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第四十二話 南の海へ繰り出したのが間違いだった

 大海原に出て、どれくらい経っただろうか。


 南港湾都市(サイドビーチ)が水平線の彼方に消えたのは、もうだいぶ前。


 快晴の空の下、傭兵ギルド所属の小型輸送船、白鷲獅子(ホワイトグリフォン)号は、追い風をその帆に受けて、順調に蒼海を進んでいる。


 その屋外デッキで手すりに掴まりながら、日の光を反射して輝く水面を眺めていると、ひょこひょこと、コロポークルの魔術師、ブータが歩いてきた。


「ミレウス陛下ぁ。本当にこんなところに島があるんですかぁ?」


「……どうだろうね。今のところ、影も形もないけど」


 六人の円卓の騎士を引き連れて、こうして海に繰り出したのは、彼の姉弟子であるネフが、魔術師ギルドの書庫を漁った結果を、報告書にまとめて寄越(よこ)したのがきっかけだった。


 これから俺たちが戦っていかねばならない第一文明期の殺戮兵器、決戦級天聖機械(オートマタ)魔神将(アークデーモン)は、この島に封印されていたのを、二百年前に統一王が解放して、魔術師マーリアが未来へと送ったもの――と、そのマーリア本人から聞いたわけだが、ネフの報告書によれば、それは元々、一箇所にまとめて封じられていたわけではなく、島の各地の遺跡に、バラバラに眠っていたらしい。


 統一王は、それら全てを一度にたたき起こす、鐘のようなものを鳴らしてしまったのではないか、というのが彼女の仮説だ。


 問題は、この南港湾都市サイドビーチの南海に浮かぶ、地図にも載っていない、ある島に、その遺跡の一つがあるかもしれない、という部分である。


 その根拠として報告書に添付されていたのは、魔術師ギルドの書庫の片隅で見つかったという一通の手紙。


 それは統一戦争初期に、魔術師マーリアが統一王へ宛てたものであり、南港湾都市(サイドビーチ)の南の海に、海賊女王エリザベスが根城としている島があり、そこには、第一文明期の遺跡があると思われる――という趣旨が書かれていた。


