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第三十五話 浜辺で遊んだのが間違いだった

 ウィズランド島南部の一大貿易港、南港湾都市(サイドビーチ)


 『時を告げる卵』が、かの都市に危機が迫っていることを知らせてくれた、その翌朝。俺達は豪華客船を貸しきり、王都の西を流れる大河、カーウォンダリバーをゆっくりと下っていた。


 およそ丸一日ほどの優雅な船旅であるが、その先に待ち受けるのが滅亡級危険種(モンスター)であると分かっていると、やはりどうしても気が滅入ってくる。


 もっとも俺ほど深刻に事を考えている者は他にいないようで、VIP用の客室に集まった円卓の騎士の面々は、みんな気楽そうな顔で壁際に並んだロングソファーに腰掛けていた。


 昨日は大変だ、大変だと皆で騒いでいたのだが。


「ミレくん、あんま気ぃ張ってても疲れるだけだよ」


 俺の右隣に座る南港湾都市(サイドビーチ)の領主――ラヴィが泥のように脱力した状態で、もたれかかってくる。


 泡を吹き、白目を剥いて倒れた昨日の醜態(しゅうたい)が嘘のように、平常運転だった。


「あの卵の色は、赤からはまだまだ程遠いんでしょ? 今からそんな暗い顔してても仕方ないって」


 くぐってきた修羅場の数が違うからだろうか。


 俺の左隣に座るリクサも、やはり普段どおりの顔である。


「ラヴィのように過度にだらける必要はありませんが……言っていることは正論です。危機が実際に訪れたときに最大限の力を出すためにも、今は平常どおりに過ごすべきです」


 彼女の忠言はもっともだとは思うが、そう簡単に割り切れるものでもない。

 場数を踏めば俺もいつかは、そんな風になれるのかもしれないが。


 部屋の扉がノックされ、失礼しまーす、と元気な声がする。


 紅茶のセットを載せた台車を押して入ってきたのは、栗毛色のボブヘアーに帯状飾り(ホワイトブリム)をつけたクラシカルな女中(メイド)服のアザレアさんだった。


 紅茶を配り終えると俺に目配せをして、部屋の隅でスカートの裾をつまみ、全員に向けておじぎ(カーテシー)をする。


「ミレウスくんの元同級生にして、現在はお付きの女中(メイド)! アザレアです! 今回の南港湾都市(サイドビーチ)視察では、円卓の騎士の皆さんのお世話も担当させていただきます。どうぞよろしく!」


 王城の他の女中(メイド)さんと比べるとずいぶん砕けた挨拶ではあったが、特に気にする者もなく、ぱちぱちと拍手が起こる。

 そこへ、アザレアさんが余計な一言を付け加える。


「あ! ミレウスくんには、将来的にお妃様にしてもらう約束もしてもらってます!」


「いや、待て。約束してない。した覚えがない」


 俺は必死に誤解を解こうとしたが、時すでに遅し。


 ラヴィには泣きつかれるわ、ナガレには襟首掴まれ殴られかかるわ、散々な目にあう。


 それを楽しげに眺めてから、ようやく、アザレアさんはホントのことを白状する。


「あ、お妃様の件は私が勝手に言ってただけだっけ」


「そうだよ!」


 聖剣広場で剣を抜いた、あのときの話だが。


 それを聞いて、青白い顔をしていたシエナの震えもおさまる。


 リクサもほっと息を吐き、全員に向けて注意をする。


「彼女以外にも数十名ほど王城の人員(スタッフ)が帯同しますが、皆、迷惑はかけないように」


 手を挙げて、はーい、と元気のいい返事をしたのは、ブータとヂャギーの男性陣。


「なんだか修学旅行みたいだね!」


「楽しくなりそうですねぇ~」


 二人して、観光地へ行くようなノリだが。


「あの、遊びに行くんじゃないからね?」


 一応、念押しはしたが、まともに取り合ってはくれない。


「ミレウス陛下ぁ~。ボク、トランプ持ってきたんですよ!」


「あ、いいね、ぶーくん! みんなで大富豪やろうよ、大富豪!」


 二人に腕を引かれ、テーブルの方に誘導される。


 こういうところでガツンと言えない俺も、悪いとは思う。

 






