第四十一話 称号を授けたのが間違いだった
シエナとケーキ屋『かすたあど☆くりぃむ』を訪ねてから、数日後。
今度はヂャギーと二人で、南港湾都市の中心街を歩いていた。
分かっていたことだが、顔をすっぽりと覆うバケツヘルムを被った革鎧姿の筋骨隆々の男は、どこへ行っても人目を惹く。
通りの脇で、小さな女の子がこちらを指差し、それを母親が慌てて止めた。
ヂャギーはもう慣れっこなのか、あるいは単に気付いていないのか、無反応である。
誰が悪いというわけでもない。
進化しきれていない人類が悪いのだ。
いったい、いつになったら誰も差別されない世界になるのだろう。
いっそ俺がすべてを破壊し、作ってやろうか。
「……ヂャギー、それ暑くないの?」
「真銀製だからね! 日光もへっちゃらだよ!」
彼のバケツヘルムが、太陽の強い日差しで、きらりと輝く。
その反射光を喰らって、彼をこっそり指差して、くすくす笑っていた若い男の目がつぶれる。
いい気味だ。
今日の目的地、勇者信仰会のウィズランド島支部――の南港湾都市支部は、思いのほか、すぐに見つかった。
大きな銀行のような建物である。
勇者信仰会は、真なる魔王を討伐した始祖勇者が作った宗教組織――という体の実質、互助会であるが、その本部は大陸の中央神聖王国にある。
そのため、そこと連絡を取りやすい、この南港湾都市支部の建物は、王都のそれよりだいぶ立派なものだった。
大衆の好奇の視線を受けながら中に足を踏み入れると、受付には見覚えのある美人修道女さんが二人。
俺たちの姿に気が付くと、両手を広げ、笑顔で迎えてくれた。
「まぁまぁまぁまぁ!」
「よくいらしてくださいました!」
王都の孤児院で、定期的に子供達の面倒を見ている、お二人だ。
その縁でヂャギーとは仲良しで、俺もいくらか交流があり、国王であることも既に知られている。
今日、ここへやって来たのは、彼女らに呼び出されたからなのだが。
さぁさぁ、と二人に手を引かれ、建物の奥へと連行される。
ヂャギーはバケツヘルムの後ろで手を組んで、のんきそうについてきた。
☆
面談室と表記のある部屋に入ると、修道女さん二人は扉に鍵を掛け、俺に、ずいっと顔を近づけてきた。
そして両手で、俺の手を片方ずつ、ぎゅっと握り、ついでに左腕につけていた姿欺きの腕輪、匿名希望を外された。
「ミレウス陛下! うちの支部長から話は全部聞きましたよ!」
「あんな重大な責務を担っていらしただなんて! 私たち、とても感動して感動して!」
「過去より訪れる脅威から、国を守る少年王と、その騎士たち!」
「ああ、なんて素敵なのでしょう!」
二人は俺から離れ、胸の前で手を組むと、うっとりとした顔で目を瞑る。
勇者信仰会のウィズランド島支部長の指示で、彼女たちが後援者としてこの街に来ていることは、先に会談をさせたヂャギーとリクサから聞いていた。
なので、こういう反応をされるのも予想はついていたけども。
「とりあえず、座っていい?」
「ええ、はい。今、お茶をお持ちしますね!」
ヂャギーと二人、ソファでくつろいで待っていると、修道女さんたちがお盆の上に色々と載せて戻ってきた。
お歳暮か何かでもらったものと思われるお煎餅をいただきながら、ざっくばらんに、会談が始まる。
「残念ながら勇者信仰会には、戦える者はほとんどいません。宗教と言っても神を信仰しているわけではないので、神聖魔法も使えませんし。なので、滅亡級危険種が現れる当日は、応急手当てなど後方支援が主になってしまいます」
「ただ、それ以外なら、できることは何でもいたします。とりあえず今は古い会誌などを調べて、この地に現れる危険種の調査をしていますが、他にも何か必要なことがありましたら、お気軽に仰ってください」
バリボリ、ズズズと音を響かせながらではあったが、ありがたい話だった。
まぁこれもリクサたちからすでに聞いていたことではあったけど。
二人に、軽く頭を下げる。
「心強いよ。えーと……そういえば、まだ、二人の名前を聞いてなかったような」
