第三十九話 暴発から助けようとしたのが間違いだった
魔術師ギルドの南港湾都市支部。
その模擬戦室を星幽界――見渡す限りの草原に移動させてから始まった、姉弟弟子対決。
先手を取ったのは、姉弟子のネフだった。
「アッポゥ社の創設者、スチーブン・ゲイズも、こんな格言を残しています。『まず動け。先手の取れない者にクリエイティブな仕事はできない』……ですわ!」
なぎ払うように、菜箸のような杖を横に振るう。
すると彼女の前に、十個ほどの火花が現れた。
「熱量よ! 膨張して、爆ぜ、その本質を見せつけよ! ――《爆裂投射》!」
彼女が呪文を唱えると、火花群はそれぞれ拳大の火球となり、標的に向けて一気に襲い掛かった。
ブータはそれに動じることなく、杖を振り上げ、短い呪文を唱えた。
詠唱短縮しているのだろう。
「障壁ィ!!」
ブータの正面がガラス板のようなものに覆われ、襲いくる火球がそこに着弾する。
都合、十回の爆発が草原を震わす中、すでにネフは次の呪文を唱えていた。
「熱量よ! 停滞し、嵐と共に、その本質を持って蹂躙せよ!――《氷波風撃》!」
なんだか変な魔術名だが、効果は絶大だった。
一抱えほどはありそうな氷の固まりが無数に生成され、暴風と共に、ブータへと殺到する。
障壁では防ぎきれないと判断したのか、ブータが使用したのは《短距離瞬間転移》だった。
「跳躍ゥ!!」
短い呪文と共に、彼の姿が、ぼやけたかと思うと、氷と暴風の範囲外である十歩ほど横へと転移する。
移動可能距離が短い《瞬間転移》の下位種だが、その分、詠唱短縮はしやすく、魔術師同士の戦闘では多用される……らしい。
しかしブータは先ほど、《瞬間転移》は苦手だと言ってたはずだ。
原理としては本家と大差ないはずだから、独特の浮遊感があるのは同じだと思うのだが、そこを嫌がっているわけではないのだろうか。
あるいは緊急時だったから使わざるを得なかっただけなのか。
その辺はよく分からない。
ここまで守勢一方のブータに対し、姉弟子がキーキーと怒りの声を上げた。
「ブータさん! そんな短詠唱の魔術で受けてばかりでは、留学の成果が分かりませんことよ! 早く最上級難度でもなんでも使って攻撃してきなさい!」
「うえええ~。わ、わかりましたぁ」
促され、ブータは肺から搾り出すようなため息を吐き、杖を構えた。
今にも嘔吐しそうな顔で、詠唱を始める。
「燐を集め、吐息とせよ。其は、竜の猛り――」
ブータの頭上に、先ほどネフが放ったのと同じくらいの火球が生成される。
しかしそれはそのサイズに留まらず、呪文が続くほどに膨張していった。
熱と光が、俺のところまで届く。
「破壊の本質。唯一の平等。生ける炎の無慈悲なる裁き――」
火球の大きさは、すでに星幽界に移動する前の、あの広々とした部屋を超えていた。
王都の通り一つくらい、軽く吹き飛ばすような威力があるだろう。
呪文は、なおも続く。
あまりにも長く、実戦向きではないかもしれない。
しかし決まれば、あの決戦級天聖機械、アスカラの極太熱光線に匹敵するほどの破壊を巻き起こすことだろう。
そしてブータの詠唱は締めに入った。
声高に叫ぶ。
「純然たる熱量よ! 赤き星の触腕となりて! 立ちふさがる我がてきゅをうへ!」
呪文は終わったようだが……。
一番最後の大事なところで盛大に噛んだためか、火球はぴくりとも動かない。
はぁ……と、ここまで届く音量で、ネフが嘆息する。
「まったく。大事なとこで噛む癖、全然直ってないじゃありませんの」
「あ、ああああ!! 術式がボクの手を離れちゃいましたぁ! 制御できませぇん!」
ブータが顔を真っ青にして、頭上の火球を見上げている。
その膨れ上がりは、もはや際限がなくなっていた。
それでもなんとかしようと、あたふたやっていたが。
「だ、ダメですぅ! 爆発しますぅ!」
