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第六十五話 身の上話をしたのが間違いだった

 オークネルの村の端、東ガウィス川の河原のキャンプ場で。

 俺主催の『円卓騎士団・夏の大感謝祭』――という名の接待パーティは、最高の盛り上がりを見せていた。


 焼き網式から鉄板式に変更したバーベキューグリルの上で、植物油が熱せられている。

 俺はそこへ大量の(ちぢ)れ麺を投入し、島中に響き渡れとばかりに咆哮した。


()めの焼きそば行くぞおおおおお!!!!」


 呼応して、七人の円卓の騎士が大きな歓声を上げる。


 パァン! という破裂音が繰り返し鳴って、夜空に色彩豊かな光の華が次々に咲く。

 [大精霊使い(グランドシャーマン)]のヤルーが、光精霊(ウィルオウィスプ)に《光花火(フラッシュワークス)》の魔法を代行させたのだ。

 南港湾都市(サイドビーチ)の開港祭で見たものよりだいぶ小規模だが、距離が近い分、迫力では負けてない。


 どこから取り出したのか、ブータが撥弦楽器(リュート)で軽快な舞踊曲を弾き始め、ヂャギーがそれに合わせて手打ち太鼓でリズムを刻む。

 その音楽に乗り、四人の女性陣が大笑いしながら、それぞれ得意の踊りを披露する。


 リクサは華麗な宮廷舞踊を。

 シエナは人狼(ウェアウルフ)の野性味あふれる伝統的なダンスを。

 ラヴィは南港湾都市(サイドビーチ)名物である大陸伝来の舞を。

 ナガレは傭兵式の酒場踊りを。


 普段だったら絶対こんなことしなさそうなやつらも参加しているのは、どいつもこいつも麦酒(ビール)の飲み過ぎで完全にできあがっているからだ。

 いや、年齢を考えてブータだけは葡萄ジュースにしておいたので素面(しらふ)だが、テンションの高さは周りに引けを取らない。


 こんな乱痴気騒ぎ、王都でやったら近所迷惑で即座に通報されているだろう。

 しかし、ここではどれだけ騒ごうが一番近くの民家にも届きはしない。

 ド田舎にはド田舎なりの利点がある、ということだ。


 俺はあぶったイカを()みながら、鉄板の上からいい具合に焦げ目のついた麺を取り出して、今度は具材を炒めていく。

 にんじん、キャベツ、もやし――そして最後に主役のザリーフィッシュ。

 白い切り身に熱が通り、鮮やかな赤色に染まる。


 みんなが再び歓声を上げ、グリルの前に集まってきた。

 すでにけっこうな量の肉や野菜を食ったはずだが、一人として満腹な様子の者はいない。


「これが噂のザリーくんかー。食べたかったんだー、これ」


 と、言ったのは以前、王都で俺が手料理を振る舞ってやったラヴィで。


「きれいな色ですね……美味しそう」


 と、腹が鳴るのを隠そうともせずに言ったのがリクサで。


「結局これ、魚なの? ザリガニなの?」


 と、聞いてきたのがヂャギーだった。

 『どちらでもない』が正解であるが、疑問に思うのも当然である。


 王都で生活するようになるまで知らなかったのだが、ザリガニと淡水魚を合わせたような形状と生態を持つこの謎の生物は、ウィズランド島の西部にしか生息していないらしいのだ。

