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第四十四話 怪談をしたのが間違いだった

『残念! ミレウスくんの冒険は終わってしまった!』


 と、思うような余裕が今回はあった。

 階層移動の罠(シュート)を踏んだのは二回目だからだ。


 前に踏んだのは、ヤルーを探しにシエナと二人で、王都の北のカーナーヴォン遺跡に行ったときだ。


 あの時は遺跡の中だったので多少は警戒していたが、今回は密林を歩いていたらいきなりである。

 なので、驚いたといえば驚いてはいた。


 一緒に落ちているナガレは初体験らしく、きゃー! っと女の子らしい悲鳴を上げて、落ちていってる。


 頭上で穴の蓋が閉じ、視界が完全な暗闇に閉ざされる。


 俺は次に起こることを思い出し、咄嗟にナガレに手を伸ばした。

 こちらに引き寄せ、彼女が上になるように体勢を変える。


 と、同時に腰を強打し、ぐええっと変な声を出す。


 二人分の体重なので、落下ダメージも二倍である。

 しかしこれくらいの衝撃でも、聖剣の鞘(レクレスローン)は未来には飛ばしてくれないらしい。


 垂直落下が終わると、次は斜めへ。


 ナガレと二人、絡み合ったまま、滑り台を転げ落ちるように、下へ、下へ。


 そして最後は、前回と同じように、どこかの部屋へ吐き出された。


 ぐしゃ! っと下の何かが潰れる音がする。

 壊れやすい何かがクッションになってくれたようだが、二人分の体重による落下ダメージはやはり痛い。


「いってーな、クソ!」


 真上からナガレが毒づく声がする。


 しかし、吐き出されたその場所も真っ暗闇なので、彼女の姿は確認できない。

 ただ俺と彼女の間に挟まれる形になった右手の平の上に、何かやわらかいものが乗っているのは感触で分かる。


 指を少し動かす。

 うん、これはいいものだ。


「ど、どこ触ってんだよ!」


「逆に聞くけど、俺、いまどこ触ってんの?」


 まったく分からない。

 分からないので、もう少し指を動かして確かめようとする。

 やはり分からない。いいものなのは分かる。


「さ、さっさと、手をどけろよ!」


「いや、ナガレが上に乗っているせいで、どかしようがないんだが。というか体がまったく動かせないんだが」


「悪かったな!」


 どいてくれたので、ようやく身を起こせる。


「クッソ……なんで密林に階層移動の罠(シュート)があんだよ」


 ナガレがぼやくと同時に、パッと光が視界に溢れ、目が眩む。


 明るさに目が慣れてくると、彼女の手に、揺らぎのない、安定した光を放つ奇妙な筒が握られているのが分かった。


 前にも使ってるのを見たことがあるが、いつもの黒い渦から出したものだろう。

 真っ暗闇で行動したくはなかったので、これは助かる。


「そーいや、何の上に落ちたんだ? オレら」


 不思議そうに呟き、ナガレが筒の光を、下へと向ける。


 照らし出された、それ――先ほどクッションになってくれたものは、バラバラになった大小さまざまの白い物体だった。


 骨である。

 頭蓋骨らしきものもある。


 光の筒を放り出し、ナガレは再び女の子らしい悲鳴を上げた。






    ☆






「ペア決めターイム!!!」


 と、ラヴィが楽しげに、くじを持ち出したのは、今より一刻ほど前。

 海賊女王エリザベスの根城と思われるその島に、到着してすぐのことだった。


 危険種(モンスター)も出そうにないし、手分けして今回の目的地である第一文明期の遺跡を探そう! という彼女の提案に乗った結果、俺はナガレとペアになった。


 そのくじの結果が気に入らなかったのか、しかめっ面をしていた彼女を連れて密林の中を探索していたところ、うっかり階層移動の罠(シュート)を踏んで、二人して落ちた、というのが、ここまでの流れである。