ブータはそれだけ言うと、頭を抱えて、地面に伏せた。
そんなことをしても、あれが相手では、何の意味もなさそうだけど。
火球は、彼の言葉どおり、今にも爆発しそうに鳴動している。
猶予はほとんどなさそうだった。
しかし、妙に頭が冴えてきて、我ながら恐ろしく計算高い思考をしていた。
円卓の騎士のピンチは、俺にとってのチャンスでもある。
これは、これまでの経験から分かっていた。
それにこれは 十中八九、いや、ほぼ間違いなく、リスクのない行動だ。
もし予想が外れていたとしても、俺には聖剣の鞘の加護があるからなんとかなる。
彼の下へ駆け寄り、小柄な体を脇に抱え上げる。
そして留まることなく膨張を続ける火球から、一目散に逃げ出す。
「へ、陛下ァ!?」
驚き、顔を上げる彼を対象に、聖剣エンドッドの力で《短距離瞬間転移》を使おうとする。
しかし間に合わなかった。
背後から光が溢れ、鼓膜を破るような大音量と共に、火球の放つ熱が襲ってきた。
彼を地面に放り出し、かばうように、その体に覆いかぶさり、目を閉じる。
瞼の向こうの世界が白で埋め尽くされ、そして暗転する。
☆
気がつけば、元の殺風景な部屋に戻っていた。
俺とブータとネフ。
それぞれも星幽界へ移動する前の、立ち位置、姿勢に戻っている。
疲れたのか、がっくりとその場でうずくまる、ブータ。
これは予想はできていたことだけど。
「……ぜんぜん痛くなかったな」
「星幽界では精神体になっていますので、必要以上の痛覚点は機能しませんわ。もちろんあちらでどんなダメージを受けても、現実の肉体への影響はないのでご心配なく」
ネフの説明を、まぁそうだろうなと聞いていた。
あんな大威力の魔術を連発してる時点でそうだろうとは思っていたのだ。
姉弟弟子で殺し合いをするわけがないし。
ただそれを素直に白状する気はない。
「なんだ、そうだったのか。それじゃあ、俺が、かばいに行ったのは無駄だったんだな」
「そうかもしれませんけども……アナタ、いい人ですのね、ミレアスさん。ブータさんが怪我をすると思って身を呈して助けにいくだなんて。わたくし、感心いたしましたわ」
彼女の好感度を上げるのが目的ではなかったが、後援者の心証が良くなるのは悪いことはない。
ネフは歩いてきて、倒れているブータに手を貸そうとする。
すると、彼は一人で身を起こし、ローブの袖で顔を覆った。
ぐすぐずと泣いている。
「う、嬉しいですよぉ、陛下ァ! こんなボクを命がけで、かばおうとしてくれるだなんて!」
「いや、なに。主君として当然のことをしたまでだよ」
おっ、おっ、と嗚咽を漏らし、鼻水と涙で、その愛らしい顔をくしゃくしゃにしているブータを見ていると、なんだか罪悪感がこみ上げてくる。
百パーセントの確信があったわけではないから、騙した……というわけではないけれど。
こんな計算高い主君で申し訳ない。
「陛下? 主君? そういえば、さっき助けられたときもそんな風に呼んでましたわね」
怪訝そうに眉根を寄せて、ネフが俺の方を向く。
うっかり話すのが遅くなってしまった。
「ごめんな。後援者だって分かった時点で教えておくべきだったんだが」
匿名希望を外し、姿欺きを解除する。
俺の本来の姿をみると、ネフは金魚が空気を求めて水面に顔を出すように、口をぱくぱくと開閉した。
「ミ、ミ、ミレウス陛下!? わ、わ、わたくし、とんだご無礼を……!」
即座に床に両膝を突き、頭を下げてくる。
弟弟子の方もそうだが、彼女も権威主義なのかもしれない
「いや、いいんだ。隠してた俺が悪かった」
彼女の肩に手を置いて、頭を上げさせる。
「しかし君もたいしたものだな。あんな強力な攻撃用魔術を連発できるなんて、驚いたよ」