 しかも食用としているのはこのオークネルや十字宿場(ビエナ)近辺だけらしく、当然その他の地域に住んでる人らには知名度がない。

 俺の大好物なので王都でも色々と当たってはみたのだが、ついに手に入れることはできなかった。


 一説には第一文明期の実験生物とも、真なる魔王が生み出した合成生物とも言われているが、その正体に興味はない。


 肝心の味は海老に似ており、とても美味。

 なので基本的に同じように調理されるし、同じような料理に用いられる。

 例えば、こういう海鮮焼きそばとかに。


「いや、川の生き物だから海鮮ではないけども」


 誰ともなしに呟いて、先ほど火を通しておいた麺を鉄板の上に戻し、具材と合わせてソースを絡める。

 香ばしい匂いが漂い、みんなが三度(みたび)歓声を上げた。


 完成した焼きそばを紙皿に移して、配っていく。

 マヨネーズや鰹節(かつおぶし)、青のりなんかはお好みで。


 みんなは席について、それぞれ箸を取った。


「おいおいミレちゃん、こんな変なもんがホントに美味(うめ)えのかよ? ……美味(うめ)えな!! なんだこれめっちゃ美味(うめ)え!!」


 と、芸人(コメディアン)のような反応をしたのがヤルーで。


「………………美味(うめ)えよ、うん。美味い」


 と、どこか悔しそうでありながらも、珍しく素直に感想を言ったのがナガレで。


「美味しいですぅ! 感激ですぅ! もう思い残すことは何もないですぅ!」


 と、大げさなことを言ったのがブータだった。


 どうやら他の連中にも好評らしい。

 みんな笑顔で黙々と食べている。


 美味い飯を食わせれば、誰だって機嫌がよくなるだろう。

 そんなふうに考えて、打算的に作った料理だけど。


 俺は王の仕事で得られるものとは別種の充足感を覚えていた。

 これは、そう、宿に泊まった客が、翌朝満足した顔で帰っていったときの気持ちに近い。


 最初に焼きそばを平らげたシエナが、ふと気づいたように尋ねてくる。


「あの、(あるじ)さまは召し上がらないんですか?」


「俺はいいよ。もう腹いっぱいだ。おかわりもあるから好きなだけ食べてくれよな」


 宿に客がいるときは、客が残した分が俺の飯だ。残らないことも多いけど。


 みんな遠慮せずにおかわりしていくところを見ると、本当に気に入ってくれたらしい。

 これで好感度が上がってくれたら万々歳だが、まぁそうならずともいいだろう。

 そう思えるくらい、みんなの喜ぶ姿を見て、俺も嬉しくなっていた。


 今まで気づかなかったけれど。

 俺の性格――誰かに期待されると応えたくなる、厄介なこの性質(たち)は、あの宿の仕事で(つちか)われたものなのかもしれない。






    ☆






 夏の夜は更けていき、そのうち(まばゆ)孔雀月(ユーノー)が夜空の一番高い位置に来た。


 ()めの海鮮焼きそばは綺麗に平らげられ、役目を終えたバーベキューグリルは火が落とされ沈黙している。

 辺りには静けさが戻り、ただ、いつものように東ガウィス川のせせらぎが聞こえるだけ。


 七人の仲間たちも満足したのか、先ほどまでのどんちゃん騒ぎが嘘のように落ち着いている。

 すでにリクサは背もたれ付きの椅子に身を預けて無防備な寝姿を晒していたし、シエナは折り畳み式のリクライニングチェアで丸くなり、静かな寝息を立て始めていた。

 残りのみんなは食後のデザートにと俺が切り分けたスイカを食べている。


「ここがミレくんの生まれた土地なんだねぇ」


 ぽつりと呟いたのはラヴィだった。

 月明りに照らされて浮かび上がった周囲の峰々を見渡している。


 感慨深げなところ、申し訳ないのだけど。


「いやー、実は生まれた土地ではないんだよね。育ったのはここだけど」


「ええ?」


「話せば長くなるんだけどさ」


 ラヴィと、ついでに周りのやつらに、数日前にシエナとヂャギーにした説明をする。

 俺がこの村に来た経緯、およびあの宿屋の息子となった経緯についてだ。

 やはりというべきか、それなりには驚かれた。


 ヤルーがスイカの種を飛ばして愉快そうに笑う。


「謎の女に置いて行かれたって、それ面白えな! 普通そうで普通じゃねえ奴だと思ってたけどやっぱりな!」


 当事者からしたら笑いごとじゃねえぞと言いたいところだが、こいつはどうせ俺の言うことなど聞かないので黙っておく。

 しかし、こうして自分の経歴を話してみて気づいたが。


「そういや、みんなの生い立ちとか聞いたことなかったな。いや、ラヴィには聞いたか」


