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第四十五話 遺跡を調べたのが間違いだった

 ナガレと海賊女王エリザベスの根城を脱出した、その翌朝。


 俺は円卓の騎士のみんなと、傭兵ギルドの後援者(パトロン)、イライザを連れて、再び、かの洞窟に戻ってきていた。


 先頭を行くのは【罠探知(トラップサーチ)】持ちの[怪盗(ハイドシーフ)]のラヴィ。

 お宝の匂いがするせいか、彼女は当初ずいぶんと乗り気だったが、途中、もぬけの空となった宝物庫を見つけた途端に、やる気をなくした。


 それでも俺が彼女のスキルを借りて前を行くよりかはマシだろうと、残りの道も先行させる。


 ナガレの出した光の筒――懐中電灯の明かりだけを頼りに、彼女と二人で歩いたときはなかなか不気味な雰囲気があったものだが、手持ち灯(ランタン)を十分に用意して八人で乗り込んでしまうと、もはや何も恐ろしくない。


 昨日は半泣きだったナガレも、今日は平常運転である。


「しっかし、本当に、この洞窟のどこかが、第一文明期の遺跡とつながっているのかな」


 暇なので、なんとなく一人ごちる。


 昨日の島の探索では結局、他のみんなは何も見つけられなかったそうだ。

 そう広い島でもないので、見落としもなさそう。


 となると、あと怪しいのは、この洞窟だけ。

 ということで船で一泊した後、またこうしてやって来たわけだが、もしここが外れだと、この島自体が外れということになってしまう。


「この島に第一文明期の遺跡があるのは間違いないと思いますよー。これだけの規模の島に姿欺き(マスカレイド)の効果をかけられるのは、第一文明期の人たちくらいですから」


 最後列をひょこひょこ歩くブータが、俺の独り言を聞いて、答えてきた。

 彼は自身の杖の先に、単詠唱で《発光(ライト)》の魔術をかけている。


「魔術師マーリアも、姿欺き(マスカレイド)が掛かってるのを根拠に、『海賊女王エリザベスが根城としている島には第一文明期の遺跡があると思われる』って手紙に書いたんだと思うんですよぉ」


 なるほど。なかなか論理的だ。

 しかし肝心の遺跡が見つからなければ、どうしようもない。


「なぁ、ラヴィ。なんか見つかりそうか?」


「んー、第一文明と関係ありそうなものはないけどさ」


 地面や壁へ適当に視線を投げかけたまま、彼女は続ける。


「あちこちに戦闘が行われたような跡はあるね。そりゃ海賊なんだし、仲間割れとか、敵の襲撃とかあったかもしんないけどさ。ただ、これはそういうんじゃなくて……少し一方的というか……そう、戦闘というより虐殺かな。そういう痕跡がある」


 ラヴィは恐ろしいことを言って、ナガレに短い悲鳴を上げさせた。


 スキルを持たない俺の目にはただの洞窟にしか映らないが、盗賊系(シーフ・クラスタ)の最上位である彼女には、何か殺伐としたものが見えているらしい。


 ラヴィが大きな反応を示したのは、俺たちが昨日、階層移動の罠(シュート)で落下した、動物の骨が散らばるあの部屋だった。


 海賊女王エリザベスが掲げていたとされる、海賊旗(ジョリー・ロジャー)――義手と髑髏(どくろ)を組み合わせたマークが彫られた壁のその下で、ラヴィは突然動きを止めると、岩肌の露出した地面を叩いて反響音を確かめ始めた。


「この下になんかある」


 と、それだけ言うと彼女は後ろに下がった。


「でも開け方わかんないから、ヂャギーくん、ぶっ壊しちゃってよ」


「ほいほーい!」


 相変わらず安請け合いするヂャギーは、斧槍(ハルバード)を【瞬間転移装着インスタント・エクイップ】すると、彼女の示した地点の前まで行って、それを大きく振りかぶった。


