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第六十話 開港祭を楽しんだのが間違いだった

 南港湾都市(サイドビーチ)の開港祭。

 ウィズランド王国四大祭の一つにも数えられるこの盛大な催しは、二百年前に、この都市が統一王に恭順(きょうじゅん)したことを祝うものである。


 毎年、大きな賑わいを見せるこの祭日だが、昨夜に繰り広げられた死闘の影響で今年はだいぶ規模が縮小された。

 ……と言っても敢行しただけでも凄いことだと思うのだが。


「ミレくん、そりゃそうだけどね。これじゃあ去年より税収が下がっちゃうよ。いつもはもっと出店も観光客も多いしね」


 宿泊している海沿いの最高級旅館(ホテル)から先頭を切って街へ出て、領主のラヴィはそう語った。


 日暮れ時。

 彼女も俺も、ほかの円卓の騎士たちも、この祭りの正装である浴衣に身を包んでいる。


 明日の朝には、俺たちは王都への帰路につかなければならない。

 グウネズ討伐戦の戦後処理も滞りなく終わったので、最後にこうして遊びに出てきたわけだが。


「いやー、やっぱひでえな、こりゃあ」


 戦いの爪痕が残る街を見渡し、ヤルーが他人事のようにつぶやく。


 全壊した家屋は百と八十。

 半壊した家屋はその倍以上、ドアや家具が破壊されるなどの一部損壊は、昨夜に構築した大結界内のほぼすべての家屋に及んでいる。


 元々、爆発物が発見されたという名目で住民を避難させたわけだが、どう考えてもそれでは説明しきれないので、封印されていた危険種(モンスター)がいくらか解放されてしまったと追加の言い訳をすることになった。

 もちろんそれでも完璧には隠し通せないだろうが、その辺は金の力でどうにかなるだろう。


 一人、先を行くラヴィは頭の後ろで手を組んで、俺の方をちらちら振り返りながら愚痴をこぼす。


「街はこの有様だし、海精霊(テーチス)の大渦は消えるし、噴水広場は全壊するし、魔神殺し(デーモンキラー)は《存在否定(エンドロール)》で消えちゃうし。もー、ホント踏んだり蹴ったりって感じ」