「きょ、恐縮です。でも噂どおり、そこにいるブータさんの方が魔術師としての才能は遥かに上ですわ。この歳で最上級難度をいくつも習得してますし、魔力量だけなら、マスターや、魔法王国の大賢者をも凌駕しますから」
ただ……と、残念そうに彼女は続ける。
「あの悪癖のせいで、一単語くらいまで詠唱短縮できる魔術しか、安定して使えないんですわ。呪文を噛んで失敗するにしても、きちんと終了処理をすれば暴発はしないんですけど、それも苦手なんです、この子。魔力量が凄いのが裏目に出て、暴発したときの被害も大きくなりますしね。ホント宝の持ち腐れですわ」
ネフは高級そうな絹のハンカチを取り出すと、それで鼻水やらなにやらで無茶苦茶なことになっているブータの顔を拭いてやる。
張り合ってはいるが、才能は認めているようだし、可愛がっているようにも見える。
「これでわたくしの五十一戦、五十一勝ですわね、ブータさん。しかし留学の成果、まるでないじゃないですの」
「ご、ごめんなさいぃ~。魔法王国でも大賢者様にずっと活舌の指導をしてもらったんですけど、やっぱりダメみたいですぅ。詠唱短縮理論の方は上達したので、一単語で使える魔術は増えたんですけどぉ」
「それでは根本的な解決にはなっていませんわ!」
ごもっともである。
しかし彼の欠点を知ることができたのは収穫だった。
実戦で今みたいな暴発を起こしていたら、どうなっていたことか。
同じ円卓の騎士は、鎧を【瞬間転移装着】すれば無傷で済むかもしれないが、周囲の被害は甚大だろう。
特にこの南港湾都市のような大都市で戦う場合、問題になる。
「にしても、ブータって、普段は活舌、悪くないのにね」
「たぶん精神的なものですわ。プレッシャーに弱すぎるんですの」
だとすると、直すのはメンタル面を向上させないといけないわけか。
その辺は生まれついたものだろうし、かなり厄介なように思える。
「しかし……なるほど。《瞬間転移》が苦手っていうのはそういうわけか」
前にマーリアが無詠唱で七人にかけていたが、あれは魔女という正真正銘の化け物だからできる例外的なことで、本来は長い詠唱のかかる魔術だ。
綺麗な顔に戻ったブータは、俺の言葉に頷く。
「昔、近くの村に移動しようとしたら、呪文を噛んで、同じくらいの距離の上空に出てしまったことがあるんですよぉ。それ以来、怖くて怖くて……」
「よく生きてたね、それ……」
魔術でどうにかしたんだろうけども。
それは恐怖症になるのも無理はない。
ブータは落胆した様子で、頭を下げてくる。
「すみません、ミレウス陛下。こんなダメダメな騎士で……。幻滅しましたよね?」
「いや……」
確かに魔術師としては小さくない欠点である。
だが、あの火力が魅力的だったのも事実だ。
魔神将や決戦級天聖機械は、魔術、魔法への強力な対抗手段を持っているため、そこいらの魔術師では傷一つ、つけることはできない。
それこそ、先ほど姉弟子のネフが見せたような攻撃でも、無理だろう。
だが、ブータの火力ならば、あるいは有効な一打を与えられるかもしれない。
彼が円卓の騎士に選ばれたのにも、その辺が絡んでいるのだろう。
「凄い火力で驚いたよ。ホントに才能があるんだね、ブータ。これから、頼りにさせてもらうよ」
「は、はいぃぃ! 任せてください!」
お調子者の端くれは、こんな風に褒めた上で、期待をかけると、頑張ろうとするものだ。
これもやっぱり計算しての言葉だったけど。
彼からの好感度が上がった手ごたえはあったが、俺の中の罪悪感も同時に大きくなったのであった。
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【第三席 ブータ】
忠誠度:★★★[up!]
親密度:★
恋愛度:★[up!]
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