第三十七話 魔力測定したのが間違いだった
その日の晩、夢を見た。
刺すような直射日光の下、輝くような砂浜で、若草色の髪の美しい人狼の娘が、水着姿で目隠しをして、棍棒を両手で構えて歩いている。
その先には、砂から顔だけを出した若い男。
誰かに埋められたのだろう。
唯一自由になる首を左右に振って、慈悲を乞うように叫んでいる。
人狼の娘の後ろでは、左腕に義手をつけた気弱そうな水着の女性が、彼女を止めようと必死に、その腰にしがみついている。
しかし、力の差は歴然で、ずるずると引き摺られ、砂浜に跡を残すだけ。
あたりには他にも仲間が大勢いるようだが、人狼の娘を誘導するような声ばかりが飛ぶ――なんだか聞き覚えのある女性の声も混じっていた気もするが。
ともかく、その声を頼りに、ついに人狼の娘は男の目の前まで、たどり着く。
そして棍棒は、強い日差しを放つ陽に向けて振り上げられ――。
☆
そこで目が覚めた。
寝苦しかったわけでもないが、ぐっしょりと全身に汗をかいていた。
部屋を見渡してみると、そこは昨日、今回の作戦本部としてチェックインしたサイドビーチロイヤルパークホテルの最上階の一部屋。
ベッドの横に立てかけておいた聖剣エンドッドを手に取る。
以前にも、王都の北西、人狼の森で、似たような夢を見たことがある。
恐らくこの剣の作用で、統一王の記憶を垣間見ているのだ。
砂浜に埋められていた男が統一王で、彼を棍棒で狙っていたのが人狼アルマ。
アルマを誘導するような声の中に混じっていたのは、あの魔術師マーリアのものだ。
そして、アルマを止めようとしていた義手の女性は――論理的に考えれば、この南港湾都市を牛耳ったという海賊女王エリザベスか。
バルコニーに出て、防波堤の先端に建つ、彼女の姿を模したという大灯台を眺める。
手持ち灯を片手に海原の先を見つめる女傑の姿は、夢に現れた気弱そうな女性とは、あまりに雰囲気がかけ離れているが、伝説と現実の乖離についてはもう慣れたものである。
しかしまた制裁らしき行為を受けていたが、統一王はこの南港湾都市で何をやらかしたというのだろう。
女性陣の着替えでも覗いたのだろうか。
俺も昨日、コーンウォール公の別荘でリクサの子供の頃のアルバムを見て、彼女を激怒させてしまったが、あまり調子に乗っていると、そのうち制裁を喰らいかねない。
今はまだ、帰り道で一言も口を利いてもらえないくらいで済んではいるが、好感度が下がると聖剣の力にも影響することだし、気をつけたほうがいいだろう。
……いや、もちろん昨日だってそれは分かってはいたのだが、欲望が抑えきれなかったのだ。
そうだ。
好感度といえば――。
☆
貸しきったホテルの宴会場で円卓の騎士たちと朝食をとった後、コーンウォール公との会談で決定したこれからの方針を、彼らに話した。
すなわち、この地に滅亡級危険種が訪れるまでの一月の猶予の間に、俺達が行う二つの仕事――史料を漁り、現れる危険種の正体を突き止めることと、他の後援者と接触し協力要請を行うことの説明をした。
後者については、コーンウォール公と同様に、王都にいる間にそれらしき人物に親書を出し、この南港湾都市で面会できるように手を打っておいたので、騎士たちに手分けして当たってもらうことにする。
リクサとヂャギーには勇者信仰会に。
シエナにはアールディアの教会支部に。
ラヴィには盗賊ギルド、ナガレには傭兵ギルドに、それぞれ交渉に行ってもらう。
もっとも交渉向きな者ばかりではないので、しっかり釘は刺しておく。
「親書の中で責務について匂わせてはおいたけど、念のため後援者なのかどうか慎重に確認するように。後援者であっても、手に負えそうでなければ、無理せず一度下がって、俺に連絡するように」
アスカラ戦からいる五人は、俺の指示に不満はなさそうだった。
だが、ただ一人、今回から参戦のコロポークルの魔術師、ブータは不安げに手を挙げてきた。
「あ、あのぉ~。ボクだけ指示がないんですけど、もしかして待機ですかぁ?」
「ブータには俺に同行してもらう。王都にある魔術師ギルド本部の学長に親書を出して、この街の支部で会う約束を取り付けておいたから」
「あ、ボクのお師匠様ですねぇ。でも、あの超絶出不精な人がここまで出てくるのかな~?」
ブータが首を捻るのを見て、学長からの手紙を懐から取り出し、その末尾の部分を読み上げる。
「『体調等により、名代の派遣となってしまうかもしれませんが、ご了承ください』」
「確実に代理人任せにする気ですねぇ。お師匠様は塔から滅多に降りてきませんから」
少しラヴィっぽいなと思ったが。
