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第三十三話 職詳細を調べに行ったのが間違いだった

「というわけで、みんなが使えるスキルや魔法を、配った紙に全部書き出して欲しいんだよね」


 ある日、円卓の間に集めた六人の騎士に、俺はそう頼み込んだ。


 頼み込むというか、実質命令なんだけど、[大精霊使い(グランドシャーマン)]のヤルーと、[怪盗(ハイドシーフ)]のラヴィは、あからさまに嫌そうな顔をした。


「これ、俺っちたちのスキルを無断で借りてくってやつだろ? やだやだ、ミレちゃんが使ったら、俺っちの召喚可能回数減るじゃん! おーしーえーたーくなーいー!」


「職業柄、自分の手の内を全部(さら)すのはちょっとね~。忌避(きひ)感があるんだよね~」


 まぁこの二人がごねるのは想定の範囲内だ。


「どうせスキル使ってるところ一度見ないと借りられないし、書きたくないのは書かなくていいよ」


 それなら、ということで、二人も紙にペンを走らせ始める。


 まず最大限の要求をしてから譲歩をして、相手にこちらの要求を飲ませる、詐欺師の手法である。

 ヤルーはその辺分かった上での、行動かもしれないが。


 腕組みをして、六人の騎士の作業が終わるの待つ――すると。




 デュイン!

 デデレデデレデッデーデ~♪

 ファーファーファー♪

 シュイィィィーーーーン!!!!




 頭の中で、華やかな短いファンファーレが響いた。



「んん!?」


 思わず声を上げた俺の方に、みんなが顔を向けてくる。


 彼ら、彼女らには聞こえなかったらしい。


 ペンを持つ手を止め、何が起こったのか、と怪訝そうな表情だ。


「れ、れ、レベルが上がったー! レベルが上がった!」


 席から立ち、みんなを見渡して興奮気味に口走る。

 しかし反応はあまりに淡白だった。


「よかったな」


 ナガレはそれだけ言うと、書きかけの紙に視線を戻した。

 彼女が冷たいのはいつものことだからいいとして。


「お、おめでとうございます……」


 シエナもそれだけ言うと、すっと円卓の下に潜ってしまった。

 相変わらずそこの方が落ち着くらしく、自分の席を机代わりにして、紙にスキルを記入している。


 ヤルーに至っては、特に興味もないようで、スキル記入を早々に切り上げ、ペン回しを始めていた。


「レベルが上がった……って。あれ? ミレくんなんかの職業(クラス)ついてたっけ」


 俺の失望を感じ取ったのか、心優しいラヴィが()いてくれた。

 両手で握りこぶしを作り、彼女に向けて力説する。


「[極王(ウィザード・キング)]だよ! 俺だけの単独限定(オンリーワン)特別職(エクストラクラス)! 聖剣抜いたときからそうなの!」


 なんだか少しやけくそ気味になったが、その内容にはいささか力があったのか、再び皆の視線が俺に向いた。


「へぇ! みーくん、そんなのついてたんだね!」


「そういえば、そのような記述が、先代王の残した手引書(マニュアル)にありましたね……」


 ヂャギーとリクサがそんな風にリアクションをくれるが。

 

 それで終わりである。


 みんな、スキルの記入に戻ってしまう。


「あの……なんで、みんなそんな冷たいの?」


 え! っという顔で、三度(みたび)全員がこちらを向く。


 代表をして、ヤルーが意見を言う。


「いやいや、ミレちゃん。(ジョブ)レベルが上がるのは確かに、めでたいことだけどよぉ。別にそんな珍しいことでもないし、普通こんなもんだろ」


 それを受けて、ナガレが指を弾く。


「あ、もしかしてタイミングのことか? 日常生活でも経験値は少しずつ入り続けてるから、こういうときに上がることも割りとあんぞ。一番多いのは敵倒したときと、睡眠から目覚めたときだけど」


 さらにそれを受けてラヴィが手を挙げる。


「アタシ、昔お風呂入りながら上がったことあるよ!」


 お~、と六人は謎の盛り上がりを見せ、そしてまた各自の紙へと視線を落とす。


 俺はもはや半ば諦め、頬をかきながら、ぽつりと独り言を漏らした。


「生まれて初めてのレベルアップなんだから……もう少し祝ってもらえてもいいかなって……そう思っただけなんだけど……ハハ」


「初めて!?」


 六人の声が揃った。






    ☆






 職業継承体系(ジョブシステム)というのは、元を正せば、真なる魔王がこの世界に(のこ)した二つの災厄――魔族と魔王化現象に対抗するため、始祖勇者が、後世の人々のために作り上げた世界規模魔術(ワールド・イクリプス)である。


