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第四十八話 魔神殺しを買ったのが間違いだった

 ヤルーと共に海精霊(テーチス)を契約から解放した、数日後の夜。


 俺はラヴィと二人で、南港湾都市(サイドビーチ)の繁華街にある会員制酒場(ナイトクラブ)、『アクアブレス』を訪れていた。


 大音量の軽快な楽曲が響く場内で、ダンサーがお立ち台で踊り、それを羽振りのよさそうな客たちが酒を呑みながら眺めている。


 用心棒(バウンサー)は、その客達の合間をすり抜けて、二階のVIPルームへと俺たちを案内した。


 成金趣味のその部屋で待っていたのは、痩せこけた尖り目の男。

 王都の盗賊ギルド本部で幹部をやっている、情報屋の元締め、スチュアートである。


 以前、ヂャギーが懇意にしている孤児院の関係で、盗賊ギルド本部に乗り込んだときに、俺たちが相対した人物であり、今回、かのギルドが派遣してきた後援者(パトロン)でもある。


「チューッチュッチュ! ようこそ、ミレウス陛下。そしてその従者殿」


 席から立ち上がり、相変わらずな、わざとらしい笑い方をすると、スチュアートは大仰に頭を下げてきた。


 俺はそれに軽く手を挙げただけで応え、彼の向かいの革張りのソファに、ラヴィと並んで腰掛ける。

 今日は、この男に呼び出されたのだ。


 すぐに給仕(ウェイター)がやってきて、俺たち三人の前にグラスを置き、冷えたシャンパンを注いで去っていく。

 スチュアートは『ミレウス陛下と、円卓の騎士に』と適当な音頭で、一人で乾杯をすると、美味そうにそれに口をつけた。


南港湾都市(サイドビーチ)の街はいかがですか、陛下。アスカラの地上絵に続き、ここでも大層、ご活躍のようですが」


「そういう社交辞令はいいから、用件を手短に話してくれ。急ぎの用ってのはなんなんだ」


 我ながら愛想がないとは思うが、腹の中で何を考えているか分からないこの男は、どうにも苦手だった。

 さっさと話を終わらせてしまいたい。


 スチュアートはそんな俺の様子を面白がるように、元々細い目をさらに細めると、給仕(ウェイター)に、上等なワインかなにかが入っていそうな飾り箱を持ってこさせた。


 蓋を開けることもなく、俺たちの方に箱ごと押してくる。


「ミレウス陛下に、是非ご購入いただきたいものが今朝方、届きましてね。ご覧ください」


 なんだか胡散臭いけども。

 ラヴィと顔を見合わせ、蓋を開ける。


 梱包材に埋もれるようにして、そこに鎮座していたのは、一本の短剣(ダガー)だった。

 装飾のまったくない実用的な品で、こんな厳重な扱いをする必要のある代物には見えない。


 しかしスチュアートは商品に自信があるようだ。


「昔、東方の島で、魔神将(アークデーモン)四体と契約して、五つの国を滅ぼした化け物がいたでしょう。これはそれを討伐したときに使われた逸品です」


 説明を聞き、ラヴィが短剣(ダガー)を手に取り、鞘から引き抜く。

 その刃は光を吸い込むような暗夜の色で、魔術の才がまったくない俺でもはっきり感じ取れるほど、強力な魔力を発していた。


 ラヴィから受け取り、ブータの【能力解析(マジックアナライズ)】を借りて、性能を調べる。

 耐久強化や攻撃強化に加え、特定種族への特効が付与されているらしい。


「正式な(めい)は分かりませんがね。便宜的(べんぎてき)魔神殺し(デーモンキラー)と、うちでは呼んでます。それがあれば、今回のミレウス陛下のお勤めも、ずいぶん楽になられるのでは?」