 そこが今回の討伐対象が封印されていた場所である可能性は高そうだし、そこにその対象についての情報が残されていてもおかしくはない。


 と考えて、手紙に書いてあった島の座標のあたりまでやって来たわけだが。


「綺麗な海があるだけですねぇ」


 ブータがのんきに言うとおり、見渡す限り、青い海が広がっているだけで、島はおろか、岩礁すら見当たらない。


 そもそも遺跡があるくらいの規模の島ならば、とっくの昔に誰かに発見されて、地図に載っていそうなものだ。


 無駄足だったかな、と半ば諦めかけたところ。


「あ、いたいた! ミレウスくん! お師匠さま!」


 夏用である軽装女中(メイド)服を着たアザレアさんが、駆け足でやってきた。

 水でも持ってきてくれたのかと思ったが、手ぶらである。


 彼女は、ほくそ笑むと、魔術の師であるブータと視線を交差させた。


「お、我が弟子よ! ついに、あれを見せますかぁ!」


「見せます、見せます! ミレウスくん、ちゃんと見ててよ!」


 そう言われたら見るしかないけど、あまりいい予感はしない。


 彼女は右手を指揮者のように上げると、人差し指だけを空に向ける。


(りん)を集め、吐息とせよ。()は、熱量の集積……発火(イグニッション)!」


 たどたどしい呪文(スペル)の完成と共に、アザレアさんの人差し指の先に、ほんの小さな火が灯る。


「おおー!」


 歓声を上げて拍手をしたのは、もちろんブータである。


 前置きがあったので、俺はそこまで衝撃を受けていなかった。


 アザレアさんは、その火を維持したまま、俺の方に得意顔を向けてくる。


「ふっふ。どうだね、ミレウスくん、驚いたかね」


「……まぁそれなりにね」


 と、いっても火を出した魔術自体にではないけども。


「それ、何に使うの」


「え、えーとね……」


 答えに窮したアザレアさんは、船首の方に、空いてる左手を振った。


「イライザさーん! こっちこっちー」


「ん? なぁにー?」


 呼ばれてまんまと来てしまったのは、鼻のあたりに横一文字の刀傷がある美人。


 傭兵ギルドの幹部であり、今回、南港湾都市サイドビーチへ来てくれた後援者(パトロン)の一人、イライザである。

 円卓の騎士のナガレとは旧知の間柄で、俺とは共に下着姿になるまで脱衣ババ抜きをした仲でもある。


 ウィズランド王国は二百年以上、外国と本格的な戦争を行っておらず、またその兆候もないため、海軍が非常に貧弱である。

 そこで、外部委託(アウトソーシング)という形で、傭兵ギルドに船舶を所持させているのだが、今日はそのうちの一つを出してもらったのだ。


 ということで今は一応、彼女が名誉船長ということになっている。


 魔術を維持したままだと動けないのか、アザレアさんは火を俺に向けたまま、イライザにアピールした。


「これ! 火! タバコ吸いたかったら使ってください!」


「……私、吸わないんだけど」


「えぇ!? 傭兵さんなのに!? 傭兵さんと小楽団員(バンドマン)はみんな吸うものなんじゃないの!?」


 どんなイメージだ。


 イライザは無茶苦茶なことを言う女中(メイド)に向けて、困り顔で両手を広げた。


「鼻の効く危険種(モンスター)の討伐依頼とかもあるからね。変な匂いがついたら困るのよ。だから傭兵はタバコは吸わないし、香水とかもつけない」


 アザレアさんは、だいぶがっくりときたようで、黙って火を消した。


 そもそもあれくらいの火力であれば、点火石(イグニッションジェム)を使えばいいから実用性はまるでない。


「でも、どんなものにせよ、もう魔術が使えるようになったってのは驚いたよ」


 少なくとも半年はかかると言っていた、師匠のブータの方に目を向ける。


「教え始めてから、まだ二週間くらいしか経ってないよね?」


「アザレアさんは、物覚えが凄くいいんですよ~。何回か軽くレクチャーしただけで、形にできるようになりました」


「お師匠さまの教え方が上手いんですよ! さすが二百年に一人の天才! 魔術師マーリアの再来!」


 師弟で褒めあい、照れあっている。

 仲がよさそうで、なにより。


 しかし要領がいいほうだとは思っていたが、魔術の方面でもそうだとはね。


「そうだ、お師匠さま! 次に教えて欲しいのがあるんですよ!」


 アザレアさんはニンマリ笑うと、少し屈んで、ブータに耳打ちをする。

 それを聞いて、師匠の方も同じような顔になる。


「あ~、あれですかぁ。わかりましたぁ」


「……危ないのはやめてくれよ」


 一応、釘は刺しておく。

 大丈夫だとは思うけど。


 そこで甲板室の扉が開いて、とぼとぼとリクサが出てきた。

 青い顔をしているが、船酔いをしているわけではないと思う。


 単に海の上が怖いのだろう――泳げないから。


 彼女は一瞬、俺の方に視線を向けたが、こちらが声をかける前に、ぷいっと顔を背けて船尾の方へ行ってしまった。

 新鮮な空気でも吸いに出てきたのだろうか。


「あ、リクサさーん! 見てくださいよー!」


 アザレアさんは彼女にも、覚えたての魔術を見せにいく。

 楽しそうだと感じたのか、ブータとイライザも彼女についていった。


 なんとなく、俺はその場に残る。


「なーんか、リクサ怒ってない?」


 頭上から声がして、飛び上がりそうになった。


 見上げると、そこには帆桁(ヤード)に腰掛けるラヴィの姿。


 【跳躍(アクロバット)】を使って、音もなく、俺の隣に着地する。


「あの王様大好きなリクサが珍しい……ミレくん、なんかしたの?」


