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第六十三話 アルバイトしたのが間違いだった

 我が故郷、オークネルの村に帰還してから、はや四日。

 俺はのんびりと余暇を満喫していた――というようなことは、まったくなかった。


 村の広場に面する無人聖堂。

 その石造りの床を、一人モップ掛けしながら、ぼやく。


「……王様になったってのに、なんでこんなことやってんのかな」


 この村に帰ってきたあの日以来、俺は実家の宿屋『ブランズ・イン』での仕事のかたわら、村じゅうから依頼される無数のアルバイトをこなしていた。


 子守りに畑作業、パン屋のお使い、初等学校(プライマリースクール)で夏期講習の手伝いなんかもしたりした。

 この無人聖堂の掃除も、レオナルド村長に頼まれてやっていることである。


 ここオークネルは、まごうことなきド田舎である。

 その例に漏れず若者が少なく、どこも労働力不足なので、俺のように低賃金で何でも引き受けてくれる奴は貴重なのだ。

 学生をやっていた頃も長期休暇のたびに、よくこうして小銭を稼いだものである。


 しかし王様相手にも気軽に依頼してくるとは思わなかった。

 まぁこの休暇は、王になる前と同じ日常を送りたいと望んでいたので、いいと言えばいいのだけど。


「ふぅ」


 一通り、清掃し終わり、大きく息を吐く。


 無人聖堂というのは要するに、特定の信仰宗教を持たないこういう田舎に、アールディア教など、いくつかの有力宗教組織が共同で設置したお祈りのための施設だ。

 もっとも俺は一度も利用したことはないし、村の他の人たちも信仰心が薄いのか、ほとんど利用していない。

 おかげで長らく誰も掃除していなかったらしく、汚れがたまっており、かなり疲れた。


 初代円卓の騎士の一人、剣豪ガウィスによってオークネルの村が作られる以前、この土地には、それはもう信心深い集落(・・・・・・)があったそうだが、なにせ二百年以上も前のことなので、その真偽は定かではない。