 それはそうかもしれない。

 うちで短剣(ダガー)の扱いに長けているのはラヴィだが、彼女の攻撃が魔神将(アークデーモン)に通るかどうか不安だったのだ。


 しかし、これを使え、ではなく、買い取れと言ってたな。


「……金を取るのか? 後援者(パトロン)の鉄則は、円卓の騎士から要請があれば必ず応えること、だろ?」


「そりゃあ、通常の範囲での話ですよ、陛下。円卓システムに協力することで、我々盗賊ギルドが享受している利益――今回で言えば、陛下のご即位に合わせて、塀の中のいくらかの構成員に恩赦を出していただきましたが、それに相当するくらいの働きはもう提示したはずです。魔神将(アークデーモン)が現れる当日は、人員も出しますしね」


 スチュアートはパンと手を叩くと、まるで信用ならない笑顔で両手を広げる。


「これはビジネスです。この短剣(ダガー)も私が個人的に取り寄せたものでしてね。タダで持っていかれると、大損こくんですよ」


「いくら欲しいんだ」


「金貨で十万枚。これでも良心的な価格なんで、値切るのは勘弁してくださいよ」


 法外――と言えるかどうかは分からない。

 王都の一等地に大豪邸が建つくらいの額だが、最高度の魔力付与の品(マジックアイテム)は、それくらいするのが当たり前とも聞く。


 ラヴィに視線で問うが、不当な取引だとは思っていないようだ。

 特に止めてはこない。


「現金では無理だ。それに相当する利権かなにかで手を打ってくれ」


 スチュアートはその返答を予期していたのか、また例のわざとらしい笑い声を上げた。


「もちろんそれでいいですとも。王都の城壁拡張計画と、この街の新規埋立地建造計画に一枚噛ませてもらえれば、それで十分、費用はペイできます」


 裏社会の人間と、こんながっつり取引してしまっていいのかなーと思わなくもないが、今更な話でもある。

 歴代の王達も、こんな感じにやってきたのだろうか。


「じゃ、これはアタシがもらっていくね」


 ラヴィが立ち上がり、魔神殺し(デーモンキラー)を腰のベルトに刺す。

 なんだか自分のモノにするかのような台詞だが。


「国費で買ったんだから、それは国のものだからね。ラヴィには貸し出すだけだからね」


「へいへい。わかってますよーっだ!」


 舌を出すラヴィ。

 それを見てスチュアートが愉快そうに口端を上げた。


「ずいぶんそっちの仕事に馴染んでるみたいじゃねえか、ラヴィ。もうこっちに戻ってくる必要はなさそうだな?」


「あったり前だっての。もうアンタみたいな日陰モノとは別の世界で生きてんだからね。これでも一応、騎士だし、領地持ちの貴族さまなんだから」


 ラヴィは元々、盗賊ギルドの所属で、この南港湾都市(サイドビーチ)で[怪盗(ハイドシーフ)]をやっていた……らしい。

 この鼠顔の幹部とも、何度か会ったことがあるとは聞いていた。


 スチュアートは肩をすくめて、俺に恨み言のようなことを言う。


南港湾都市(サイドビーチ)の赤猫といえば、盗賊ギルドの中じゃ腕利きとして有名でしたよ。次期幹部候補なんて風にも囁かれてたんですが、まさか国に()られるとは思いませんでしたね」