 現在、その管理を行っているのは始祖勇者が残した宗教組織――実質、互助会の勇者信仰会(ヨシュアパーティ)であるが、非常に高い拡張性を持つため、勇者の死後三百年で、あれやこれと追加をされ、今やその全てを把握する者はいない、というのが実情である。


 ともかく、人類の知識や経験を世界規模で蓄積し、後に同じ道を歩む人の技術習得期間を短縮させるという、この体系(システム)の効果は目覚(めざま)しく、今なお人類が二つの災厄に対抗できている最大要因だとも言われている。




 というわけで、人生で初めてレベルの上がった俺は、リクサとヂャギーを連れて王都の静かな冬通り(ウィンターストリート)にある、勇者信仰会(ヨシュアパーティ)のウィズランド島支部へやってきたのであった。


「あら、ヂャギーさん! ミレアスさん!」


 一見すると銀行のようなその建物の受付で出迎えてくれたのは、ヂャギーの滞在する宿のそばの孤児院で、定期的に子供達の面倒を見ている美人修道女(シスター)さん二人組である。

 俺にとっては先日、一緒に高級焼肉店で飲み食いした仲であり、そして一緒に出禁を喰らった仲でもある。


 見ず知らずの人に応対されるよりかはだいぶマシだろう。


 すべての事情を説明する了承を得るため、ヂャギーに目線を送る。

 これは上手く伝わったらしく、彼はバケツヘルムの奥の瞳を、きらっと輝かせると、大きく頷いた。


「実はこのたび、生まれて初めてレベルが上がりまして。能力値(ステータス)とスキル測定をしていただこうかと」


「あらあら、まぁまぁ!」


「それはおめでとうございます! それでは奥へどうぞ!」


 相変わらず陽気な、お二人に通されたのは、二つのソファがローテーブルを挟んで向かい合って置かれている小さな個室。


 その片側に俺達が座り、もう片側に修道女(シスター)さんたちが座る。


「ささ、では職業解析盤(クラスボード)に、お手をどうぞ」


 二人が差し出してきたのは、食事用トレイくらいの大きさの、黒板のような盤。

 その中心部に手のひらの形のラインが引いてあり、俺はそこへ自身の右手を押し付けた。


 盤が光り、様々な情報が手のひらの周囲に記述される。


「はい、オッケーです!」


「さーて、ミレアスさんのご職業はなんなのかな~っと」


 俺達に見せてくる前に、修道女(シスター)さん二人は、自分達の方に盤を向けて、その内容を読む。

 そこで二人して、完全に固まった。


 盤には、俺の本名も記載されている。


「今まで名乗っていたのは偽名だったんです。申し訳ない」


 姿を欺く腕輪、匿名希望(インコグニート)を腕から外す。


 俺の真の姿を見て、修道女(シスター)さんたちが、両手を口にあて、息を飲んだ。


「ミレウス・ブランド、十五歳。(ジョブ)は[極王(ウィザード・キング)]。この国の、国王をやっています」


 どんな反応をするのかな、と思っていたが。


「まぁまぁまぁまぁ!」


「えー! 国王様!? 本当に国王様!?」


 きゃっきゃと二人で手を繋ぎながら、大盛り上がりしている。

 とりあえず、今まで騙していたことに対して、怒っていたりはしないようだった。


「あ! じゃあもしかして、その同僚だというヂャギーさんは!」


「円卓の騎士!?」


「そうだよ!」


 あっさり頷いて認めるヂャギー。


 きゃあああ! という黄色い歓声が個室の中に響き渡る。


 これ大丈夫かな……外に聞こえてないかな。


「あー、長年の謎が解けました!」


「絶対なにか訳アリだと思ってたんですよ~! そっかそっか、円卓の騎士様でしたか~なるほどね~!」


 二人はヂャギーに握手とサインを求める。

 彼はもちろんそれに二つ返事で応じ、即席の偶像(アイドル)サイン会のようになった。


 次は俺が標的になり、二人に握手とサインをするハメになる。

 さらに、俺の隣で黙って座っていたリクサが標的に。


「あ! もしかして、そちらの素敵な女性騎士さんも、円卓の!?」


「……ええ、はい。次席騎士のリクサです。どうぞ、よろしく」


 きゃあきゃあ! とまた大盛り上がりし、彼女にも握手とサインを求めてくる。

 困り顔でそれに応えながら、リクサは口元で指を一本立てた。


