第四十九話 後援者と作戦会議をしたのが間違いだった
魔神は、天聖機械と同じく、第一文明期に開発された殺戮兵器である。
しかし、その性質は両者で大きく異なる。
純粋な機械――高々度技術の結晶である天聖機械に対し、魔神は生命体である。
どのように生み出されたかは定かではないが、一説にはエルフやコロポークルなどと同じく、人間を改造することで製作された亜人であるとも言われている。
極めて高い魔法耐性と、強靭な肉体、不死身の如き再生能力を持ち、高度な知能まで有するが、人間と意思疎通を行ったというケースは、ごく僅かしか報告されていない。
個体によって、その形態、性能は様々であるが、共通して言えるのは、亜人を含めた人類種に対する強い殺戮本能を持つということ。
よって交渉は、まず不可能と考えてよい。
その魔神の最高位に位置するのが魔神将である。
終末戦争に投入されたという、この滅亡級危険種は、人より僅かに大きい程度の体躯しか持たないにも関わらず、城のように巨大な決戦級天聖機械と同等の戦力を持ち、単体で国を滅ぼしうると言われている。
実際に現代――第四文明期における出現事例では、そのほとんどで、どこかの国が滅んできた。
この危険種に対し、軍隊などの大人数で挑むのが愚策であることは、歴史が証明している。
魔神将は魔術にも長けており、範囲攻撃による大規模殺害は、もっとも得意とするところだからだ。
唯一取り得る対抗策は、その苛烈な攻撃を凌ぐことができ、かつ強固な防御を突破可能な高火力を持つ少数精鋭をぶつけること。
無論、中途半端な人選では意味がない。
国を代表する、最強のパーティで挑む以外に道はない。
そのパーティの敗北は、すなわち国家の敗北、滅亡である。
つまり今回の、この南港湾都市における戦いは、ウィズランド王国の命運をかけたものであり、そのすべては円卓の騎士たちに掛かっていると言える――。
☆
というような内容を魔術師ギルドの後援者、ブータの姉弟子のネフが熱弁してくれた。
場所は、俺が宿泊しているホテルの部屋。
ロングテーブルを並べて大きな四角い卓とし、臨時の会議室になっている。
会議の出席者は、俺と円卓の騎士の面々、それと各組織の後援者の代表者たちが十名ほど。
皆、席に座り、黙ってネフの話を聞いていた。
国家の最高機密会議をこんなところでしていいのかとも思うが、王城の円卓の間に掛かっているのと同じ《防諜》をネフが使用してくれたので、部屋の外からは絶対に聞かれることはない。
下手な会議室などで行うよりかは、よっぽど安全ではある。
「ありがとう、ネフ。分かりやすかったよ」
「お安い御用ですわ!」
話を終えると、ネフは誇らしげに胸を張り、お辞儀をして、席についた。
作戦会議の前に、魔神の基礎情報を、おさらいのために話してくれと頼んだだけなのだが、やたら長かった上に、プレッシャーをかけられたような気もする。
ただ、その内容は、けっして間違ってはいなかった。
この戦いが国の存亡をかけたものであるのは確かであるし、そこで円卓の騎士が重要な役割を担うのも事実だ。
俺は懐から時を告げる卵を取り出し、皆に見えるようにテーブルの上に置く。
ウィズランド島に訪れる危機を予告するというその卵は、数日前から赤い光を発するようになっていた。
「滅亡級危険種――魔神将グウネズの到来予想日時は、今から五日後の深夜。つまり、開港祭の前夜だ。それまでに、十分な準備を行い、迎撃にあたる。これはそのための最終会議だ」
参加者を見渡し、この集いの趣旨を再度説明する。
ヤルーと共に、海の底で海精霊から聞いた、この南港湾都市に現れる滅亡級危険種の詳細は、事前に彼らに説明してある。
しかし、これもおさらいの意味で、もう一度だけ、話しておく。
「今回、俺たちが討伐しなければならない相手の名は『百影の魔神グウネズ』。多種多様な形態を持つ魔神将の中でも、かなり異質な存在で、近接戦闘に長けた本体に、『影』と呼ばれる無数の使い魔が付随する。影は下位魔神ほどの戦闘能力を有し、独立行動をするが、あくまで本体と同一個体である。影は破壊されると、本体に戻り、再生する。つまり、本体を倒さない限り、影は永遠に沸き続ける」
