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第五十三話 演説をしたのが間違いだった

 アザレアさんが共犯者の一員となってから五日後の夜。

 魔神将(アークデーモン)グウネズの出現予想時刻が迫る頃。


 南港湾都市(サイドビーチ)の中心街に(そび)える時計塔の屋根の上に、俺は立っていた。

 そばには円卓の騎士のみんなと、魔術師ギルドの後援者(パトロン)が十名ほど。


 ここは、時を告げる卵が映し出す出現予想領域の、ちょうど中心にあたる。


 グウネズ本体が、領域内のどこに現出するかは定かでない。

 だが、どこに現れようとも、市街全体を見渡せるこの場所にいれば、魔術師ギルドの面々に《瞬間転移(テレポート)》で即座に近くまで送り込んでもらえる、という寸法である。


 ごちゃごちゃとした街並みの奥へと目をやると、巨大な円蓋(ドーム)状の結界が出現予想領域を覆っているのが見える。

 各教会の司祭(プリースト)たちと、魔術師ギルドの別動隊により構築されたものだ。


 その内側、および外縁部の住人は、実にこの街の人口の三割にも及んだ。

 しかし、ここ五日間で無事に避難を終えており、今、結界内に残っているのは、グウネズとの戦いに挑む者たちだけである。


 結界は強固であり、出入りはまず不可能。


 その周囲にも兵を配置し立ち入り規制を敷いているので、中を覗き見ることもできず、防音効果まで備えているため、戦闘音が漏れることもない。

 南港湾都市(サイドビーチ)の一般市民には、何も知られることなく、全てを終えることができるはずである。


「しっかし、開港祭の前夜ってのは不運だったよねー」


 下から吹き上げる風に自慢の赤髪を乱されながら、この都市の領主であるラヴィが、歩いてきた。


「本当なら今頃、準備で大忙しの時期だし、けっこう文句出たみたいだよー。爆発物の処理なんて、祭りが終わってからにしろってさ」


「後で金を注入して黙らせるしかないでしょ。どちらにせよ、建物には相当な被害が及ぶだろうし、住民から苦情が来るのは織り込み済みだよ」


 今回の作戦の参加者達には、事前に、建造物への被害は考えなくてもよいと伝えてある。

 もちろん敵であるグウネズ本体と、その『影』も、建物に配慮などしてくれるはずはなく、街の各地で派手な戦いが繰り広げられるのは不可避の状況だった。


 今は、とりあえず完全な更地にさえならなければいいというくらいの気持ちである。


「ミレくんも、為政者(いせいしゃ)っぽいこと言うようになったねぇ」


「実際、為政者(いせいしゃ)だし。こんな仕事やらされりゃ、誰でもそうなるさ」


 アザレアさんにも似たようなことを言われたけど。

 表面的な部分で言えば、俺は確かに変わってきたのかもしれない。


 現在、彼女――アザレアさんを含む医療班は、護衛の隊と共に、結界の端で待機してもらっている。

 そこなら最初の現出の際に、『影』が現れることはないだろうと踏んでのことだが、戦いが長引けば、そちらへ流れる敵も出てくるかもしれない。

 やはり、早期決着を狙いたいところだ。


「あの子のこと、心配?」


「そりゃそうだよ。友達だもの」


 アザレアさんがいるはずの方角を見る俺を、ラヴィが茶化してきた。


 すでに円卓の騎士のみんなには、彼女を後援者(パトロン)に加えたことは話してある。

 またラヴィには何故、彼女から敵視――というか警戒されていたのか説明してあるが、『あー、なるほどね』と、俺と同じように納得した様子は見せていた。


「あの子もなかなかイカれてるよね。最高機密会議を盗聴するとか、盗賊ギルド出身のアタシでも考えないよ」


「まー、俺とは友達だし。万が一見つかっても、許してもらえると思ってたんじゃないかな」


「そうかなー? あの子は、ミレくんの人格が、国を守る王様として相応しいように変えられてるかもって疑ってたわけでしょ? もしそれが当たってたら、友達だろうと関係なく厳罰に処されてたかもしれないじゃん。相当な覚悟を持った上で、やったんだと思うけどな」