魔神殺し(デーモンキラー)は俺が買ったのを貸してただけだから、ラヴィの懐は痛まないだろ……」


 さりげなくあの金貨十万枚の短剣の分まで補填を求められそうになったので、しっかりと釘を刺す。

 ラヴィは誤魔化すように笑った後、俺とヤルーに向けて、じとっと視線を向けてきた。


「まぁ渦については? 犯人は? 薄々見当はついてるんだけどね?」


「……いや、必要なことだったんだよ、あれは。街の復興予算は十分用意するから許してくれよ」


 今回のことは南港湾都市(サイドビーチ)にとって、確かに大きな痛手だとは思う。

 だが 海賊女王エリザベスの記憶の中で垣間見た統一戦争期のこの街は、ほとんど瓦礫の山のようで、とても人が住めるようなところではなかった。


 あんな状態からでも復興を果たせたのだ。

 今度だって必ず立ち直れるはず。


 この国の王として、それに必要な支援を行うつもりは、もちろんある。


 ラヴィの不満を反らすため、というわけではないけども。

 国庫から直接貨幣を取り出せる革袋、財政出動(スペンディング)を懐から出して彼女に見せる。


「今日は好きなだけ飲み食いしていいよ。昨日頑張ってくれたしね」


「ホント!? やったぁ!」


 両手を合わせて大げさに喜びを表現するラヴィ。

 俺は振り返って、ほかの連中にも声をかける。


「もちろん、みんなもね」


 ぱぁっと顔を輝かせる一同。

 ただその中の一人に対してだけは、はっきりと言っておく。


「ただし、ヤルー。お前はダメだ」


「なんでだよ!」


 激昂して詰め寄ってくるヤルー。

 それに負けない剣幕で俺も立ち向かう。


「召喚回数に制限があるからって海精霊(テーチス)の出し惜しみしやがっただろーが! ぎりぎりまで粘りやがって!」


「ちげーよ! ここぞというとこで使うために温存してたんだっての!」


「温存しすぎだ! おかげで危ないところだったじゃねえか! 今度、出し惜しみしたら俺がお前のスキル借りて召喚するからな! 召喚回数上限までな!」


「ひいぃ! う、運よく契約できた貴重な上位精霊なんだ! 勘弁してくれ!」


 途端、ヤルーは頭を抱えて、俺から離れる。


 こいつが使っている魔導書、優良契約アンペイドは別名、精霊図鑑と呼ばれており、それぞれのページに契約すべき精霊が載っている。

 こいつはそれをコンプリートすることを目標にしているので、この手の脅しが最も有効なのだ。


 しかし結果論ではあるが、この男の言うとおり温存という見方もないわけでもない。

 あのタイミングまで残しておいてくれたおかげで、ブータをその気にさせる時間を稼げたわけではあるし。

 下位精霊を使っての小技もいくらかではあるが役には立った。

 情状酌量の余地はある。


「……海精霊(テーチス)の召喚可能回数は三回だろ? だったら、あと一回は使っても問題ないよな。次は少しでもヤバいと思ったら、すぐに召喚しろよ」


「分かった分かった。いや、俺っちは今回もそのつもりだったんだけどよー、マジで誤算レベルで相手が強かったんだって。許してくれよ、ミレちゃん」


 両手を上げて降参のポーズを取るヤルー。

 相手の強さを低く見積もっていたのは俺も同じなので、そこは責めることはできない。


「しょうがないな……。今夜はヤルーも奢ってやることにしよう」


「よっしゃよっしゃ! さすがミレちゃん、愛してるぜ!」


 調子のいいことを言うヤルーは置いといて、俺は祭りの中心である街の北の方へ向けて足を踏み出す。


 陽が西の山脈に、完全に姿を隠すその寸前。

 街路樹の間に吊るされているおびただしい数の提灯(ちょうちん)に、一斉に輝石(ライトジェム)の明かりが灯る。


 眼前に浮かび上がるは、幻想的で、それでいて活気にあふれた街の様子。



 被害の少なかった店舗は扉を開け放って通常通り営業しているし、そうでないところも簡易屋台を出して商売に励んでいる。

 扱っているものは貿易港らしく、大陸からの輸入品や、輸出のために島の各地から集められた品々が中心で、それらを加工した工芸品や南海の海産物なども多く見られる。