 みんなで、慌てて部屋の隅まで退避する。


 ドゴン! と豪快な音が響くと共に、あたりに岩石が飛び散る。

 小石は俺のところまで飛んできた。


 岩石ってそんな簡単に砕けるものじゃないと思うのだけど。


 咄嗟にふさいでいた(まぶた)を開けると、ヂャギーが破壊したそこには、地下へと続く石階段が、ぽっかりと口を開けていた。


 イライザが呆れた様子で、俺にだけ聞こえるように囁いてくる。


「円卓の騎士の人たちって無茶苦茶なのねぇ……ナガレがまともな部類に見えてくるわ」


 同感である。


 隠されていた石階段はそう長いものではなく、降りていくと、すぐに次の部屋へと行き当たった。


 奇妙な光沢を持つ金属製の壁の部屋だ。


 階段との間に扉などはない。

 強引に部屋の壁を破壊して、つないだようだ。


 この金属には見覚えがあった。

 以前、死闘を繰り広げた、決戦級天聖機械(オートマタ)アスカラの体を構成していた遺失合金(オーパーツ)が、これとよく似た光沢を持っていた。


 現代では再現不可能な、超硬度金属の特徴である。


「……あ、ありましたね、第一文明期の遺跡」


 俺のすぐ後ろをついてきていたシエナが、ぼそっと言った。






    ☆






 その部屋の様子は、いくつもの時代に(またが)る、なかなか混沌としたものだった。


 まず遺失合金(オーパーツ)製の壁と床。

 出入り口は、俺たちが通ってきた、壁を強引に破壊して作ったものと、奥の方にもう一つ、銀行の金庫を連想させるような、ハンドル式の重厚な扉がある。

 その扉の脇には、奥の部屋の様子が覗ける、横長の硝子窓。

 ここまでは第一文明期のものだろう。


 床に敷かれた絨毯や、部屋の隅のベッドとデスクは第三文明期風。


 そして壁に飾られたエリザベスの海賊旗(ジョリー・ロジャー)は当然、現代――第四文明期のものとなる。


 俺は奥へと歩いていって、横長の硝子窓から隣の部屋の様子を探った。


 だいたいこちらと同じ広さの部屋だが、何一つ調度品などはない。

 見えるのは床のほとんどを占める、巨大な魔法陣だけ。

 出入り口らしきものも、この部屋との間を結ぶ、ハンドル式の扉だけのようだ。


「……うん?」


 奇妙なことに気付く。


「ここと向こうの部屋って、第一文明期の連中はどうやって出入りしてたんだ? そっちの壁を壊して作った出入り口は昔からあったわけじゃないだろう」


 その破壊された壁のあたりを調べていたラヴィが頷く。


「そーだねー。ここ、ぶち破ったのは第三文明期の連中じゃないかな。さっきブータくんが言ってた姿欺き(マスカレイド)? とかいうのが掛かってるのを見て、この辺に第一文明期の遺跡があるはずだ! って思って掘ったら見つかったとか、そんな感じじゃないかな」


 確かめる術はないが、割りと当たっていそうな予想ではある。


 俺のもう一つの疑問については、リクサが答えてくれた。


「第一文明の人々は自在に《瞬間転移(テレポート)》を使えたらしいので、出入り口のない施設もたくさんあったそうです。空気の循環も魔術で行えたそうですし」


 言われてみて気付いたが、地下深くだというのに、この部屋では息苦しさを感じない。

 第一文明の人間が掛けた魔術が、今も機能しているということなのだろうか。


「むしろ出入り口なんてないほうがいいんじゃないですかねぇ。封印施設なんですから」


 俺の隣にブータがやってきて、硝子窓から向こうを覗こうとする……が、身長がまったく足りず届かない。


 背伸びをする彼の脇に手を入れて、ひょいっと持ち上げてやる。

 一目見ただけで、隣の部屋の床に描かれた魔法陣の正体を彼は特定してみせた。


封印の陣(コフィン)ですねぇ。もう沈黙してますけど」


「あっちに行っても安全か?」


「陣の中に誰もいませんからねぇ」


 ハンドル式の重厚な扉を開き、二人で隣の部屋へと移動する。


 近づくと分かったが、封印の陣(コフィン)とやらは、細かな文字を繋げて描いたものだった。


 ブータが腰を下ろしてそれを読み、ふむふむと、うなってから、俺の方を向いた。


「やっぱり魔法陣の機能は生きてますねぇ。島全体に掛かってる姿欺き(マスカレイド)も、ここを起点にしてるって書いてます」


 もちろん、それは第一文明語(エンシェント)で書かれているので、俺には読めない。

 いや、第一文明語(エンシェント)が読める人間なんて、この国に片手で数えるくらいしかいないのだけど。


 魔法陣の解読を続けるブータを置いて、先ほどの部屋に戻ると、デスクを漁っていたナガレが、古ぼけた小さな手帳をこちらに投げて寄越してきた。


「こっちの部屋は、エリザベスの寝室だったみたいだな。読んでみ。重要文化財レベルだぜ、それ」


 そう思うのなら、投げないで欲しいんだが。

 

