第四十話 前最高司祭と会ったのが間違いだった
ブータと共に魔術師ギルド支部を訪れた数日後。
俺はシエナと二人で、南港湾都市の中心街を歩いていた。
計画的に作られた南の埋立地の街並みと異なり、このあたりはずっと昔から人が住んでいるだけあって、様々な時代の建物が混在しており、通りも入り組んだものが多い。
行き交う人々は、浅黒く日焼けした者が多く、みんな笑顔である。
王都とは別種の活気がある街だ。
来る前は商業都市のイメージが強かったが、観光地として人気があることも、頷けるような気がしてきた。
時を告げる卵に映し出されていたのは、ちょうどこの辺から、防波堤の突端の大灯台のあたりまでである。
この都市に現れる滅亡級危険種の種類はまだ確定しないが、地上絵で、決戦級天聖機械のアスカラに仕掛けたような【陣形突撃】は使えないだろう。
都市構造からいって、助走距離が稼げそうもない。
「え、ええと、確かこのあたりのはずなんですけど」
相変わらず、二人でいるとシエナは俺の背後に隠れるようにして歩く。
振り返り、その彼女の手元から住所の書かれたメモを取り上げて、読む。
確かに、近くまで来ているようではあるが、なにぶん複雑な作りの街なので住所の割り振りも適当で、よく分からない。
「アールディアの教会で待ち合わせじゃダメだったのかな」
「ど、どうしても、主さまを連れて、ここに来いと、ヌヤさまが仰るもので」
獣耳を折りたたんだ困り顔のシエナにメモを返し、近くにあった看板地図を眺める。
『ヌヤ』というのは、王都にいるアールディア教の現最高司祭が、俺の親書に対する返事で教えてくれた、教会の後援者活動の担当者である。
アールディア教の前任の最高司祭で、引退した今は、この南港湾都市に移住して悠々自適に過ごしているらしい。
面識があるというシエナを向かわせたところ、俺を連れて出直してこい、と言われたので、こうして街に二人で繰り出しているわけだが。
「……あれ、かな」
ようやく見つけたその建物は、『かすたあど☆くりぃむ』とカラフルな文字で書かれた看板が目を惹く店だった。
どうやらケーキ屋らしい。
『閉店中』の板の下がったドアが開き、そこから顔を出したのは、シエナと同じ人狼の女性。
狼というより狐に近い、毛で覆われた尖った耳を頭頂部につけている。
外見年齢もシエナと大差がないのだが。
「おお、待っておったぞ。今日は、ぬしらの貸しきりじゃ。はよう入れ」
見かけからは想像のつかない、老成した声と話し方だった。
手招きをすると、すぐに首を引っ込めてしまったので、俺たちも店の中に入るしかなくなった。
カランコロンと、ドアベルが音を立てる。
『かすたあど☆くりぃむ』の内装は、看板以上にカラフルで、少女趣味に溢れていた。
☆
「いらっしゃいませ、ご主人様! お嬢様!」
と、愛想よく、俺たちを出迎えたのは、白を基調にした少女志向服の女給さんだった。
俺とシエナを窓際のテーブル席へと誘導するが、そこには先ほどの人狼の女性が扇子で自身を扇ぎながら座っていた。
「ご足労願って、申し訳ないのう、王よ」
「いや、それはいいんだけど……王っていうのは不味いんじゃ」
女性の向かいの席に、シエナと共に腰掛けながら、メニュー表とお冷を持ってくる女給さんの方に目をやる。
女性は、かっかっかと、声を上げて笑った。
「安心せい。うちの店員は、みな責務について知るアールディアの司祭じゃ。今日、誰が来るかも話してある。気にせずなんでも話すがよい」
「……うちの?」
「ここはわしがオーナーをしておるのじゃ。昔から、こういう店に憧れておってのう。引退した後、すぐに出資して建てたんじゃよ」
彼女は、これがオススメじゃ、と扇子でメニュー表を指して、俺たちの分まで勝手に注文する。
「さて。名乗るのが遅れたのう。わしがヌヤじゃ。経歴はそこのシエナから聞いておるじゃろうが、アールディアの元最高司祭じゃよ」
「俺はウィズランド王国六代目国王、ミレウス・ブランド。どうぞ、よろしく。……あ、そうだ」
握手の前に、左腕につけた姿欺きの腕輪を外そうとする。
それを見て、ヌヤが目を細めた。
「おお、匿名希望か。懐かしいのう。よいよい。わしにそれは通じぬ。ぬしの姿も、聖剣も、きちんと見えておるよ」
さすがは前最高司祭。
