第五十話 円卓の騎士と作戦会議をしたのが間違いだった
会議が終わり、後援者たちが一言ずつ挨拶して去っていった後。
ホテルの部屋には、俺と円卓の騎士の七人だけが残っていた。
我ながら不自然だとは思ったが、無理に笑顔を作って、みんなに向けて手を叩く。
「はい、というわけで今度は、魔神将グウネズを俺たちでどうやって倒そう? の会議を始めたいわけだけどね。まず、そこ、ちょっと、物騒なモノしまおうか」
両手を挙げて無抵抗の意思を示す精霊詐欺師のヤルーに、リクサが前から、シエナが後ろから、それぞれの得物を突きつけている。
こうなるのが目に見えていたから、ヤルーを召喚したことは、先ほどの会議の寸前まで彼女たちには黙っておいたのだ。
「ミレウス様。綱紀粛正のためにも、職務放棄した者には厳罰を与えるべきです。話し合いはその後かと」
天剣ローレンティアをヤルーの胸元に突きつけたまま、リクサが冷たく言い放つ。
「うん、それはもっともだけどね。今回の敵の詳細が分かったのは、ヤルーのおかげだからね。多少は減刑してもいいかなと思うんだよね」
「では、できるだけ苦しまないようにしましょう」
「まてまてまて」
ずいっと剣を押し出そうとした彼女の手を、慌てて止める。
ヤルーの胸元に少し刺さった気がするが、見なかったことにしよう。
「俺が王をやってる間は殺さないでやってくれって、前に頼んだだろ? 死刑でもいいから、執行猶予をつけてやってくれよ」
「……ミレウス様が、そう仰るなら」
リクサは渋々と言った様子で、剣を鞘に収めてくれた。
だが、もう一人の方――ヤルーの背後から、小剣を首に突きつけているシエナは、頬を膨らませ、不満そうに訴えてくる。
「主さま! わたしたちには復讐する権利があります!」
彼女の信仰する女神アールディアが司るのは、森と狩猟、そして復讐である。
『汝、慈悲深く他者と接しなさい。ただしマジでムカついた時は別だ』
……というのが、その教義だ。
彼女からすれば、自分達をコケにしたこの男に復讐するのは、当然のことなのだろう。
ヤルーが僅かに首を動かして、背後の獣耳少女を見やる。
「やめとけって、シエちゃん。復讐は何も生まないぞ」
「わたしがすっきりします」
即答して、小剣を持つ手に力を込めるシエナ。
その切っ先が刺さる前に、俺は抱きつくような形で、彼女を引き離した。
危機を脱したヤルーは、やれやれと肩をすくめて、窓際へと退避する。
「こええこええ。おっと、そうだ、シエちゃん。最近、この街のケーキ屋で、すんげー可愛い衣装着て接客してんだってな。評判になってんぜ」
と、彼が懐から取り出したのは、少女志向服姿のシエナが写った擬似投影紙。
店の外から隠し撮りしたものだろうか。
「これ焼き増しして売ったら、いい商売になるだろうなー。……おっと、危ねえ!」
ぐるんぐるん、と。
回転しながら飛んできた小型のナタを、ヤルーは寸でのところで、屈んでかわした。
凶器はホテルの窓ガラスを豪快に突き破り、外の庭へと落ちていく。
誰かに当たったりしてなければいいけれど。
野生の獣のように荒い息をしながら、さらに追撃をかけようとするシエナを羽交い絞めにして、どうどうと声をかける。
こんな連中に、本当に国の命運を委ねていいのだろうかと、今更ながら不安になってきた。
☆
どうにかシエナを落ち着かせ、ヤルーから擬似投影紙と投影媒体を没収し、それぞれを席につかすのに成功したのは、だいぶ経ってからだった。
また刃傷沙汰が勃発する前に、さっさと話を始める。
「……ということで、今度こそ、魔神将グウネズを俺たちでどうやって倒そう? の会議を始めるけども。俺はそもそも魔神というのを見たことすらないので、正直どうしたらいいのか分からない。なので、皆に意見を出してもらいたいんだけど」
ロングテーブルを並べて作られた大きな四角い卓。
その左側にヂャギー、ヤルー、ブータの男性陣が、右側にリクサ、シエナ、ナガレ、ラヴィの女性陣が座っている。
彼らはこれまで、円卓の騎士の通常業務の一環として、一般国民に知られることなく、多数の魔神や天聖機械を討伐してきたという。