    ☆






 翌日の昼、ガツンと言えない男である俺は海水パンツを履いて、南港湾都市(サイドビーチ)南部の私有砂浜(プライベートビーチ)で仰向けに寝ていた。


 この時期にしては日差しの強い日ではあったが、それを差し引いても海水浴をするのに十分な暑さである。

 南港湾都市(サイドビーチ)は火の精霊力が強い土地で、一年中夏のような気候だとは聞いていたが、まさにその通りだった。


 そう話していた本人は、来ていないわけだけど。


「ヤルーも来ればよかったのにね!」


 俺の隣で同じように砂浜に寝そべるヂャギーが残念そうに話す。


 彼はスイカ柄の海パンを履いて、日差しから眼を守る黒い保護眼鏡をかけていた。

 もちろん、いつものバケツヘルムの上からである。


「いやぁ~素敵な砂浜ですねぇ、ミレウス陛下ぁ! ボク、やっぱり円卓の騎士になってよかったですよぉ!」


 ヂャギーとは逆の隣で寝転がるのは、全身を覆う黒いフィットネス型の水着を着用したブータである。

 彼はパラソルを立て、一人だけその影に隠れている。


「こんなところで遊んでる場合なのかな……」


 ぽつりと漏らすが、二人とも取り合ってくれない。


 一泊二日の川下りの旅を終え、南港湾都市(サイドビーチ)にたどり着いたのが今朝。

 それから海沿いの最高級旅館(ホテル)にチェックインしたのだが、作戦会議をする予定だったこの地の有力者と会えるのが、早くても今日の夜ということになり、少し時間が空いたのだ。


 もちろん他にもやるべきこと、やれることはいくらでもあったのだが、本格的に忙しくなる前に海へ行って決起集会をやろう、というラヴィの提案を、ガツンと言えない男である俺が止められるはずもなく。


