第五十一話 自首を認めたのが間違いだった
魔神将グウネズを俺たちでどうやって倒そう? の会議が終わると、円卓の騎士の皆はホテルの部屋を後にした。
――と見せかけて、一人だけ、残った者がいた。
コロポークルの魔術師、ブータである。
何か用でもあるのかと、俺が問いかける前に、ブータはドンッと両膝を床に突いた。
そしてその小さな体を折りたたみ、頭を深々と下げる。
最上級の謝罪スタイル、いわゆる土下座である。
「も、申し訳ありません、陛下ぁ!! この不忠者をお許しくださぁい!!」
先ほどの会議で何か無礼なことでも言われたかな、と思い返してみたが、心当たりはない。
「なんのことを謝られているのか、さっぱりなんだが?」
「またまたご冗談を~! 本当は気付いていらっしゃるんでしょう!?」
「いや、マジで分からない」
ブータは顔を上げ、潤んだその双眸をこちらに向けてくる。
「陛下がヤルー兄さんと海に出かけたあの日から、僕の両目が赤く濁ったことにお気づきになっていたんでしょう!? それで僕がどんな悪事を働いたか、お察しになられたのでしょう!?」
「いや、全然気付いていないし、察していない」
コロポークルという種族は、自身が悪事と認識している行為をすると目が赤く濁る……とは聞いている。
しかし、今のブータの両眼は宝石のような綺麗な青色だ。
あの日、海へ行った後にも会ったが、こんなもんだったと思う。
「この辺が! ほら! ちょっと紫っぽくなってるでしょう!?」
「誤差じゃないかなぁ」
俺に詰め寄り、自分の目を指差してくるけども、まったく違いは分からない。
床屋で髪を切ったら、本人的には納得いかないところができてしまったけど、他の人にはまったく分からないみたいな。
そんな感じだろうか。
「……あのぉー……もしかして、本当にお察しになられてなかったので?」
どうやら、やぶへびだったと気付いたようだが、もう遅い。
ブータの両肩を掴んで、確保する。
黙秘権を認めるつもりはない。
「で、何をやらかしたの」
「ヤ、ヤルー兄さんと海精霊の大渦に潜るって、陛下が仰ってたじゃないですか。それを聞いて僕、心配で、心配で……つい、《覗き見》を使ってしまったんです」
「なに、その魔術」
なんだか嫌な予感のする名前だが。
申し訳なさそうな顔のまま、ブータが短い呪文を唱えると、空中に楕円形の大きな姿見が現れた。
それは当初、普通の鏡のように光を反射し、この部屋の風景を映していたが、ブータがなにやら念じると、どこか、こことは別の場所をその鏡面に映し出した。
「……ん? これ、ヤルーか?」
そこに映っていたのは、南港湾都市の街を歩く、あの男の後ろ姿だった。
どこから出てるのかは分からないが、雑踏の音もしっかり聞こえる。
幽霊かなにかになって、背後から見ているかのような気分である。
ブータが手を振ると、姿見は、ふっと消失した。
「術者が頭に思い浮かべた場所や人物を映し出す魔術なんです。……そうでしたか、ご存知なかったですか」
俺は別にそちらに明るい方ではないので、知らない魔術があっても全然おかしくないのだけど。
それを生業とする人らにとっては、知ってて当然のものなのだろうか。
「もしかして、俺とヤルーが海の底に行ったのを、これで見てたのか?」
「ご、ごめんなさいぃ~!」
ブータは再び額を床にこすりつける。
いや、俺たちを心配してのことならば、そんな謝る必要はないと思うが。
だが、問題といえば問題だった。
「ブータが、今の魔術を使ったのは、その時だけか?」
「は、はい! もちろんですぅ!」
「見ていたのは俺たちが海に潜ってた間と、その前後だけか? 他におかしな物を見たりはしなかったか?」
「……? そ、そうです。その時間だけです。おかしな物は特に見てないと思いますけどぉ」
