第六十六話 釣り大会を開いたのが間違いだった
『円卓騎士団・夏の大感謝祭』の数日後の昼過ぎ。
俺は円卓の騎士の男性陣三人を連れて、オークネルの村の北、ガウィス川が東西に分かれるあたりに遊びにきていた。
携えているのは、渓流用の釣り道具。
『ブランズ・イン』の宿泊客や副業でやってるキャンプ場の客に教えたりすることもあるのだが、ここは村の近辺で一番の釣り場なのだ。
女性陣がいないのは村でバイトに勤しんでいるためである。
相変らず村人たちは王と円卓の騎士相手にも遠慮なしに色々と頼んでくるので、みんなで相談して男女日替わりで依頼を受けることにしたのだ。
『休暇中だというのに申し訳ない、もし嫌なら断ってくれて構わない』と、みんなには話したのだが、ほとんどのやつは、これはこれで面白いので構わないと前向きに捉えてくれた。
もちろん『しょうがないなぁ?』と恩に着せるように見てきた女盗賊やら『貸し一つだぜぇ?』と言ってきた精霊詐欺師みたいな少数派がいるにはいたけども。
その少数派の片割れ、ヤルーが精霊でも探すように辺りの河原をきょろきょろ見渡して尋ねてくる。
「で、ここ、何が釣れんのよ」
「鮎だよ。ゴールドカブトアユ」
下流と比べていくらか流れが速い川の水面。
そこでは水が陽の光を反射してきらきらと輝いているが、水中でも輝く何かが動いているのが時折見受けられる。
今回の獲物であるゴールドカブトアユ――その名の通り、額に指先サイズの金色の鱗を一枚持つ鮎が泳いでいるのだ。
こいつらはウィズランド島、および大陸北西部に広く分布する魚で、水中に含まれる微量の金を吸着して、その特徴である金鱗を生成する。
一説によると資源収集のために、第一文明期に普通の鮎を品種改良して生み出されたとも言われているが、その鱗に含まれる金はごく微量であり、それほど価値があるわけでもない。売ってもせいぜい銅貨一枚といったところである。
ともかく、その生態系は普通の鮎とよく似ている。
冬に川の下流で卵から孵り、近海や河口域で成長し、春になると川を遡上して、夏の間はそこに留まる。
このガウィス川上流のやつらの場合、ウィズランド島の南西部、大穀物地帯を流れる大河を延々と上ってきて、最終的にここまでたどり着くわけだ。
今は秋の生殖、産卵に備えて雌雄共に体力をつけている時期。
絶好の狙い時なのである。
そんな説明をしながら、みんなに釣り具を配布する。
「えーと、鮎の釣り方には友釣り、餌釣り、毛バリ釣り……いろいろありますが、今回皆さんには兜釣りをしてもらいます」
宿の客にもよく同じ説明をするので、ついつい敬語になってしまった。
こほん、と咳払いをして元に戻し、俺用の釣り竿の仕掛けをみんなに見えるように掲げる。
釣り糸の先に『浮き』をつけ、『浮き』の下にはゴールドカブトアユから取った金色の鱗と重り、そして鱗の近くには複数の掛け針。
極めて単純な構造である。
「ゴールドカブトアユは普通の鮎と同じく、強い縄張り意識を持ってるんだ。雌雄関係なく、自分の縄張りに別の個体が侵入してくると、体当たりを仕掛けて追い出そうとする。この仕掛けの金の鱗を侵入者だと誤認させて体当たりさせて、そこで針に引っ掛けようってわけだ」
要するに普通の鮎に用いられる友釣りと言われる手法と大差はないわけだ。
友釣りの場合、囮用の本物の鮎を用意する手間がいるし、上手く囮を泳がせる技術も必要なので、我が宿屋ではこちらの兜釣りを推奨している。
「面白そうだね!」
「頑張りまぁす!!」
と、元気よく返事をしたのは、ヂャギーとブータ。
この二人は円卓の騎士で一番の巨漢と、一番の小柄だ。
同じサイズの釣り竿なのに、ヂャギーが持つと小枝のようだし、ブータが持つと大きな杖のようである。
「ええー? ミレちゃん、本当にそんな上手くいくのぉー? いくらなんでも鱗を同族と間違えるなんてことなくなーい?」
一人、懐疑的な声を上げたのはヤルーだった。
疑いを持つのももっともだけど、実際俺は毎年このやり方で山ほど釣りあげているのだ。