 それで今現在、こういうことになっている。


「ミッレウッスくん。トロピカルジュースはいかがですか?」


 背後から陽気な声がしたので、頭をそちらへ無理に傾けて見てみると。

 女中(メイド)服風のひらひらとした水着を着用したアザレアさんが、グラスの縁に花と果物を差した、海と同じ色のジュースをお盆に載せて立っていた。


「いただこうか……」


 上半身を起こし、彼女からグラスを受け取る。

 カラフルなストローで飲んでみると、よく冷えていて、美味しかった。


 ヂャギーとブータにもグラスを配り、彼女は俺の隣に控える。


「なーにか、私に言うことがあるんじゃないかな、ミレウスくん」


「水着がとても似合っていらっしゃいます」


「ふふふ、よろしい」


 王様にこんなことを要求するのは、円卓の騎士を除けばこの人くらいなものだ。

 彼女の水着姿は前に水泳の授業で見たが、そのときは学校指定の簡素なものだった。

 あれはあれで俺は好きだったが、今着てるような可愛らしいのも好みだった。


「そういやアザレアさん、こんなところ来て、学校はよかったの? 今回のこれ、長いと一月以上滞在することになるんだけど」


「ヘーキヘーキ。私、特待生だし、これも特別課外授業ってことで短期留学扱いにしてもらえたし」


「……学業の面はそれでいいかもしれないけどさ。進学したばかりで一月も休むと、クラスで浮くんじゃないかな」


「知ってるでしょ。そーゆーところも、私、要領いいから」


 もちろん知っている。

 たぶんこのよく笑う女の子は、高等学校(ハイスクール)でも、気付けばクラスの人気者になっていることだろう。


 アザレアさんは俺の質問に不満を感じたらしく、口を尖らせ、上から覗き込んでくる。


「なぁに? もしかして私がいないほうがよかったのかな、ミレウスくんは」


「心配しているんだよ。単純に。友人として」


 この返答はそれなりに有効だったのか。

 ふっふーん、と意味ありげに笑うと、アザレアさんは一旦、旅館(ホテル)の方へと下がっていった。


 そしてそれと入れ替わるようにして、円卓の騎士の女性陣が着替えを済ませてやってくる。


「お、お待たせしました、ミレウス様」


 先頭を歩いてきたのはリクサだった。

 白銀(プラチナブロンド)の長い髪を動きやすいように結っており、それによく合う水色のホルターネックタイプのビキニを着ている。

 どことなく気品のようなものを漂わせるシースルーの腰布(パレオ)が、印象的だった。


「似合ってるね」


「そ、そうですか? それなら僥倖(ぎょうこう)ですが、なにぶん、こういったものを着用するのは初めてなもので……。ラヴィに選んでもらって正解でした」


 てれてれと頬を掻く彼女に、そのラヴィが後ろから抱きつく。


「やっぱりミレくんはえっちだなぁ~。リクサの胸ばっかり見てさぁ」


「誤解だ。胸ばかり見ているというのは誤解だ」


 胸を見ていないとは言わないけども。


「まぁ大きいもんね。そりゃ目がいくよね」


 悪戯っぽく笑うラヴィは両手で、リクサの胸を押し上げる。

 そこへ視線が行ってしまうのは、不可抗力以外の何物でもない。


 リクサは悲鳴を上げると、ラヴィの腕を掴み、背負うような形で投げ飛ばす。


 俺達の頭上を軽々と越え、砂浜の奥へ頭から落下するラヴィ。

 [怪盗(ハイドシーフ)]の彼女なら【受身】を取れた気がするが、砂浜だからと油断していたのだろうか。


 起き上がり、ぺっぺと口に入った砂を吐く。


「リクサの胸を見るなって言うなら、ラヴィが見せてくれよ」


「お、よかろう! そーら、存分に見るがいいぞぉ!」


 と、ポーズまでつけて彼女が見せ付けてきたのは、黒のチューブトップタイプの水着。

 大きすぎず小さすぎもしない胸を覆う左右のブラの間に、輝く金のリングがついているあたりが、いかにも彼女らしい。


 しかし投げ飛ばされて、よくズレなかったな。


 彼女はドヤ顔で、賛辞を要求してくる。


「ほーら、どうだ。存分に褒めるがいいぞ」


「ラヴィ最高! キュート! セクシー!」


「えへへ~そうかなぁ~」


 満足していただけたようで何よりだ。


「相変わらずデレッデレしてんな、オメェはよ」


 不機嫌そうに半眼で睨みつけてきたのは、パーカータイプのラッシュガードで上半身をしっかりガードしたナガレだった。

 この間の脱衣ババ抜きのときに堪能させてもらった彼女の豊かな胸が拝めないのは残念だが、ぴっちりとしたラッシュガードというのも、これはこれでいい。


 下半身の方の防御は甘いので、彼女のすらりと伸びた美脚は好きなだけ見れることだし。


「ガン見してんじゃねえよ!」


 その彼女の足に踏んづけられ、再び、砂浜に仰向けに倒れる。

 これも貴重な体験だ。


「ごめん。あまりに綺麗だったものだから」


「は、恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ!」


 彼女は真っ赤な顔で俺を数回足蹴(あしげ)にすると、俺からだいぶ離れた位置に座った。

 あれでそんなに悪い気はしていないのは、これまでの付き合いで分かっている。


「あ、(あるじ)さま……どうですか?」


 と、自信なさげに獣耳を折りたたみ、最後に水着を見せてきたのは、ずっとナガレの影に隠れていたシエナだった。


 彼女は肩と背中を大きく出した白のワンピースタイプの水着を着用している。


 それを上から下まで、じっくり眺めて。


「ちょっとそこでゆっくり、一回ターンしてもらっていいかな」


「は、はぁ」


 シエナは困惑しながらも、指示に従う。


 彼女が背を向けたところで、腰からお尻の辺りを凝視し、俺は満足した。


「尻尾の生えてる位置がだいたい分かったな」


「あ、あ、(あるじ)さまぁ!!」


 逆鱗に触れてしまったのか、彼女は水着から出したふさふさの尻尾をピンと立て、普段ヤルーに向けるような険しい表情になると、砂を掴んでこちらへ投げてくる。


 それを腕で防ぎながら、懸命に謝罪する。


「悪かった! 悪かったって! 凄く可愛いよ、その水着!」


 詫びの言葉と褒め言葉を並べて、荒ぶる獣少女をどうにか静めようとする。


 ヂャギーとブータにも目配せをして加勢を頼むと、彼らも口々にシエナを褒め称えた。


「しーちゃん、可愛い可愛い!」


「とっても可愛いですよ、シエナ姐さん~!」


 その声を聞いて他の女性陣、三人も集まってくる。

 彼女らにも男三人で賛辞を並べ、即席の水着お披露目(ファッション)ショーのようなものが出来上がる。


 正直、意味不明だが、雰囲気は悪くない。


 ヤルーがこの場にいなくて、ホントよかった。

 ヤツがいたら、今頃、刃傷沙汰になっていたのは間違いない。


「そうだ! スイカ割りやろうよ、スイカ割り!」


 いいタイミングでヂャギーが提案してくれたので、方向性が変わる。


「お、いいな!」


 と、木刀を持ち出したのは、もちろんナガレで。


「ヤルーがいたら、ヤルー割りができたんですけどね」


 と、物騒なことを言ったのは、もちろんシエナだった。


 シートの上に置いたあの縞模様の大型果物を、ジャンケンで勝ったラヴィが目隠しをして木刀で狙う。


 周囲の面々は果物の場所を、あっちだこっちだと指示するが、半分くらいは嘘である。

 その上、ラヴィは事前にその場で何度も回転をして平衡感覚を失っているので、まるで見当違いの方向へ歩いていく。


 それを見て、みんなして大笑いした。


「なんだか、面白い人たちだねぇ」


 女性陣のためにトロピカルジュースをお盆に載せて持ってきたアザレアさんが、俺の隣で、ぽつりと呟く。


「……想像してた円卓の騎士さまとは全然違うけどさ」


「俺も最初はびっくりしたよ」


 なんだかもう慣れてしまったけど。


 アザレアさんは女性陣にジュースを渡してくると、俺の隣に腰掛けて、ニヤっと笑って、下から顔を覗き込んできた。


「ま、ミレウスくんが新生活を楽しんでいるようで何よりだよ」


 楽しそうに見えただろうか。

 そうかもしれない。


 なんだかんだ、この円卓の騎士たちと過ごす日々を、俺は楽しんでいるのかもしれない。


 だとしたら、この生活を守るためにも。


「……頑張らないとな」


 アザレアさんにはよく分からなかっただろうけども。


 独り言のように呟いて、俺は(きた)る滅亡級危険種(モンスター)との戦いに向けて、気合を入れた。


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