとした夏の冒険は何事もなく幕を閉じた。


 ――わけではない。


 この手の冒険は、帰り道にこそ、事件が起きるものである。

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