 それらを楽しそうに眺めながら、華やかな浴衣に身を包んだ観光客や地元の人が大量に行き交っている。

 どこか異世界に迷い込んだかのような印象を受ける光景だった。


 この人ごみの中に、昨夜の戦いを知る者はほとんどいない。

 でも、それでいいのだ。


 人々が平和に祭りの夜を満喫しているという事実。


 これこそが、誰にも気づかれぬまま国を守るという円卓の騎士と後援者(パトロン)の責務が果たされた、一番の証なのだから。






    ☆






「あら! みなさんお揃いで!」


 そう声をかけられたのは、南の新市街から適当に飲み食いしながら北上している最中だった。

 いくつも並んだ屋台のうちの一つで、ブータの姉弟子であるネフが働いている。


 よく見ればその後ろに建っているのは、この街の魔術師ギルド支部だった。

 相変わらず普通過ぎて気づきにくい建物だが、幸いにも昨日の戦いの被害は軽微のようだ。


「食べ歩きですか? でしたら是非、魔術師ギルド特製のかき氷をどうぞ! 魔術で生成した氷で作ったものですわ!」


「ま、魔術で作った氷か……そうだな……じゃあもらおうか」


 少し引っかかるところがないわけではなかったものの。

 振り返り、みんなに確認してから、人数分頼む。


 ネフは手際よく氷を削り、シロップをかけると、その上に南の群島から運ばれたカラフルな果実をふんだんに乗せた。


 一つ銅貨十枚。

 八人分の支払いをしてそれを受け取る。


 ネフの接客は愛想もよく、見事なものだったが。


「魔術師ギルドも店を出してるのは……まぁいいとして。君は王都にある本部の人間だろう? どうして働いてるんだ?」


「わたくし、起業するのが夢なんですの! せっかくですので勉強させてもらっていますわ!」


 さようで。


 ネフは、かき氷を実に美味そうに食っている弟弟子へと目を向ける。


「どうですか、ブータさん。開港祭は楽しめていますか?」


「はい! ネフ姉さん!」


 そんな微笑ましい二人の様子を見て、そういえば、と思い出した。

 ネフに顔を近づけ、声を落として尋ねる。


「その、昨日の《覗き見(ピーピング)》の件なんだけど」


「ああ、ご心配ありませんわ。陛下がアレを使ったことは、口外いたしませんから。ギルドの皆さんにも、そうするよう言い含めておきましたわ」


 昨夜、俺たちが覗いていることに気づいた時と同じように、ネフは片目をぱちりと閉じてみせる。

 あのときはずいぶんと驚いたものだけど。


「俺が使った魔術だって分かるものなのか」


「ええ。十年に一度の天才、このネフにかかれば、あれくらいは感知できて当然ですわ。……でも陛下があんな魔術を使えるとは驚きでしたわ。あれは聖剣のお力で?」


「うん、そう。そんな感じ」


 ブータが覚えているのを借りた……とは言わないでおこう。

 俺が使うなら合法だが、ブータが使うと違法だし。


 手を振るネフと、魔術師ギルドの面々に見送られ、俺たちは繁華街の方へと足を向ける。

 すると今度は、会員制酒場(ナイトクラブ)『アクアブレス』の前で声をかけられた。


「お、ミレアス(・・・・)さんと、そのご一行じゃないですか」


 前にラヴィと二人で出向いたその建物は無残にも半壊していたが、その前には香ばしい匂いを漂わせる屋台が出ていた。

 そこで焼きとうもろこしに刷毛(はけ)で醤油を塗っているのは、あの盗賊ギルドの幹部である。


「……スチュアート。お前、こんなところで何やってるんだ」


「出店は盗賊ギルドが仕切りをやらせてもらってるんでね。ここはうちのギルドの物件ですし、そりゃ店の一つくらい出しますよ」


「そうじゃなくて。なんで幹部のお前が、とうもろこし焼いてんだって話だ」


「初心に帰るってやつですわ。陛下が生まれつき王じゃなかったように、俺も最初っから幹部だったわけじゃない。こんなふうにテキ屋やって口に糊してた若手時代もあったんです。そこの小娘も昔はコソ泥やってたわけですしね」