説明をしながら、卓の中央に置いた、この南港湾都市全域の地図を指差す。
そこには港湾から突き出た防波堤の先端、大灯台のあたりから中心街までを、赤い線で丸く囲ってある。
「この赤い線の内側が、時を告げる卵に映っている範囲。恐らく、魔術師マーリアがグウネズの本体を未来へと飛ばした際に、同時に、この赤い線の内側に展開していた無数の影も飛ばされた。だから、人間と大差のないサイズの魔神将でありながら、こんな広範囲が映されていたんだ」
海賊女王エリザベスの島で、今回の相手が魔神将であると分かったときに湧いた疑問は、これで解けた。
あとは、これにどう対処するか、だが。
数日前に【作戦立案】のスキルを持つ後援者と円卓の騎士を集めて、当日の作戦をどうするか協議してもらったのだが、この敵と、この条件で戦うなら採りうる策はそう多くはないと全員の意見が一致しており、最終案は割りとすんなりと決まった。
それをまとめた資料を配布し、説明を始める。
「まず、爆発の恐れのある遺物が地下から発見されたという名目で、この赤い線の近辺、および内側の住民を避難させる。その後、その範囲を結界で覆い、内外の行き来を不可能にする。これは住民に被害が及ばないようにする措置であると同時に、我々の戦いを隠蔽するためのものでもある」
本当ならば、南港湾都市の全住民を避難させたいところだが、受け入れ先にも限界があるし、現実的ではない。
住民をそばに残したまま戦うというのは、万が一、俺たちが敗れた場合、被害の拡大が早くなるということだが、そうなったら、どちらにせよ国が滅ぶのだ。
気にしても仕方ないところではある。
地図の赤い円の中央あたりを指差し、話を続ける。
「グウネズ本体には、俺たち円卓の騎士が当たる。本体の出現位置は円の中心付近と仮定しているが、根拠は薄い。どこに出現しても、即座に接敵できるよう、魔術師ギルドに助力を願うつもりだけど」
視線でネフに問いかけると、彼女は自信満々といった様子で、魔術師用ローブで隠された自身の薄い胸に手を当てた。
「お任せあれ、ですわ!」
「頼りにしてるよ。君たちには他に、結界を張るのと、影との直接戦闘に当たる者たちの援護をお願いすることになる。魔法耐性の高い魔神が相手だから、味方への補助魔術を中心に動いてほしい。もちろん、耐性を抜けるようなら、攻撃魔術も使っていいけど」
「楽勝ですわ! 下位魔神程度の魔法耐性ならば、簡単に上回れるくらいの人材を揃えてありますわ!」
魔術師ギルドは、彼女の他に、導師級の使い手を五十名ほど提供してくれるらしい。
導師と言うのは、魔術の道を一通り修めた者に与えられる称号で、私塾やギルドの支部を開く権限を得た証であるが、五十というのはこのウィズランド島にいる、その称号保持者の半数以上にあたる。
それが、現在の魔術師ギルドが出せる最大限の戦力であると、前に彼女は申し訳なさそうに話していたが、十分すぎるほどである。
もちろん、それに見合う大きな報酬を用意した。具体的に言うと補助金や組織への減税法案などである。
次に俺はアールディア教会の前最高司祭――現在はこの街でケーキ屋のオーナーをしている人狼の女性、ヌヤへと目を向ける。
彼女には、この街にある他の神の教会との調整役も担ってもらっている。
「各教会の司祭たちには魔術師ギルドと共に、結界の構築をお願いすることになる。また結界内の比較的安全と思われる場所に医療本部を設置してもらう。影との戦いで傷ついた者を運び込み、治療するための場所だ」
「委細承知しておる。死んですぐなら蘇生してやれるかもしれんからのう。死人が出ても、遠慮せず、連れてくるがよい」
ヌヤは、ほほほ、と笑うと、他の後援者たちを見渡し、デフォルメされた犬の書かれた扇子で自身を扇いだ。
戦いがどれほどの時間かかるか分からないが、死傷者が出ないことはありえないと思っている。
こちらの犠牲を最小限に抑えるためにも、彼女たちの働きは重要だった。
今度は勇者信仰会の美人修道女二人組、エルとアールに目をやる。
別にどちらか一人でもよかったのだけど、彼女たちは仲良く揃って出席していた。