 なお、俺たちがこの南の島まで遊びにきたと思いこんでいるアザレアさんは、探索についてきたがったが、そこははっきりと拒否して、船に残ってもらった。


 魔術も使えるようになったのに! と、小さな火を指の先に灯して、無駄な抗議をしてきたが、あんなものでも、こういう状況では明かりとしては使えたかもしれない。

 ナガレの光の筒の方がよっぽど便利だけども。


 現在、そのナガレはというと、光の筒をほっぽり出したまま、部屋中に散らばる骨を蹴飛ばし、喚き散らしていた。


「な、なななな、なんでこんなもんがここにあんだよ!! 階層移動の罠(シュート)だぞ! 死ぬような罠じゃないだろ!」


「……人間ならね」


 ナガレが蹴飛ばしてきた頭蓋骨をキャッチし、よく観察する。

 しっかり見れば間違いようがないんだけど。


「これ、豚の頭蓋骨だよ。上から落ちてきたのが、出られなくなって餓死したんじゃないかな」


 立ち上がり、床に落ちてる光の筒を拾い上げ、部屋全体を観察する


 自然の洞窟に手を加えて作られたもののようだが、やはりそれほど広くはない。


 俺たちが落ちてきた穴の他に、人間の胸くらいの高さに、もう一つ出入り口らしきものがある。


 しかし、あれは豚では上がれないだろう。


「なるほどなー。あの階層移動の罠(シュート)は狩猟用だったわけだ。上の密林から動物を落として、この部屋に閉じ込めておいて、気が向いたときに食うと。住人がいなくなったから、動物が落ちて、ここで餓死するだけのエグいスポットになったけど」


 説明を聞き、ナガレは胸を撫で下ろした。


「そういうことかよ……。なんなんだよ、もう……」


 泣きそうな顔をしている。

 というか、目の端に涙を浮かべているような気さえするが、指摘すると怒られそうなので黙っておこう。


 彼女も立ち上がり、部屋の作りを観察する。


「……なぁ、ミレウス。ここ、探してた第一文明期の遺跡とはちげーよな? 階層移動の罠(シュート)は第三文明期の罠だし」


「そうだね。カーナーヴォン遺跡と同じで、真なる魔王に対抗する人たちが作った隠し砦とかじゃないかな。……で、そこを海賊女王エリザベスが再利用して根城(アジト)にしたと」