 掃除用具一式を担いで外に出る。

 陽は一番高いところを越えてしばらく経っていたが、夕暮れにはまだ遠い。

 冷たいものが恋しくなる猛暑だった。


「……王城に残ってれば、こんな暑い中、肉体労働しなくて済んだんだろうな」


 こんな愚痴を言っても仕方ないのだけど。


 広場の北に建つ村長の家に行って、作業結果を報告して掃除用具を返す。

 労いの言葉と共に渡されたのは四枚の銀貨。

 朝から半日働いてこれである。

 国の定める最低賃金を余裕で下回っているが、ド田舎なのでこんなもんといえばこんなもんだ。

 国王になってからは、無限に給料をもらってるようなものだったので、あまりにも落差が激しいけど。


 銀貨を手のひらの上で転がし、正しい金銭感覚というものについて思案しながら、村の西に広がる小さな放牧地へと向かう。


 そこでは自由奔放に動き回る羊の群れを相手に、シエナが悪戦苦闘していた。

 俺がアルバイトに精を出す間、彼女とヂャギーも村人の依頼を受けて仕事をしているのだ。

 みんなには二人が円卓の騎士であることもすでに伝えてあるのだが、そんなことお構いなしらしい。


「おーい、シエナ!」


 呼びかける。


 シエナが振り返り、こちらに手を振ってくると同時に、彼女の足元から毛玉のようなものが飛び出して、猛然と俺の方に走ってきた。


 牧羊犬のパティである。

 この島原産のウィズランド・コリーという名の大型犬で、白黒の毛並みと、胴体と同じくらいの太さの尾が特徴だ。


 パティは走ってきた勢いそのままに飛びついてきた。

 俺は受け止めきれずに、後ろに思いっきり転倒する。


 ぺろぺろと頬を舐められる。

 こいつとはこの放牧地で、長いこと一緒に仕事をしてきた仲である。

 この村には俺と同年代の子がいないので、友達と言えるような奴はいない――と、思っていたけど、こいつが友達といえば友達ではあった。


 シエナが大げさな顔をして駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか、(あるじ)さま!」


「ヘーキヘーキ。そっちこそ、大丈夫?」


 パティに押し倒されたまま、羊たちの方へと目を向ける。

 監視者のいなくなったやつらは、これ幸いとばらばらに散らばり、適度に伸びた牧草をむしゃむしゃと()んでいた。


「あー! せ、せっかくここまで集めたのに!」


 シエナが泣きそうな顔でそれを追いかける。

 俺とパティに手伝ってもらいながら、彼女が全頭漏れなく羊舎に押し込むのに成功したのは、それなりに経ってからだった。


 すぐそばに建つ、レンガ造りの家屋へ報告へ行く。


「おやおや、ありがとねぇ。はい、これ、お駄賃。大事に使うのよぉ」


 羊飼いのケイト婆さんがシエナに手渡したのも、やはり銀貨四枚だった。

 ぱぁっと顔を輝かせ、それらを一枚ずつ陽の光に当てて見つめるシエナ。


 彼女は円卓の騎士の特権で、王都の北西にある人狼(ウェアウルフ)の森を領地として所有している。

 育ててもらった恩があるからという理由でそこを選んだらしいが、税収は全然ないという。

 それにしても銀貨四枚でここまで喜ぶほど、金に困ってはいないはずだが。


 シエナは何やら悩むような素振(そぶ)りを見せた後、名残惜しそうな顔をしながら俺に銀貨を一枚差し出してきた。


「あ、あの、(あるじ)様にも手伝っていただいたので……」


「いや、最後ちょろっとやっただけだし。シエナが全部もらいなよ」


「え! わ、悪いですよ……でも(あるじ)様がそう仰るならもらっておきます!」


 あ、この子最初から渡す気なかったな。


 ケイト婆さんは、さらにおまけとして、飴をくれた。

 バターと生クリームと砂糖、それとちょっとの塩を使ったシンプルなやつだ。


 懐かしい味のするそれを舐めながら、二人で牧草地を後にする。

 牧羊犬のパティは俺たちが去るまで、ずっと吠えていた。






    ☆






 シエナはいつものように、俺の後ろにぴったりとくっつくようにして歩く。

 そんな彼女を連れて向かった先は、村の東にある伐採場だ。


 そこではヂャギーが炭焼き小屋のディックさんと共に薪割りをしていた。

 使っているのはかなり大きめの両手斧なのだが、あの巨漢が持つとまるで投擲用の手斧のように見える。


 彼は俺たちがやってくるのに気が付くと、その斧をぶんぶんと振ってきた。

 非常に危ない。


「みーくん! しーちゃん! やっほー」


 彼には、我が家『ブランズ・イン』でも薪割りをしてもらったのだが、その見事な手際が村で話題となり、今では引っ張りだこになっている。


「すげえ筋がいいんだよ。円卓の騎士辞めたら、うちに来てくんねえかな」


 とは炭焼き小屋のディックさんの談である。


 彼から今日の賃金である銀貨四枚をもらうと、ヂャギーは両手を上げて喜んだ。


「わーい、雑貨屋さんでお菓子買うよ!」


「……夕飯前には食べないようにね」


 彼を回収し、今度はブランズ・インへの帰路につく。

 この村に戻ってきたときと同じように、すでに夕焼けの時間に差し掛かっていた。


 道中、シエナがおずおずと言ってくる。


「あのぉ……(あるじ)さま。今さらなんですけど、わたしたち護衛役なのに護衛してなくていいんでしょうか。アルバイト中、ずっとお一人にさせてしまっていますけど」


「大丈夫、大丈夫。聖剣の鞘の加護があるし、それにこの村は危険種(モンスター)や極悪人は入れないからね」


 当たり前のように答えてから振り返る。

 二人は揃って首を(かし)げていた。


 ここで育った俺からすると当然すぎることなので忘れていたけど、そういやまだ話していなかったか。


 村の北に連なるヤノン山脈の峰々、その山の一つを指さす。

 正確には、その中腹あたりを。


「あそこに小さい洞窟があるんだけど、まぁ見えないよね」


「見えます」


「見えるよ!」


 ……どんな視力をしてるんだ。


「えーっとね、村の東西を流れるガウィス川の水源がその洞窟の奥にあるんだけど、そこで聖銀のフィルターを通してるんだよね。つまり湧き水を聖水に変えてから川に流してるってわけ。剣豪ガウィスがこの村を作ったときに、村人たちを守るためにそうしたらしいんだけど」


