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第四十三話 海賊と戦ったのが間違いだった

 船尾方向から海賊船が迫る中。


 俺はイライザから単筒形の遠眼鏡をもう一度借りて、敵船の船首の下部を確認した。


 海に隠れて見えづらいが、角のような構造――体当たり時に標的の船腹を突き破る、衝角(ラム)があるのが見える。


「あれは使ってこないと思うわよ。動きをみる限り、船ごと、いただく気みたいだから」


 イライザが、慣れた様子でボウガンに矢をつがえながら、俺の見ているものを推測して言ってくる。


 それなら、もう少し近づくまで待ってもいいかもしれないと思ったが。


「でも、こっちが白旗を上げないと、投石器や弓くらいは撃ってくるかもしれないわね」


 それは困る。

 偽の白旗を揚げて、油断したところを倒してしまってもいいが、こちらには人材が揃っているし、もっと楽な方法がある。


「ブータ。飛行系の魔術は単詠唱で使える?」


「はいー。あまり高速移動するようなのでなければー」


 頼んで、かけてもらう。

 この手の補助(バフ)ができる人材が増えたことは、やはりありがたい。


「ちょい、剣こっちに向けろ、ミレウス」


 と、言ってきたのはナガレで、彼女は右手の先に発生させた黒い渦から、液体で満たされた小瓶を取り出すと、その中身を俺の聖剣エンドッドに塗布してきた。


「かすっただけでクジラとかまで動けなくする薬だ。副作用はないから心配すんな」


「……ホントだろうね?」


 訪問者(プレイヤー)である彼女が取り出す物品は、どれもこれも俺の理解の範疇を超えたものだ。

 もし本当なら、だいぶやりやすくなるけども。


「あ、あの、(あるじ)さま。わたしも、補助(バフ)魔法をできるだけかけます」


 アザレアさんを船内に押し込んで戻ってきたシエナが、俺の下に駆け寄ってくる。


「時間がないから、最低限でいいよ」


「そ、それじゃあ《攻防強化(ブレス)》と《間接攻撃(ロングレンジ・)保護(プロテクション)》を」


 彼女に二つの神聖魔法をかけてもらい、これで準備万端。


 ブータに飛行魔術での飛び方を簡単にレクチャーしてもらい、ふわりと宙に浮く。


 要領はヤルーの風精霊(シルフ)を借りたときと同じだった。

 心で念じるままに、体は動く。


 もう目前まで迫った海賊船の上まで飛んでいくと、眼下、甲板の上に、ざっと二十名ほどの荒くれ者の姿が見えた。


 相手からしてみれば予想外の特攻だろう。

 俺の方を指差してギャーギャー(わめ)いていたが、(かしら)と思しき人物の指示を受けて、小型の投石器やら、クロスボウやらで攻撃してきた。


 そのすべてが、見えざる壁――《間接攻撃(ロングレンジ・)保護(プロテクション)》で弾かれる。


 最悪、聖剣の鞘(レクレスローン)の効果でなんとかなると思っていたが、思った以上にシエナのかけてくれた魔法は強力だった。


 心の中で彼女に感謝しつつ、聖剣を船へと向けて、海賊どもに声を張り上げる。


「我が名はミレウス! ウィズランド王国六代目国王にして、円卓騎士団団長! 海賊どもよ! 神妙にお縄につけ!」


 小学校(プライマリ)の頃に好きだった紙芝居の台詞を真似てみる。

 イライザも言っていたが、それこそ劇の中の登場人物になったような気分だ。


 海賊どもは暫時(ざんじ)、手を止めて唖然としていたが、すぐにまた弓に矢をつがえたり、投石器に装填したりし始めた。


 もちろん俺も、こんなんで大人しくなってくれると思っていたわけではないけれど。


 これまた昔好きだった紙芝居の登場人物になったつもりで、一人ごちる。


「抵抗の意思を確認。それではこれから鎮圧行動に移る――」






    ☆






 飛行魔術を制御して降りていくよりも、解除して自然落下したほうが早い。


 ということで、俺は海賊船の三本のマストの中央――メインマストの前に狙いを定めると、そこへラヴィの【跳躍(アクロバット)】で着地し、目の前の一抱えほどはある木の垂直棒を、リクサの剣技を借りて、聖剣エンドッドで両断した。


 ついでにマストと船体をつなぐロープ――シュラウドもばっさばっさと切断。


 他のマストと接続するロープなど、ほかにも細々とついてはいたが、それだけではとても重量を支えきれない。

 