「俺が()ったわけじゃないからな。文句なら彼女を選んだ円卓に言えよ。まぁ返してあげる気は俺もないけどね」


 立ち上がり、その部屋を後にする。


 一度だけ振り返ったが、スチュアートは俺たちの方にずっと頭を下げていた。






    ☆






 苦手な人物との商談は終わったが、会員制酒場(ナイトクラブ)の外に出ても、俺の気は晴れなかった。


「はぁ……」


 帰りたくない。

 今日はこのままどこかで外泊でもしたい。

 事務作業が残ってるから、そういうわけにもいかないけど。


「どしたの? 一仕事終わったってのに暗い顔して」


 他人事のようにラヴィが首をかしげるが、すべてはこの女のせいである。


「ラヴィがさぁ! ホテルの部屋に俺を迎えにきたとき、変なこと言うからだろ!」


「なんか言ったっけ? 覚えてないなぁ」


「『らぶらぶデートに行こうよ、ダーリン♪』っていうジョーク飛ばしただろ! よりにもよってアザレアさんの前でさぁ!」


 とぼけてやがるが、覚えているに決まっている。

 その証拠に、彼女は笑いが堪えられないかのように、口元に手を当てている。


「お、最強無敵のミレウス陛下でも、修羅場は怖いのかなぁ?」


「アザレアさんに嫌われてるかもって、この間自分で言ってたのに、なんで自ら挑発していくんだよ!」


 あっはっはと笑って、彼女は頭の後ろで手を組んだ。


「まぁなんとなくね。ミレくんと仲よさそうにしてるの見てたら、ちょっとむかついて」


 ジョークを聞いたさっきのアザレアさんも、それはもう、むかついた顔をしていた。

 すぐにラヴィに真の用件を耳打ちされたため、言い訳する間もなく、出てきたわけだけど、帰ったら何を言われるか分かったものではない。


 すでに言い訳とフォローを百種類ほど考えてはあるが、機嫌を直してくれるだろうか。


 ラヴィの方は、アザレアさんに一撃与えたからか、対照的に機嫌がよさそうだった。


「ねぇねぇ、少し食べ歩きしていこうよ。南港湾都市(サイドビーチ)来たのに、まだ大陸人街(ブリッジタウン)行ってないんでしょ?」


 彼女はこの都市の観光スポットの一つの名を出すと、俺の手を引いて、繁華街の一角へと連行していく。


 そこは大陸からの移民たちが開く、多種多様な飲食店が軒を連ねるあたりで、そのうちの一店の持ち帰りコーナーへ、軽い足取りで彼女は向かっていった。


「ここのお店の肉まん、美味しいんだよ」


 観光してる暇があるわけでもないのだが、彼女にねだられると、俺も断りづらい。


 国庫から直接、貨幣を取り出すことのできる革袋、財政出動(スペンディング)から金を出し、肉まんを二つ購入する。

 一個あたり銅貨九枚は、だいぶ高いなと思ったのだけど。


「う、美味い!」


 一口食べて、思わず(うな)る。

 中のジューシーな豚肉が美味なのはもちろんのこと、外の皮もふわふわ、かつ、ふんわり甘く、これまで食べてきた肉まんとは明らかに一線を画す。

 自分の分を頬張りながら、ラヴィは得意げに笑った。


「この辺はアタシの庭みたいなもんだからね。美味しいお店も、楽しい遊び場も、なんでも知ってるよ」


「ラヴィは生まれも、ここなのか?」


「んにゃ。大陸だよ。混沌都市(イルファリオ)貧民街(スラム)のはずだけど……物心ついたときに、いた場所ってだけだから、確かじゃないね」


 意外な都市の名前が飛び出した。


 混沌都市(イルファリオ)は大陸沿岸の都市国家で、地上世界で最も治安が悪いと言われている地域の一つだ。


 新鮮な死体が毎日通りに転がっている、なんて噂話もよく耳にする。


 名目上、君主制を敷いてはいるらしいが、実質的に支配をしているのは十の組織からなる評議会(リーグ)であり、それらが日夜、血みどろの権力闘争を繰り広げているそうだ。


「あそこはまー、噂どおりの酷い場所だったんだけど、七つか八つのときに一念発起して密航してね。色々あって流れ着いたのがこの南港湾都市(サイドビーチ)ってわけ。んでスリとかやって生活してるうちに盗賊ギルドに目をつけられて、気がつけば構成員になってた」


「そ、壮絶な人生だな」


「べっつにそんなことないよ。ここに来てからは、割りといい生活させてもらったし、円卓の騎士になってからは、贅沢三昧の暮らしだし。まぁ全部、他人の金でだけどね」


 彼女みたいな赤毛はウィズランド島では珍しいので、外国の血が入ってるだろうとは予想していたが、彼女自身が移民だとは思わなかった。


「でも、納得したよ。そういう愛着のある街だから、ここを領地に選んだのか」


 円卓の騎士を引き受ける対価の一つとして、国の直轄地の中から、好きなところを拝領できるというものがある。

 もちろん、騎士をやっている間だけではあるが、領地に対して徴税権を持つし、一代貴族としても扱われる。


 確か他の皆の領地は、ヤルーが精霊山脈(クアッドライン)、ヂャギーが最貧鉱山(アイアンマイン)、そしてシエナが人狼(ウェアウルフ)の森だったか。


 それぞれワケがあって選んだのだろうが、このラヴィの理由は分かりやすいほうだ――と、思ったら、彼女は首を横に振った。


「いんや、愛着とかそういうのは全然関係ないよ。候補地の中で、一番税収が多そうだったからって、そんだけ。実際は経済特区だから減税措置とか色々あって、そんな取れないんだよね」