 聖銀というのは、真なる魔王を討伐した始祖勇者が、その血を持って清めた特別な銀のことだ。

 魔を打ち払う効果のある貴重な品だが、それをフィルターにして水を濾過(ろか)すると、その水にも同種の効果が付与される。

 つまり魔除けとなるのだ。


 高純度のものであれば危険種(モンスター)にかけてダメージを与えられるほどになるらしいが、ガウィス川を流れる聖水にはそこまでの効果はない。


危険種(モンスター)や極悪人はこの村に入ると――正確に言うと、ガウィス川に近づくと、不快感を覚えるらしいんだよね。だからこの村にはそれなりに善良な人しかいない……って俺は聞いてる」


 俺自身、聖水の効果を感じたことはないので、あくまで伝聞だけど。

 ヂャギーは手を叩いて、あまりにも素直な感想を漏らした。


「すごい村だったんだね! でもそんなすごい村なら、もっとたくさん人が住んでてもよさそうなのにね!」


「……まぁド田舎で不便だし……人の住んでる街の中って危険種(モンスター)が出なくて当たり前だし……極端な悪人もこんな田舎じゃ稼げないから来るわけないし……」


 要するに、この村に住むメリットにはそれほどなってないのだ。

 もちろん二百年前、島全体が混乱を極めた統一戦争期には大きな意味のあったことなのかもしれない。

 だから剣豪ガウィスの気遣いをまるっきり無駄とは言わないけども。


「アンデッドや植物系みたいな思考力の低いタイプには効果が薄いって言うし、川から少し離れると無意味になるから思ったほど便利ではないんだよね……」


 ちょっと森の奥へ入ったり、山を登ったりした人が危険種(モンスター)に出くわしたという話はよく聞く。

 ここへ来るときに通ってきた十字宿場(ビエナ)との間の山道あたりは滅多に出ないが。


「高レベルのはいないらしいけど、九頭竜茸(ヒドラダケ)とか、自生人形(ローグパペット)とか、腐乱猪(タタリボア)とかは少し村を離れると割と出るよ。……あとはカワワカメが出るとか出ないとか」


 と、名前を並べてはみたが、実際に見たことがあるものは半分くらいだ。

 大食漢のヂャギーが食いついたのは最後の名前だった。


「カワワカメって、あのワカメ?」


「いや、海に生えてるワカメとは直接は関係ない。地下水脈を移動する魔術植物の一種……らしいけど、姿がワカメに似てるからそう名付けられたんだって」


 これも伝聞であってホントがどうかは分からない。

 第二文明期に作られた非常食が繁殖して野生化したとか言う話も聞いた覚えがあるけど、正直眉唾ものだと思っている。


 と、さらにシエナがそれに食いついた。


「ウィズランドの隠れ三大珍味の一つですよ、それ」


「え、そうなの!?」


 以前、彼女と共にその隠れ三大珍味の一つ、自走式擬態茸(マッコイ)を討伐して食したことがあるが、筆舌に尽くしがたいほどの美味だった。

 あれと並ぶものとなると、味が気になるところだが。

 この辺りにはカワワカメが出ることもあると俺に話してくれた村人は誰だっただろう。

 よく覚えていない。


 ヂャギーは人狼(ウェアウルフ)であるシエナの方を見ながら、また素直すぎる質問をしてくる。


「聖水って、魔族は大丈夫なの?」


「ああ、うん。人に危害を加える気があるかどうかだから、魔族でも善良であれば影響は受けないよ。この辺の森にも人狼(ウェアウルフ)が住んでて、たまに物々交換にやってきたりするけど、平気そうにしてるしね」


 人狼(ウェアウルフ)邪眼鬼(ゴルゴン)吸血鬼(ヴァンパイア)などに代表される『魔族』は、かつて第二文明を徹底的に破壊し、世界を恐怖のどん底に叩き落した『真なる魔王』の力を受け継ぐ者たちだ。