魔神将を相手にするのは、さすがに今回が初めてだというが、下位種たちと戦ってきた経験は間違いなく生きるだろう。
まず手を挙げたのはリクサだった。
「魔神――特に上位魔神の肉体は、天聖機械のボディに使われている遺失合金よりも硬く、種族特効を付与した私の天剣ローレンティアでも有効打を与えるのは苦労します。その更に上の魔神将ともなれば、あの決戦級天聖機械アスカラの核の魔術障壁に匹敵する硬度と想定しておくべきでしょう」
いきなり、えらく悲観的な予測が出てきた。
アスカラの核といえば、あの時の仲間内で最高火力だったリクサの必殺技でも、傷一つつけられなかった悪夢の代物だ。
もし本当にそのレベルの硬度だとすれば、効きそうな攻撃は一つしか思い浮かばない。
「あ、あの、やっぱり主さまの【慈悲深き森の女神の一閃】を使うしかないんじゃないでしょうか」
おずおずと手を挙げたのはシエナだった。
俺が考えていたのと同じ意見である。
いや、技名は違うけれど。
「あん? おいおい、ミレちゃん。こんな街中で【めちゃ固いヤツ絶対殺す剣】ぶっぱなしていいのかよ?」
苦笑気味に疑問を投げかけてきたのはヤルーだった。
いや、技名は違うけれど。
彼らが言ってるのは、正式名称【超大物殺し】のことだ。
円卓の騎士が俺に対して抱く好感度の一つ――恋愛度を用いて発動する、聖剣エンドッドの切り札。
同一箇所を複数回斬りつけ、その斬撃を未来の同一時刻、同一地点へ飛ばし、空間的矛盾を生じさせ、大爆発を起こす――という、俺自身さっぱり原理を理解できてない大技だが。
あのアスカラを倒すのに使った際には、地上に巨大な爆発跡を残すほどの破壊力を見せた。
街中での使用を危険視するのも、よく分かる。
「ヤルーはつい最近まで、この街にいなかったから知らなかっただろうけどさ。あの技は、シエナが覚えた新魔法と連携すれば、周りに被害を及ぼさないように使えるんだよ」
「ほーん? アールディア教お得意の結界系の魔法か?」
ヤルーに視線を向けられて、シエナは露骨に嫌そうな顔をする。
「そうです。ヌヤ様に教えてもらったんです」
「結界で覆った上で、あの爆発技を発動させるってわけか。でもそれってどんくらい信用できんのよ? もし結界の方の強度が足りなかったら、周りが地獄絵図になるんじゃねーの」
そこはもちろん俺たちも考えていた。
「シエナと二人で、遠くの平原まで行って何度もテストしたんだよ。とりあえず、今の最大火力で撃っても、結界が機能してくれるのは確認できた。……と言っても、ちょっと賭けなのは変わらないし、あの技に頼らなくて済むならそれが一番なんだけど」
どこか他人事のような口ぶりのヤルーを指差す。
前から思っていたが、こいつはまだ手の内を隠している雰囲気がある。
「ヤルー、実は魔神将に効きそうな攻撃方法、持ってるんじゃないか?」
「ねえよ、そんなもん。あったら、アスカラのときに使ってるっての」
手をひらひらと振り、否定してくる。
実に胡散臭い。
「魔神は魔法耐性もヤベーからな。不死鳥を全開で使っても、再生能力を上回れるようなダメージは与えられねえと思う。というわけで俺っちは、攻撃する方はみんなに任せて援護に回らせてもらうわ」
単にサボりたいだけのようにしか見えないが。
ヤルーは矛先を反らすためか、隣のブータの肩を抱いてアピールしてきた。
「ブーちゃんの《存在否定》が決まれば一撃なんだけどな! 前に上位魔神を消し飛ばしたこともあったしよ!」
「あ、あれは、たまたま噛まずに詠唱できて、たまたま効果拡大も成功して、たまたま抵抗されなかっただけですよぉ! あんなの何度も上手くいくわけないですよぉ!」
聞いたこともない魔術の名前が出てきたが。
慌てふためくブータの顎を手で摩りながら、ヤルーが解説してくれた。
「ウィズランド王国魔術師ギルドの最秘奥だよ。一定範囲を完全な無に帰す、すっげー魔術で、魔法抵抗さえ上回れれば再生能力なんて関係なしに、どんな敵でも葬れる」