魔術師ギルドの十年に一度の天才よりも、魔力は上か。
女給さんのためにも、腕輪は外しておくが……それにしても。
「この腕輪のことを知っているってことは、やっぱり貴女も先代の頃からの後援者なのか」
「先代どころか、先々代の頃からじゃよ。のう、王よ。わし、幾つに見える?」
女性からされる、めんどくさい質問第三位である。
こういうときは真面目に答えないに限る。
「十四歳くらいかな……」
「かっかっか。惜しいのう。まぁあのエドワードが、ひよっこの頃が、強さも美貌も全盛期だったといえば分かるかの」
エドワードというのはリクサの遠縁のあの有力貴族、コーンウォール公のことだ。
齢六十は越えるであろうあの人が、ひよっこの頃……となると、相当な昔だな。
人狼は魔族の中でも特に長寿で、外見の変化も少ないほうだという。
加えて、匿名希望の偽装を見破るほどの魔力――それによる老化停滞作用も合わされば、これくらいの外見を維持することも可能なのか。
女給さんがケーキと紅茶のセットを持ってきてくれたので、話を中断し、三人でいただく。
看板や内装から甘ったるいものを想像していたのだが、意外にもバランスの取れた味だった。
港湾都市らしく、南の群島から運ばれた果実がふんだんに使われており、その酸味と、生クリームの程よい甘さが、互いを引き立てあっている。
スポンジもふわふわで、紅茶も上等。
いくらでも食べていたくなる組み合わせだった。
円卓のみんなにお土産として、持って帰ってあげたら喜ぶかもしれない。
と、俺がゆっくりと味わっているうちに、ヌヤはケーキをぺろりと平らげてしまった。
女給さんにおかわりを持ってくるよう命じると、勝手に話を再開する。
「では本題に入るが……シエナからだいたいの話は聞いておる。あの卵を持ってきておるじゃろう? 見せてみい」
黙って、時を告げる卵を懐から取り出し、彼女に渡す。
黄色い光は、ここ数日で、ややその力を増したようにも見える。
目を細めてそれを確認し。
「一月……いや、もう少し短いか。二十五日というとこじゃのう。ちょうど開港祭の頃か。普段なら十分な猶予じゃが、システム管理者の助けがないとなると、少し急がんとならんの」
彼女の予想は、コーンウォール公エドワードの見立てとも一致した。
「システム管理者のことは?」
「わしも知らぬ。あれは円卓の騎士以外の前には姿を見せぬそうじゃからな。エドワードとの会談で出たという死亡説も、当たらずとも遠からずと、わしは見ておるが」
時を告げる卵を俺に返し、ヌヤは店の中を見渡す。
俺の趣味とは違うけども、色々と手の込んだ内装であるのは確かだ。
「この店を出せたのも、後援者特権のおかげじゃし、ぬしらの援助をするのは、やぶさかではない。……が、条件が二つある。いや、ぬしらに一つずつじゃな」
後援者の鉄則は、円卓の騎士から要請があれば必ず応えること、と聞いていたが、もちろんなにかしらの交渉をしてくる者はいるだろうとは思っていた。
こうして名指しで呼び出された時点で、覚悟もしていたのだが。
ヌヤはこちらの緊張を感じ取ったのか、口端を上げると、扇子を広げた。
「そう構えるな。どちらもごく簡単なことじゃよ。条件というより、民からの陳情だと思え」
デフォルメされた犬の書かれた扇子をぴしゃりと閉じると、それで俺を指す。
「まず王への条件じゃが。王都に帰ったら、この店のケーキはとても美味しかった、南港湾都市へ行ったら、必ず訪れるべきだ、と周りに喧伝せい。特に金の持っていそうな貴族連中にじゃ。隠密宣伝じゃな」
「……いいけどね。実際、ケーキ美味しいし」
次にヌヤはシエナの方を指す。
「ぬしは南港湾都市滞在中、ここで店員をせい。どうせ、資料漁りなんぞ、できんだろうし、手隙であろう」
そちらの条件も意外ではあったが、彼女に任せられる仕事が特にないのも事実だ。
王権限で、無責任に許可を出す。
「いいよー」
「ま、待ってください、主さま! わ、わたしは嫌です!」
珍しく強固に反対してくるが、理由はよく分かっている。
しかし彼女に拒否権などないのだ。
ヌヤもそれは重々承知らしく、彼女の意向を無視して話を進める。
「それじゃあさっそく、制服を着てもらおうかの。おい、この子に合うサイズのがあったじゃろう!」
おかわりのケーキを持ってきた女給さんに羽交い絞めにされ、シエナが店の奥へと消えていく。