「うーん、分からない。彼女の子供の頃のアルバムを、めちゃくちゃ嫌がってるのに全部見たことくらいしか心当たりがない」


「間違いなくそれだよ」


 半眼でうめくラヴィ。


 誤魔化すためではないが、彼女が先ほどまで座っていた帆桁(ヤード)を再び見上げる。


「もしかしてずっとあそこにいたの? 話に混ざってくればよかったのに」


「いやー、なんだか、あの……アザレアって子? アタシのこと敵視してる気がして」


「ええ? そうかなぁ」


「敵視というか、避けているというかー……。何もした覚えないんだけどなぁ」


 そもそも出会ってそんなに経っていないし、気のせいだと思うけど。


「実は、以前から面識があったとか?」


「ないと思うけどねぇ」


 首を捻るラヴィ。

 今度、アザレアさんの方にさりげなく聞いてみようか。


 船尾のあたりでリクサに発火の魔術を披露している彼女の姿は、まるで手品を覚えたての子供のようだが。


 その向こう、水平線のあたりに、黒い点が見えた。

 ラヴィも同時に気付いたらしい。


 船尾方向ということは、すでに通ってきた方角である。

 島のはずがない


 目を凝らしてみれば分かることだったが、それは船影だった。






    ☆






 俺たちがそれに気付くとほぼ同時に、見張り台に立っていた傭兵ギルドの構成員も発見しており、警戒を示す笛の音が船に響き渡った。


 船室にいた連中が、わらわらと出てくる。


 俺とラヴィが船尾の方へ行くと、イライザが単筒形の遠眼鏡で船影を確認していた。


「大陸の商業都市同盟(トライ・スクウェア)の旗ね」


「商船か?」


「それにしちゃ早いし、商業航路からも外れてる。怪しいなぁ」


 彼女は船乗りとしての経験も豊富らしく、その言葉には重みがある。


 俺の後ろにやってきたヂャギーが、不吉なことを言う。


「劇とかだと、ここでバサッと旗が海賊旗に変わるよね!」


「ハハ……そんな、統一戦争前じゃあるまいし。こんな近海で海賊なんて出ないでしょ」


 俺が苦笑を漏らすと、イライザは水平線に視線を投げたまま、遠眼鏡を渡してきた。


「どうやら私たち、劇の中の登場人物みたいよ」


 黙って受け取り、覗き込んで、船の旗を確認する。


 お洒落な髑髏(どくろ)の、海賊旗(ジョリー・ロジャー)に模様替えをしていた。

 わざわざアレを掲げるのは戦意喪失を狙ってるのか。


「あっちは(かい)で速度上げてるわね。この船の速力だと逃げ切るのは無理だと思う。……こんなことなら軍船で来ればよかったかもね」


 と、後悔した様子のイライザを、友人であるナガレが横に並んで慰めた。


「別にいいだろ、たいした障害でもないし。こんな仕事に軍船出すなんて金の無駄だっつーの」


 俺も同意見だった。

 滅亡級危険種(モンスター)と比べれば、海賊船の一つや二つ、あまりにも軽い。


 もう肉眼でも海賊旗を掲げていると分かるほどに、船は近づいている。

 初めての敵性遭遇(エンカウント)に硬直している、女中(メイド)さんに告げる。


「危ないから、アザレアさんは船内にいてくれ」


「ミ、ミレウスくんもだよ! こういうのは強い人たちに任せないと!」


 本気で心配そうにしているアザレアさんの様子を見て、悪いとは思ったが、笑みを浮かべてしまった。

 そりゃ、学生の頃の俺しか知らないのだから、当たり前なんだけど。


「海賊なんてどうってことないよ。俺も強くなったんだ。いや、全部、聖剣と鞘のおかげなんだけどさ」


 なおも食い下がろうとするアザレアさんを、シエナに頼んで船内に引っ込めてもらう。


 あとはあれをどうするか、だが。

 リクサが手を挙げて、物騒な提案をしてくる。


「あ、あの、ミレウスさま。船上で戦うのは反対です。私の【剣閃(ソリューション)】で、近づかれる前に沈没させるべきかと」


 海賊相手に、彼女の最大火力のスキルを使うのは、完全に過剰攻撃(オーバー・キル)だと思う。


 よっぽど海上で戦いたくないのだろう。


「いや、この海域で活動してる奴らなら、何か情報を持ってるかもしれないから生け捕りにしたい。(かい)の漕ぎ手は、海賊じゃなくて奴隷かもしれないしね。沈没させるのは不味い」


「で、ですが」


 顔色が、青を通り越して、白になってきた彼女の肩を優しく叩く。


「大丈夫だよ。俺一人でやるから、リクサはここで見ていてくれ」


 それを聞き、彼女は歓喜に溢れた顔をしたが、すぐに真顔に戻り、ぶんぶんを首を左右に振る。


 臣下として、王を一人で戦わせるなんてありえない、と考えているのだろう、生真面目な彼女のことだから。


 顔を寄せ、耳元で囁く。


「この間は、ごめん。子供の頃のリクサがあまりに可愛かったから、つい調子に乗っちゃったんだ。あの時の埋め合わせってわけじゃないけど、今日は俺がリクサを守るよ」


「ミ、ミレウス様……」


 久しぶりに、理想の王を見るかのような目で、リクサは俺を見てくる。


 なんだか最近、こういう恥ずかしい台詞を言うのに抵抗がなくなってきたな。


 人として、これでいいのかと思いつつ、聖剣エンドッドを鞘から引き抜いた。


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【第二席 リクサ】

忠誠度:★★★★★[up!]

親密度:★★

恋愛度:★★★★[up!]

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