質問の意図が分からないようで、ブータは困惑したように首をかしげる。
どうやらこの様子だと、俺が聖剣に騎士たちからの好感度を表示してるところを見たりはしていないようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、恐ろしい魔術だ。プライバシーも何もあったものではない。
「……これ、禁止指定魔術なんじゃないか?」
「そ、そうですぅ。いや、でも習得してから、使ったことはありません! こ、この間までは、ですけどぉ」
あたふたしながら弁解をしてくる。
それが本当かどうかは知るよしもない。
しかし禁止指定ということは――モグリの魔術師を除けば――使える人間はほとんどいないはずだ。
もし俺がさっきの魔術の存在を知っていても、それをブータが使えるとは思わなかっただろう。
仮に使えると思ったとして。
さらに彼の目の色が変わったのに気付いていたとしても、俺たちを《覗き見》したからだ――と推理したとは、とても思えない。
普通に考えればそうなのだが、ブータはもう完全にバレてると思い込んでいた。
次々に悪い方向に考えてしまう、負い目のある者の心理というやつが働いたのだろうか。
さて、この悪事、どう裁いたものか。
「……主君を思ってのことだし、今回は特別に不問にしよう。《覗き見》は今後、俺の指示があるとき以外、使わないと約束するなら、だけど」
恩着せがましく言うと、ブータは感涙にむせびながら、俺の両手を取ってきた。
「か、寛大な御沙汰、感謝いたしますぅ! 二度とこのようなことはしないと、コロポークルの神と円卓に誓いますぅ!」
あんまり信用できないけども。
彼を立ち上がらせ、膝についた埃を払ってやる。
バレているのではと勘違いしたのが理由とはいえ、自首をしにきたのは確かだし、やはりどこか憎めない子である。
「ところでブータ。さっきの《覗き見》って、本当にどこでも見れるの?」
「ここみたいに《防諜》が掛かった部屋を外から見るのは無理ですし、あんまり遠くを見ようとすると効果拡大が必要になりますけどぉ。ええ、はい。だいたいの場所は見れます」
ずいぶん簡単に使っていたように見えたが、けっこう高度な魔術なのだろうか。
少なくとも、そこらの魔術師が覚えられるようなものではないと思う。
「まさかと思うけど、アザレアさんに教えてくれって頼まれたの、この《覗き見》じゃないだろうね」
「ち、違いますよぉ! 教えたのはもっと簡単で、かわいい効果の魔術ですぅ!」
かわいい効果ってなんだ。
たいしたことないって意味なのか。
と、そこで、もう一つ疑問が思い浮かんだ。
「ブータ自身は、いったい誰に教わったんだ。禁止指定魔術なら、教えるのも、覚えるのも違法だろうに」
「も、申し訳ありませんー!」
別に誰かに言いつける気はないけど。
聞かれる心配などないのに、ブータはこちらの耳元に顔を近づけ、囁いてきた。
「実は、魔術師ギルド本部の書庫で見つけた古い本に、唱え方が落書きしてありまして……それを見ながら試行錯誤してたら、使えるようになったんです」
「独学で覚えたのか? そりゃ凄いな」
ま、一人で覚えたにしても、違法なのに変わりはないのだけど。
ブータは謙遜するように、その小さな頭をぶんぶんと左右に振った。
「僕なんて全然まだまだです。聖剣の解析も最後までできませんでしたし、長い呪文は大事なところで噛んでしまって使えませんし。僕なんかが、円卓の一員でいいのかなぁって正直思いますよぉ」
他の……特にやる気の薄い連中と比べたら、十分な働きをしてくれていると思うが、本人の自己評価は高くないようだ。
その仲間達が先ほどまで座っていた卓の方に、ブータは憧憬の眼差しを向ける。
「皆さんは凄いです。リクサ姉さんは何でもできるし、ナガレ姐さんは気合が入ってるし、シエナ姉さんは一本筋が通ってるし」