まぁ名代でもなんでも、ちゃんと協力してくれるなら構わない。
「夜にそれぞれ報告を聞くから、会談の内容はしっかり記録しておくように。それじゃ、行動開始だ」
俺の号令で、五人の円卓の騎士が宴会場を出て行くが、リクサは相変わらず不機嫌そうで、俺と目を合わそうともしなかった。
そこは今度ちゃんとフォローを入れておくとして。
今は好感度の回復よりも、新たな好感度の獲得を優先する。
「魔術師ギルドへ行く前に、ブータには少し話しておくことがある」
「はぁ」
近くに寄ってきた彼の華奢な両肩をがっしりと掴むと、宝石のような青い両目を、しっかりと見つめた。
「俺に仕える、円卓の騎士の心得だ」
「こ、心得ですか」
いかん、なんだか萎縮させている。
これだと忠誠度は上がるかもしれないけど、他の二つが上がらない。
「いや、なに、そんな難しく考えないでいいんだ。俺はもう他のみんなとは一度、一緒に死線を越えて、いくらか絆のようなものができてるからね。キミとも同じように仲良くなりたいんだよ。そのために少し話がしたいんだ」
「それならば、喜んでぇ!」
ブータはにっこりと微笑むと、その大きすぎる魔術師ローブの両袖を上げた。
同類だから、理解る。
この子もきっと、お調子者の端くれだ。
自分で言うのもなんだけど、いくらか面倒なところもある、この性格であるが、こういうときは便利でもある。
アザレアさんを呼び、紅茶と軽い茶菓子を持ってくるように頼むと、彼を隣の席に座らせる。
好感度というものが、少し会話を交わしただけで上がるものではないことは、これまでの経験から分かっている。
まずは、攻略の足場作りといったところからだろう。
☆
円卓騎士団第三席、魔術師ブータ。
やや尖った耳と小さな潰れた丸い鼻が特徴の、コロポークルという小柄な亜人種の少年で、周りの騎士たちの話を信じるならば、善人である。
現在、十二歳で、騎士団最年少。
魔術師ギルドに所属しており、マーリアの再来とも呼ばれる天才少年である……と。
俺は今のところ、これ以上の個人情報を持っていない。
アザレアさんが運んできた紅茶と茶菓子をいただきながら、隣の少年に話しかける。
「まず、だ。ブータと俺は、王と家臣なわけだが、キミは俺に忠誠を誓ってくれるか?」
「もちろんですよぉ! 初めてお会いしたときから、ボクはミレウス陛下の忠実なる僕! どんな命でもドンと来いですよぉ!」
実際、彼は自身の胸のあたりをドンと叩く仕草を見せたが、お調子者の端くれが、こう答えるのは分かりきっていた。
問題はここからだ。
「これはリクサなんかにも言ってることだけど、俺は円卓の騎士の皆と、王と臣下としての関係だけでなく、友人としても、一人の人間としても、仲良くなりたいと思っている」
「と、友達や、人としても、ですかぁ……? それは難しいですねぇ」
「できるできる、ブータならできる。仕事以外のときは、臣下と王の関係を忘れるだけでいいから」
「そう仰られても、王様に不遜な態度を取るわけにはまいりませんしぃ……」
思いのほか渋るのは、彼が太鼓持ち体質だからだろうか。
俺はできるだけ軽いノリを心がけて、話を続けた。
「気分、気分。なんとなーく、比重を変えるくらいでいいから。ほら、ここに来る間に、一緒にトランプで遊んだり、砂浜で遊んだりしただろう? アレくらいのスタンスで正解ってこと」
「なるほどぉ!」
ブータはポンと手を叩き――袖が余っているので、叩けていないが、納得した表情を見せた。
この様子なら、交流していくうちに自然と親愛度は上がっていくだろう。
ということで、彼の個人情報を尋ねて、交流を図る。
「そういやブータは、なんでしばらく王都を離れてたんだっけ」
「魔法王国に留学してたんですよぉ。おかげで陛下のご即位の報が届くのも、それを聞いて帰ってくるのも物凄く時間が掛かったんですぅ」
「……そりゃあ大変だったね」
魔法王国といえば大陸西岸の果てにある大国だ。
海路を選んで、風に恵まれても、片道で一月は軽く掛かる。
もちろん手段を選ばなければ、それ以上に早く着くことも可能ではあるけども。
そういえば、それに関して、この子に聞いておくべきことがあったな。
「ブータは凄腕の魔術師なんだろ? 《瞬間転移》は使えないのか?」
「いやぁ~、使えるといえばぁ~使えるんですけどもぉ~。ちょっと苦手でしてぇ……」
えへへ、と後頭部にローブの袖をやり、誤魔化すような笑い方。
少し前に魔術師マーリアに、彼女の館からアスカラの地上絵まで、あの魔術で移動させてもらったが、独特の浮遊感があった。
あれが苦手ということだろうか。