 メインマストは船体を破壊しながら横へ倒れ、バサン! と、音と水飛沫を上げて海へと消えた。


 海賊どもが慌てふためく。


 とりあえず、これでだいぶ速力が落ちたはずだ。

 みんなの乗ってる白鷲獅子(ホワイトグリフォン)号に追いつくことはないだろう。


「つ、捕まえろ!」


 船上曲剣(カトラス)の切っ先を俺に向けて指示をする、(かしら)の下へと走る。


 途中、弓と(クロスボウ)から何本か矢が飛んでくるが、やはり《間接攻撃(ロングレンジ・)保護(プロテクション)》が防いでくれる。


 慌てた(かしら)が上段から船上曲剣(カトラス)を振り下ろして来るが、それを軽く剣で払って、見事に生え揃った黒髭の下の薄皮を僅かに傷つける。


 途端、(かしら)は白目を剥いて、糸が切れたかのように、その場に倒れた。


 海賊どもに動揺が走る。


 これで降参してくれるといいんだけど。


「みーくんがんばれー!」


「ミレくん、ファイトー!」


 緊張感のない声援が白鷲獅子(ホワイトグリフォン)号の方から飛んでくる。


 見ると、安全距離を維持したところで停まっている、かの船から、ヂャギーとラヴィが冷たいドリンクを飲みながら手を振ってきている。


 スポーツ観戦じゃないんだぞ。


 どうやらドリンクを用意したのはアザレアさんらしい。

 船内に引っ込ませたはずの彼女も、デッキに立って、こちらを見ている。


 その表情は驚き半分、心配半分といった感じだった。

 祈るように、両手を胸のあたりで組んでいる。


「テ、テメェ!」


 こちらの舐めきった態度が気に入らなかったのか、海賊どもが激昂して、四方八方から曲刃を手に襲い掛かってくる。


 しかし、遅い。

 決戦級天聖機械(オートマタ)のアスカラの攻撃と比べれば、ぬるすぎる。


 かわし、(はじ)き、(さば)きながら、それぞれの皮膚を軽く傷つける。


 それだけで屈強な海の男たちは次々に意識を失い、脱力した状態でデッキに倒れる。

 頭を打って、死んだりしてくれるなよ、と俺は祈る。


 今、借りているリクサの剣技は、その中に体捌(たいさば)きなどの要素も含まれるようだが、動体視力やら、精神面やらは入っていないはずだ。


 俺がこうして落ち着いて、相手の動きをしっかり見ながら戦えているのは、聖剣の鞘(レクレスローン)の加護と、みんなの補助(バフ)で、怪我しようがないと分かっているのもある。