「ま、とりあえず俺が手本として一匹釣ってみせるよ。それからみんなにも実際に釣ってもらって取り込み方のレクチャーするから、しっかり覚えてくれよな」
はーい、と三人揃った返事。
俺はわざと小物がいそうなポイントを探して、その少し上流から仕掛けを流した。
しばらくして浮きが沈み、竿がしなる。
ゴールドカブトアユは普通の鮎と比べて警戒心が薄いし、針にかかってもあまり暴れない。
人間にとって都合がいいその辺の性質も、第一文明期の産物でないかと言われる所以なのだが、とにかく釣るのは簡単なのだ。
獲物の動きが弱まったのを見計らい、タモ網の中に吊りこむ。
予想通り、手のひらサイズくらいのやつだった。
おおっ! と、三人の感嘆の声が漏れる。
ゴールドカブトアユはまだぺちぺちと暴れてはいたが、額についている金鱗を剥がすと、ぐったりと動かなくなった。
「こうすると暴れなくなるんだ。なんでかは知らんけど」
この辺も、人間に都合のいい性質と言える。
大人しくなったそいつは、ブータに魔術で出してもらった氷水入りのバケツに突っ込んで保存する。
三人に順番にやらせてみると、同じように簡単に釣り上げることができた。
興が乗ってきたのか、ヤルーが絡んでくる。
「せっかくだし優勝賞品つけてくれよー」
「じゃあ一番大きい獲物をゲットしたやつの像を村の広場に建ててやるよ。オークネルの初代釣り名人としてな。税金の無駄遣いするわけにもいかんから、俺の手作りになるけど」
「おもしれえ! 乗ったぜ!」
俄然、やる気を見せるヤルー。
俺が優勝しても建てないけどな、恥ずかしいから。
「あ。当然だけど魔法とか使うのはなしな」
「あったりめーだろ。俺っちがそんなズルするやつに見えるのか?」
「見えるから言ってるんだよ……」
この悪党は釘を刺しておかなければ、確実に使っていただろう。
それで思い出した。
以前、シエナと話していたことだけど。
「そういえばヤルー。この村に入ってから変な感じしないか」
「は? 変な感じってなんだよ。アバウトだな」
「体がピリピリするとか……なんだか居心地が悪いとか」
と、尋ねてみるも、ヤルーは怪訝そうな顔で首を横に振る。
そういえばここに召喚した日も機嫌よさそうにしてたし、やはりこいつには影響はないのだろうか。
「なんなんだよ、ミレちゃーん。気になるじゃーん」
「いや、たいしたことじゃないんだけどさ……」
三人にオークネルの成り立ちと、ガウィス川に施された仕掛けについて説明をする。
初代円卓の騎士の一人、剣豪ガウィスにより作られた村であること。
川の源流は北のヤノン山脈の中腹にあり、そこにある洞窟で聖銀を用いて水が濾過されていること。
それにより川の水が聖水化しているため、村の中には危険種や極悪人は入れないこと。
すべてを聞き終わると、ヤルーは得意げに高笑いをした。
「ハーッハッハ! なんの影響も受けてないということは、つまりこのヤルー様の善良性が証明されたわけだな!」
「極悪人ではないかもしれないってだけだ……調子に乗るなよ」
こういう反応をされることは分かっていたので、あまり言いたくはなかった。
「濾過のための装置? が、故障してるんじゃないですかぁ?」
悪意なく辛辣なことを言ったのはブータである。
その意見に俺も賛成したいところだが、客観的に考えて、たぶんそれはない。
「デリケートな装置なのは確かで、四、五年に一度はメンテしなきゃいけないんだけど……メンテというか、聖銀のフィルターの目詰まりを掃除するだけらしいけど……この前、掃除したのは半年前だから、故障ではないと思うんだよね」
装置がある洞窟は危険種も稀に出るらしい。
なので、念のため十字宿場で冒険者を雇って掃除に行ってもらうのだが、半年前の人らは帰りにうちの宿に泊まっていったのでよく覚えている。
「あの街に冒険者がいるの?」
説明を聞いて首を傾げたのはヂャギーである。
彼はこの村に来る際に、あの微妙に田舎な宿場街を見てるので疑問に思ったのだろう。
普通なら、冒険者がいるような規模の街ではない。
