第六十七話 ルールを厳密に決めなかったのが間違いだった
日没を迎える間際のガウィス川上流の河原に、氷締めされた四匹のゴールドカブトアユが体を横たえている。
男だらけの円卓騎士団釣り大会――兼オークネル釣り名人決定戦の参加者が、それぞれ選んだ自慢の一匹なわけだが、俺の釣った鮎は、三番目の大きさだった。
「いやいやいやいや! おかしいだろ! 絶対におかしいだろ!」
思わず叫ぶ。
後ろめたいことでもあるのか、ブータが俺から視線を反らす。
もう一人の容疑者、ヤルーはいつも通りのニヤニヤ笑いを浮かべていたが、こいつは後ろめたいことがあろうと顔に出すような奴ではない。
「ヤルー。お前、ズルしただろ。水精霊でも召喚して協力させたんだろ。魔法は禁止だって決めといたよな?」
「おいおいミレちゃん、証拠はあるのか? 証拠もなしに疑ってるのか? 法治国家の国王が推測だけで人を犯罪者扱いか? ええ?」
自信ありげに煽ってくるが、俺にも確信がある。
こいつのこれまでの行動からして、ズルをしてないということはありえない。
「魔導書――優良契約を見せてみろよ。俺はお前の契約してる精霊の召喚可能回数、全部暗記してんだからな。減ってたら黒ってことだぞ」
「ミレちゃんの知らないところで消費したかもしれないだろうが!」
ずいっと前に出て反論してくるヤルー。
俺も負けじと前に出る。
「俺がお前のスキル借りられるのを忘れるなよ! お前の契約してる水精霊全員召喚して、聞いてみたっていいんだぞ!」
「そ、それはやめろ! 無駄遣いだ!」
「だったら優良契約を見せろや!」
ヤルーは焦り顔で例の魔導書を背中に隠す。
それを奪い取ろうと俺が手を伸ばすと、奴も応戦し、取っ組み合いになった。
他の二人がぽかんと見ている中、醜い争いを繰り広げる。
俺もヤルーも筋力は凡人並みで拮抗しているため、勝負がつかない。
「言っとくけどブーちゃんもズルしてたぞ! 《透視》の魔術で水の中見て獲物を選んでたの、俺っちは知ってんだからな!」
露骨な矛先ずらしである。だが、捨て置けない情報だ。
そのブータへと目を向けると、彼はしどろもどろになって弁明してきた。
「ま、魔法は禁止と言われましたが、魔術については特に何も仰っていなかったので」
「魔法がダメなら魔術もダメに決まってるだろ……」
『魔術』は魔力を用いて事象をコントロールする技術。
一方『魔法』は神格や精霊に依頼して魔術を代行してもらう能力のことだ。
手順は異なるが、引き起こされる事象は大差がない。
しかしルール上、グレーではある。
きちんと定義しなかった俺が悪いと言えば悪い。
もっともブータが悪くないかといえば、そうでもなさそうだ。
宝石のような彼の両目を、じっと見つめる。
コロポークルは自身が悪事と認識している行為をすると目の色が青から赤に変化する。
その度合いは、悪事の質によって異なるらしいけど。
「ほんのちょっと紫色になってるぞ」
「ええ!?」
ブータは飛び上がり、川の水に自分の顔を映そうとする。
すでにだいぶ暗くなっているので確認できないだろうけど、色が変わっているのは確かだ。
よーく見なければ分からないレベルだが。
ルール上、アウトだと認識した上でやったのなら、情状酌量の余地はだいぶ減る。
ヤルーを放置し、動揺を隠せない様子のブータの元へ向かう。
露骨にうろたえる彼。
その、そのぷにぷにの頬を左右から引っ張る。
「ブータくん。きみ、南港湾都市であんなにしっかり《存在否定》の詠唱できたのに、結局、噛む癖治ってないよね。あれから一度も最上級難度以上の呪文の詠唱、成功させてないよね。こんなところで単詠唱の呪文でズルしてる場合じゃないよね」
「ご、ごめんなひゃい~。かつれつのれんしゅうしましゅ~」
たぶん活舌の練習しますと言ってるのだと思う。
ブータを解放し、その頭を撫でる。
別に痛くなるほど強く引っ張ったわけではない。
「まぁブータはいいや。あの詐欺師に自白をさせるから手伝ってくれ」
「は、はい!」
ブータと二人、左右から詰め寄り、ヤルーを川沿いに追い詰める。
話せば分かると言わんばかりに、やつは両手をこちらへ突き出した。
「ま、待て! 魔法を使うなとは言われたが、厳密には精霊魔法は精霊が使ってんだ! 俺っちが使ったわけじゃねえ!」
「一緒だろうが!」
先ほどと同様に優良契約を奪い取ろうと襲い掛かると、やはりもみ合いになった。
だが今度はこちらには助っ人がいる。
ブータはそれこそ俺やヤルーよりも筋力が低いが、しかし拮抗を崩すには十分な戦力だった。
「や、やめろおおおおお!!!」
ヤルーの絶叫。