 完全に騙された、と悔しそうな顔をする彼女は、今度はヤパブースープの店に俺を連れて行った。


 ウィズランド島の南の群島にのみ生息する固有種、ニジイロヤパブーは、たまに過労死する個体が出るくらい勤勉なことで有名で、その身から出汁(だし)を取ったスープは、高級料理の代名詞として知られている。


 それが、大きめの紙カップに入って、スプーンがついて一人前、銅貨六枚。

 破格である。


 これもまた絶品であった。


 彼女も美味そうに、自分のカップを口につけて(すす)り、盛りを迎えた夜の街を行く。


「愛着のある街なのは間違いないけどね。南の埋立地みたいな綺麗なところがあったり、中心街みたいなごっちゃりしたところがあったり、ここみたいな移民街があったり、とにかく飽きないとこだよ。どこも活気があるしね」


 ラヴィは別の屋台で握り飯を一つ買った。

 半分に分けて、自身のと俺のと、それぞれのカップに入れる。


 雑炊風になり、これもまた美味い。

 

「実のところ、これまで、あんま領主って実感はなかったんだよね。領主の館もないし、誰もアタシのこと知らないし」


 通りを行き交う人々と、それを呼び込む元気な店員達を眺めて、ラヴィはぽつりと漏らす。


「でもなんか、これからやってくる魔神将(アークデーモン)をどうにかしないと、この街がなくなっちゃうんだと思うと……ちょっとだけだけど、そういう自覚が芽生えた気もするよ」


「守ろうって気になった?」


「ちょっとだけね」


 すぐに職務放棄しようとする彼女が、自発的にやる気を出してくれたのはありがたい。

 他の街を守るときでも、そうだといいのだけど。


「まだそんな長く滞在したわけじゃないけど、俺も、いい街だと思うよ。王を辞めたら、ここに移住してもいいかなって思うくらい」


「そしたらアタシと、ここで毎日らぶらぶデートする?」


「まー、それも悪くはないかもね」


 クスクスと、ラヴィは赤毛のポニーテールを揺らして笑う。


 こういう楽しい街で育ったから、彼女はこんな奔放な性格になったのだろうか。

 あるいは元々そういう性格だったから、この街に根付いたのか。


 それは分からないが、とにかく今の彼女が、この街の領主として相応しいのは確かだ。


「俺にとっても自分の国の街だし、自分の国の民だからね。やっぱり、守らなきゃって思うよ」


「お? 偉いねー。もう王様としての自覚バッチリだね」


 茶化されるのも無理はないと思う。

 王になってから、それほど経ってもいないのに、こんな風に思うようになったのは、やはり彼女と同じように、この国、この街に危機が迫っているからなのだろうか。


 つり橋効果とかいうのに、似ているかもしれない。


「それじゃあ、ミレくん。決戦前にもう少し、この街の視察をしておこうよ。キミとアタシはもう一蓮托生なんだからさ。もちろん付き合ってくれるよね?」


「いいけどさぁ……視察という名の食べ歩きだろ?」


 ラヴィは頷くと、上機嫌で俺の手を引き、次の店へと連れて行く。


 せっかく彼女がやる気を出してくれているのだ。

 ここで誘いを断り、それを萎えさせるのは悪手だろう。


 という名目で、俺はラヴィと南港湾都市(サイドビーチ)の夜を満喫したのだった。


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【第十二席 ラヴィ】

忠誠度:★★

親密度:★★★[up!]

恋愛度:★★★★★

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