 ……言われるまで気付かなかったのもどうかと思うが、確かにそうか。

 逆説的に考えると、俺がアザレアさんに厳罰を与えようとしないことが、彼女の説の否定になっているとも言えるけど。


 実際のところ――褒められたことではないが、俺は公正明大な王様になろうだなんて、これっぽっちも思っていない。

 すでに国の金を使って、実家に多額の仕送りをしたり、王都で豪遊したり、後援者(パトロン)に見返りを用意したりと、特権を乱用しまくっているし、円卓の騎士の責務さえ果たせば、あとは適当でもいいだろうと、ゆるゆるに考えているわけだけど。


 アザレアさんがそれを知っていたわけではない。

 俺が考えていたほど、彼女が軽い気持ちでいたわけではないのは確かだろう。


 ラヴィは隣に立つと、俺と同じように、医療班のいる方に視線を向ける。


「いくらか観察してみたけど、あの子、ちゃんと考えた上で行動してると思うよ。じゃないと人格改変なんて思いつかないだろうしね。まぁ考えた上での行動が、いきなり女中(メイド)になることだったり、盗聴だったり、こうして戦場に出てくることだったりってのがイカれてるんだけど」


「俺も別に、アザレアさんが考えなしだとは思っていないよ。同級生だった頃から要領のいい人だったけど、それも色々考えた上で行動しているからだろうし」


 彼女は、俺と二人きりのときは王と女中(メイド)としてではなく、昔のように友人として接してくれるが、考えてみればあれも、俺が人格改変されていないか試していたのかもしれない。

 俺にとっては、王になる以前の日常を思い出させてくれる貴重な時間だったので、咎めたりしなかったけれど。


「ただ、正直、俺もここまでイカれてるというか――無茶する人だとは思ってなかったから、少し驚きはした」


「あの子から見て、ミレくんが変わったように思えたってのもそうだけどさ。環境の変化で、その人の隠れてた一面が見えるようになっただけなんじゃないかな。他人の本質なんて、数年の付き合いくらいじゃ、一部しかわかんないって」


「……そんなもんかな」


 確かに、ここまで大きく立場が変われば、本人さえも自覚してなかった新たな一面が見えてきて当然なのかもしれない。


「ま、あの子もよく言えば、行動力があるってことだよね。そういう人はアタシ、なんだか嫌いになれないんだ」


「そりゃラヴィ自身が、対極に位置するぐーたら人間だからだろう」


「アッハッハ! そうかもしんない」


 機嫌よさそうに目を細めて笑うラヴィ。


 少し前は、目の前で冗談を言って、からかったりしてたのに、ずいぶん評価を上げたものである。

 違法仲間(アウトロー )として親近感を覚えたというのもあるかもしれない。


 いずれにしても、ずっと警戒しあってるよりかはいいだろう。


「ミレくんも割りとイカれてるほうだよね。初めてアタシと会った日に、盗賊ギルドのチンピラの前に立ちふさがったりしたけどさ。あれだって、前日までただの学生だった人がやれることじゃないよ」


 イカれてると言われて喜ぶ奴はいないだろうが、ここは、行動力がある、と褒められたと思っておくことにする。


 ラヴィがひらひらと手を振って去っていくと、今度はヤルーが、俺の元へとやってきた。

 その手には奇妙な光沢を持つ細長い石。


 伝達石(ポストジェム)という、第一文明期の遺物(アーティファクト)の一つである。

 同期(シンクロ)させた別の石に音声を伝えることができる便利な代物で、今は勇者信仰会(ヨシュアパーティ)の[通信士(オペレーター)]が特別な調整を施しているため、すべての部隊の石が一つの組になっていた。