三人揃って川に落ち、水しぶきが上がる。
優良契約は、ヤルーがぎりぎりで川岸に向けて投げていたので無事だった。
「くっそー、相変わらず無茶しやがんな、ミレちゃんよぉ」
なんとなく既視感のあるヤルーの台詞とシチュエーション。
というか以前に、こいつを捕まえたときがこんな感じだった。
水深はあのときよりも浅く、せいぜい腰の下くらいまでである。
流れが速い分、立っているのがしんどいが。
……そういや、この深さでも溺れかねない低身長のやつがいたな。
「アバババババ!」
「おーい大丈夫か、ブータ」
流されかけていた彼の首根っこを掴んで引き止め、ヤルーと二人で地上へと押し上げてやる。
「あ、あ、ありがとうございますぅ!! ヴォエエエ!!」
飲み込んだ水を吐くブータ。
その横から、ひょこっとヂャギーが顔を出す。
「みーくん、大丈夫?」
「ああ、ぜんぜん平気」
彼がこちらに伸ばした丸太のような腕。
その手を掴もうとして、寸前で引っ込める。
彼の背後に、宵闇に紛れて忍び寄る者の姿があった。
九本の首を持つ、竜の姿が。
「ヂャギー! うし――」
後ろだ、と言い切る前に。
ヂャギーの手には、長大な斧槍が握られていた。
騎士系職の上級固有スキル、【瞬間転移装着】である。
「ぢゃあああぎいいいい!!!!」
彼はその巨体からは想像もつかないような俊敏さで反転すると、斧槍を視認することもできないほどの速さで振るう。
その刃が巻き起こした風は、俺のところまで届いた。
それだけで一瞬、ひやっとする。
「ぢゃあぎい! ぢゃあぎい! ぢゃあああぎいいい!!!!」
その危険種、九頭竜茸は最初の一撃で活動を停止していたが、ヂャギーは攻撃の手を緩めることなく、その斧槍の斧部で執拗に切り刻んでいく。
竜――の形をした茸の九本の首が次々に刎ね飛ばされていく。
彼がようやく動きを止めたのは、俺とヤルーが川岸に上がってからだった。
「あー、びっくりしたよ! 食べられるかと思ったよ!」
【瞬間転移装着】を解除して胸を撫でおろすヂャギー。
こっちがびっくりである。
ヂャギーの反応速度ももちろんだが、その念入りな攻撃には驚かされた。
「茸を世界から駆逐するのがオイラの夢だからね! 絶対に許さないんだよ!」
「いやぁ……美味しいから駆逐されたら困るし……そこら中に生えてるから、さすがに駆逐は無理だと思うけど」
ぼやきながら、彼が倒した九頭竜茸の残骸を観察する。
見た目こそ恐ろし気ではあるが、こいつは最弱の危険種の一種だ。
危険種レベルは『1』であり、武器さえあれば聖剣なしの俺でも倒せるだろう。
もちろん本物の九頭竜とは雲泥の差である。
「よく育ってますねぇ」
と、ブータがしみじみ呟くが、確かにデカい。このコロポークルの少年と同じくらいの背丈はあるだろう。
野犬くらいのサイズが基本の九頭竜茸としては異例の大物である。
……ん? 大物?
「なぁミレちゃん。ズルしたから俺っちは不戦敗ってことでいいんだけどよぉ」
ヤルーの言いたいことはだいたい予想できた。
「一番大きい獲物をゲットしたやつが優勝って話だったよなぁ?」
「……そうだったな」
兜釣りではどうせゴールドカブトアユしか釣れないので、獲物の種類は限定していなかった。
これも俺の落ち度である。
そうこうしているうちに、陽が完全に沈み、夜が訪れた。
男だらけの円卓騎士団釣り大会――兼オークネル釣り名人決定戦の優勝者はヂャギーで確定である。
☆
パチパチと、オークの枝で作った焚火が燃えている。
下処理をして枝に刺したゴールドカブトアユと九頭竜茸がその周囲をぐるりと囲み、さらにその周囲には俺とヤルーとブータの濡れた服。
当然、俺たち三人は半裸であったが、真夏なので寒くはない。
女性陣もいないので、恥ずかしくもない。
優良契約についた汚れをはたきながら、ヤルーが横眼でこちらを見てくる。
「なぁ、ミレちゃん。川の聖水の効果で危険種は出ないんじゃなかったのか?」
「植物系みたいな思考力の低いタイプには効果が薄いからなー」
こういうことは稀にではあるが、あるにはあった。
野犬が出るようなものである。
いや正直、九頭竜茸よりそこらの野犬の方が強いのだけど。
ブータはゴールドカブトアユからはがした金鱗を、焚火にかざして見つめている。
「きれいですねー」
「そうだね」
「女性陣の皆さんに、お土産として持って帰ってあげたら喜ぶかもしれませんねー」
「なるほど。悪くない」
この金鱗を使った小物などは村の銀行兼雑貨屋で売られているのだが、実際、女性客に売れているようではある。