「あら、そうでしたか?」
「これは失礼を。おほほ!」
二人して笑った後、左手の修道女さんから順に名乗る。
「私はエレオノール。エルとお呼びください」
「私はアルテュール。アールとお呼びください」
二人は互いの両手の平を合わせ、声を揃えて言った。
「勇者信仰会の美人修道女二人組、エル・アールと言えば私たちのことです!」
「……覚えやすくて、いいね」
自分たちで美人と言ってしまうのは残念だけど。
「それでですね! 今日、ミレウス陛下をお呼びした理由なんですけども!」
「実は中央神聖王国にある本部に申請したところ、『純戦士』の称号を一件、認可してもらえることになったんです!」
わーっと二人で拍手を始めるので、なんとなく俺とヂャギーも一緒になって手を叩く。
「あ! お二人とも、よく分からないって、お顔ですね? これは本当に、本当に凄いことなんですよ!」
「ウィズランド王国で認可されたのは初めてなんです! もし公にするなら、号外が配られるレベルですよ!」
よく分からないが凄いらしい。
神妙な顔をして頷いておく。
「この『称号』というのは、始祖勇者さまがお作りになられた、職業継承体系の拡張機能で、授与されると沢山の特典があるんです」
「『純戦士』は、始祖勇者さまと共に真なる魔王を討伐した戦士にまつわる称号なので、授かると力と耐久力を中心にステータス補正がかかり、さらに専用の特殊スキルも使えるようになるんですよ」
そんなものがあったとは露ほども知らなかった。
だが、職業継承体系は、あまりにも拡張されすぎてて、その全容を把握する者は誰もいないと言われてるくらいだし、仕方がないといえば仕方がない。
とにかく、円卓の騎士のうち、一人を強化できるということか。
「どなたにしますか? あ、王様自身と勇者様はダメですよ。称号機能の外の存在ですので」
「それじゃヂャギーで」
即答する。
そもそも、もう選択肢は残っていまい。
力と耐久力が上がるというなら前衛職につけるしかないし、リクサと俺がダメなら、残るのは一人しかいない。
ただ、それをそのまま言っても、美味しくない。
ヂャギーの肩に手を置き、彼のバケツヘルムを見つめて告げる。
「真なる魔王討伐に参加した戦士ってのは、始祖勇者が一番頼りにしていた相棒だろう? 俺にとってのそういう存在はヂャギーだから」
「きゃー!」
黄色い悲鳴が部屋に響き、エルとアールがソファの上で跳ね回る。
「素敵な友情! なんて素敵な友情なの!」
「少年王と、彼を守護る素朴な騎士さま! こ、これ以上すばらしいものはないわ!」
「エル! アナタ、鼻血が出てるわよ!」
ハンカチで相方の鼻を押さえているが、アンタも出てるよ、アールさん。
二人が落ち着くまで、俺とヂャギーはただ黙って煎餅を食べながら待った。
どれくらい経ったかは分からないが、煎餅の缶が空になって、ずいぶん経ってから。
「それじゃあ早速、儀式をしましょう!」
と、俺はまた二人に手を掴まれて、どこかへ連行されることになった。
☆
次に連れて来られたのは地下礼拝堂だった。
といっても勇者信仰会に礼拝の習慣はなく、それらしい施設が一応作られているだけで、現在はほとんど物置としてしか使われていないようだ。
樽やら木箱やらが雑然と積み上げられた奥に祭壇があり、その前の床には銀色に輝く五芒星。
恐らく、始祖勇者の血で清めた銀――聖銀を埋め込んだものだろう。
そこすらも樽や木箱に侵略されていたので、エルとアールが、一生懸命に片付けているところである。
「オイラ、緊張してきたよ!」
部屋の入り口の方の木箱の一つに座って、ヂャギーが例の白い粉――彼が言うには精神安定剤――を、鼻からストローで吸飲している。
この人にしてよかったのかなとちょっと思ったが、まぁ他のヤツらよりかはマシだろう。
「よーし、お掃除できた! あと、なに用意すればいいんだっけ」
「塩と聖水と、あと油?」
「なんでもいいでしょ。適当で」
なんだか奥から酷い会話が届くが、聞こえなかったことにする。