 と、スチュアートはラヴィへと目を向けた。

 彼女もこの男は苦手なのか、べっと舌を出して、俺の背中に隠れる。


「なんだ、ラヴィ。昨日は陛下に頭撫でられてご機嫌だったくせに」


「み、見てたの!?」


「脇道からな。贅沢暮らしが長いせいで【気配感知】が鈍ってんじゃねえか?」


 チューチュッチュと。

 スチュアートはいつもの無理のある笑い声を上げる。


「で、どうします、陛下。美味いですよ。西の穀物地帯で収穫されたばかりのヤツです」


「……人数分頼む」


「まいど!」


 スチュアートは慣れた手つきで商品の量産を始める。

 言葉どおり、こういう仕事で生活していた時期があったのだろう。


 支払いを済ませ、熱々の焼きとうもろこしを受け取る。

 一口齧ってみたが、醤油のしょっぱさと、とうもろこしの甘味が互いを引き立てあっていて、実に美味しかった。


 そういえば、とまたも思い出す。

 昨日、《覗き見(ピーピング)》していたとき、こいつも案外いいことを言ってた気がする。


 本心の分かりにくい男ではあるが、後援者(パトロン)としては信用してもいいのかもしれない。


「ありがとな」


「なぁに。商売ですから」


 とうもろこしを売ってくれた件だと思っているのか、それとも昨日の戦いの件だと分かっているのか。

 すっと、手を伸ばして握手を求めてきたあたり、後者なのかもしれない。


 その手を握り、後援者(パトロン)の代表者の中で、こいつとだけまだ握手をしていなかったな、と考える。


 スチュアートの屋台を離れ、俺たちが次に訪れたのは繁華街の一角、大陸人街ブリッジタウン

 前にラヴィと共に買い食いをした、大陸からの移民が形成した国際色豊かなところだ。


「お。ミレアスさん! ナガレ! こっちこっち~」


 ここで声を掛けてきたのは傭兵ギルドのイライザだ。

 酒場のテラス席で、傭兵仲間たちと一緒にジョッキでビールをあおっている。

 どうやら大陸から輸入された各種の酒が飲める店らしい。

 祭りの各所で購入した食品も、持ち込んでいいようだ。


 そこで俺の袖を遠慮がちに引いてくる者がいた。

 リクサである。


「あの、ミレウス様……好きなだけ飲み食いしていい、とのことでしたが、お酒もよろしいのでしょうか?」


 仕事の方はよくできるこの女性だが、私生活の方はダメダメであり、特に酒癖が極めて悪い。

 飲みすぎて眠りこけ、記憶を失うタイプである。


 だが、昨日はあれだけ頑張ってくれたし、ここで却下するわけにもいくまい。


「いいよ。リクサが酔いつぶれたら、俺が旅館(ホテル)までおぶって帰ってあげるから。好きなだけ飲みな」


「い、いえ。さすがに、そうなるまでは飲みませんが」


 赤面しつつも、顔をほころばせるリクサ。

 限界まで飲むだろうな、これは。絶対。


 それからしばらくの間、その店で傭兵たちと共に飲み食いをした。

 彼らは俺たちが円卓の騎士の一行であると気づいていたが、酒が入っているからか、あるいは元々そういう気質なのか、あまりかしこまらずに接してくる。

 なかなか楽しい酒宴であると言えた。


 俺の座った丸テーブルではイライザとナガレが、ビールをジョッキでやりながら、くっちゃべっている。


「そうそう、ナガレ。貴女、ミレアスさんからもらった耳飾り(イヤーカフ)を壊して落ち込んでたでしょ?」


「落ち込んでねーよ! ちょっとわりーと思っただけだっての!」


「あら、そう? あっちに輸入物の装飾品を売ってる屋台が出てたから、あとで新しいのを買ってもらったらって思ったんだけど」


「……マ、マジか」


 ナガレはぐいっとジョッキの残りを飲み干すと、赤ら顔でこちらを見てくる。

 が、特に何も言ってこないあたり、彼女らしい。

 茹でた枝豆を口に放り込みながら、誘ってみる。


「後で一緒に見に行ってみるか」


「お、おう。そうだな」


 口端を不器用に上げて笑うナガレのジョッキに、イライザが新しいビールを注ぐ。

 彼女はそれも上機嫌で、すぐに空けた。

 この調子だと酔いつぶれる人間が一人で済まない気もするが、それもまぁいいだろう。


「盛り上がっているようですな」


 俺もほろ酔い気分になってきた頃に声をかけてきたのは、コーンウォール公エドワードだった。