「近所にいくつか迷宮があるからね。一応、冒険者ギルドの支部もあるっちゃあるし、何パーティかは常駐してるはずだよ。まぁ本気で成功を目指すようなやつらは東都に行くだろうし、そんな腕のいい人たちではないみたいだけど」
なんだか上から目線な発言になってしまったが、本来、俺はなんの職にもついておらず、なんのスキルも持っていない凡人だ。偉そうに言える立場ではない。
ただ円卓の騎士たちのようなイカれた高レベルの人材がいないのは確かだろう。
ヤルーが南方、東と西のガウィス川でぐるっと囲われたオークネルの村の方を見て何度も頷く。
「まー、合点がいったぜ。いくら口止めしているとはいえ、国王や円卓の騎士が滞在してるって情報を誰も外に漏らさねえのは変だと思ってたんだ。善良なやつしかいねーなら、そりゃ秘密も守れるかもな」
考えてみれば、それもそうか。
いくら過疎の進んだ田舎の村とはいえ、二百人以上は住民がいるのだ。
普通だったら情報提供料に目が眩んで、新聞社あたりにタレコミをする者が出てもおかしくはない。
それなり以上の善人しかいないこの村に、俺は慣れ過ぎていたのかもしれない。
「けっけっけ。しかしまー善人しかいないってのも、逆に言えば染めがいがあるってもんよ。愛と平等の邪神、バーサス様の信徒に勧誘してやろっかな」
「それやったら、マジで賞金首にして地の底まで追い込んでやるからな。覚悟しとけよ」
極悪人ではないかもしれないが、間違いなく悪人である配下の騎士に釘を刺す。
何はともあれ、こうして男だらけの円卓騎士団釣り大会――兼オークネル釣り名人決定戦の火蓋は切って落とされたのである。
☆
季節は真夏。天気は快晴。
しかし河原は比較的涼しいし、オークが作る木陰もある。
やはり渓流釣りは、いい娯楽だ。
まだ見ぬ獲物に心が躍る。
「ふっふーん」
さっきのヤルーの真似ではないが、思わず得意げになる。
地元という地の利。
長年培った知識、技術の差。
釣り竿も俺のだけ貸出用の安いやつではなく、バイト代を貯めて個人用に買ったいいやつだ。
俺が負ける要素は一つもない。
余裕の笑みを浮かべて、河原に散らばった参戦者たちの様子を観察する。
ブータはしなる竿を必死に制御しようとしており、ヂャギーはタモ網に入った獲物を見てはしゃいでいた。
ヤルーの竿にも当たりがきているようである。
見ているうちに、バンバン釣れていく。
しかし俺は焦らない。
今回の勝負は数ではなく、釣り上げた魚の最大サイズで決まる。
見た限り、やつらの釣果に大物は一匹もいない。
他のどの生き物もそうだと思うが、ゴールドカブトアユも強い個体――すなわち大きな個体ほど、自由に縄張りを選ぶことができる。
では最大、最強の個体は、どこを自分の縄張りに選ぶのか。
俺にはそれが手に取るように分かる。
鮎を釣るなら石を釣れ、という格言がある。
これは鮎が水中の石に生えた藻を食べるため、その周辺に縄張りを持つからだが、ゴールドカブトアユもその辺は同じである。
俺はこの辺りでも特に流れが速く、水面が白く波打っているところに狙いを定め、仕掛けをそちらへ流した。
こういうところは水底の石が豊富であり、藻も増えやすい。
手ごたえはすぐに来た。
先ほどより大きく竿がしなる。
普通の鮎より大人しいゴールドカブトアユで、この引き。
間違いなく大物だ。
慎重に獲物を弱らせ、引き寄せて、タモ網に吊りこむ。
期待以上の大物が上がった。
「よっし!」
ほかのやつらに聞こえないよう、声量を抑えて喜びの声を上げる。
握りこぶしを三つ並べたくらいは優にあるだろう。
この時期にこのサイズはなかなかお目にかかれない。
「くっくっく……」
思わず邪悪な笑みがこぼれる。
やはり俺が負ける要素はない。オークネルの初代釣り名人は決まったも同然だ。
すぐさま新たなポイントに移動し、再び竿を投げる。
今度も当たりはすぐに来た。
この引き、この手ごたえ。
これは先ほどよりもでかい。
勝負は陽が沈むまでという決まりになっている。
だが俺は、すでに勝利を確信していた。