第三十一話 詐欺師の招きに応じたのが間違いだった
『ミレちゃーん! どうせ暇だろ? 今日も暇だろ? 俺っちと遊ぼうぜぇ~』
という羽毛のように軽い文体で書かれた書状の最後に記載されていた住所は、実る秋通りの奥まったあたりだった。
差出人は、円卓騎士団第九席にして精霊詐欺師の異名を取るあの眼帯の男、ヤルーである。
その住所にあったのは割りと立派な一軒家で、円卓の騎士の中では金のない部類に入るあの男が一人で住んでいるにしては、少し違和感のある建物だった。
前にシエナに作ってもらった騎士たちの現住所リストでも、ヤルーのところだけは空欄になっていた。
半信半疑といった気持ちで、ドアノッカーを叩く。
すると、しばらくして、いかにも富裕層といった感じの老婆が顔を出した。
「あら、どちら様?」
「あ、どうも……えーと、俺、ヤルーさんの友達で、ミレアスと申します」
偽名で自己紹介をすると、老婆は、ぱぁっと表情を明るくして、俺を中へ招いてくれた。
「あらあら、あの子が王都で友達呼ぶだなんて! どうぞお入りになって、ミレアスさん」
家の中は綺麗に清掃されており、清浄な空気が漂っていた。
俺の声を聞きつけたのか、上の階からあのヤルーが降りてくる。
「よう、来たか、ミレちゃん! こっちだこっち」
手招きする彼は、いつもの眼帯姿ではないし、ローブも着ていない。
自宅でくつろぐには相応しい、シャツにジーンズというラフな格好である。
そういえば前に、この実る秋通りの市場でこの男を追いかけたときにもこんな感じの格好をしていた気がする。
「おや、お客さんかね」
居間と思われるドアから、老婆の亭主らしき男性が顔を出す。
白髪交じりの紳士風の老人だ。
「ヤルンの、お友達がいらしてるのよ」
「ほう……それは珍しいね。ゆっくりしていきなさい」
はぁ、となんとも言えない返事をして、二人に頭を下げて、ヤルーと共に階段を上る。
「あとで紅茶とお菓子を持っていきますからね」
「お、ありがと、ばあちゃん!」
リラックスしたヤルーの態度は、まさに祖父母に対する孫のそれなのだが。
二階の奥の部屋に歩いていく間に、声を抑えて尋ねる。
「え、今の人達、ヤルーのおばあさんとおじいさんなの?」
「いや、赤の他人だ」
嫌な予感しかしない。
☆
「今日はこいつで遊ぼうと思ってよ!」
と、ヤルーが自室らしき部屋でテーブルに持ってきたのは、アスカラくん討伐記念祝勝会のビンゴ大会でヤツが手に入れた、クアッド・フェネクス社の最新遊具、ゲームスペースⅣだった。
「ミレちゃんも興味あるだろ、これ。ゲームスペースⅣだぞ。品薄すぎて、プレミア価格までついてるやつだぞ」
「……そりゃ俺だって気にはなっていたけどさぁ」
だからこそ、大会の景品として用意したのだ。
これの初代と二代目は、俺も持っていた。
三代目は受験勉強の妨げになると言う理由で手を出さなかったが、今春発売のこの四代目は、高等学校に進学してから、供給が落ち着いてきたら購入しようと思っていた。
ゲームスペースシリーズは箱形の総合遊具で、様々な遊び方ができることが一番の売りだ。
外箱には『遊戯総数五十種類! 一年遊べる! 絶対保証!』とデカデカと赤文字で書いてある。
その文言に心惹かれないわけではないが。
「なぁ、あの二人、赤の他人ってことはあれか。もしかして邪神バーサスの力で洗脳かなんかして、孫だと思い込ませてるってことか」
「バカ言え。俺っちは確かに邪神バーサス様の忠実なる信徒にして、愛と平等の使者ではあるが、シエちゃんみたいに[神官]じゃねーんだから、神聖魔法は使えねーよ」
「じゃあ精霊の力で記憶をいじくったとかか……? 確か人間の精神を司る精霊が、そういうのできたよな」
「できるけど! そういうんじゃねえんだって。話せば長くなるけどな」
箱から取り出したゲームスペースⅣの説明書を読みながら、ヤルーが話し始める。