 だが、これまでの経験を通して、俺自身が成長してるというのもあるだろう。


 それは能力値(ステータス)には現れない強さだ。


 聖剣や鞘の力を抜きにしても、俺は確実に強くなっている。

 王になる前――戦いとは、まるで無縁な生活を送っていた頃よりかは、確実に。


 海賊たちは半数ほどがデッキに倒れたあたりで、武器を捨てて降伏した。






    ☆






 完全に停止した海賊船に、白鷲獅子(ホワイトグリフォン)号が接舷(せつげん)する。


 傭兵ギルドの構成員が歩み板を渡って、こちらへ乗り込んできて、降伏した海賊たちを次々お縄にかける。

 俺の剣――正確にはナガレの薬を喰らった連中はまだ起きないので後回しだ。


 縄についた連中は、自分たちが襲った船がどういうものだったのか、まだ完全には把握していない様子だが、とにかく不運であったことは理解したようだ。

 どいつもこいつも海の邪神の名を出して、毒づいている。


「ミ、ミレウスさま!」


 リクサが白鷲獅子(ホワイトグリフォン)号の手すりを強く握り締めて、こちらに手を振ってきたので、俺も笑顔でそれに答える。


 彼女以外の者は、ほとんどこちらへ渡ってきた。

 その中にはアザレアさんも混じっている。


「もー……信じらんないよ、ミレウスくん」


 どういう顔をすればいいのか分からない、といった様子だ。


 彼女にも曖昧な笑顔を返すが、それはなんだか照れくさかったからだ。

 体育の時間に、うっかり活躍してしまい、彼女に茶化されたことがあるが、そのときと同じ気分。


 海賊の(かしら)は伸びているので、起きてるやつの中から一番偉そうなのを探して話を聞くことにする。


「クソッ! たまに足を伸ばしてみりゃこれだ! なんなんだお前ら!」


「さっきも言ったけど、ウィズランド王国の国王だよ」


 毒づく尋問対象の海賊に教えてやると、ラヴィとブータが俺の後ろで跳ねながら手を挙げた。


「その配下の円卓の騎士でーす!」


「そうでーす!」


 完全に調子に乗っている。

 無視して尋問を続ける。


「君たち、どこからきたの」


「……掃き溜め街(ダストシュート)だ」


 これは少し意外だった。

 掃き溜め街(ダストシュート)は、大陸沿岸の都市国家、混沌都市(イルファリオ)から逃げ出した者が住むといわれる、どの国にも属さない貧困地区だ。


 かなり立派な海賊船だったので、てっきり混沌都市(イルファリオ)の海賊連合の所属かと思ったけど。


 俺の隣にイライザが立ち、聞いてくる。


「で、こいつら、どうします。ミレウス陛下」


「……君ら、うちの領海で仕事したのは初めて?」


 尋問相手の海賊は、苦々しい表情のまま頷いた。


 たぶん嘘ではないだろう。

 頻繁にやってるようなら、俺が南の海へ繰り出そうとした時点で、誰かから警告を受けていただろうから。


 とはいえ海賊であることには変わりはない。

 もし襲われたのが俺たちでなかったら、積荷は船ごと奪われて、船員は残らず奴隷にされていただろう。


「こいつら、うちの裁判所に送ったらどうなる?」


「極刑は免れないわね。国王相手に弓引いたんだから、国家反逆罪もつくし」


 イライザの言葉に、外国人――どころか外世界人のナガレが噛み付く。


「外国人なのに反逆罪っておかしくね?」


「ウィズランド王国は主権国家であり、その領土、領海で罪を犯した外国人を、国民が罪を犯した場合と同じように裁く権利を持っている。もちろんウィズランド王国の法でね」


 そういや世界史の授業で、そんな感じのことを習ったような気もする。


 しかし、やはり死刑にしてしまうのは、やりすぎのような気もした。


 いや、こいつらがどれくらい極悪なことをしていたか知らないから、そう思ってしまっているのは間違いないんだけど。


「あ、あ、あの!」


 悩んでいたところに、遠慮がちな声。


 声の方を向くと、みすぼらしい格好をした男たちが並んでいた。

 くるぶしのあたりに、足かせをつけられていた痕がある。


 イライザに聞いたところ、海賊船の船内で(かい)を漕いでいた、奴隷たちらしい。


「あの、この人たち確かに海賊で、酷い仕打ちも受けましたけど。無闇に暴力を振るわれたり、死人が出るような過酷な労働を強いられたりはしませんでした。食事もきちんと一日三回もらってましたし」


 助命の嘆願だろうか。

 自分を奴隷にした人間を助けるというのも、変な話だが。


 尋問相手の海賊は、ここが好機とばかりに、まくし立てた。


「そ、そうだ! 俺たちゃ混沌都市(イルファリオ)のヤツらとはちげーんだ! 殺しはしねーし、捕まえた奴らだって、しばらく働かせたら帰してやってる! まぁ身代金を払ってもらうことがほとんどだけど……それが払えねえヤツも少し働かす期間を延ばすだけだ!」


 胸を張っていうようなことではないと思うけども。


「……そういやさっき、(かしら)も、俺を殺せとは言わずに、捕まえろって言ってたな」


 他の奴らの攻撃も、どことなく急所を外していたようにも思える。


 どうしたものかと考えていると、意外にもヂャギーが前に進み出た。


「オイラに任せてくれないかな!」


「いいけど……どうするの?」


最貧鉱山(アイアンマイン)で働かせればいいと思うよ! オイラの領地!」


 強制労働か。

 まぁ死刑よりかはマシだろう。


「じゃあ、そこはヂャギーに任せよう。……ところで」


 尋問していたヤツだけでなく、意識のある海賊全員に聞く。


「この辺に地図に載ってない島があるって聞いたんだけど、何か知らない?」


 縛られたままの男たちは、互いに顔を見合わせ、なにやらぼそぼそ会話をする。

 代表して答えたのは、やはり先ほどまで尋問していたヤツだった。


「海賊女王の島の話か……? そういうのがあるってのは海賊の間じゃ有名だぜ。実際に行ったってヤツにゃ、お目にかかったことがねえから、伝説の類だと思ってたけどな」


「具体的にどの辺にあるって噂になってたりする? このあたりだと思うんだけど」


「いや……確か、もう少し南のはずだ」


 今度は俺たちが互いに顔を見合わせる番だった。






    ☆






 海賊船は傭兵ギルドの構成員の一部と解放された奴隷たちに、南港湾都市(サイドビーチ)へ送らせることにした。


 俺たちは白鷲獅子(ホワイトグリフォン)号に戻り、海賊から得た情報を信じて、さらに南に進む。


 そして一刻ほどが経った頃。


 最初に声を上げたのは、アザレアさんに作ってもらったパフェを食べていたブータだった。


「あ、あれ、そうじゃないですか!? あそこです、あそこ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、手すりの向こうを指差す。

 屋外デッキに出ていた全員がそちらの方へ移動し、水平線を凝視する。


「あれですよぅ! 見えないんですかぁ!?」


「あ、あった! あれ、島だよ!」


 次に声を上げたのはアザレアさん。


 次いでリクサとシエナが、ほぼ同時に。

 その後、他のみんなが、島が見えたと叫んだ。


「たぶん姿欺き(マスカレイド)の効果がかかってますねぇ。これは見つからないわけです」


 ブータが得意げに言う。

 魔力が高くないと遠くからは見えない、というわけか。


 すぐ近くまできたところで、ようやく俺にも見えた。


 熱帯雨林に覆われた島――それが海賊女王エリザベスの根城のようだ。


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