《瞬間転移》は、移動距離や対象数に比例して、消費魔力が増大する類の魔術だ。
そのため、今回の王都からこの街への移動のような大人数の旅には向かないが、魔術師が一人旅で時間短縮のために使うには便利なものらしい。
最上級難度に位置づけられる、あの魔術を習得しているのにも関わらず、そんな理由で使えないというのは残念なことだが、他者を飛ばす分には支障はない、か。
「魔術師ギルドではどんな系統を専攻してるんだ?」
「はっきりしたのはないですねぇ。雑食で色々やってます。それが、うちのお師匠様の方針なので。あ、でも強いて言えば詠唱短縮理論が得意といえば得意ですねぇ」
「ほぉ」
ヤルーもかなり上手く使いこなしていたが、魔術、魔法の発動に必要な呪文を削減できる詠唱短縮理論は、特に戦闘において効果を発揮する――と聞いている。
円卓の騎士に選ばれるだけあって、かなり実戦的な魔術の使い手なのかもしれない。
「あ、雑食に色々やってるってことはもしかして、魔力測定もできたりする?」
「はい、もちろんですぅ! ミレウス陛下の、お計りしましょうか?」
「いや、俺のはいいや……そこのアザレアさんのを、計ってあげてよ」
と、椅子に反対向きに座って、背もたれに顎を乗せて、退屈そうに安紙本を読んでいるアザレアさんを手で差す。
王付きの女中さんにあるまじき姿だが、それは置いておくとして。
突然、話が飛んできたのに驚いたのか、彼女は、目をぱちくりして自身を指差すと、本を椅子に置いて、こちらへやってきた。
「アザレアさん、前に魔術師としての才能があるかもって話してたでしょ。計ってもらいなよ」
「おお、そうだったね! じゃあよろしくお願いします、ブータ殿!」
アザレアさんが差し出した手を、ブータは大きめなローブから両手を出して握る。
それから、むむむ、と難しい顔をして、少し唸った。
恐らく、そんな時間のかかるようなものではないはずだが、ブータはやたらと溜めてから、結果を発表した。
「確かに、魔術師の才能がありますね。微弱ながら魔力の波動を感じます。簡単なおまじないくらいなら、半年もあれば習得できると思いますよ」
やったぁ! とアザレアさんは飛び跳ねるが、前に彼女と話していたのは、[大魔術師]とかまでなるような、凄い才能のことだったと思うのだけど。
今、ブータが言ったくらいの魔力で匿名希望の姿欺きを見破れるものなのだろうか。
それともたまたま、そちらの方向に特化した才能なのか。
アザレアさんは、ひとしきり喜びを表現し終わると、両手を合わせて、自分よりだいぶ背の低い少年に頭を下げた。
「ブータ殿! そのおまじないとやら、わたくしめに教えてくださいませ!」
「え! えー……ボクはいいですけどぉ」
ブータは俺の方に許可を取るように視線を投げてくる。
俺としてはどちらでもいい気はした。
しかし、それならアザレアさんが喜ぶほうを選ぶのが正解だろう。
「悪いけど暇なときにでも教えてやってくれ。あ、でも危ないのは、なしね」
「承りましたぁ~」
と、頷いたブータの両手を、アザレアさんはローブの上から思い切り握って、ぶんぶんと上下に振った。
ついでに要らんことを思いつきやがり、師事したばかりの少年に頼みこむ。
「そうだ、お師匠様! 我らが主君の魔力も計ってあげてください!」
「え。いいって、いいって! 俺はいいって!」
逃げ出そうとするが、意外なところで俊敏性を見せるアザレアさんに捕まり、羽交い絞めにされる。
悪乗りしてきたのか、ブータも両手をローブから出して、俺の手を強引に握ってくる。
「ミレウス陛下の魔力は~……あー……全然ないですねぇ」
「知ってる。この間、勇者信仰会で職業解析盤使って計ったからね……」
だから嫌だったのだが。
「わーい勝ったー!」
と、アザレアさんが優越感に浸って両手を挙げて小躍りしているので、別に悪くはないか。
それを眺めて、ブータに告げる。
「まぁ、さっきの話に戻るけど、仕事中以外はこんな感じでいいから。こんな感じのゆるーいノリでね」
「なるほどぉ……なんだか分かってきましたよぉ!」
ふむふむと頷くブータは、実に楽しげである。
結果的に、アザレアさんのおかげで、この新しい騎士とも少しは仲良くなれたのかもしれないので、感謝はしておくべきだろう。
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【第三席 ブータ】
忠誠度:★
親密度:★[up!]
恋愛度:
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