二人きりとなった店内で。
新たなケーキをフォークで口に運びながら、ヌヤが俺に向けて微笑む。
「内向的なあの娘を、よくあそこまで手懐けたものじゃ。王の器というヤツかのう」
どうだろう。色々偶然が重なった結果のようにも思える。
初めに、身を呈して守ろうとしたのが大きかったのは間違いがない。
実際は何もする必要のない状況だったけど、あれで彼女との距離が、だいぶ近づいた気がする。
それに味を占めて、この間、ブータの好感度を上げるのにも、同じ手を使ったけども。
「ヌヤ前最高司祭は、シエナと、どんな関係なんだ?」
「あの子を司祭にしたのは、わしなんじゃよ。天啓を受けたと言って、王都の神殿を一人で訪ねてきたときは驚いたものじゃ。生まれも育ちも違うが、同じ人狼じゃし、神聖魔法の手ほどきをしたり、色々目をかけておったんじゃが、いやはや、まさか円卓の騎士になるとはのう」
紅茶のカップを持ち上げて、香りを楽しんでから、彼女はそれを口に含む。
先ほどの二つの条件を聞いてから、なんとなく、この人も一筋縄ではいかないタイプだと思えてきたわけだけど。
「……違ったら悪いんだけど、もしかしてシエナに《運量操作》を教えたりした?」
「おお、したした。あの子は覚えがよくてのう」
と、嬉しそうに答えてから、ヌヤは、はっと口をつぐむ。
それを半眼で睨みつけて。
「禁止指定魔法だよ。習得するだけでも五年以下の懲役または金貨百枚以下の罰金だ」
「わ、わしが覚えた頃は、まだ禁止指定魔法ではなかったのじゃ。わしが悪用しすぎたせいで、指定されたがのう。かっかっか!」
誤魔化すように彼女は笑うと、そ、そうじゃと手を叩いた。
「ここで働かすついでに、一つ便利な魔法を教えてやろう。ずいぶんレベルも上がっとるようじゃし、今のあの子なら習得できるじゃろう。……あ、もちろん合法な魔法じゃぞ?」
それならいいのだけど。
なんだかアールディア教そのもののイメージが、だんだん悪化してきたな。
「いや、本当に。しばらく見ないうちに逞しくなったと思ったのじゃ。聖騎士のステータス補正も考えれば、わしの全盛期より強いくらいかもしれん。神聖魔法は、まだまだ伸びしろはあるがの」
おかわりのケーキも食べきり、ヌヤは真面目な表情に戻った。
先ほどの話を誤魔化すためではなかろうが。
「他の神の神殿にも後援者はおる。それぞれの書庫を当たらせて、二百年前に、この地に現れた脅威について調べさせよう。それと当日は、腕の立つ者を出すように言っておこう。わしはもう衰えて戦うことはできんが、蘇生魔法くらいなら何度か掛けられる。死んで、すぐならば、運がよければ蘇生できるから、できるだけ綺麗に死体が残るように死ぬことじゃな」
「無茶を言う」
苦笑しながらヌヤと握手をする。
シエナと同じ、小さく暖かい手のひらだった。
そこで店の奥の扉が開き、二人が戻ってきた。
「お、お待たせしましたぁ……」
と、顔から蒸気を上げるくらい恥ずかしそうにして挨拶をしたのは、黒を基調にした少女志向服を身に纏ったシエナである。
わざわざ穴を開けたのか、きちんと尻尾が出ていて、不安げに、左右に揺れている。
対照的な白の少女志向服の女給さんに、ぼそぼそと耳打ちをされ、シエナは泣きそうな顔で言い直す。
「お、お待たせしました、ご主人さまぁ……」
おおーと、俺とヌヤの感嘆の声が重なる。
「期待以上じゃ、シエナ! これでこの店も大繁盛間違いなしじゃな!」
「うんうん。凄く可愛いよ。他の男に見せるのが惜しいくらいだ」
素直な賛辞のつもりだったのだけど、シエナは我慢の限界を迎えたらしく、ドアベルが吹っ飛ぶ勢いで店のドアを開けると、外の通りへと逃げ出してしまった。
☆
結局、彼女を捕まえるのには夕方までかかったが、逃げ回る少女志向服の獣耳娘のことは大いに噂になり、その子のいる店ということで、『かすたあど☆くりぃむ』は連日大賑わいになったらしい。
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【第十三席 シエナ】
忠誠度:★★★
親密度:★★
恋愛度:★★★★★[up!]
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