「あ、準備できましたー! どうぞこちらへー!」
二人で行ってみると、神聖なる五芒星の上に樽が一つ置かれていた。
修道女さんたちは、ヂャギーの革鎧を脱がせて、そこに座らせる。
続けて、彼のバケツヘルムの上から聖水を樽ごとぶっかけ、さらに壺から油をぶっかけ、最後に革袋から取り出した塩を、全身に揉みこみ始めた。
「あーこれは時間がかかりそうですねぇ!」
「ここは丹念にやらないと! 一番大事なところですからね!」
単に彼の筋肉を楽しんでいるだけのようにも見える。
ヂャギーもヂャギーで、わくわくしているようだからいいけれど。
「肉を焼く前に、下処理してるみたいだね!」
なんだかそんな感じの寓話があった気もする。
注文の多い修道女さんか。
革袋の中の塩がなくなると、ようやく二人は手を止め、彼を樽から下ろし、床へと座らせた。
そして俺にヂャギーの前に立ち、聖剣で彼の肩を叩くように指示をする。
まるで騎士の叙任式のようだが、案外簡単でよかった。
十二の刃に分かれた聖剣エンドッドの腹で、彼の分厚い肩をトンと叩いて、鞘に戻す。
「はい、それでは聖別の儀式はこれにて完了です!」
「お疲れ様でしたー!」
二人が拍手をするので、相変わらず俺たちも釣られて、手を叩く。
その間、ヂャギーの姿を観察してみたが、特に変化は見られない。
筋肉が肥大化するとかを期待したわけではないけれど。
「何か変わった? 力が沸いてきたとか」
「わかんない! でも言われてみるとそんな気もする!」
彼は筋肉を誇示するようなポーズを取って見せてくる。
エルとアールは汚れきった彼の体をタオルで拭きながら、首を振った。
「それは完全に思い込み効果ですね」
「称号の効果が出るのは、こちらの書類を本部に送って、承認されてからなので」
と、俺たちに見せてきたのは複写式のお役所風の書類。
「……じゃあ今の儀式はなんだったの?」
「気分ですね」
どうりで適当だったわけだよ。
「では、こちらの書類に二人でサインを」
木箱の上に書類とペンを置いて、俺たちに促してくる。
最近は王の仕事で、サインをすることも慣れてきていた。
さらさらと二人で書いてしまう。
エルとアールはそれを確認すると、まぁ! と揃って声を上げた。
どこか間違えたかなと、思ったが。
「ヂャギーさん、とても達筆でいらっしゃるのね!」
「通信講座でペン習字を習っていたからね!」
前に提出してもらったスキル一覧を見て、俺も上手いなとは思っていたけど、そんな経験があったのか。
つくづく、過去に謎の多い男である。
二人は書類の端を木箱で揃えると、俺たちに向けて微笑んだ。
「はい。これで申請できます」
「滅亡級危険種の到来予想日時まで、あと二十日くらいでしたよね。今から速達で送れば、十分間に合うと思います」
それを聞くと、意外にもヂャギーが両手を挙げて喜びをあらわにした。
「やったー! これでもっと強くなれるよ!」
「あれ……そういう、強さとか、求めるタイプだったの、キミ」
「ううん。強くなること自体が嬉しいわけじゃないよ」
照れたように、バケツヘルムを掻き、彼は続ける。
「強くなったら、もっとみーくんのこと守護れるようになるからね! それが嬉しいんだ! なんたってオイラはみーくんの相棒なんだから、どんな敵からでも守護ってあげられるようにならないと!」
……相棒、か。
さっき好感度狙いで適当に言った単語だけど、意外と気に入ってくれたのかもしれない。
汚れた床の後片付けをしていたエルとアールが、ヂャギーの発言でまた鼻血を出して、さらに掃除を大変にしていたが、それはそれとして。
我が相棒殿は、こうして『純戦士』の称号を手に入れることになったのであった。
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【第六席 ヂャギー】
忠誠度:★★★[up!]
親密度:★★★★★
恋愛度:★★[up!]
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