「元々、この家にゃー、羽毛布団の訪問販売のために来たんだけどよ。ばあさんの方に名乗ったら、だいぶボケてたらしく、地方に住んでる自分の孫が遊びに来たと勘違いしてな。どうやら名前が似てたからみたいなんだが、コレ幸いと部屋を用意してもらって、王都に滞在する間の寝床にさせてもらったってわけだ」
「……詐欺じゃねえか!」
「俺っちは一言も、貴方の孫ですよ、なんて言ってない。無罪だ」
事実誤認をさせたまま、利益を得るというのは立派な詐欺だと思う。
こんなことをしているから、賞金を掛けられるのだ。
☆
五十の遊び方があるというゲームスペースⅣを使って俺達が最初に始めたのは、ショウオギのような、盤面遊戯だった。
違うのは、自分で自軍の駒を選び、武装をさせて、好きに陣地に配置する点。
そして衝立を使って、相手にそれを隠すことができる点だ。
箱型のゲームスペースⅣ本体を展開すると、盤になり、そこにそれぞれの選んだ駒を配置する。
ショウオギよりもずっと運の要素が強そうだが、競技ではなくゲームとしてなら、こちらの方が面白いだろう。
これだけでも丸一日は余裕で遊べそうだった。
駒を動かしながら、ヤルーに尋ねる。
「ところで、だけど」
「なんだ、ミレちゃん」
「ヤルー、もしかして友達いないの?」
「バッ! バカ! いるわ! 百人いるわ! 蚯蚓みたいなにょろにょろしたのとか! 全裸の女とか! 赤い鳥とか!」
「……全部精霊だろ、それ」
[精霊使い]にとって精霊は、かけがえのない友人。
とはいえ、この精霊詐欺師は彼らをモノとしてしか見ていないし、扱っていない。
「いや、今のはジョークだ。ちゃんと人間の友人もたくさんいるぞ。邪神バーサス様の信者仲間とか、[精霊使い]仲間とかな。だから、そんな可哀想なぼっちを見るような目で俺っちを見るな」
それならいいのだが。
「今日ミレちゃんを呼んだのは、キミこそが心の友だと思ったからだよ。このゲームスペースⅣを一緒に開封するのに、これ以上の適役はいないと思ったからだよ」
どうにも信用できなかったが。
先ほどの老婆が紅茶と焼き菓子を持ってきてくれたので、会話を中断する。
ヤルーを可愛がる老婆を見てると、なぜか俺が罪悪感を覚えてしまう。
ごゆっくり、と俺に声をかけて老婆が部屋を出てから、たっぷり十数えて、ヤルーを諭す。
「やっぱさぁ。騙して住み込むってのは不味いと思うよ。ヤルーは良心が痛まないわけ?」
「別に俺っちだってタダで住んでるわけじゃねーよ。ここ、老夫婦だけで暮らしてるにしちゃ手入れが行き届いてるだろ? 俺っちが清掃精霊使って、たまに掃除してやってんだよ。ほかにも水道のメンテしてやったり、ゴミの焼却してやったり、庭の草刈してやったり……ま、色々な」
その辺りも全部、精霊にやらせているのだろうけども。
腐っても[精霊使い]なのだし、そこは不問にするとしよう。
「要するにウィンウィンなんだよ。俺っちは王都で自由に使える宿ができた。さびしい老夫婦は心の隙間を埋めてもらえて、ついでに色んな雑事をやってもらえる。みんながハッピーになる、まさにバーサス様の説く、愛と平等の体現だね。非難される要素なんて一個もねえと思うんだけどなぁ?」
なんだろう。それでもやはり何かが釈然としない。
☆
ゲームスペースⅣの一年遊べるという謳い文句は嘘ではなく、俺達は時を忘れて、遊戯に熱中した。
気付けば昼過ぎ。
一勝負終わったところで、一階にあるという厠へ立つ。
そして用を足して廊下へ出ると、この家の主の老夫婦が立ち話をしているところに出くわした。
「あ、どうも……」
なんだか俺自身も悪いことをしているような気がして、頭を下げ、そそくさとその場を去ろうとする。
しかし呼び止められてしまった。
「あー、キミ。ミレアスくん、だったかな」
仕方がないとはいえ、偽名を使ったのが良心の呵責を加速させる。
もちろんそのまま強引に立ち去ることもできない。
足を止めて、二人に向き合う。
老婆の方が俺に向けて言った。
「あの子のこと、ヤルーって呼んでたでしょ。あれがあの子の本名なの?」
うん?