 円卓の騎士の中にも、他部隊と連絡を取り、戦況の共有を行う人員が一人必要なわけだが、ヤルーがそれに立候補したので、任せていた。


 後衛だし、冷静だし、頭も切れるし、口も回るし、適任だと思ったのだけど、今考えると、ただ単に戦闘中にサボりたいだけだったのかもしれない。


「ヘーイ、ミレちゃん、全部隊の配置が完了したぜ。王様らしく最後に鼓舞でもしたらどうだ?」


 と、いつものにやけた顔でヤルーが伝達石(ポストジェム)を押し付けてきた。


 非常に高価な品なので使ったことはない。

 だが、これが登場する芝居なんかはいくつも見たことがあるので、使用方法は分かっている。


 咳払いしてから、石を口に近づける。


「あー、テストテスト。……こちら、ミレウス。ウィズランド王国国王、ミレウス一世。これ、聞こえてる?」


 反応はない。

 双方向通信なので、向こうの誰かが声を発すれば聞こえるはずだけども。


 ヤルーに視線で問いかけると、問題ないと頷いてきたので、とりあえず続けてみる。


「えー……いよいよ、決戦の時だ。まず、この作戦に参加してくれたことに感謝を述べたい。俺が王として滅亡級危険種(モンスター)に挑むのは、これが二回目だけど、一回目のとき一緒にいたのは、円卓の騎士が六人だけだった。今回はずいぶん増えたものだと思う」


 台本はない。

 というか、こんなことやるなんて事前に伝えられてもいない。


 しかし、もう演説も慣れたものだ。


 誰か――誰に向けてかは分からないが。

 目の前に、誰かがいるような気分で、語りかける。


「知ってのとおり、俺はまだ王になってから日が浅い。王になる前はごく普通の学生をやっていて、こんな国の命運をかけた戦いに参加することになるなんて、夢にも思っていなかった。……けど、今ではちゃんと自分なりの戦う理由をいくつか持って、ここに立っている。その理由っていうのは、話せば長くなるけれど」


 思い出すのは、五日前のこと。

 四角い卓を囲んだ後援者(パトロン)の代表者たちの顔ぶれは多種多様で、よくこんな連中が協力関係になれたなと感心したものである。


 今回の作戦の参加者全体を見たら、それ以上に千差万別だろう。

 ならば、最も広い範囲の人間の心に届くように話さなければならない。


「君がこの戦いに身を投じた理由が、俺と同じである必要はないと思っている。なにせ今回の作戦の参加者は、この国の住人ということ以外、何も共通点がない。だから、共にグウネズと戦ってくれる意思さえあればそれでいい。それだけで、俺は君を仲間だと思うことにした。君も、同じように俺を……俺たちを仲間だと思ってくれたら、嬉しい」


 一息つく。


 相手が善人であれ、悪人であれ、金目的であれ、名声目的であれ。

 言いたいことはただ一つだ。


「円卓の騎士のみんなにはもう言ったけど、仲間の君にも最後に命令したい。無茶をするな。自分の命を最優先にしろ。戦いの後、全員で勝利を分かち合おう。……以上」


 最後の最後まで反応はなかった。

 ヤルーに伝達石(ポストジェム)を返す。


 もしかして、この石、どことも同期(シンクロ)してなくて、ずっと独り言をしてたわけじゃあるまいな。


 と、一抹の不安を覚えたところで。


 眼下に広がる街並みから、一つの声が届いた。


「ミレウス陛下、万歳!」


 それに呼応するように、結界内のあちこちから声が上がり始める。


「円卓の騎士に栄光あれ!」


「ウィズランド王国に勝利を!」


 まるで、即位式の再現だ。

 王と、国と、円卓を称える声は次々に連鎖する。


 目を凝らせば、入り組んだ南港湾都市(サイドビーチ)の街のそこら中に、作戦の参加者の姿が見えた。


 大通りで騎士が。

 民家の窓から傭兵が。

 下水道の入り口から盗賊が。


 他にも大勢の、さまざまな職の者が、さまざまな場所から、こちらへ向けて手を振っている。


 やがて歓声は一つになり、戦いへ向けた(とき)の声となる。


「我らに勝利を!」


 幾度も幾度も連呼されたそれは、一声ごとに大きくなり、結界内に木霊(こだま)した。


 ここに集ったのは、何もかもが違う仲間達だが。

 その目的だけは、一つだった。

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