 そう思った根拠を見せるため、壁の高い位置に筒の光を投げかける。

 そこには義手と髑髏(どくろ)を組み合わせたマークが掘られていた。


 海賊女王エリザベスが掲げていたとされる、海賊旗(ジョリー・ロジャー)である。






    ☆






 ナガレと二人、動物の骨だらけの部屋を抜け出して、洞窟のような通路を歩いていく。


 いつの間にか俺が光の筒を持つことになっているので少し先をいくが、彼女もほとんど離れずについてきている。


 耳を澄ましてみるが、聞こえるのは、カツンカツンという俺とナガレの足音だけ。

 ラヴィとシエナが持ってると申告していた【聞き耳】を、借りられるようにしとけばよかったと今更ながらに後悔する。


 振り返ると、ナガレは小動物のように、辺りの闇にきょろきょろと視線を投げかけていた。

 両手で自分の体を抱くようにして、肩を震わせている。


「ビビりすぎだろ……」


「バ、バッカ! 全然ビビってねーよ!」


 強がるけども、その声も震えている。


「傭兵やってたんだろ? 危険種(モンスター)の巣穴に入るような仕事はなかったの?」


「俺は大型危険種(モンスター)の討伐が専門だったんだよ! こんな陰気なとこに入るような仕事は請けてねえ!」


 俺からしたら、暗闇よりも大型危険種(モンスター)の方がよっぽど怖いけどな。


 もしかすると、彼女はさっきの骨の件で、精神(メンタル)をやられているのかもしれないけど。


 そんな何の役にも立ちそうになくなったナガレを連れて少し歩いていくと、広いホールのような空間に行き当たった。


 特に目立つものはないが、出入り口が、俺たちが歩いてきたものの他に四つもある。

 また中央が深く掘り下げられており、大きな穴のようになっていた。


 その穴の底に筒の明かりを投げかけてみると、割れた食器やら、布切れやら、動物らしき骨やらが見えた。

 ナガレも恐る恐るといった様子で穴を覗き込む。


「ゴミ捨て場……か?」


 そうだと思う。

 紙などはもう跡形もないようなので、漁っても有益な情報などは出てこないだろう。


 ふと、なにげなく天井を見上げてみる。


 ――と、危うく大声を出しそうになった。


 無数の小さな赤い光の点がそこに、びっしりと張り付いていたからだ。


 俺に釣られたナガレが上を見上げた瞬間に、彼女の口を手でふさいだ。

 その行動は正解だったようで、彼女が叫ぶのを間一髪のところで止めることができた。

 恐慌に陥る寸前といった様子の彼女が落ち着くまで、しばらく待つ。


 口をふさいだ手を何度か噛まれはしたが、そのうち、どうにか彼女は平静を取り戻した。


「大丈夫。ただの蝙蝠(コウモリ)だ」


「ビ、ビビらせやがって……」


 やっぱりビビってんじゃないか。


 しかし無理もない。


 もう一度見上げてみるが、やはりこの光景は恐怖を煽られるものだ。

 何百、いや何千という数だろう。


「吸血蝙蝠(コウモリ)とかじゃねえだろうな、こいつら。襲ってきたりしないよな……」


 そんなわけはないとは思うが、なんだか面白いので、少し怪談めいたことを囁いてみる。


「ナガレ、知ってるか。ウィズランド海賊(バッカニーア)は死んだ仲間をゴミ捨て場に捨ててたらしいぞ」


「はぁ!?」


 彼女は大声を上げかけ、慌てて両手で自分の口をふさいだ。

 二人して、目だけ動かし、天井を見る。


 幸い、蝙蝠(コウモリ)たちは僅かに身じろぎしただけだった。


「……ちなみに、だが。人間の死体を食べた蝙蝠(コウモリ)は、人を襲うようになるんだってな」


「う、嘘つけ! そんな話聞いたことないぞ!」


 今度こそ、アウトだった。


 ナガレの叫びが洞窟内に木霊(こだま)し、蝙蝠(コウモリ)たちが一斉に飛び立つ。


 凄まじい羽音と、鳴き声。


 頭を抱えてその場に屈みこむナガレも、何かを叫んでいるようだが、まるで聞こえない。

 彼女に覆いかぶさるようにして俺も屈むが、頭の中は意外と冷静だった。


 たぶん蝙蝠(コウモリ)たちは、敵から逃げるために洞窟の外まで一旦出ることだろう。

 つまりこいつらが逃げてく先が、正解のルートだ。

 頭上を飛んでいく無数の黒い影が、どの出入り口へ行くか、しっかりと確認をした。


 すべての蝙蝠(コウモリ)が、そのホールを去ってから、十分に待って。


「大丈夫か?」


 俺はナガレに手を貸し、立ち上がらせた。

 彼女はぎゅっと俺の手を掴んだまま離さない。


 完全に泣いているので、黙ってハンカチを貸す。


 その後は、なんとなく手を繋いだまま、洞窟を進んだ。






    ☆






 朽ち果てたベッドの残る宿泊所。

 酒瓶や、樽の残骸が残る酒場らしき場所。

 錆びた鉄格子が残る牢屋。


 色々な部屋を経由したが、それらにナガレはいちいち反応した。


 基本的にビビってばかりであったが、宝箱が山のように積まれた部屋を見つけたときは、さすがに大きな歓声を上げた。


 しかし。


「……どれもこれも空じゃねーか!」


 そんなことだろうとは思ったので、俺はぬか喜びはしなかった。


 どういう経緯でここが無人になったのかは定かではないが、最後の住人が持ち出したのか、あるいは俺たち以前にやってきた誰かが、宝を取っていったのだろう


 ナガレは落胆しながらも、諦め切れてはいないようで、念のため全ての箱を確認する気のようだった。