旦那の方が補足を入れる。
「よく泊まりにきてはくれるんだが、彼は自分のことはほとんど話さなくてね。[精霊使い]であることくらいしか私達は知らないのだよ」
「え……い、いやー、あの、お孫さん……は……」
これはどういうことだろう
冷や汗が、だらだらと出る。
老夫婦は顔を見合わせて、頷きあう。
事情をすべて話してくれるようだった。
「彼が初めてうちにきたときはびっくりしたよ。孫が遊びにきたって、家内がニコニコしてると思ったら、まったく知らない人が家にいたんだからね」
「あの頃は少し頭がぼんやりしてたのよ。背格好も似てたし、名前も似てたから、絶対そうだって思い込んでしまったの。会うのも久しぶりだったから」
二人はヤルーが偽者であることに気付いていたのか。
しかし彼らの表情は穏やかで、怒っている様子など微塵もない。
「家のことを色々やってくれるし、彼がきてからは家内も元気になってね。とても感謝しているのだが、本当はどちら様なんですかと今更たずねるわけにもいかない。奇妙な関係がもう長いこと続いてしまっているんだ」
「な、なるほど」
う、うーん。これはどう話したものか。
悩んでいるうちに、階上からヤルーが降りてきた。
「ミレちゃん、飯食いにいこうぜ。マーツ屋で牛丼食おう、牛丼」
彼は相変わらず、お気楽だが。
すべての事情を知ってしまった俺は、胃が痛くなってきて、食事どころではなくなっていた。
☆
「あん? 知ってるよ。ニセモノだって気付かれてることくらい、当然俺っちは知ってる」
平然と。
実る秋通りの端にある牛丼屋で、あの二人から聞いた話を伝えると、ヤルーは当たり前のようにそう言った。
「元々、旦那の方はボケてなかったからな。バレバレなのは分かっちゃいたが、利害が一致してるから問題ねえと踏んだんだよ。実際上手くやってるわけだしな」
俺が言葉を失っているうちに、ヤルーは俺の皿から漬物を盗んでいく。
「……ま、まぁ、おばあさんの痴呆症もよくなってるって言ってたし……それでいい、のかな……」
なんだかやっぱり引っかかるところがあるのだが、当事者が全員幸せだというのなら、外野の俺がとやかく言うことではない。
ヤルーは大胆にも俺の丼から牛肉をひょいっと盗みながら、けらけらと笑った。
「なんだ、ミレちゃん。もしかして、ばあさんのボケが自然治癒したと思ってんのか? 孫とのコミュニケーションが刺激になって治ったって? 相変わらず、おめでてえなぁ」
お返しにヤルーの丼から肉を盗む。
箸と箸で、一進一退の、非常に行儀の悪い攻防を繰り広げるが……。
自然治癒したのでなければなんだというのだろう。
「精神を司る精霊にゃー記憶をいじくる力があるって、さっき話してただろ。ボケを直すのなんざ、俺っちくらいの[大精霊使い]にかかれば、余裕綽々よ」
ぴたっと。
箸を止める。
その間に、ヤルーは俺から盗んだ肉を平らげてしまった。
「ま、ボケたままより、しっかりしてもらったほうが、色々世話してもらいやすいからな。だから治してやった」
「……ボケが治って、おばあさんの方にも孫じゃないって認識されたら、家に入れてもらえなくなるかもって思わなかったのか?」
「相手がどう動くかくらい、予測できるよ。なんてったって、[精霊使い]なんだからな」
詐欺師だから、の間違いじゃないのか。
ヤルーは牛皿だの卵だの酒だのを追加注文して、両手の指を二本ずつ立てる。
「ウィンウィンだって言っただろ。お互いに利益がある。害がない。あの二人に、俺っちを追い出す理由なんて一つもないさ」
この男は悪人だとは思うのだが。
間違いなく悪人だとは思うのだが。
それだけなのかどうかは、まだ判断しかねるところだった。
「なんだ、食わねえのか、ミレちゃん。俺っちが全部もらっちゃうぞ」
と、また箸を伸ばしてこようとするので、ガードする。
とりあえず、胃の痛みは治まった。
盗られた肉の借りは、何で返してもらおうか。
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【第九席 ヤルー】
忠誠度:★
親密度:★★★[up!]
恋愛度:★★★
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