「うーん、それはどうだろうな……」
リクサができるのは仕事だけでプライベートは壊滅的だし、ナガレの気合はこっちに向いてくると面倒だし、シエナの筋は通っちゃいけないところに通ってるし。
「ラヴィ姉さんはやるときはやるし、ヤルー兄さんは度胸があるし、ヂャギー兄さんは強くて優しいです」
ラヴィはやらないときやらなすぎるし、ヤルーはその度胸をろくでもないことに使うし……まぁヂャギーはその通りだろう。変な粉吸うのはやめたほうがいいとは思うけど。
ブータの頭に、ぽんと手を置く。
子ども扱いするわけではないが。
「俺は別に、ブータが他のみんなと比べて劣ってるなんて思ってないよ。さっきヤルーも言ってたけど、上位魔神を《存在否定》とかいうので、一発で消し飛ばしたこともあるらしいじゃないか。実はブータもやればできる子なんじゃないか?」
「あ、あれはホントにたまたまなんです! 上位魔神が近くの村のすぐそばまで迫っていて、村の人もすぐそこにいて。あそこでなんとかしなかったら、犠牲者が出そうだったから無我夢中でやっただけなんです……それが偶然上手くいっただけで……」
姉弟子のネフは、ブータが詠唱の大事なところで噛んでしまうのは精神的な問題で、プレッシャーに弱すぎるから、と言っていたけど。
本当にそうなのだろうか。
ブータは最後に、もう一度だけ深々と頭を下げた。
「あの、それじゃあ、僕はこれで失礼します。本当に申し訳ありませんでした」
彼が部屋を去るのを見送り、扉が閉まったのを確認してから、大きく伸びをする。
「さて、と」
これでようやく、本当の意味で部屋に一人になった。
魔神将グウネズ襲来まで、あと五日。
仕事は山ほど残っているが、その前に試してみたいことができた。
「ふっふっふ」
思わず、気持ちの悪い笑みがこぼれる。
腰に下げた聖剣エンドッドを意識し、ブータが《覗き見》を唱えていた姿を思い浮かべ、同じ呪文を詠唱する。
すると、先ほどと同じように楕円形の姿見が空中に現れた。
禁止指定魔術だろうが、王様には関係ない。
効果を聞いて、実に便利そうだと思ったのだ。
今後、どんなタイミングで使うことになるかは分からないが、とりあえずは試しだ。
確か思い浮かべた人や場所が映ると言っていたが。
よし、アザレアさんにしよう。
あの人には前に紅茶を噴出させられた恨みもあるし、まったく効果はなかったけど《発火》の魔術で驚かされそうにもなったし。
大事な会議をするので今日は部屋に入らないようにと彼女は伝えておいたので、今頃はどこかで雑用でもしていると思う。
もしかしたら――ないとは思うけど、お風呂とかに入ってるかもしれないが。
そうだとしても、すぐ映像を消せば問題ないだろう、うん。
女中服姿のアザレアさんの姿を思い浮かべる。
すると、姿見の鏡面に変化が生じ、どこか狭い部屋のような場所が映し出された。
だいぶ暗く、分かりにくいが、静止した人影のようなものが見える。
アザレアさんかどうかは、はっきりしない。
いや、これは部屋ではないな。
倉庫、あるいは押入れだろうか。
服を掛けたハンガーがいくつも並んでいるのが見える。
……その掛かっている服たちには、よく見覚えがあった。
猛烈に嫌な予感を覚えながら、足音を殺して、部屋の隅へと移動する。
そこにあるのはウォークインクローゼットへと続く、両開きのドア。
両方のドアノブに手を掛け、一息で開ける。
その先にいたのは、膝を抱えて床に座り、こちらを見上げるアザレアさんだった。
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【第三席 ブータ】
忠誠度:★★★★[up!]
親密度:★
恋愛度:★★[up!]
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