「勇者信仰会の皆には、医療本部で司祭たちの手伝いをしてもらう。それと医療本部そばに情報室を設置して、伝達石を使って各部隊の情報の共有を頼みたい」
「お任せください、陛下。うちに所属してる[通信士]をたくさん集めておきましたから、そのあたりはバッチリですよ」
「うちは戦える者はほとんどいませんからね。裏方で貢献させていただきます」
今回の戦いは数百人規模の上、それを細かな部隊に分け、街の広範囲に展開する必要がある。
連携を取るためにも、情報のやりとりは密に行う必要があり、それには、[通信士]の存在が欠かせなかった。
「医療本部と情報室には護衛をつけるし、できるだけ、そちらへは敵が行かないようにするつもりだけど、撃ち漏らしが来ることがないとは言えないから、十分に気をつけてくれ」
二人は、はい、と声を揃えて頷いた。
目的意識の高さに裏打ちされているからだろうか。
戦場とは無縁そうな二人だが、臆した様子は微塵も見えなかった。
最後に目を向けるのは、影との直接戦闘を担当する、三組織の後援者。
それぞれの組織の兵を示す駒を、作戦地図に次々に配置して、役割を説明する。
「諸侯騎士団には大通りで影の掃討を頼む。小回りの効く傭兵ギルドには路地や家屋の中、盗賊ギルドには悪いけど地下に潜って上下水道を担当してもらう」
三人のうちの一人、痩せこけた尖り目の男、盗賊ギルド本部の幹部スチュアートが、例のわざとらしい笑い声を上げた。
「ええ、ええ。汚れ仕事は任せてくださいよ、陛下。私どもは元々、日陰の存在だ。下水でもゴミ貯めでもなんでもござれですよ」
スチュアートの隣には、鼻のあたりに横一文字の刀傷がある美人が座っている。
傭兵ギルド幹部のイライザだ。
彼女は作戦地図を眺めてから、手を挙げた。
「作戦は分かりましたし、異論もないですけど。ただこれって結局、陛下と円卓の騎士様が、グウネズ本体を倒せるかどうかにかかってますよね。倒す自信はあるんですか?」
もっともな疑問だが、実のところ答えようがない。
肩を竦めて見せる。
「どうだかな。魔神将と戦ったことのある人間がいないから、なんとも言えない。上位魔神を討伐した経験者はいるけど、それとは一線を画す強さらしいしな」
いや、円卓の騎士にはいないだけで、後援者の中には、魔神将との戦いを経験した者がいるか。
前々回の円卓から参加しているというアールディア教会のヌヤに、会議の参加者全員の視線が集まる。
彼女は扇子をパタンとたたむと、どこか面白がるように目を細めた。
「今、この島の内で最強パーティを組むとすれば、それはそのまま、おぬしらになるじゃろう。円卓の騎士の強さは、前回や、前々回よりも上じゃよ。四代目も、五代目も、魔神将を退けてきたのじゃ。自信を持つがよい」
「そう言われてもなー。人数がなー……」
前回も前々回も、王が誕生する頃には、騎士が全員、つまり十二人揃っていたという。
滅亡級危険種の襲来にも、王を含めた十三人で当たっていたことだろう。
しかし今回は二人が未選定の上に、三人は外出しており、八人しかこの場にはいない。 『システム管理者』が姿を現さないこともそうだが、今回の円卓はどうも上級者向けのようなものに思える。
俺が弱気なことを言ったせいで、重苦しい沈黙が、部屋の中に漂う。
パン! と手を叩いて、それを破ったのは、白銀の髪を後ろになで上げた老人だった。
諸侯騎士団の先の高位将軍にして、四大公爵家の筆頭、コーンウォール公エドワードである。
「陛下。この場にいない者のことを話しても仕方がありますまい。今は、この場にいるメンバーで最善を尽くすこと。それだけを考えましょう」
「……そうだな。うん、そのとおりだ」
彼もまた前回からの後援者である。
経験者の叱咤のような言葉で、目が覚めた。
見渡してみると、会議の参加者は全員、俺の方を見ていた。
鼓舞するように、彼らに告げる。
「俺たちは共犯者だ。この国の秘密を知り、この国を守る使命を負い、この国から対価を受け取っている。立場はそれぞれ違えど、思いは一つのはずだ。この国のために――そして俺たち自身のために、五日後、グウネズを討伐するまで全力を尽くそう」
全員が、静かに頷いた。