 今日は護衛もつけず、南港湾都市(サイドビーチ)らしいラフな格好をしている。


「ご合席、よろしいですか?」


「ああ、もちろん。でもいいのか? さっきからあちこちで、諸侯騎士団(ノーブルナイツ)が警備してるのを見たけど」


「ああ、あれは団員が自発的にやっているだけですので。それに本来、私は隠居の身です。騎士団の後援者(パトロン)としての仕事以外は、後進に任せております」


 エドワードは俺の近くの席に陣取り、輸入物の強い酒を頼んだ。

 もちろん彼が目を向けるのは、娘のように可愛がっているリクサの方だ。

 彼女は少し奥の方の卓で、シエナやラヴィと共にリラックスした様子で大好きな酒を飲んでいる。


 親戚であるこの老人もアルコールが好きなのだろうか。

 グラスに入った透き通った米酒をぐいぐいとやりながら、リクサの様子を眺めて目を細めている。


「あの子があんな穏やかな顔をするようになるとは……やはり、仲間と主君に恵まれたようですな」


「そうなのかなー。いや、どうかなー……」


 あまりそんな自覚はないけれど。

 確かに出会った頃と比べれば、リクサの表情は柔らかくなったようには思う。


 そんな風にエドワードと話していると、別の卓にいたヤルーが(わめ)き始めた。


「もう食いもんがないぞ! 今日はミレちゃんの奢りだから、じゃんじゃん持ってこい!」


 珍しく酔っているようで、ブータやヂャギーと楽しそうに肩を組んでいる。


 そこへ都合よくやってきたのは、移動販売のカート。

 押しているのは勇者信仰会ヨシュアパーティのエルとアール、それと今日は非番(オフ)のはずのアザレアさんだった。


「たこ焼きの移動販売ですよ! 焼きたて、熱々ですよ!」


「たこは南港湾都市(サイドビーチ)の名産の一つ! お一ついかがですか!」


 美人修道女(シスター)二人組(デュオ)は息の合った売り文句で俺に迫ってくる。

 買わないわけにもいかないか、と財政出動(スペンディング)に手を突っ込んだところで、ヤルーが勝手なことを言う。


「よっしゃ、あるだけ買おう! そこにいるミレちゃんがな!」


 酒場全体で割れんばかりの拍手が巻き起こり、大盛り上がりする。

 なんだかここの支払い全部俺が持つような雰囲気になってる気がするが、ま、それもいいだろう。


 たこ焼きは売り文句に違わず熱々で、濃厚なソースが酒によく合った。


「商品全部売れちゃいましたし! 私たちも混ざっていきましょう!」


「お祭りですからね!」


 エルとアールはヤルーを押しのけて、ヂャギーの横に座り、飲み食いしながら彼にあれこれと世話を始める。

 昨日、一番の大けがをしていた彼だったが特に後遺症などはないらしく、今も元気に食べ物を次から次へと胃に収めている。


「楽しいねぇ、みーくん!」


「そだね。ま、好きなだけ食ってくれ。本当に、好きなだけ」


 心底楽しんでいる様子のヂャギーに、手を振って応える。

 前に焼肉屋を出入り禁止になったこともある彼の食欲を満たそうとなると相当な出費になるような気もするが、昨日の彼の働きに比べれば安いものだろう。


 俺は、隣に立つエプロン姿の元同級生へと声をかける。


「アザレアさんはアルバイト?」


「そう。あの二人に誘われてやってみたんだけど、これがもう、売れて売れて」


 (ねぎら)うわけではないが、近くの席を引き、彼女を座らせてやる。


 水の入ったボトルを手に取って、()ごうかとジェスチャーをするが、彼女は首を横に振った。

 次いで果実水の入ったボトルを持つが、やはり同様。

 ワインの瓶を手にしたところで、ようやく彼女が微笑んだ。


 なるほど、と思いながら彼女のグラスに()いでやる。


「国王様にお酌していただけるとは、光栄の極み」


「……飲める口なんだね」


「田舎育ちは飲めるものです。ミレウスくんだって、だいぶ飲んでるじゃない」


 そのとおりだけど。

 まさかこの人と一緒に酒を呑む日が来るとは思わなかった。


 それからまたしばらく経って。

 宴もたけなわ、お腹もほどよく満ちてきたところで、最後にやってきたのは甘味(かんみ)の移動販売だった。

 ヌヤ前最高司祭が、砂糖でコーティングした鮮やかな赤い果実――りんご飴を売りにきたのだ。