「あの、このことは、どうかご内密に」


「ええ、ええ! それはもちろん!」


 考える様子も見せずに快諾してくれるが、こんな緩さでも修道女(シスター)さんであることに間違いはないのだから、信用できると思いたい。


「そういえば最近、孤児院に匿名で多額の支援があったんですけど、もしかして……?」


「……ええ、はい」


 二人に期待の眼差しで見つめられ、渋々と認める。

 再び部屋は、黄色い歓声で包まれることになった。






    ☆






 修道女(シスター)さんたちが落ち着き、ようやくまともに職業解析盤(クラスボード)の結果を見ることができるようになったのは、だいぶ経ってからだった。


 職業欄は予想通り[極王(ウィザード・キング)]。

 (ジョブ)レベルは『2』で、スキル欄は空白だった。


 それを見て、修道女(シスター)さん二人は動きを同調(シンクロ)させ、あちゃー、と額に手を当てた。


「これは(ジョブ)だけ追加して、ほかはきちんと登録していないパターンですね。注釈文も一切ありませんし、どんな意味のある(ジョブ)なのか、さっぱりです。レベルアップで何かスキルを覚えているかもしれませんが、うちでは分かりません」


「その聖剣を作成した人が適当だったんでしょうねぇ。武器依存の特別職(エクストラクラス)は割りとこういうの多いんですよ」


 何か新しいスキルを覚えたのではないか、というのがここを訪れた理由だったのだが、どうやら何の意味もなかったようだ。

 このままでは修道女(シスター)さん二人を喜ばせただけである。


能力値(ステータス)はどうですかね……?」


 一縷(いちる)の望みを託し、(たず)ねてみるが、二人は渋い顔のままである。


「特にレベルアップで上がった形跡はないですね」


能力値(ステータス)補正はない(ジョブ)みたいです。これも特別職(エクストラクラス)には多いんですけど」


 絶望である。


 (うつむ)き、職業解析盤(クラスボード)を眺めながら、特に意味もなく(たず)ねる。


「もし、俺が冒険者になるとして、他の(ジョブ)に転職するとしたら、オススメはなんですかね」


「うーん……正直どれも一般人レベルの数値なんですけど……ほんのちょっと器用さと体力と知覚が平均より高いので……」


「あえて言うなら[盗賊(シーフ)]か[狩人(レンジャー)]……ですかねぇ」


 二人とも優しい口調ではあったが、言外に冒険者はやめておけと(いさ)められているのが、よく分かった。






    ☆






 重い気持ちを引き()って、長い帰路を歩いた。

 気遣ってくれたのか、その間、リクサとヂャギーは一言も喋らない。


 王城に戻り、その最も高い塔の最上階、円卓の間の前までたどり着く。

 そして機密性を保つための、重い金属製の扉を押し開いた。


 すると。


 乾いた破裂音が連続で響いたかと思うと、色鮮やかな紙テープが、俺の元へ飛んできた。




「ミレウスくん、レベルアップおめでとう!」




 ラヴィとナガレとヤルーとシエナ、四人の声が重なった。

 みんな、小さな円錐形の紙容器を手にしているが、どうやら飛んできた紙テープはそこから出てきたものらしい。


 リクサとヂャギーが混ざり、六人で拍手をしてくれる。


 この間の祝勝会に使った飾り付けを流用したのか、円卓の間はちょっとした立食パーティの会場のようになっていた。

 先ほどの四人の言葉がそのまま書かれた横断幕が、奥の壁に貼ってある。


「い、いやー、さっきはごめんね、ミレくん。まさか初レベルアップだとは思わなくて」


 ラヴィが申し訳なさそうな照れ笑いを浮かべ、俺に、桃の果実水(ジュース)を入れたグラスを渡してくる。


「そうそう。ミレちゃんがそんな変な(ジョブ)についてたなんて知らんかったし。ついてるにしたって、ここまでレベルが上がってないなんて思わなかったし」


 円卓の上に用意された、宅配ピザを頬張りながら、ヤルーが言い訳を並べる。


 このテーブルを汚したら、製作者である魔術師マーリアに怒られそうだが、彼女が職業継承体系(ジョブシステム)にきちんと情報を登録してくれてなかったせいで、こんな残念な気持ちを抱くハメになったのだ。