ちょっと加工を施してプレゼントすれば、好感度が上がるかもしれない。
と、我ながら打算的に考えていると。
「みーくん、好きな子いるの?」
「はああ!?」
突如、ヂャギーに話を振られて、絶叫してしまった。
これもなんだか既視感のある台詞とシチュエーションだ。
というかはっきり覚えてる。
前に一緒にサウナに入ったときに聞かれた内容そのまんまだ。
続くやりとりも、あのときのほぼそのまんまだった。
「なんか男子ばっかりだし、修学旅行的なノリかなと思って」
「そういうのは就寝前にやろうよ! 枕投げで疲れた後に、明かり消してやろうよ!」
ついついこの間と同じ反論をしてしまったが、恋愛話は友情を深めるには悪くない話題だ。
ここで乗らない手はないだろう。
「この間、聞いたときは円卓の女の子はみんな横一線ってことだったけど、あれから心境の変化はあった?」
「いやー……ま、そりゃ色々あったけども」
前回聞かれたのは決戦級天聖機械のアスカラくんを倒した少し後くらいだったか。
あれから南港湾都市での一件など、さまざまなイベントがあった。
そりゃ変化がないと言えば嘘になる。
「りっちゃんは?」
「コーンウォール公の別荘で見せてもらった彼女の子供のころのアルバム、可愛かったなー。兎が好きっぽいし、今度兎カフェでも連れてってあげようかなー」
「しーちゃんは?」
「ヌヤ前最高司祭の店で見た少女志向服姿よかったなー。王城でも着てくれないかなー。土下座で頼み込めばいけないかなー」
「なっちゃんは?」
「海賊女王のアジトを一緒に探索したときは普段と違う、しおらしい感じでそそられたねー。いつもあんな感じでいろとは思わないけど、たまにはねって感じ」
「らっちゃんは?」
「魔神将のグウネズくんに一人で立ち向かっていったときはカッコよかったね……いつもああならいいんだけどね……いや、これもたまにでいいか」
円卓の騎士への感想は全員分終わった。
そこでブータが、弟子の名を挙げてくる。
「アザレアさんはどうなんですかぁ? 昔から仲良かったみたいですけどぉ」
「お、それ、俺っちも気になるな。中等学校の同級生なんだろ?」
乗っかってきたのはヤルーである。
完全に人のことを玩具か何かのように思っている面だ。
「なぁミレちゃん。ただのクラスメイトを、わざわざ女中になってまで追いかけてくるかね」
「そりゃそれなりに仲のいい友達だったからね」
「友達ぃ? ホントにそれだけかぁ?」
疑わし気なヤルーの眼差し。
ブータがさらに追求してくる。
「ミレウス陛下、アザレアさんにお世話してもらってるとき、すごく嬉しそうですよねぇ」
「そりゃ可愛い女の子にお世話してもらって喜ばない男はいないだろう。そういう対象として見てないといえば嘘になる」
中等学校時代、彼女のことをちょっといいなと思っていたわけだが、それは黙っておく。
思っていたというか現在進行形だが、つまり円卓の騎士の女性陣に対する気持ちと一緒ということだ。
ヂャギーは『ふうむ』と唸ると、ぶっとい腕を組んで考え込んだ。
これも既視感を覚える光景である。
「やっぱりまだ横一線ってことだね!」
「……まぁ、そうなるかな」
なんだかんだ、みんなで一緒に死線を越えてきたのだ。
仲間としての絆が深まった分、特定の誰が好きとか、そういうのは抱きにくくなったようにも思う。
これからどうなるかなんて、俺には分からないけど。
「さて、そろそろかな」
いい感じに火の通ったゴールドカブトアユと九頭竜茸をみんなで食す。
焼く前に塩で味付けをしておいたので、そのままいけるのだ。
「美味え! こりゃ美味えぞ!」
「素材の味だね! やっぱり塩だね!」
「鮎も茸も美味しいですぅ!」
三人とも大満足の様子だった。
どちらの食材もまだまだある。
持って帰ってやれば、きっと女性陣も喜ぶことだろう。
鮎にかぶりつきながら、焚火を囲んで談笑する三人の姿を眺める。
ここで釣りをするときはいつも一人だったけど。
もしもこの村に友人がいたら、こんなふうに遊んで一緒に騒いだのだろうかと、ふと俺は考えた。
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【第三席 ブータ】
忠誠度:★★★★★★
親密度:★★★★[up!]
恋愛度:★★★★★
【第六席 ヂャギー】
忠誠度:★★★★
親密度:★★★★★★★★[up!]
恋愛度:★★★
【第九席 ヤルー】
忠誠度:★★
親密度:★★★★★★★[up!]
恋愛度:★★★★
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