 と言っても実際に商品を持っているのは少女(ロリータ・)志向服(ファッション)女給(ウェイトレス)さんである。

 ヌヤがオーナーをやっているケーキ店、『かすたあど☆くりぃむ』で働いている店員さんだ。


 もちろんこの移動販売も、あるだけ全部買うことになった。


「ほれ、シエナ。ぬしには特別に大きいのをやるぞ」


「あ、ありがとうございます、ヌヤ様」


 一際立派なりんご飴を受け取り、恐る恐るといった様子で舐めるシエナ。

 食べたことがなかったようだが、お気に召したらしい。

 ぴんと獣耳を立て、尻尾を振り、夢中で舐め始める。


 俺もヌヤから一つ受け取り、舐めてみる。

 果実を覆っている砂糖にもりんごの果汁を加えているのか、甘酸っぱく、さわやかで、食後のデザートには最適だった。


「本当は店でケーキを出したかったんじゃが、昨日の戦いで全焼してしまってのう。あの辺は通りも入り組んだものが多いから、火の回りも早かったようじゃ」


「ええ!? 大丈夫なのか、それ……」


「うむ。命さえあればなんとでもなるものじゃよ。建て直しに必要なお金は、王が十分出してくれるだろうしの」


「もちろん、それは構わないけど」


 そのとき南の空が、ぱっと明るくなった。

 そして、ややあってから、全身を震わすような轟音が届く。


 [精霊使い(シャーマン)]が光精霊(ウィルオウィスプ)を使役して行う魔法――《光花火(フラッシュワークス)》だ。

 海上の船から上がったものだろう。


 それは一発では留まらず、何発も何発も打ちあがり、南の空を色取り取りの光で埋め尽くす。

 通りの観光客も、酒場にいたみんなも、そちらへ一斉に視線を向けた。



 一説には、この《光花火(フラッシュワークス)》は統一戦争期の犠牲者への追悼として始まった文化だという。

 今はもう、そんなことを意識して眺めている人はそう多くはないだろうが……それもまた、平和な時代がずっと続いてきた証であろう。


 光と音の共演の中。

 ヌヤが、そっと耳打ちしてきた。


「また来年も来るがよい。それまでには店を再建しておくからのう。きっと街も元通りになっておるはずじゃよ」


「……そうだな」


 実際にそうなっていて欲しいと、俺は夜空に咲いた光の花に強く願った。





 こうして俺たちは南港湾都市(サイドビーチ)での最後の夜――開港祭を堪能した。

 だが、それは間違いだったかもしれない。


 明日の朝、名残惜しさで、この街を去るのが辛くなってしまうだろうから。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★★

親密度:★★★[up!]

恋愛度:★★★★★[up!]


【第三席 ブータ】

忠誠度:★★★★★★[up!]

親密度:★★[up!]

恋愛度:★★★★


【第六席 ヂャギー】

忠誠度:★★★★

親密度:★★★★★★[up!]

恋愛度:★★


【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★★

恋愛度:★★★★★★★[up!]


【第九席 ヤルー】

忠誠度:★★

親密度:★★★★★★[up!]

恋愛度:★★★


【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★★

親密度:★★★★[up!]

恋愛度:★★★★★★


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★★★★

親密度:★★★[up!]

恋愛度:★★★★★

-------------------------------------------------


この第六十話を持ちまして第二部は完結になります。

次からは第三部(と、その前の幕間)に入ります。


『ダメ卓』書籍化“未遂”と今後について、活動報告

(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1076951/blogkey/1858042/)

を書きましたので、ご覧いただけると幸いです。


 作者:ティエル

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