 今更、気を使う必要が、あるだろうか。

 いや、ない。


 俺も遠慮なく、ピザを(つま)むことにする。


 すると、しゅんと獣耳を折りたたんだシエナが、葡萄(ぶどう)果実水(ジュース)の瓶を持って、お(しゃく)をしにやってきた。


 まだ中身が入っているのに注ぎ足すものだから、混ざって、えらい色になる。


「あ、(あるじ)さま、ごめんなさい。レベルが低いうちはすぐに上がるものですし、あの決戦級天聖機械(オートマタ)も倒したわけですから、まさか初期レベルのままだとは思いませんでした……」


「いや、いいんだ。俺も、さっきレベルアップするまで、そういう(ジョブ)についたの忘れかけてたくらいだし」


 リクサも(しゃく)をしにきたが、その手に持つのは蜜柑の果実水(ジュース)の瓶。

 やはり俺のグラスの残量を見ずに注ぐので、その中の混沌ぶりが加速する。

 混合果実水(ミックスジュース)だと思えば、そう悪いものでもない味だったが。


(ジョブ)によってレベルの上がりやすさは違いますが、あれだけの大物を倒して、しばらくしてからようやく一つ上がるというのは、尋常(じんじょう)ではありません。私の勇者系(ブレイブ・クラスタ)も非常に上がりにくい方ですが、あれの撃破時には、いくつもレベルアップしましたし」


「アスカラを倒したときは凄かったよな! しばらくファンファーレ鳴りっぱなしだったしよ!」


 ナガレが口とピザの間にチーズの橋を作りながら、興奮気味に語る。


 そうか、あのときみんなはレベルが上がっていたのか。


 いや、冷静に考えればあんなの倒したんだから当たり前なんだけど。

 自分がレベルアップしたことがなかったので、思い至らなかった。


「……ところで、みんなの今のレベルはどんなもんなんだ?」


「私が百台前半ですが、みんなは二百過ぎくらいだと思います。ラヴィは盗賊系(シーフ・クラスタ)で上がりやすいので三百近いかもしれません」


 リクサの返答に、眩暈(めまい)がする。

 どうりでレベルアップへの反応が淡白だったわけだ。

 彼女達からすれば、もう報告しあうようなものでもない、ありふれた出来事だったのだろう。


「なんだか俺のレベル『2』って、場違いみたいな気がしてきたな」


 ため息と共に、ぽつりと漏らす。

 するとヂャギーが白い粉をかけたピザを一口で平らげてから、俺の肩を叩いてきた。


「レベルなんて目安みたいなものだし、気にしなくていいと思うよ! 心強い仲間がいるって思えばいいんじゃないかな!」


 ……それもそうか。

 元々俺は戦闘能力とかを買われて王になったわけじゃないし、今更その辺に引け目を感じる必要もないだろう。


 そういうところは、この反則(チート)級の仲間たちに任せておけばいい。


「ちなみにこれから俺っちたちが討伐していかなきゃならない決戦級天聖機械(オートマタ)とか、魔神将(アークデーモン)危険種(モンスター)レベルは、最低でも二千を超えるらしいぞ。まぁこっちの(ジョブ)レベルと完全に対応してるわけでもないし、これもただの目安だけどな」


 水を差すようなヤルーの台詞に、みんなが半眼を向ける。


 しかしそんな滅亡級の危険種(モンスター)も、すでに一体は討伐できたのだ。


 これから似たような化け物が襲い掛かってきたとしても、この仲間達とならば、きっと、どうにかなるだろう。



第一部、およびその後の幕間は今回で終了です。

ここが一つの区切りですので、ここまでで評価をいただけると、とても嬉しいです!


またこれまでに、たくさんのブックマークや感想をいただけて、凄く嬉しいです!

あればあるほどモチベーションが上がりますし、次回から開始予定の第二部執筆の励みにもなりますので、どしどしお寄せください。


これからも頑張っていきますので、皆様よろしくお願いいたします!


 作者:ティエル

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