 一つ、また一つと、空であることを確認した箱をこちらへと投げてくる。


「クッソ! 一個くらいなんか残っててもいいじゃねえかよ!」


「なんだ。財宝とか興味あるタイプだったのか、ナガレ」


「ロマンだよ、ロマン! 海賊の遺した財宝だぞ! 一個でもいいから手にいれたいじゃねえか!」


 気持ちは分からないでもないけども。

 小心者の彼女では、こんな風な状況でもなければ洞窟に探検に入ったりはしないだろう。


 彼女が投げてきた箱の一つを、光の筒で何気なく照らす。


 すると、何かが反射したように見えた。

 屈みこみ、そこへ手を伸ばす。


「あ! おい、暗くなったぞ! ちゃんとこっち照らせよ!」


 と、文句をつけてくる彼女であったが。


「いや……待て」


 声が変わった。

 顔を上げると、彼女はその部屋――財宝庫から続く、通路の一つに目をやっていた。


「それの……懐中電灯の、スイッチを動かして明かりを消してくれ」


 今更だが、この光の筒はカイチューデントウというらしい。

 言われるがままに、スイッチを動かす。


 筒から出ていた光が消え、あたりは完全な暗闇に閉ざされる。

 いや、そうではなかった。


 ナガレの向いている通路の方に、ほのかに、黄緑色の光が見えた。


 もちろん太陽の光の色ではない。

 しかし俺たちは導かれるように、そちらへ向かって歩いていた。


 通路は途中から、岩肌から土を掘って作られたものに変わる。


「なんだ、こりゃ……」


 通路の先は、やはり大きなホールのような空間だった。


 花弁から黄緑色の光を放つ花が一面に咲いており、ところどころに、名の刻まれた石が置かれている。

 幻想的な光景だ。


 そこは海賊たちの墓場だった。


 墓石には死去した年も刻まれていた。

 そのほとんどが、統一戦争期のものだった。


 ナガレは片膝をつき、その不思議な光を放つ花を、一輪摘み取る。


夜蛍花(ナイト・トーチ)だ。この辺に自生する花じゃない。……死んだ仲間が寂しくないようにってわざわざ運んできて植えたのかな?」


 ずいぶん都合のいい想像のようにも思えたが、あながち外れてもいないのかもしれない。

 俺の夢に出てきた海賊女王エリザベスは、気弱だが、一人で統一王をかばうような心優しい女性でもあった。

 あるいは彼女なら、こんな墓を作るかもしれない。


 これも都合のいい想像かもしれないが、そう思った。


「……テメェ、ミレウス! 死んだ仲間をゴミ捨て場に捨てるっていうさっきの話、やっぱり嘘っぱちじゃねーか! 普通に墓作ってるじゃねーか!」


「そんなこと言ったっけ?」


 すっとぼけると、ナガレは顔を真っ赤にして殴りかかってきた。


 部屋を出るときは、また手をつないだけど。






    ☆






 それから、どれくらい洞窟を歩いただろうか。


 やがて、通路の先に再び光が見えた。

 今度こそ太陽の光だ。


 途端、ナガレが駆け出していく。

 俺はゆっくりとその後を追った。


 俺たちが出たのは、樹木に覆われた小高い丘の、中腹辺りだった。

 近くの木々に上手く隠されているので、外からではこの出入り口を発見するのは困難だっただろう。


 久しぶりに見た太陽はすでに傾き始めており、洞窟内でだいぶ時間が経過したことを示していた。

 みんなも心配しているはずだ。


 ナガレは両膝に手をついて、大きなため息を漏らす。


「はぁー、出れてよかった。……おい、ミレウス! さっきのオメーのくだらない嘘で無駄にこえーイベントが起こった件、忘れねえからな!」


 蝙蝠(こうもり)に道を教えてもらえたし、まるっきり無駄でもなかったのだけど。

 説明するのも面倒なので適当に謝っておく。


「ごめんごめん。ところでナガレ、装身具(アクセサリー)は好きか?」


「ああ? まぁピアスとかならな。……なんだよ」


 不審そうな彼女に手を出すように言うと、素朴な銀の耳飾り(イヤーカフ)を握らせた。

 先ほど、宝箱の隅に残っていたのを発見したものだ。


 それを説明すると、彼女は目をきらきらと輝かせて飛び上がった。


「こ、これ……マジか! 残ってたのかよ! うっひょー!」


 喜ぶだろうとは思ったけど、うっひょー、とはね。


 彼女は耳飾り(イヤーカフ)を摘み上げると、早速、左耳につけた。

 なかなか似合っている。


「ま、まぁ礼は言っとくわ。……ありがとよ。大切にする」


 ナガレはもうすっかり上機嫌で、先ほどまで怒っていたことなど、完全に頭の中から消えたようだった。


 ただ、丘を降り、船のところで待つみんなの元へ向かう前に、きっちり釘は刺してきた。


「あ、そうだ! 洞窟の中で手をつないだこと、誰にも言うなよな!」


「分かった分かった。それは言わない。ナガレが、きゃーって可愛い声で叫んでたことは言うかもしれないけど」


「それも言うんじゃねえ!」


 やはりというか、殴られた。


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【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:★★★

恋愛度:★★★★★[up!]

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