 手帳の表紙には、あの海賊女王の名が記されていた。

 どうやら彼女の日記らしい。


 ブータ以外のみんなも集まってきたので、床に腰を下ろし、手帳を大きく開いて、一緒に読む。

 そこに記されていたのは、確かに重要文化財レベルの情報だった。




 エリザベスは元々、大陸の小さな商家の娘であったこと。

 ある日、呪いの義手を装着してしまったせいで、二重人格になってしまったこと。

 荒々しい第二人格のせいで、あれよあれよという間に海賊女王に祭り上げられ、この島、この隠し部屋で生活するようになったこと。


 そのようなことが前半部には書かれていた。


 その後はしばらく、残虐の限りを尽くすウィズランド海賊(バッカニーア)をまとめる苦悩などが続いていたが、やがて核心とも言える記述にたどり着いた。




 エリザベスが不在の間に、この隣の部屋から魔神将(アークデーモン)が解放され、島に居残っていたものが皆殺しにされた。




 震える文字で、そう書かれていた。


 そこから先も日記は続くが、解放された魔神将(アークデーモン)に挑み、そして破れたという記述が、何度も何度も続いているだけだった。


 肝心の敵の詳細は何もない。


「ラヴィの言ってた虐殺の跡はそういうことだったのですね」


 少なからず衝撃を受けた様子で、リクサが呟く。


「ただの海賊では、魔神将(アークデーモン)に太刀打ちできるはずがありません……」


 それは確かにそうだ。

 しかし、俺が気になったのはそこではない。


「……魔神将(アークデーモン)? 決戦級天聖機械(オートマタ)じゃなくて?」


 懐から、時を告げる卵を取り出す。


 光の色は黄色から、橙色に変化しており、脅威の到来まで、残り二週間ほどであることを示している。

 そこに映っているのは南港湾都市(サイドビーチ)の中央街から、大灯台の辺りまで。


 それだけの広い範囲が映っている場合、現れるのは決戦級天聖機械(オートマタ)の線が濃厚だ、とコーンウォール公は言っていた。魔神将(アークデーモン)にはそこまで巨大なものはいないからだ。

 断定は避けるべきだとも彼は言っていたが。


「あ、あの、そもそも隣の部屋、決戦級天聖機械(オートマタ)が入れるようなサイズじゃないですよね……?」


 シエナの指摘はもっともである。

 その部屋に続く扉へと目をやると、魔法陣の解析を終えたのか、ブータが戻ってきた。


 なんとなく、こちらの話は聞こえていたようである。


魔神将(アークデーモン)であってるみたいですよぉ。封印されていた者の名前も記載されていましたから」


 みんなの視線が彼に集中する。


 それに驚いたのか、びくっと体を震わせた後、彼は咳払いをして、得意げに発表した。


「『魔神グウネズ』――だ、そうです。名前以上の情報はなにもありませんでしたけど」


 その名をしっかり記憶するように、みんなは黙り込んだ。


 ここに封印されていた滅亡級危険種(モンスター)の種類を特定できたのはいい。


 しかしこれはどういうわけなのか。

 ここに封じられていたのと、これから到来するのは別の危険種(モンスター)なのか?

 あるいはグウネズという魔神将(アークデーモン)は、決戦級天聖機械(オートマタ)並みのサイズまで巨大化するのか。


「ミレウス様、いかがいたしましょうか」


 困り顔でリクサが尋ねてくるが、俺は答えられなかった。

 有益な情報を得られるどころか、余計に混乱してしまった。


 ……いや。

 まだ手がかりはある。


 エリザベスの日記の後半の一行を、指差して、みんなに示す。


 『南港湾都市(サイドビーチ)近海にて、冒険者アーサーの船に乗り、共闘。船沈む』


 冒険者アーサー、後の統一王の名である。

 その次の行には、船が沈んだ正確な座標も記されていた。

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