 彼女は物心ついたときから大陸の混沌都市(イルファリオ)のスラムにいたらしい。

 その後、七つだか八つだかのときに密航をしてこの島の南港湾都市(サイドビーチ)を訪れ、以降はあの街で育ったと言っていた。

 要するに俺と同じ捨て子である。


「ボクも! ボクも捨て子なんですよぉ!」


 ぴょんぴょん跳ねて手を上げたのはブータだった。

 共通点を見出したからか、そこはかとなく嬉しそうである。


「コロポークル専用の孤児院で育ったんですよぉ。亜人の森にあるんですけどぉー」


 島の南東に広がる常緑樹の森の名である。

 行ったことはないが、エルフとコロポークルの集落がいくつもあるとかないとか。


 ラヴィがそれに解説を入れる。


「そこ、盗賊ギルドが運営してるとかって噂あるねぇ。そっちの素質のあるやつはそこから直に勧誘(スカウト)されるとかなんとか」


 都市伝説のような話であるが、ありえないとは言い切れないのが怖いところであった。

 このブータは善良な人格をしているが、元々コロポークルというのは七割が犯罪者で、その内三割が賞金首というヤバい種族だ。

 その専用の孤児院となると、盗賊ギルドが構成員の()にするにはうってつけだろう。


「ブータ。その、孤児院での生活はどうだったんだ?」


「酷いものですよぉ! 毎日が世紀末ですよぉ! 生き馬の目を抜く、せちがらい閉鎖社会でしたよぉ!」


「それは……大変だったね」


 それ以外に言葉がない。

 そんな場所で、よく真っ当に育ったものだ。


 次いで残りの男性陣へと目を向ける

 ヂャギーとヤルーの二人はそれぞれ別々の方向を指さした。


「オイラは大陸だよ。西の方」


「俺っちも大陸だ。東の果てのあたりだけどな」


 二人とも、どう考えても故郷の方を()せているとは思えないが、それはいいとして。


「……ヂャギーは子供の頃、(きのこ)に育てられてたんだよな」


「うん! 魔王信仰者に(さら)われて山に捨てられて、そこで自走式催眠茸(パニックルーム)に育てられたんだよ!」


 何度聞いても信じがたい経歴である。

 が、そのときの後遺症だという幻覚症状を起こして暴れる彼の姿を、実際にこの目で見たことがあるので信じざるを得ない。

 見たことがあるというか、あれのせいで俺の腕は十三回ほど切断されたのだけど。


「最近はあまり幻覚も見なくなったらしいね」


「うん! みーくんのおかげかな! ココロのヘイセイ? を保ててる気がするよ!」


「いや、俺のおかげかどうかは分からないけど」


 いずれにしても、いいことだろう。

 そのまま治ると、なおいいのだけど。


 起きている者の中で生い立ちを聞いていないのは、あとはナガレだけである。

 といっても異世界人である彼女に聞いてもしょうがないような気もするが。


 長い艶のある黒髪をいじりながら、ナガレは面倒くさそうに嘆息する。


「ニホンのカナガワだよ。って言っても分かんねーわな」


 もちろんさっぱり分からん。異世界の地名なんだろうけど。

 国と都市の名前だろうか。


「それは……その、どういうところなんだ?」


「んー。田舎もあるし都会もある。海もあるし山もある。ちょっと説明しづらいな」


 ナガレは少し困った顔をすると、整地された河原を顎で指す。


「こういう感じのキャンプ場もあったなぁ。ガキの頃はよく行ったもんだわ、子供の国」


「国?」


「そういう名前のキャンプ場があんだよ。いや、正確にはキャンプ場とかプールとか牧場とか弾薬庫とか色々含んだ施設の名前だけど」


 なるほど。いや、どんな場所かはまったく想像がつかないけど。


 それにしても、しかし。


「こう考えてみるとウィズランド出身者少ないな……?」


 俺自身、この島の生まれかどうかは定かではない。

 今起きてる者で、この島出身だと確実に言えるのは一人もいないということになる。


「一応、そこの眠りこけてる二人はこの島出身だろ」


 そう言ってヤルーがまず指さしたのは、犬か狼のように丸まって眠っている方。


「シエちゃんは幼い頃に両親をなくして、知り合いの伝手(つて)人狼(ウェアウルフ)の森に引き取られたって聞いたけどよ。それ以前からこの島の住人のはずだぞ」


「ふーん」


 王都に移る前に住んでいたと聞いていたので、てっきり王都北西のあの森の生まれだと思っていたが、そういやあそこが出生地だとは一度も言ってなかった気がする。

 あそこには彼女の家族もいなかったし、確かに変ではあった。


 続いてヤルーは、もう一人の眠り姫を指さす。