 しかしその破壊的な性質まで受け継いだというわけではない。

 それはこの人狼(ウェアウルフ)の少女を見ていればよく分かる。


 と、思ったけどどうなんだろう。

 そういえばこの村に入ったあたりで、シエナはどこか落ち着かないような様子を見せていた。

 もしかしてあれは聖水の効果が僅かながら、出ていたということなのだろうか。


 普段は本当に大人しい子なのだが、怒ると野獣のように狂暴な一面を覗かせることもある。

 ひょっとすると、そこが聖水の判定に引っかかっているのではあるまいか。


 そう心配して彼女の表情をうかがってみたが、今はもう普段通りで特に辛そうな様子はなかった。


 俺の視線の意味を感じ取ったわけではないと思うが、彼女は小首をかしげて聞いてくる。


「あの、(あるじ)さま。極悪人は入れないということですけど」


「うん」


「そうすると、あの精霊詐欺師は入れないんじゃないでしょうか」


「……いや、さすがにそんなことは……ない、と信じたい」


 自信はない。

 あの男の場合、体がピリピリするくらいはあっても不思議ではない。

 聖水が効果を発揮するとすれば、それはシエナよりあの男の方だとも思う。


 そんな話をしているうちに、ブランズ・インにたどり着いた。

 玄関のドアを開けると、受付で気だるげに婦人雑誌を読んでいた義母(かあ)さんが出迎えてくれる。

 相変わらず、他に客はいない。


 この田舎の村での夏休み。

 同行者の二人が楽しめてるのか不安だったが、どうやら悪くはなさそうだった。


 いや、この二人だけなら、大丈夫だろうと思っていたのだ。

 問題は明日からなのだけど……。






    ☆






 翌日、陽が最も高くなった頃。


 俺は村の外れ、東ガウィス川付近の河原で、聖剣を手に立っていた。

 その柄には白いハンカチが巻き付けてある。

 と言っても完璧な白ではない。七人の騎士と俺の名前が墨で円環状に書かれており、それぞれの下に赤黒い小さな染みがある。


 血判ハンカチと、俺は便宜的に呼んでいた。


 その呼び名の通り、円卓の騎士のみんなに彼ら自身の血で親指の指紋をつけてもらったものである。

 聖剣に秘められた力の内、友人としての好感度――親密度で解放される類の力は、騎士の血液をその発動に必要とする。

 そのためにみんなに頼んでこんなものを作ったわけなのだが、居場所を探知されたり、俺の元へと召喚されるのを嫌がったヤルーとラヴィはずいぶんと血判を押すのを渋った。

 リクサに脅してもらったりして、最終的には押させたけども。


 ちなみに俺の名前と血判が入っていることには特に意味はない。

 ミレくんだけ押さないのズルいじゃーん! とラヴィに言われたので入れた。それだけである。

 指切ったとき、ちょっとだけ痛かった。


「さて、と」


 深呼吸を繰り返す。

 そろそろ彼らと約束していた時間である。


 騎士の召喚は前に一度使ったことがあるのだが、聖剣を解析したブータの話によれば、複数名を同時に呼ぶ出すことも可能らしい。

 今回はそれを試してみる。


 呪文(スペル)はシンプルだ。

 聖剣の切っ先を天に向け、彼らの姿を思い浮かべながら、唱える。


「王の名を持って命ずる。我が剣、リクサ、ブータ、ナガレ、ラヴィ、ヤルーよ。呼び声に応え、我が元に来たれ!」


 眼前、河原の上で空間が歪む。

 そこから現れ出でるは、王都に残っていた五人の円卓の騎士。


 オークネルの村に降り立った彼らを見て、俺は残りの休暇が混沌(カオス)なものとなる確信を抱いた。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★

恋愛度:★★★★★


【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★

恋愛度:★★★★


【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★

親密度:★★★★★★★[up!]

恋愛度:★★


【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★★


【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★

親密度:★★★★★★

恋愛度:★★★


【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★

親密度:★★★★[up!]

恋愛度:★★★★★

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