「あれ究極難易度ですよぉ!? 絶対無理ですって!」
本人は必死に拒否してるが、確かに魅力的な効果ではある。
しかし同時に、暴発したときの被害もえらいことになりそうだった。
「……まぁブータには、ヤルーと一緒にみんなの援護をしてもらおう。確実に発動できる単詠唱の魔術でね」
「そ、それならお任せください! がんばりますぅ!」
打って変わって、満面の笑みを浮かべるブータ。
だが、そんな魔術が使えると知ってしまった以上は、最悪の場合は、一か八か、お願いすることになるかもしれない……とは言わないでおく。
一度、安全な場所で使うところを見せてもらって、本番では俺が唱える、というのも手かもしれないが、魔術を借りても効果拡大はできないことは、すでに実験済みだった。
この手の、確実に相手の抵抗を抜かないといけない魔術については、借りる意味が薄い。
「俺の【超大物殺し】を使うのが本線として、だ。あれを発動させるためには、同じ場所を何度も切り付けないといけないんだよな」
地面などを斬りつけて、そこに敵を誘導する、という手もなくはない。
だが、発動タイミングは最初に斬りつけた時点で設定しなければならないし、一度設定すると変更はできない。
なので、その時間、その場所に敵を誘導できないと無駄撃ちになってしまう。
未来へ斬撃を飛ばせる回数は、みんなの恋愛度の合計までであり、その回数を使い切ってしまうと、俺自身が十分な休息を取らない限り、再使用することはできない。
なので、できれば本体を直接斬りつけて、確実に仕留めたいところだ。
「ミレウス様は後方から攻撃して、あの技の発動を狙ってください。どちらにせよ魔神将のサイズでは前面に立って戦えるのは二人が限度でしょうし、そちらは私とヂャギーが担当いたします」
という、リクサの提案は無難なように思えた。
後方から斬りつける王様ってどうなんだろうと思わなくもないが、今は正々堂々とか言ってる場合ではないだろう。
名前を出されたヂャギーが、その丸太のような両腕を挙げる。
「陽動だね! 任せといてよ!」
「いつも危ないところをお願いして悪いね。頼りにしてるよ」
中央神聖王国にある勇者信仰会の本部から、正式に『純戦士』の認可を受けたためか、ヂャギーは、やる気満々だった。
結局のところ、基本的な役割分担はアスカラの時と変わらなさそうである。
職構成から考えても当然ではあるけども。
シエナには、みんなと強化と回復、それと【超大物殺し】発動時の結界をお願いするとして、残るは二人。
先日、盗賊ギルドのスチュアートから購入した、強力な魔力が付与された短剣――魔神殺しを、手の上でくるくると器用に回しているラヴィがまず言ってきた。
「アタシは本体の撹乱と、近くにきた『影』の掃除かなー。これなら本体にも攻撃が通るかもしれないし、隙があったら目玉の一つくらいとってやりたいとこだけどね」
次はラヴィの横で頬杖をついているナガレ。
彼女は俺の視線に気付くと、少し考えるような素振りを見せた後、嘆息した。
「わりーけどオレはあんま火力は出せねーからな。遠距離から『影』の掃除に徹するわ。一回だけならグウネズの体勢を崩すくらいは、できるかもしんねーけど、あんま期待すんなよ」
「十分だよ。くれぐれも無理はしないでくれ」
あとは当日、グウネズの強さを見て、臨機応変に動くしかないだろう。
卓の左右に並んだ、みんなの顔を順々に見ていく。
「共に戦う後援者たちの犠牲を抑えるためにも、グウネズ出現から討伐まで、あまり時間はかけたくはない。でもそのために、みんなに犠牲が出たら元も子もない。だから、とりあえず今の時点で、一つだけ命令をさせてくれ」
口にするのに勇気のいる言葉だが。
言っておかないのも後悔するような気がした。
「頼むから、一人も死ぬな。全員生きて、王都に帰ろう」
円卓の騎士の一同が黙って頷く。
ただ、少しの間を置いてからヤルーが、いつもの調子で軽口を叩いた。
「それ、ミレちゃんが死ぬ伏線みたいな台詞だな」
不吉なこと言うのはやめろって――と俺が言う前に、シエナの小剣が卓の上を飛んでいった。