「で、リクちゃんはコーンウォールの出身だろ。バートリ商会の娘なんだから当たり前だけどよ」


 そう、それは聞くまでもなく明らかだった。

 『商店街潰し』の悪名で知られる彼女の生家のあの商会は、ウィズランド王国四大公爵家の筆頭であるコーンウォール家が治める同名の領地にその本拠を構えている。

 初代円卓の騎士の次席であるロイス・コーンウォールの次女が(とつ)いだ先でもあり、かの地では相当な名家として扱われているらしい。

 が、やはり俺は行ったことがないので、どれくらいのものなのかはよく分からない。

 彼女が高位貴族並みの教育を受けて、相応の生活をしていたのは確かだろうけど。


「まだまだ知らないことだらけだなー……みんなのこと」


 互いのことを知るのは友好を深める第一歩だというのに、今までそこを怠っていた気もする。

 いい機会だ。この休暇の間に色々と聞いてみてもいいかもしれない。


 と、話しているうちに、か細いうめき声をあげて、リクサが目覚めた。

 体をふらつかせながら寝ぼけ眼をこすっている。


「おはよう、リクサ。お水飲む?」


「あ……ありがとうございます。ミレウス様」


 こんな僅かな睡眠では酒は抜けていないだろう。

 俺から受け取った水をちょびちょびと飲みながら、彼女は視線を虚空へと投げかけている。

 今夜はもう遅いのでやめとくけど、今度この人にも俺の生い立ちについて話しておこうと思う。


「あ、あの、ところでミレウス様……そういえば王都で話していたあの件なのですが」


「ああ、アレね。もちろん覚えてるよ」


 少し気恥ずかしそうだったリクサの表情が、ぱぁっと輝く。

 小声でのやりとりだったのだが、耳ざといヤルーには聞こえていたらしい。

 顔を近づけ、尋ねてくる。


「ミレちゃーん、アレって何よ」


「ここに滞在してる間に水泳を教えるって約束してたんだよ。リクサが泳げないの、お前は知ってるだろ」


 前に三人揃って、王都の西のカーウォンダリバーで水泳をする羽目になったことをよく覚えている。

 水泳というか、リクサは溺れてるだけだったが。


「……そういやシエナにも、教えてくれって頼まれてたっけな」


 彼女が泳げないというのは、かなり意外だったけども。

 それを聞いてヤルーは腹を抱えて笑いだした。


「アーヒャッヒャ! 人狼(ウェアウルフ)なのに泳げないのかよ! 野生育ちで!  カナヅチかよ!」


 そんな大声を出して……俺は知らないぞ。


 ヤルーの背後に、目覚めたシエナが音もなく立っていた。

 グリルの上にまとめておいた使用済みのバーベキューの串を握り、殺意をもって振りかぶる。


「泳げなくて悪かったですねぇ?」


「ぐえー!!」


 肩口に串を刺されたヤルーは、転がって距離を取った。

 シエナはそれを、さらなる串を握って追いかける。


「野生育ちなんでもっとお肉が食べたいんですよ!」


「待て待てシエちゃん! 俺っちなんか食っても腹壊すだけだぞ!」


 二人は追いかけあいをはじめ、残りのみんなもそれを止めるため、走り回る羽目になった。

 大騒動ではあるが、これも我が騎士団の平常運転である。


 そんなこんなで『円卓騎士団・夏の大感謝祭』――という名の接待は、そこそこ成功裏に幕を閉じたのであった。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★

恋愛度:★★★★★★[up!]


【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★[up!]

恋愛度:★★★★★[up!]


【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★

親密度:★★★★★★★

恋愛度:★★★[up!]


【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★★[up!]

恋愛度:★★★★★★★


【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★★[up!]


【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★★[up!]


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★[up!]

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